【完結】 僕のくせにボクの邪魔しないでよ!   作:破れ綴じ

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現在、前作『【完結】俺は死んだはずだよな?』で追加のおまけ話も並行して投稿しています。
よければこちらもいかがでしょうか(´・ω・`)


これで役に立てるなら

 ぼくは──ヴィクくんに、恋をしているのかもしれない。

 

 

 

 ……うわぁ。

 言葉にしてみるとこんなに恥ずかしいんだ。誰にも聞かれてないのに耳まで熱くなってる。

 でも、それ以外になんて言えばいいんだろう。

 最近気づいたことじゃないんだよ。気づくのが遅すぎただけで、感情そのものはずっとぼくの中にあったはずなんだから。

 

 例えば、ドゥジェームでヴィクくんが暗いのが苦手だって知った時。

 あの瞬間、ぼくは──ぼくが指先に灯した火が、彼を救えるんだって、そう思っただけで胸の中がぱっと明るくなったんだ。「ありがとう」って言ってもらえた時、世界が変わって見えた。落ちこぼれだったぼくの炎が、あの強くて優しい人の役に立った。それだけで生きてていいんだって思えた。

 

 ぼくは「役に立てて嬉しい」って解釈してたけど。

 本当は、彼に喜んでもらえたことが嬉しかったんじゃないかな。

 

 お弁当を作ったあの日もそう。

 ヴィクくんが「美味い」って言ってもらえたあの瞬間、ぼくはもう、舞い上がっちゃってた。

 あれは「料理を褒められて嬉しい」「料理の腕を認められて嬉しい」じゃなかったんだ。彼が、ぼくの作ったものを口にしてくれているっていう、それだけのことが、たまらなく嬉しかったんだ。

 

 ヴィクくんが「マージュみたいに」って言ってくれた時もそう。

 頼れる存在として、ぼくの名前を出してくれた時。あの言葉をぼくは何百回も繰り返し思い出して、その度にじんわり胸が熱くなって。

 あれを「認めてもらえた喜び」だと思ってたけれど──多分、違う。

 ヴィクくんに、ぼくが特別だって言ってもらえた気がした。それが嬉しかったんだ。

 

 ……ヴィクくんが死んじゃったって思った時だって。

 あの絶望は、もう、説明できないくらい深くて。世界がぜんぶ、色を失ったみたいになって。

 ぼく自身も終わってもいいって思ったし、それでも怖くて死ねなくて、自分が嫌いになって。

 あれが「大事な人を失った悲しみ」だなんて、生易しい言葉じゃ全然足りないんだ。

 あの時のぼくは、ヴィクくんがいない世界で生きていく意味が、本当に、一個も見つけられなかったんだから。

 

 そして……ヴィクくんが戻ってきてくれた、あの瞬間。

 ぼくはもう、自分でも引くくらいヴィクくんに飛びついてた。

 今もヴィクくんが療養中ってことを言い訳にして、毎日ベッドの横で手を握ってる。ルメドに「離れてください」って怒られても離れない。だってヴィクくんが、そこにいてくれるんだもん。

 

 いつから、なんだろう。

 はっきりとは、分からない。

 ドゥジェームで火を灯した時にはもう、心の中で何かが動いてた気はするし。お弁当を作った時にはもう、ぼく自身、何か見えないものに突き動かされてた気もするし。

 ううん、もしかしたら、もっと、ずっと前。彼を初めて見たあの瞬間から、もう──。

 

 ……分からない。

 いつからかなんて、もう分からない。

 ぼくが、それを「恋」かどうか考えられる余裕が、勇気が無かっただけで。

 きっと、ずっと前から、ぼくの中にはあったんだ。

 

 ……。

 

 ……でも。

 

 ぼくが、ヴィクくんに、こんな感情を抱いていいのかな。

 ぼくは落ちこぼれで、火魔法しか使えなくて、現代魔法の理論にもついていけなくて、勇者の使命なんて立派なものも碌に果たせなくて。彼の隣に立つには、何もかもが足りなくて。

 ぼくはヴィクくんが喜んでくれるなら、ヴィクくんの役に立てるならなんだっていいんだけど──こんなぼくが、ヴィクくんに恋してもいいの? 

 

 ヴィクくんはこんな感情を向けられるの……迷惑じゃないかな。

 

 

 

「……それで、オレに相談したいって?」

 

 うん。

 

「口で言えよテメェ」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「えっと……相談っていうのは、ヴィクくんへの気持ちについて」

 

「……はァ。そうだろうとは思ったが、どう考えても人選ミスだろ」

 

 ……そうかな。

 冷静に考えてみても、リュトに相談するっていう選択は、たぶん間違ってないと思う。

 

 なんだかんだ長い期間、一緒に旅をしてきた。自由を主張こそするけれど、今もこうしてソワンに残っていて、呼べば来てくれている。それだけでも、相談しやすい相手っていえばそう。

 あと、口は悪いけど、面倒見は悪くない。多分。少なくとも、相談を持ちかけてここまで嫌そうな顔はしていても、追い払われてはいない。話を聞こうとする姿勢はあるってこと。

 でも、本当は、それよりも。

 

 リュトが、ヴィクくんに恋愛感情を抱いていなさそうだから。

 

 いや、当社比でしかないけれど。エスクリやルメドやシュヴァに比べたら、ずっと、ずっとマシ。あの三人は完全にもう、ヴィクくんへの感情を隠そうともしていない。あの三人に「ぼく、ヴィクくんに恋しているのかも」なんて相談したら、まず確実にぐちゃぐちゃの修羅場になる。サシナは……その、前に話しかけられて思ったけどそもそも話が通じるか分からない。

 他で唯一まともそうなエペも……ディアマに先んじてネタバレされて、その上で今もなお自分の正体を言い出せずにまごまごしてるし。エペにもああいう人間らしいところがあったんだ……剣なのに。

 

 その点、リュトは、ヴィクくんを大事には思っているっぽいけれど、恋とは違う方向で……だと思う、たぶん。リュトの感情も、あんまりよく分からないけれど。

 でも少なくとも、ぼくの相談を聞いて「オレも同じだ」とか「オレの方が好きだ」とか言い出さない、っていう確信はある。

 

 まぁ、だから、リュト。

 彼女なら……まだ客観的な意見をくれるんじゃないかって。

 

「……ぼく、自分の気持ちが、本物なのかどうか、分からなくて」

 

「……んあ?」

 

「ぼく──ぼくたちって、元は男だったわけじゃない? 勇者シエルだった頃は」

 

「ああ……まァ、そうだな」

 

「今は女に生まれ変わってるから。ぼくがヴィクくんを好きだって思うのって、女に生まれ変わったから、自然にそう感じてるだけ……だから、この気持ちは、一体何なのかなって」

 

「(……あんなに大好きとか言って抱き着いといて、まだその認識なのか?)」

 

 ……ふぅ。

 いざ口にしてみたら、思ったより自分の言葉を言語化できた気がする。

 

 ぼくの中身は男のシエルなのに、外側だけ女になってて。だから外側の都合でこんな気持ちが生まれてるだけだったら、それってぼくの本当の気持ちじゃないんじゃないかな。

 もし男のままだったら、ぼくはヴィクくんを好きになってないかもしれない。そしたらこの感情は、ぼくの中の、ぼく自身の、ヴィクくんに対する純粋な気持ちじゃなくて。女の体が勝手に作り出してる反射みたいなものなんじゃないかな。

 

 災厄討伐で学園の人からとにかく沢山褒められたし、「新たな魔法の発展がどうの」って話で学園への再編入や奨学金についても提案されたけれど……正直今のぼくはそんなことどうでもいい。

 ただただヴィクくんと一緒にいたい。ヴィクくんの近くで、ヴィクくんの役に立ちたい。だから、ぼくはこれからもヴィクくんについていくつもり。

 

 それだけで、本当はもう、それだけでいいはずなのに。

 でも、ぼくのこの感情が、もし、ヴィクくんにとって不快なものだったら。

 重たいものだったら。気持ち悪いものだったら。

 ……それは、嫌だ。それだけは、嫌だ。ヴィクくんに嫌われるのだけは、絶対に、嫌だ。

 

 ヴィクくんに、そんなものを向けたくない。

 ヴィクくんは、特別なのに。ぼくにとって、ヴィクくんは、世界で一番、絶対的に特別なのに。

 そうじゃないと、ぼくがヴィクくんの隣にいる意味がない。

 そうじゃないと、ぼくがヴィクくんに何かを差し出す資格がない。

 

「ヴィクは……まァ、そういうの気にしねェタイプだろ。たぶんな」

 

「それは……うん」

 

「テメェの感情が本物だろうが偽物だろうが、アイツはどうでも……いや、どっちでも嬉しいって言うんじゃねェの」

 

 ……。

 ……確かに。

 

 ヴィクくんは、たぶん、そういうことをいちいち分類して考えたりはしない。誰かが何かを差し出してくれたら、それを「ありがとう」って、ただ受け取ってくれると思う。

 たぶん、否定はしないんだ。偽物だって判定して、ぼくを切り捨てるなんてことはしない。

 

 ああ……ヴィクくん。

 ヴィクくんは、本当に、優しい人だから。優しすぎる人だから。

 

 ヴィクくんなら、ぼくが偽物の感情を向けても、それを丁寧に受け取ってくれる。受け取った上で、ヴィクくんはちゃんとぼくを大事にしてくれる。

 ……それは、それは、ぼくにとって、すごく、すごくありがたいことで。

 でも、それって、ヴィクくんが優しいから、っていうだけで。ぼくの感情が本物かどうかとは……。

 

「あとな。本物だったとしても、迷惑かどうかは、別に分かんねェだろ」

 

「……っ」

 

「アイツの気持ちなんざアイツにしか分かんねェ。オレに聞かれても困る」

 

 ……そうだ。そうだった。

 ヴィクくんが、ぼくの感情を「迷惑」と感じるかどうかは、ぼくの感情が本物か偽物かとは、別の問題なんだ。

 本物の感情だったとしても、ヴィクくんからしたら「重たくて困る」かもしれない。「そんな気持ちを向けられても応えられない」かもしれない。「ぼくと、そういう関係になるのは無理」かもしれない。

 

 ……ヴィクくんの心の中は、ぼくなんかには分からない。

 分からないままで、ぼくは、この気持ちに頭を悩ませ続けるしかないのかな。

 それが、ヴィクくんにとって迷惑だったとしても。重たかったとしても。それでも、ぼくは、ヴィクくんから離れられない。離れられない以上、この感情も、消えてくれない。

 

「……うん」

 

「悪いな、役に立たねェ答えで」

 

「ううん……」

 

 ううん、リュト。

 そんなことない。本当に、そんなことない。

 

 こんなこと、誰かに聞いて納得できるような答えが手に入るものじゃないし。

 それでもぼくが聞きたかったことにちゃんと答えてくれて、ぼくが避けていたことをちゃんと言ってくれて、誤魔化したり慰めたりせずぼくの問いをぼくに返してくれて……それがリュトの優しさだって、ぼくは分かってる。

 

「ありがとう、リュト」

 

「……おう」

 

 ぼくの話を聞いてくれて、ありがとう。

 もうちょっと、よく考えてみるよ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 今日は、たまたま、誰もいなかった。

 ルメドはエスクリの定期検診の日。サシナはちょっと前に「師匠のところ行ってくる」って軽く手を振って出ていったし、シュヴァは引継ぎの仕事で対魔王軍の方。リュトは元々ヴィクくんの療養所に頻繁に来ない。

 タイミングって、不思議。今までずっと誰かいたのに。今日だけ、こんな風に。

 

「ん? マージュ、今日も来てくれたのか」

 

「うん」

 

 ぼくも、いつも通りお見舞いに来ただけ。ベッドの横の椅子に、いつものようにそっと座って。

 なのに、ヴィクくんの顔が、いつもと違うような。

 

「……疲れてる?」

 

「まぁ……な。体に問題はないが、考えなきゃいけないことが多すぎて……」

 

 ヴィクくんの声が、いつもより、少し疲れている。

 ああ。ヴィクくんが、困ってる。やっぱり顔が良い。

 眉が少し下がって、ちょっとだけ伏目がちな目で、口角が上がりそうで上がってなくて、手元がおぼつかなさそうにふわふわしてて、男の人らしい指先が少し遊んでる。

 でも疲れているっていうより……それ以上に困惑がまだ残っているような表情。ユイヌでぼくたちと対峙したときとはまた違う、純粋に驚きの方の要素が強く出てる感じの顔。

 

 たぶん、あの手紙のせいかな。

 十中八九そうだろうな。だって、ずっと自分が憧れてた相手が現世に──しかもお嬢様として転生してるって聞かされた訳だし。まだ頭の中で整理が追いついてないのかも。

 

「とりあえず、シズィに着いたら色々聞くとして……」

 

「ふふ、大変だよね」

 

 ……知りたい。

 もっと、知りたい。

 

 ヴィクくんが、誰にも見せない顔をしている時。

 皆の前では出さない表情をしている時。

 ヴィクくんの中で、何が動いて、何が揺れているのか。

 ぼくはそれを、全部、知りたい。全部、ぼくが知りたい。

 

 ……ぼく、なんでこんなこと考えてるんだろう。

 今、ヴィクくんは困ってるのに。助けてあげなきゃいけないのに。

 なのに、ぼくは、ヴィクくんの今の顔をもっと見ていたいって思ってる。

 ぼくしか知らない顔がいっぱいあったらいいのに、って。

 

「マージュも気になるよな。何か困ったこととかないか?」

 

 ……えっ? 

 

 

 

「マージュはシエルの大ファンだから……あの手紙の件、色々思うところあるだろうし」

 

 あっ……。

 

 

 

 ……あわわわわ! そ、そういえばそうだった! 

 ヴィクくんは、ぼくたちのこと「シエル過激派の同担拒否のガチ恋勢」だって、信じたままなんだ。あの時ぼくが咄嗟にでっち上げた嘘を、ずっと、ずっと、本気にしてくれたままなんだ……! 

 えっと……? じゃあ、今ヴィクくんは、ぼくのことを「シエルが好きで、シエルがもう一人いたって知って混乱しているマージュ」だと思ってる……ってこと、だよね!? 

 

 ちが、ヴィクくん、違うんだよ。

 ぼくは別にシエルなんて好きじゃないんだよ。

 いや、あの日々はぼくの誇りでもあるけれど、そうじゃなくて。

 ぼくが好きなのは……。

 

「……何かあるのか? 何でも言ってくれ」

 

「そんな……」

 

 ……それに。

 ぼくの悩みを、ヴィクくんにぶつけるなんて。

 ただでさえ、ぼくはこんな邪な思いを抱えてるのに。

 ヴィクくんに迷惑をかけるなんて、そんなこと。

 

 これ以上、ヴィクくんに依存しちゃったら。

 ぼくは、この気持ちを、抑えられなく──

 

 

 

「──マージュが何か困ってるなら、俺が力になりたいんだ」

 

 

 

 ……え。

 

「俺は……こんな存在だが。今まで皆に何度も助けられてここまで来た。だから、俺も、もっと皆の助けになりたい」

 

「……」

 

「マージュも、俺の仲間なんだから。力にならせてほしい」

 

 ……あ。

 

 ……ああ、待って、待ってヴィクくん。

 なんで、そんな顔して、そんな声で、そんなふうに、ぼくに、そんなことを。

 

 じゃあ、ぼくが困ってたら、その悩みを解決すれば──ヴィクくんの役に立てるの? 

 ぼくがしたいことをして、それで嬉しいって思えば──ヴィクくんの役に立てるの? 

 ぼくが、ヴィクくんに遠慮し続けることは、ヴィクくんのためにならない……そういうことなの? 

 

 ずるいよ、そんな。ああ、もう。もう、抑えられない。

 ヴィクくんが、こんな顔で、こんな声で、こんなふうに、ぼくに優しくしてくれたら。

 

「……マージュ? なんで、手を……」

 

「ヴィクくん……」

 

「ど、どうした? 疲れてるのか? ベッドは他にも……」

 

「……んんっ」

 

「お、おお? マージュ、その、当たってるぞ? あまり女の子がそういうことをすべきじゃ──」

 

 ぼく、ヴィクくんに、もっと、いろんな顔をしてほしい。

 困った顔も、慌てた顔も、驚いた顔も、笑った顔も。

 ぼくは、ヴィクくんの役に立ちたくて、ヴィクくんと一緒にいたい。

 そのカッコイイ顔で、カッコイイ中身で、ぼくと一生一緒にいてほしい。

 

「ヴィクくん」

 

「ど、どうした、マージュ……?」

 

「本当はね、エペが、一番に、言うはずだったんだけど」

 

「?」

 

「ぼく、抑えられなくて」

 

 ごめん、エペ。

 ぼく、もう、止まれない。

 

 

 

「ぼくは──勇者シエルの、生まれ変わりなんだ」

 

 

 

 ……あ。

 

 ……あ、あ、あ。

 

 ヴィクくんは、目を、これでもかっていうくらい、見開いて。

 口は、半分開いて、何か言いかけて、でも言葉が出なくて。

 視線が、ぼくの顔と、宙の何もないところを、行ったり来たりして。

 頬が、ちょっと、赤い。耳まで赤い。ぼくの色みたい。

 

「マージュ……ええっと……お、おい、ちょっと待ってくれ、その、頭が……整理が……」

 

 今、ぼく、すごく、嬉しい。

 ヴィクくんに迷惑をかけたかもしれないのに。なのに、ぼく、嬉しくてたまらない。

 でも、だって、ヴィクくんが言ったんだから。

 依存してもいいよ、って。それと同じこと、ぼくに言ったのはヴィクくんなんだから。

 

 ああもう、これならぼくは女の子でもいい。

 今までは少し違和感があったけど……これからは、女の子でいい。

 今なら、きっとこの気持ちが本物だって、宣言できる。

 だって、ぼくは。

 

 

 

 ぼくは──ヴィクくんに、恋をしているから。




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