禪院直哉の想望   作:端取合

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殻が割れる


五条悟の欠望

 嗚呼、こんなにも。

 心と身体が踊ったことはあっただろうか。

 

 

 右手に懐刀(呪具)。洗練された体捌き。

 身体に呪力(呪い)。淀みのない呪力操作。

 五条に迫る直哉(情報)は数多選択肢を内包して、なお美しかった。

 繰り返された呪具による攻撃と、繰り返された呪力を纏った体術による攻撃。無下限での迎撃は絶え間なく進攻(情報過多)され、先に耐えきれなくなった(脳内処理が追いつかなくなった)のは五条のほうだった。

 弾け飛ぶような負荷は錆びついた鉄の味と匂いがするのに、気分だけはどこまでも心地が良くてたまらない。

 

 訂正しよう。

 雑魚と吐き捨てたことを。

 

 認めよう。

 相対した直哉(禪院)技術(才能)があることを。

 

 それでも五条は実力を認めたうえで、直哉を蹂躙する。

 不可侵の領域(五条悟の無下限)に踏み込んだ、はじめての相手。故に、有象無象から()()()()()()()()の相手に相応しい術式(才能)で、完膚なきまでに叩き潰してみせる。

 

「術式――」

 

 印を組む。ただ、それだけのこと。

 五条にとって呪力を扱うことは、幼い頃から息をするのと同じ感覚だった。

 すべての呪力を見通す特異体質〝六眼〟と、無限を現実させる無下限呪術。才能を抱き合わせた五条は、それらを上手く使いこなす才能(センス)さえも持ち合わせているのだ。周囲の言う出来ない、という感覚のほうが理解し難かった。

 

 そんな五条でさえ「――反転――」には手を焼いた、が。

 

 かつて経験したことのない高揚感。

 夢見心地ですらある感覚に酔いしれながら。

 

「――【赫】」

 

 無下限呪術の果て。赫く煌めいた、空虚の塊。

 自らの手から生み出されていく輝きの、その呪い名を音にする。同時に術式の対象を禪院直哉(対戦相手)に設定する。

 

 五条の手から離れる。

 赫と黒の花火が、瞬きをあげて放たれる。

 

 弾けて、轟音。

 

 形を成した【赫】の対象は直哉であるが、被害はそこだけには留まらない。

 試合場として形成された帳にも似た結界は、十分な広さがあったにも拘わらず一部を除き崩壊。延長線上にあった地面は抉れ、石畳は粉々に砕かれている。

 威力に絶句する周囲。

 

「……ほんま無茶苦茶やんなあ!」

 

 沈黙を破るように、直哉が煙のなかから現れた。

 満身創痍の姿で五条に左手で斬りかかってくるのを咄嗟に無下限で防御して。

 

(……()()?)

 

 持ち替えたのか。

 違う。形状が小刀のそれじゃない。

 二叉に分かれた刃先。独特の刃渡り。

 そして何より、触れたことない異質な呪力。

 

 接触、次いで崩落。

 解かれたのは不可視の盾。

 

「強制的な術式の解除……!」

 

 崩れ落ちる極彩色の視界の理由を、瞬きの間もなく五条は正しく理解した。

 

「正解や。――名前くらいは聞いたことあるんやない? 特級呪具【天逆鉾】のこと」

()()禪院の保管ってわけね」

 

 不格好ながらにも【赫】を潜り抜けた仕掛け。

 

「そ、五条君の言うた通り〝術式を強制解除する〟術式を付与されとる」

「形振りかまってられねえって?」

「当然やろ。完璧な勝利なんて最初(はな)から目指してへん。五条悟相手に驕れるほどの実力は俺にない」

「雑魚が」

「ははっ! 路傍の石ころで結構、なんせこちとら――」

 

 無下限を解かしてみせた細工。

 

「――十種影法術は継いでない(無才な)もんで!」

 

 斬られるよりかは「殴られる」のほうがしっくりくる斬撃は、他者の直接的な攻撃によって五条に血を流させた。

 

 痛みは衝撃だった。

 

 飛んだのは一瞬。意識は、即座に覚醒する。

 戻ってきた五感は必要以上に情報を拾うようで、纏わりつく声も、一定の距離を保った位置にある気配すらも鬱陶しい。

 

「五条のは凄まじいな」

「いや禪院のもよくやったさ。一方的な蹂躙など目も当てられん」

「だがこのままでは被害を抑えきれんぞ」

「潰し合ってくれたほうが良いじゃないか」

「死人が出たら連帯責任ものだ、今すぐ中止しろ」

 

 五月蝿い。煩わしい。

 勝負に水を差す発言を耳にして気分が悪くなる。

 まだまだというときに限って邪魔をするのは「両者とも一時中断!」いつだって大人だ。大したことのないくせに、彼らはすぐに五条の楽しみを取り上げようとする。

 

(でも今は違う。だって、勝負はまだ……)

 

 続くはずで。

 なのに。

 

「やったら僕、棄権しますわ」

 

 両手を挙げて白旗を挙げたのは直哉だった。

 

「これ以上続けて被害出すわけにはいきませんもん。生憎と手持ちの武器も切らしてしまいましたし、こればっかりはしゃーないです」

 

 周囲に望まれた言葉を、もっともらしい理由をつけて宣った。

 編まれた髪を尻尾みたいに揺らして、胡散臭い笑みを張り付けて直哉が言う。あっさりと投げ出された勝負の行方に周りは呆然としたが、これ幸いにと乗っかって、五条と直哉の戦いを仕舞いつけようとした。

 雑音の源よりも拍子抜けしたのは五条のほうである。

 呆気ない終わりに気が削がれた。集中力が霧散したことで、ふと、周囲に目を配らせる余裕ができる。

 そこでようやく、五条は気付く。

 

 無下限で防御した、直哉から向けられた呪具の数々。地面に無造作に転がった、凶器の先がすべて()()()()()()

 

「……は?」

 

 余すことなく、尽く。

 完全に、無い(鈍器)

 

 

交流会において唯一不動の規則「相手を殺してはならない」

 

 

 直哉の対策は「刃を潰す」ことだった。

 確かに武器としての姿はありのままに近い。しかし当て布をした刃は戦闘中に抜き身が露わになる危険性がある。非術師であれば十分な凶器となる鈍器であれど、呪術師であれば、純粋な「殴る」行為はある程度呪力で防ぐことが可能だ。いわば殺傷力の落ちた武器は、交流会の規則に則れば正しいことなのだろう。

 だが、それは。

 

「あははっ、……」

 

 真っ当であるのだろうけれど。

 誠実であるのだろうけれど。

 正当性があるだろうけれど。

 

「ふざけんなよ」

 

 あまりにも五条悟を馬鹿にしたものではないか?

 強者を自負するだけの強さが、自分にはある。

 呪術界(この世界)に生まれてから傅かれてきた。才能の宿る首を狙われてきた。境遇が故に五条にとっての()()とは矜持と同義だ。

 だというのに。

 規則とは言え殺傷力のない武器で相手をされるなど、その程度の扱いで良いと思われているようではないか。規則を守った程度の強さで、五条に勝てると認識されているようではないか。

 しかも。

 

(棄権だあ?)

 

 中途半端に五条から術式(強さ)を奪っておいて。不完全燃焼に五条から興味(強さ)を引いておいて。

 自ら勝負の舞台を降りようとしているのだから、許されていいはずがない。

 

(そりゃ無しだろ)

 

 嗚呼、こんなにも。

 心と身体が燃えたことはあっただろうか。

 

 

 腹の底で渦巻き、煮え滾った感情を抑えようとして、――別に抑えなくてもいいと思った。

 だって、こんなにも楽しい(憎々しい)

 だって、こんなにも可笑しい(腹立たしい)

 ここは世界の裏側だ。強さこそがすべてだ。五条(強者)は何をしても許される。だからこそ呪う。

 

 

 

 ――呪う(強く)

「術式順転【蒼】」

 激情が脳を焼く(蒼く煌めいて)

 

 ――呪って、呪う(もっと強く)

「術式反転【赫】」

 激情が脳を焼く(赫く輝いて)

 

――呪い尽くして(どこまでも強く)

「――虚式【茈】」

 激情が脳を焼く(茈に閃いて)

 

 

 

 世界(最強)が、作られる音がした。

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