リジェネレイト・トリップ~アルのゼンゼロ旅行記~ 作:自由山明
「すご~い! 外と全然かわらな~い!」
ほー、この再現性はすごいな。
一体どれだけ高度な機器を用意したんだろうか?
機会があったらぜひとも研究してみたい。
「ではアル、早速戦うぞ」
「……了解。手加減はなしで行きますよ」
星見さんの凛とした声に応じ、僕は腰の『雷光』を静かに引き抜いた。
仮想空間とはいえ、手に伝わるナイフの重み、周囲を流れるエーテル濃度の不気味な感触までもが完璧に再現されている。
「おっ、やる気だね。じゃあ、まずは僕たちは見守らせてもらうよ」
三人が後ろに下がると共に、目の前の星見さんが一歩、踏み出した。 その瞬間、彼女の姿が「消えた」。
——速い!!
僕は 知覚を極限まで加速させ、コンマ数秒後の未来を予測する。
左後方。薙ぎ払われる一閃を、僕は雷光を交差させて受け止めた。
「ほう。今の初動に反応するか」
火花が散る至近距離、星見さんの鋭い双眸が僕を射抜く。
彼女の刀から伝わる圧力は、まるで本物の重機に押し潰されているかのようだ。
「僕の計算能力、伊達じゃないってことを見せないといけませんからね!」
僕は反動を利用して後方へ跳躍。空中で姿勢を立て直し、今度はこちらから肉薄する。
重力を無視したような変則的なステップ、 アンドロイドの機体スペックをフル活用し、蝶のように舞いながら、星見さんの死角へとナイフを突き出す。
しかし、星見さんは最小限の動きでそれを回避する。
まるで僕の動きがすべて読まれているかのような、圧倒的な「武」の練度。
「いい動きだ……だが、まだ甘い!」
星見さんの刀身が青白い光を帯びる。 次の瞬間、仮想空間の地面が爆ぜた。 彼女が放つ一振りの衝撃波が、僕を吹き飛ばす。
「これが……六課、課長の力……!」
僕は咄嗟に壁を蹴って上方へ回避したが、この爆風だけで相当な破壊力を秘めている。
正直言って戦い方も朧げな僕には荷が重い。
床に着地したところを狙われ、首筋に刀を突きつけられる。
いくら装甲が堅く、傷つかないとはいえ一人の武人として僕の負けだ。
武器をしまい、降参の意を示す。
「いやー、負けました。僕の想定以上に強いですね」
「そんなに褒めても何も出ないぞ。お前も強かった。戦い方を思い出されていたら私も危なかったな」
おっと、戦い方を少し忘れているのがばれていたようだ。
まあ星見さんだし見抜かれているのも納得できる。
「いや~、素晴らしい戦いを見せていただきました!」
HIAの職員さんがかわいらしいボンプの状態で近づいてくる。
「では、次は皆様の戦闘データを取らせていただきます」
職員さんがそう言うと共に、たくさんの敵が瞬く間に生成された。
現れると共に一斉に攻撃してくる。
「それでは、行きますよ」
月城さんの声と共に、戦闘の火蓋が切って落とされた。
そして敵をあらかた倒した後、敵が制止しHIAの職員からストップがかかる。
「お疲れ様でした。十分な戦闘データが収集できたのでテストは終了です」
「悪くない戦いだった。……仕事に間に合ってしまうのは残念だが」
星見さんが少し残念そうにそうつぶやく。
……もしかして星見さんって案外めんどくさがりなのか?
「ここでサボってたいけど、精神に負荷がかかるからサボりになんないな~」
浅羽さんが気怠げな様子を隠す様子もなくぼやく。
……まあ、浅羽さんは月城さんから休暇を申請しようとする人認定されている時点で何となくめんどくさがりなのは察していた。
「帰ったらおやつ食べよ~ナギ姉!」
蒼角さんは相変わらず通常運転だ。
「お疲れ様でした! ではデータ収集が終了したので直ちにログアウトして下さい」
言われた通りにログアウトするが、その瞬間に何かノイズが走った。
ん? なんだ?
そう疑問に思っているうちに視界は元のHIAに戻った。
……? おかしいな、周りの景色は現実世界なのにセンサーはVR世界にいると判定されているぞ?
「……あれ? 皆さん、何か違和感はありませんか?」
僕が周囲を見渡しながら問いかけると、ログアウトしたはずの六課の面々が怪訝そうな顔で足を止めた。
そこは確かに、先ほどまでいたHIAのロビーだ。
「違和感? 正常にログアウトできたはずだ」
星見さんが自身の掌を握ったり開いたりして感覚を確かめる。
「センサーがおかしいんです。僕の内部システムが、ここを『仮想空間』だと認識し続けています」
すると、虚空から何やら声が響いてきた。
『まさかこんなに早くバレるとはな。ここは素直に賞賛しよう』
「誰ですか!」
月城さんが声を荒らげる。
どうやら何か厄介なことに巻き込まれたらしい。
『ふん、名乗る義理などないな。まあ、運よくこの世界の真実に気付いたところでお前たちがこの世界から脱出できないのは変わりない。おとなしくそこで頭が負荷で焼き切れるのを待つんだな!』
そう言って謎の声はこちらの呼びかけに一切反応しなくなった。
「クソ、これじゃあ残業よりも厄介だ……」
「どうする、柳」
「そうですね……アルティマさん、貴方のセンサーを頼りにこの世界を脱出できませんか?」
うーん、流石にセンサーで脱出するのは難しい、だけど……。
「えーっと、少々強引ですがこのシステムを掌握すれば脱出できると思いますよ? なんなら今すぐにでもハッキングとカウンタープログラムを利用してこの世界を書き換えることが可能です」
「……! 本当か?」
星見さんが珍しく驚いた顔を見せる。
「……なるほど、流石ですね。では早速お願いします」
月城さんに言われたその刹那、僕のハッキングがVR世界を侵食し、掌握され始める。
『な、なんだ、何をしている!』
黒幕の焦った声が響く中、僕の手腕によってシステムの掌握が瞬く間に完了した。
『クソ! 覚えて——』
「カウンタープログラム起動」
そうして黒幕の声はかき消され、周囲を静寂が支配する。
どうやらうまく撃退できたらしい。
「終わったの~?」
「多分終わったんじゃないかな? 試しにログアウトしてみましょうか」
みんなで一斉にログアウトしてみる。
すると、心配そうなHIA職員が泣きながら僕たちの帰還を喜んだ。
「うおおおぉぉぉ! 無事に戻って来てくれましたか皆さぁん! 六課の皆様に何かご迷惑をかけてしまったと思うと、私は自責の念に駆られてぇぇぇ!」
う、うるさい……まあそれだけ申し訳ないと思っているからこそなんだろう。
浅羽さんが職員さんをなだめているさなか、月城さんがひっそりと話しかけてきた。
「ちなみに……この件の黒幕はどうなりましたか……?」
「あぁ、それでしたら御心配には及びませんよ。犯人の『千面相』の住所を治安局に通報して捕まえてもらうよう連絡しましたし、千面相のパソコンをちょっといじってコンデンサを破裂させました」
ちょっとお茶目にそう言うと、月城さんは少し笑いながら返答した。
「フフッ、そうですか。それは良かったです。あとは治安局に任せましょうか」
こうして、千面相が引き起こそうとした悪事は僕の手によって道半ばで断ち切られたのだった。
「今日は疲れたでしょう。トラブルがあったという事で今日のお仕事はこれで終わりです。ゆっくり休んで下さいね」
「よーっし、せっかくの早帰りだしどこかごはんにでも行きましょうよ~! 今回一番の功労者をたたえるためにもね」
そう言って浅羽さんがこっちに向かってウィンクをしてきた。
ごはんか、一体どんなところに行くんだろう!
今から楽しみだ!
「やったぁ! ごはん! ごはん!」
蒼角さんがその場でくるくると回り、鬼火のような髪が楽しげに揺れる。
「功労者の接待か……。たまには悪くないな。柳、どこか心当たりはあるか?」
星見さんが一息ついた様子で尋ねる。
「そうですね……。アルティマさんは昨日ラーメンでしたし、今日は趣向を変えてルミナスクエアにある高級ビュッフェにしましょうか。あそこなら、蒼角も満足いくまで食べられるでしょうし、アルティマさんにもこの街の華やかさを知ってもらえると思います」
HIAから移動した僕たちを迎えたのは、六分街とはまた違う、目も眩むような光の洪水だった。巨大な広告が夜空を彩り、人々が行き交う。
「わあ……すごい。六分街も良かったけど、ここはさらにエネルギーが溢れてるね」
「でしょ? ここが新エリー都の中心地、ルミナ・スクエアだ。……まあ、僕らみたいな公務員にはちょっと眩しすぎる場所だけどね」
浅羽さんが眩しそうに目を細めながら案内してくれる。
案内されたレストランは、ビルの最上階。窓からは街を一望でき、テーブルには見たこともないほど彩り豊かな料理が並んでいる。
「さあ、アルティマ。遠慮せずに食べるがいい」
星見さんに促され、僕は皿を手に取った。
アンドロイドである僕の味覚センサーは、この街の複雑な調味料を完璧に分析していく。
「……美味しい。昨日とはまた違う、繊細で、でも力強い味だ」
「でしょ~! アル君、このデザートのケーキも絶品なんだから!」
蒼角さんはすでに皿の上に小さな山を築き上げ、頬張っている。
食事の合間、僕はふと窓の外を眺めた。
そこには、昼間よりも一層不気味に輝くホロウの輪郭。けれど、このレストランの中に流れる温かな空気は、それさえも遠い出来事のように感じさせる。
「アルティマさん、何か考えていらっしゃいますか?」
月城さんがワイングラスを置き、優しく声をかけてきた。
「……いえ。少しだけ、元の場所にいた頃のことを思い出していました。……ちょっと悲しくなっちゃって」
「そう、ですか。……でも、今は私たちがいます」
月城さんの言葉に、星見さんも静かに頷く。
「お前はもう、ただの漂流者ではない。対ホロウ六課の、そしてこの街の一員だ。アイザという相棒を探すのも、我々が力になろう」
その言葉に、僕のコアの奥底が熱くなる。
記憶はまだ戻らない、アイザがどこにいるのかもわからない、けれどこの温かい絆がある限り、僕はどこまででも歩いていける気がした。
「ありがとう。……心強いよ」
僕は窓の外、夜の闇に浮かぶ新エリー都の街灯りを見つめながら、小さく微笑んだ。
アンドロイドである僕に、こんなにも温かさを感じる機能があったなんて。
それはきっと、この世界の人たちが僕に向けてくれる善意が、僕の気持ちに新しい意味を与えてくれているからだろう。
ごはんも食べ終わり、楽しい気持ちと嬉しい気分に浸りながら六分街の自室に戻った。
明日はどんな出来事が待ち受けているだろうか?
今から楽しみだ!
明日に期待を膨らませながら、スリープモードに入るのだった。