リジェネレイト・トリップ~アルのゼンゼロ旅行記~   作:自由山明

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1章2話 六分街のラーメン屋

「アイザ……」

 

 僕がその名を呟くと、モニターの中のアイザと一瞬、視線が合ったような気がした。

 

『――警告。これ以上の深層アクセスは、カウンタープログラムを起動させる恐れがあります』

 

 機械音声がそう告げると、スピーカーから無機質な、しかし温かみのある声が流れた。

 

『マスター、このメッセージを見ているということはきっと世界間探索の間、マスターの身に何かあったという事でしょう。ですが安心してください、私や本国にいる本体がマスターの事を必ず探します。……本国と本体が動くのには時間が掛かるでしょうが、私はすぐにでも動きます。待っていてくださいね、マスター』

 

 プツリ、と音がして通信が途絶えた。

 

 オフィスの中は、静まり返っている。

 

「……なるほど。お前は、文字通り『外』から来たのだな」

 

 星見さんが刀の柄から手を離し、静かに僕に歩み寄った。その瞳には先ほどまでの殺気はなく、ただ未知の強者に対する最低限の敬意が宿っていた。

 

「星の海から来た旅人、か。新エリー都には変人が多いが、貴様ほど規格外なのは初めてだ」

 

「ねえ、アルティマくん! アイザさんを見つけたいんでしょ? だったら私たち対ホロウ六課が協力するよ!」

 

「ちょっとちょっと、勝手に話をまとめないでよ蒼角ちゃん……まあ、放っておけないのは確かだね」

 

 浅羽さんがそう言った後、星見さんはため息をついたが、その視線は月城さんへと向けられた。

 

「柳、彼の身元を『対ホロウ六課付の特別協力者』として暫定登録しろ。下手に野放しにして、治安局や軍部に見つかるよりはマシだ」

 

「了解しました、課長。……アルティマさん、歓迎しますよ。新エリー都へ」

 

 記憶はまだ霧の中。アイザも、宇宙戦艦も、空の向こう。

 

 けれど、目の前の彼らの優しさは、どこか心地よかった。

 

「……ありがとう。よろしく、みんな」

 

 こうして、星の海を旅するアンドロイド、アルティマ・リジェネレイト・ライガーの、新エリー都での奇妙な生活が幕を開けたのだった。

 

「まずは生活する場所を用意しなければいけませんね」

 

「そうだな。そういったことは柳に任せる」

 

 星見さんが投げやりにそういうと、月城さんはスマホで素早くどこかに連絡する。

 

「私達の周囲だと目は届きますが何かあったと外部に察知されるでしょうね。どこかいい場所は……そうですね。それなら、六分街の空き物件。あそこなら、カモフラージュとしては最適です」

 

 月城さんがスマートフォンの画面をスワイプしながら提案する。

 

 対ホロウ六課の素早い手配により、アルティマは六分街にある一室へと案内された。

 

 部屋は小綺麗に整えられており、窓からはが穏やかな街並みと、空に浮かぶ巨大なホロウの影が見える。

 

「はい、これが鍵。無くさないようにね」

 

 アキラさんが手渡してきた鍵を、僕はじっと見つめる。

 

 自分のいた宇宙戦艦の「自室」とはあまりにも違う、生活感のある空間。

 

「ここが……僕の新しい拠点か……」

 

「ええ。対ホロウ六課の『嘱託職員』という名目にしてあります。給与もそこから出ますから、生活には困りません。……ただ、アルティマさん」

 

 月城さんが真剣な表情で付け加えた。

 

「あなたの存在は、今のところトップシークレットです。あまり派手に目立った真似はしないでくださいね? 特に、その仕舞ってある『雷光』を街中で抜くようなことは」

 

「わかりました」

 

 まあ、何かあっても拳でなんとかなるだろう。

 

 そう思いながら僕が答えると、背後からひょいと浅羽さんが顔を出した。

 

「よし、アル君ここで僕と蒼角とラーメンを食べに行こうか」

 

「ラーメン? なんで急に……?」

 

 思わず素で返してしまう。

 

「そりゃあ、新エリー都に来てラーメンを食べないなんて、人生の半分、いや八割くらい損してるからね!」

 

 浅羽さんは当然のことを言うように胸を張り、隣では蒼角さんが「ラーメン! ラーメン!」と鬼火のような髪を揺らして飛び跳ねている。

 

「アルティマさん、これも『フィールドワーク』の一環だと思ってください。この街の文化を知ることは、潜入任務……いえ、生活の基本ですよ」

 

 月城さんも苦笑しながらフォローを入れる。どうやら、この街において「チョップ大将」のラーメンを食べることは、避けては通れない儀式のようなものらしい。

 

「分かった。……美味しいといいんだけど」

 

 僕は促されるままに、浅羽さんと蒼角さんに挟まれて六分街の通りへと繰り出した。

 

「いらっしゃい! ……見ねえ顔だな。新入りか?」

 

 カウンターの向こう側で、いかつい顔をした大将が声を張り上げる。僕は一瞬、自分が歓迎されていないのではないかと身構えたが、大将の笑顔を見て肩の力を抜いた。

 

「大将、こいつはアル君。今日からここに住むことになった新人だ。一番いいやつを三つ頼むわ。もちろん、俺のおごりで!」

 

「えっ、ハルマサのおごり!? やったぁ! 大将、蒼角のにはチャーシューをもりもりにして!」

 

「おう、任せな!」

 

 注文から数分と経たず、僕の前に湯気の立つ一杯が置かれた。

 

 複雑なスパイスの香りと、動物性の脂が混じり合った、暴力的なまでに食欲をそそる香りだ。

 

 僕は箸を持ち、麺を啜った。

 

「っ……!?」

 

「どうだ、アル君。新エリー都の味は」

 

「……おいしい、面とスープの絡みが絶妙だね!」

 

「蒼角はこれのために生きてるんだから! むぐむぐ」

 

 ちょっとオーバーなことを言いながら一心不乱に食べる蒼角さんと、それを見守る浅羽さん。

 

 僕は二人の姿を見ながら、少しずつスープを飲み干していく。

 

 隣に誰かがいて、賑やかな雑音の中で摂る食事は、相棒との別離で冷え切っていた僕のコアを少しだけ温めるような気がした。

 

 記憶を失ったアンドロイドの、騒がしくも温かな「第二の人生」が、六分街の明かりの下で静かに、しかし確実に始まった。

 その日の夜。 アルティマが自分に与えられた部屋のベッドに横たわり、スリープモードに入る。

 

 僕には睡眠が一切必要ないが、こうすることで人間らしさを少しでも維持している。

 そして翌朝、僕は自室でデータの整理をしていると、月城さんが訪ねてきた。

 

「昨日のお詫びと言っては何ですが、新エリー都のガイドブックを持ってきました。この街の『普通』を知る助けになればと思って」

 

「ありがとうございます、月城さん。すぐにスキャンして内部データベースに保存します」

「ふふ、それだと『読んだ』ことにはならないかもしれませんよ。時間がある時に、ゆっくり眺めてみてください」

 

 彼女が選んでくれた本を受け取ると、指先に紙の質感が伝わった。

 月城さんが帰った後、僕は窓の外に広がる六分街を見渡した。

 掃除をするボンプ、買い物をする人々、そして時折通りかかる治安局のパトカー。

 

 空には相変わらず巨大な「ホロウ」が居座っているけれど、ここにいる人たちはその恐怖を抱えながらも、力強く、そして楽しそうに生きている。

 

 アイザ……僕は、面白い場所に落ちたみたいだよ。

 窓の外、平和な六分街の風景を眺めながら、僕は自分のコアの奥底にある記憶をまさぐった。

 宇宙の闇、アイザの声、そしてワームホールの向こう側。

 

  今こうして柔らかい日差しの中でいることが、まるで高度なシミュレーションの中にいるような、不思議な感覚だった。

 

「そうだ、アルティマさん。明日予定は開いていますか? 課長がVR装置の実験にお前も参加しろとのことです。申しわけないですがこの対ホロウ六課の嘱託職員証を持って早朝、HIAに来てください」

 

 わかりました。それと、私は睡眠が不要なので謝罪はいりませんよ」

 窓から新エリー都の夜景を眺める。 巨大なホロウの影が月光を遮り、不気味な紫の輪郭を描いている。

 

「アイザ、繋がらないか……」

 

 僕は何度も通信を走らせるが、返ってくるのは冷たいNoSignalという表示だけだ。

 対ホロウ六課の協力で、この街での足場はできた。

 

 けれど、ここからどうやって星の海に戻ればいいのか、アイザがどこにいるのか、手がかりはまだ乏しい。

 

 その時、僕のスマホに、昨日Fairyさんが抽出したアイザのメッセージが再生された。

 

『待っていてくださいね、マスター』

 

 その声に、僕は胸の奥にあるコアが微かに熱くなるのを感じた。

 そうしてスリープモードに入り、穏やかな夜を過ごした。

 翌朝の早朝……僕はスマホで出したマップを覚えてHIAという施設に足を運んでいた。

 

 早朝の空気は、ホロウの影響か少しだけ重く、それでいてどこか清々しい。 僕は月城さんに言われた通り職員さんに嘱託職員証を見せて中に入り、六課の皆さんを待つ。

 

 数時間待っていると、六課の皆さんが外のファンに対応した後、疲れた様子も見せず中に入ってくる。

 

「おっ、来てるねアル君。早起き……じゃないか、君には関係ないもんね」

 

 悠真さんがひらひらと手を振る。

 そして、HIAの職員が声をかけてきた。

 

「六課の皆さんはおそろいのようですね。……そちらの白髪白目の方は……」

 

 職員さんが不思議そうにこちらを見てくる。

 まあ、僕は六課の人と違って顔が知られていないし、当然っちゃ当然だね。

 

「彼は対ホロウ六課の嘱託職員です。今回のテストにも参加させたいのですがよろしいでしょうか?」

 

「わかりました。すぐに用意させていただきます!」

 

 月城さんにお願いされた職員さんは、なぜか異様に喜びながら用意を始める。

 こちらに振り向いた月城さんが今回の任務の概要を話し始める。

 

「今回の任務は、HIAの最新VRシステムを使用した試験です。組織の枠を超えた任務になります——」

 

 月城さんの説明が終わり、質問タイムに移った。

 星見さんが一番に質問をする。

 

「質問」

 

 星見さんが何かを言う前に、月城さんがまるで答えを予知したかのように答え始めた。

 

「HIAには話を通しているので、終わり次第すぐに帰ることができますよ」

 

「たった今、質問が無くなった」

 

 ……質問なし!? 本当に言い当てたのか……恐ろしいくらいだな。

 蒼角さんの質問にも的確に答え、次に僕が質問する。

 

「あ、僕からも質問が……」

 

「任務の詳細は、まずこの際なのでアルティマさんと課長の模擬戦、そしてHIAからの要求である十分な戦闘を行います」

 

 ほ、本当に当てられた!?

 ……ハッキングされて覗かれたりしていないよな?

 

 スキャンをかけるがもちろん異常は見つからない。

 僕が気になっていた任務の詳細について話した後、最後に浅羽さんが質問した。

 

「質問が——」

 

「休暇は受け付けません。それでは任務に……」

 

 返し早! と思っていたが、どうやら浅羽さんの質問は休暇申請の事ではなかったようだ。

 

「ちょっとちょっと、今回は休み関連じゃあありませんよ!」

 

「おや? 私が間違えるとは……予想外ですね」

 

 二回も質問を言い当てた月城さんがすごすぎるだけだと思うけどな……。

 もしかしたらアンドロイドである僕よりも予測能力が高いかもしれない……。

 浅羽さんが少し不満げにしながら質問を続行する。

 

「はぁ……具体的にどれだけ戦ったらいいんです? 長時間労働ならぬ長時間戦闘はごめんこうむりますよ」

 

「それについては——」

 

 浅羽さんの質問にも的確に答え、全員質問がなくなった。

 職員さんに言われるがまま、少し気恥ずかしくなるような合言葉を言いVR世界に入る。

 すると、VR世界に僕たちのアバターがじわりじわりと生成されていく。

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