なんとでも言え。私とてテラの大地を救わなければならない…   作:バリアンの(面)白き盾

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誤字をしてしまう非力な私を許してくれ…。
報告ありがとうございます!


ナッシュ…。こんな時君がいてくれたら…

 ロドスの医療部門は、ゆったりとした時間が流れていた。

 ほんの少し前までは常に危険にさらされていた頃とは異なり、何処か安心するようなそんな気持ちになっていた。

 最新鋭の医療設備が整った隔離室で、フロストノヴァは清潔なベッドに腰を下ろしていた。

 彼女の体温は、ドルベのナンバーズの力によって「常人」のレベルで安定しており、かつて彼女を苦しめたアーツの暴走による痛みも今は消え去っていた。

「……信じられない。本当に、熱を感じる……」

彼女が自分の掌を見つめ、初めて得られた「生」の実感に浸っていると、窓の外から「ギギギ……」という、何かが軋むような奇妙な音が聞こえてきた。

 フロストノヴァがふと窓の外、ロドスの甲板を見下ろすと、そこには信じられない光景が広がっていた。

 そこには、ケルシーから下された「三日間ポーズ固定の刑」を忠実に遂行しているホワイトシールドの姿があった。

 彼は、上半身を90度後ろへ反らし、両手で「勝利のV」を作りながら虚空を見つめるという、肉体の限界に挑むようなポーズで完全に静止していた。

 しかも、その周囲には、彼の「ドルベ語」を解読しようとする熱心なオペレーターたちが数人、ノートを片手に彼のポーズをスケッチしていた。

 そこへ、差し入れのキャンディを持ってドクターがやってきた。

「体調はどうかな、フロストノヴァ」

「ドクター……。ひとつ、聞いてもいいか」

 フロストノヴァは、窓の外でプルプルと震えながらもポーズを維持している男を指差した。

「あの男……ホワイトシールドだったか。彼は、ロドスではああいう『役割』なのか? 私たちを助けた時もそうだったが、あれは何か高度な精神修養か、あるいは……ロドスの特殊な警備システムなのか?」

 ドクターは窓の外を見やり、深い、深いため息をついた。

「……。いや、あれはただの『お仕置き』なんだ。彼は口を開くと事態を混乱させるから、ケルシーが物理的に黙らせたんだよ。ポーズについては……まあ、彼のこだわりだと思ってくれ」

「お仕置き……? あの圧倒的な光の騎士を操る男が、あんな……あんな、『腰に負担がかかりそうな姿勢』で三日間も放置されているというのか? ロドスは、レユニオン以上に過酷な組織なんだな……」

 フロストノヴァの瞳に、ドルベに対する深い「同情」の色を浮かべた。だが同時にいつもドルベのあのポーズや言葉に振り回されていることを思い、自身もそうであったことからやっぱり妥当なのかもしれない…と考えを改めた。

 

 ロドスの医療部門の窓から見える光景は、もはや戦場とは別の意味でカオスを極めていた。

 甲板で「三日間ポーズ固定の刑」を遂行しているドルベの周囲には、当初の心配を余所に、今や多くのオペレーターが集まっていた。

「見ろ、あの指先の角度……。あれは『昼食の献立』について語っているに違いない!」

「いや、膝の曲がり具合から見て、この間の作戦報告書の修正依頼だろう」

 現在ロドス艦内では、誰が一番正確に彼の「ポーズ」と「ドルベ語(たまに漏れる独り言)」を翻訳できるかを競う、「ドルベ語解析チャレンジ」という狂気のチャレンジがプチ流行していたのだ。

 前衛オペレーター:「あのポーズの筋肉への負荷を考えれば、あれは『己への挑戦』、つまり『やる気満々』という意味だ!」

医療オペレーター:「血流の滞り具合から見て、あれは『腰が痛いから助けて』という意味では?」

クロージャ:「彼の放つ黄金のエネルギー波形とポーズの相関関係をログに取れば、全自動翻訳機が作れるかも!」

 隔離室の窓から、真剣な顔でドルベを囲み、ノートにポーズをスケッチしながら奇妙な議論を戦わせるロドスの面々を見て、フロストノヴァは深く、深い絶望にも似た溜息をついた。

「……ドクター。ロドスというのは、これほどまでに……『平和』なのか? それとも、感染者の脳を蝕む新しい病が流行っているのか?」

 彼女の瞳には、同情を通り越してもはや「ドン引き」の光が宿っていた。

「あの男は、あんなに震えながら必死にポーズを維持している。それを周りの人間が寄ってたかって、『今日のラッキーアイテムを占っている』だの『艦内放送のBGMへの不満だ』だのと言い合っている……。ここは地獄か何かなのか?」

「違うんだフロストノヴァ、あれは彼らなりの親愛の情……いや、知的好奇心というか……」

 ドクターが必死に弁解するが、スノーデビル小隊の面々も窓際で固まっている。

「……姉さん、俺たち、とんでもない場所に来ちまったよ……」

「あのドルベさんを『解析対象』として楽しむなんて、ロドスの奴らはレユニオンよりよっぽど肝が据わってやがる……」

 そんな外野の盛り上がりをよそに、ドルベは極限状態にあった。

(……やばい、もう右足の感覚がない。でも、ここでポーズを崩したら、ケルシーさんに何をされるか分からない……! しかも、なんかみんながノートを持って俺を見てる……! これは期待されてるのか!? 期待されてるんだな!? 俺はまだやれる…!やれるぞおおおお!)

ドルベは心の中で叫びながら、震える腕をさらに捻り、「未来への希望(自称)」を意味する、より難解なポーズへと移行した。

 その瞬間、解析チームから「おおおっ! ポーズが変わったぞ!」「今の『接続詞』だろ! メモれ!」と歓声が上がった。

 フロストノヴァは、そっと窓のカーテンを閉めた。

 見ているだけでなんだか頭が痛くなるし体調を崩しかねないと感じたからだ。

 

 ロドスの甲板は、もはや学術会議のような熱気に包まれていた。

 三日間ポーズ固定の刑、二日目の夕暮れ。ドルベの筋肉はすでに限界を迎え、微細な振動が絶え間なく続いている。

 そこへ、一日の書類作業を終えたケルシーが、冷徹な足取りで現れた。

 解析チームのオペレーターたちが一斉に道を開ける中、ドクターも自信満々に自作の「ドルベ語・ポーズ相関図」を手に、ケルシーの前に立ちふさがった。

「ケルシー、見てくれ。彼の今のポーズ……『左手で右肩を掴み、腰を捻りながら虚空を仰ぐ』。これは今までの傾向化から読み取ると『今日の食堂のサバの塩焼きは、脂が乗っていて素晴らしかった』という意味だ。間違いない」

ケルシーはドクターの資料を一瞥し、そして彫像と化したドルベの「指先の震え」を3秒間凝視した。

「……ドクター。君の解析は情緒的すぎる。論理的飛躍が甚だしいな」

「なに?」

 ケルシーは手元の端末を操作し、ドルベの関節角度と、バイタルデータを照らし合わせながら淡々と告げた。

「いいか、よく見ろ。彼の左手の指先は、不自然なほど外側に開いている。これは対象への攻撃性ではなく、『全方位への謝罪』を意味する接頭辞だ。そして腰の捻りは、自らの非を認める際の『苦渋』を物理的に表現している。……つまり、このポーズの真意はこうだ」

ケルシーは、プルプルと震えるドルベを冷たく見据える。

「『独断専行してすみませんでした。三日間の刑は厳しいので、せめて一時間に一度、水分補給を許可してください』……だ」

ドルベは、心の中で(ケルシーさん正解ぃぃぃぃ!! 完璧に伝わってるぅぅ!! 助けて、喉カラカラなんだ!!)と絶叫しましたが、体面を保つために「私はナッシュ!(訳:その通りだ!)」とだけ(心の中で)叫び、ポーズをさらに固めた。

「……そこまで具体的だったとは……」

ドクターが悔しそうに肩を落とす横で、解析チームは「さすがケルシー先生! 接頭辞の概念があったのか!」と猛烈にメモを取りだす。

 隔離室の窓からその光景を見ていたフロストノヴァは、今やカーテンの隙間から、まるで未知のクリーチャーの生態を観察するかのような目で彼らを見ていた。

「……信じられない。あの緑の女、あんな滅茶苦茶なポーズから、どうやって『水が飲みたい』なんて言葉を導き出したんだ? ここは……ここは本当に、理性の通じる場所なのだろうか?」

 スノーデビル小隊の兵士が、震えながら答えた。

「……姉さん。ロドスのトップたちは、あの『ドルベ語』を完全に言語として体系化しようとしてる。俺たちが戦ってきたのは、こんな……こんな『怪物たち』だったのか……」

フロストノヴァは、そっと窓から離れ、ベッドに深く潜り込む。

「……明日。もし明日、あの男が逆立ちで歌を歌い始めたりしたら、私は迷わずここから脱走する。……父さん、私、変なところに来ちゃったかもしれない……」

 フロストノヴァはロドスに来たことを少し後悔し始めていた。

 

 

 その晩、深い眠りに落ちたフロストノヴァは、これまでの人生で見たこともない不思議な光景を目にしていた。目の前に現れたのは、淡い光を放つ白い人物と対峙していたのだ。

「私の名はアス……ナストラルと呼んでくれ」

 彼は驚く彼女を横目に、淡々と事実を告げた。

「私はあのナンバーズの元々の力のようなものだ。君の命は今、彼の『No.102光天使グローリアス・ヘイロー』の力によって繋ぎ止められている。本来、召喚されたナンバーズが消えればその効果も消えるが、彼が無理やり維持し続けているのだ。……彼に頼めば、封印しているアーツとおまけの攻撃力をもとに戻してもらえるだろう」

 ナストラルはそこで少し、同情するような眼差しを向けた。

「私が君に語りかけているのは、力が君に継続的に力を送り続けたことで、君の意識と私がリンクしたからだ。そして君には酷なことが明日、判明するだろう。……強く生きてくれ」

 

光が爆発し、彼女はフロストノヴァは視界を奪われた。

 目が覚めたフロストノヴァは、窓の外で相変わらず「ポーズ固定の刑」を遂行中のドルベに目をやった。すると、頭の中にノイズ混じりの「何か」が流れ込んできた。

(……限界……お腹……フロストノヴァ……安心……ポーズ……誇り……)

「……え?」

それは言葉というよりは、強い欲求の断片だった。

アーミヤのように感情を読み取るのではなく、聞こえてくるのはドルベの「断片的」という切実なキーワードだけ。

(……右足……攣る……ケルシー……怖い……耐える……!!ナッシュ……君が……居てくれたら…)

「…………。」

フロストノヴァは悟った。ナストラルの言った「酷なこと」とは、強敵との戦いや病のことでなかったと。

「意味不明な言動を繰り返すドルベの意図を唯一理解できてしまうがゆえに、今後、彼の支離滅裂な行動に振り回され続ける」という、精神的な苦労のことだった。

 この事態を察知したドクターとアーミヤが医療室を訪れ、真剣な表情で切り出した。

「フロストノヴァさん。実は、折り入って相談があります。ホワイトシールドさんのナンバーズによるアーツ無効化は、対象の近くにいた方が安定しやすいんです。そして……万が一君の身に何かあった時、あの規格外の力を持つホワイトシールドさんが側にいれば、すぐに対処できるはず…と思います」

ドクターは申し訳なさそうに、しかし切実な顔で続けた。

「ロドスとしても、彼の『意味不明な行動』を制御できるのは君しかいない。君が通訳として、彼と行動してくれないだろうか? 君自身の安全のためでもあるんだ」

フロストノヴァは、窓の外で今も意味不明なポーズ(実際は全身の筋肉痛に耐えているだけ)をしている男を見た。

(……トイレ……行きたい……でも……ポーズ……崩せない……!!)

「…………。」

 フロストノヴァは、氷のような冷たい視線をドクターたちに向けた。

「……分かった。あの男が自分の『誇り』とやらで自爆して、私の封印まで解けたら困るからな。……ただ、これだけは言っておく。ナストラル……あいつの言った通りだ。これは、どんな拷問よりも酷な任務だ」

 

 

 ドクターとアーミヤは、フロストノヴァの口から飛び出した「ナストラル」という聞き慣れない名前に顔を見合わせた。またもやテラのいかなる文献にも、どの国家の神話にも登場しないその響きに、しかもフロストノヴァの口からでたのが知的好奇心と警戒心が同時に鎌をもたげた。

「フロストノヴァさん、その……『ナストラル』というのは、ドルベさんの関係者ですか? それとも、あのアーツの源流にある存在なのでしょうか」

アーミヤの問いに、フロストノヴァは夢の光景を思い出しながら、少し困ったように答えた。

「私にも詳しくは分からない。ただ、夢の中に現れたあの白い人物は、自分を『あのナンバーズの元々の力の断片のようなもの』だと言っていた。……そして、ナストラルは私に警告したんだ。明日になれば『酷なこと』が分かるとね」

「酷なこと……?」

ドクターが身構えたが、フロストノヴァは深い溜息をついて窓の外を指差した。

「ああ。その正体は、今朝目覚めてすぐに分かった。……あの男、ドルベが近くにいる時だけ、私の頭の中に彼の『心の声』の断片が、ノイズのように流れ込んでくるようになったんだ」

「えっ……ドルベさんの心の声が聞こえるようになったのナストラルさんの力なんですか!?」

「恐らくな。……今はまだ、あのお仕置きのせいで距離があるから聞こえにくいが。これから先、あの意味不明な行動を繰り返す男の傍にいて、その支離滅裂な欲求をいちいち理解しなきゃいけないなんて……。ナストラルが言った通り、どんな戦いよりも『酷な』日常が始まる予感しかしない」

 話を聞くうちに、ドクターは重要な事実に気づいた。

「フロストノヴァ、君の命が繋がっているのはロドスの最新医療の結果だが……君の『アーツの暴走』が今も抑え込まれているのは、彼のおかげなんだね」

「ええ。ナストラルによれば、ナンバーズの本来の力は、召喚されたナンバーズがいなくなれば消えるはずのものらしい。けれどあの男……ドルベは、『絶対にこの封印を解かない』という異常なまでの強情さだけで、無理やりその効果を維持したまま繋ぎ止めているそうだ」

「……ただ『意地』で維持し続けている、と」

ドクターは呆れ半分、感心半分で呟きました。

「……バカげている。彼は最初から規格外の能力で今も分かってないことばかりだが…。ただの『意地』でねじ伏せているなんてね。けれど、だからこそ彼が近くにいないと、封印が揺らぐ可能性がある」

 フロストノヴァは窓の外で、「明日の天気を憂う賢者」を表現するポーズ(実際は朝食のメニューが気になっているだけ)で固まっているドルベを見つめた。

「……けれどドクター、ひとつだけ約束してくれ。もし私が、彼のあまりにも支離滅裂な欲求の断片を聞きすぎて精神を病みそうになったら……その時は、迷わず私を別の部屋に移してほしい」

「……善処するよ」

ドクターの苦笑からの返事には何処となく力がなかった。

 それからチェルノボーグが龍門へむけて動き出す報告が入ったのはその日の晩だった。

 

 

 

 

 チェルノボーグの荒廃した大地に、地響きのような威圧感が立ち込めていた。

 ロドスの精鋭部隊、そしてエリートオペレーターのロスモンティスを伴ったドクターたちの前に立ちはだかるのは、ウルサスの生ける伝説、パトリオットだった。

 しかし、そこに本来いるはずの心強い「切り札」はいなかった。

 突入の際、あろうことかホワイトシールド(ドルベ)は足を滑らせ、チェルノボーグの艦体に引きずられる形で「ウオオワアアアアッッッ!」という、伝説の騎士とは程遠い情けない絶叫を残して物理法則を無視してチェルノボーグの彼方へ飛んでいってしまった。

「……あの男、こんな時に何をやってるんだ」

 ケルシーが苦々しく呟く中、フロストノヴァと数名のオペレーターがホワイトシールドの捜索のために一時離脱。ロドス本隊は、衝突までの時間は限りある。フロストノヴァ不在のままパトリオットとの交渉を余儀なく開始したのだった。

「……ロドス。貴様タチガ……娘ノ最期ヲ……看取ッタト……言ウノカ」

 パトリオットから漏れ出す哀しみは赤黒く変色しているようにさえ見えた。ドクターたちはどれほど言葉を尽くしても、砕け散ったアーツユニットという「死の証拠」を持つパトリオットには届かなかった。

「……やはり、無理やりでも彼女をここに連れてきておくべきだったか……!」

ドクターが後悔に唇を噛み、パトリオットが巨大な槍を掲げた、その時だった。

遠方から、土煙を上げながら全力疾走してくる一団が見えた。その先頭には、気絶して白目を剥きながらオペレーターに引きずられているホワイトシールドと、その傍らを必死に走るフロストノヴァの姿があった。

「父さん……! 父さん、止まって!!」

 戦場に、かつてパトリオットが愛した、そして失ったはずの娘の声が響き渡った。

 掲げられた槍が止まる。パトリオットの巨大な身体が、凍りついたように静止した。

「……幻術……か。……私の……心を……弄ぶか……ロドス……」

 パトリオットの怒りが頂点に達しようとした瞬間、フロストノヴァは全力で父の元へと駆け寄り、その巨大な鎧の手に、自らの手を重ねた。

「幻じゃない。ほら、父さん……。私の手は、こんなに温かいんだ」

 ドルベは、この感動的な親子の再会に、自分が一言でも発すればすべてが台無しになる(あるいはケルシーに殺される)ことを本能で理解していた。

ドルベは、気絶した際に打った頭の痛みに耐えながら、無言で、しかし全力の敬意を込めて「ブックス!(2人の背景に映るように)」のポーズで静止した。

フロストノヴァはパトリオットの鎧にそっと手を触れ、彼女にしか聞こえないホワイトシールドの「心」を感じ取っていた。

(……感動……最高……邪魔しない……俺……偉い…)

(……ああ。ホワイトシールド、おまえの言う通りだ)

フロストノヴァはパトリオットを見上げ、微笑みました。

「父さん。この奇妙な男が……私を救ってくれたんだ。信じられないだろうけどね」

パトリオットの赤い瞳が、奇妙なポーズを決めたままのドルベを凝視した。

「……コノ……奇妙ナ……男ガ……?」

 軍神と「ホワイトシールド」、テラの歴史が、奇妙な静寂の中で交錯した瞬間だった。

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