今日はお父様に着いて行って山道を登る一日。
わたくしも今年で「六歳」になりましたから、お父様の商談に着いて行く許可が下りたのです!
ところで、どうして「ユイヌ」という商談場所はこんな山奥に? 目的地がこんな山奥で。わたくし困惑中ですわ。ガタゴト馬車が揺れて、わたくしの仮面も落としてしまいましたし……。
あれお気に入りの蝶々の仮面だったんですのよ? おとうさまがわたくしの仮面好きを不気味に思っていらっしゃるのは知っておりますけど。だからってこんな場所選ばなくても。
「おとうさま、本日のお相手はどちらの商会の方ですの?」
「いや、今日はただの知り合いに会いに行くだけだ」
「……?」
「親不孝者な昔馴染みでね。久しぶりに顔を見に行くだけさ」
……え、えぇっ!?
は、はぁ。なんて拍子抜け。商談ではないんですの? それなら馬車のお時間もお馬さんの餌代もわたくしの仮面も全部無駄になってしまうではありませんの。ええもう……なんですの本当に。
今日は商談だと思って意気揚々とついて来ましたのに。お父様が出かける時は十中八九商談ですし、わたくしも勉強のためにと同席させていただいて、今日もそうだとばかり。
しかも親不孝な方ですって? そんな方を訪ねたところで何の利益が生まれるとも思えませんし。お父様も物好きですわね。まぁ、他様のお付き合いに口を出す立場でもございませんけれど。
じゃあこれから向かう商談場所も……いえ、商談場所ではなく、ただその御方が住んでおられるだけの村ということなのかしら。それならこんな山奥にあってもおかしくは……。
あっ本当に村が見えてきましたわ。えぇーがっかり。
「あれだな。ちょっと話してくる、外で待ってなさい」
「えっ! 子供は中に入れていただけませんの」
「後でだ……その、変なことはせず待っていろよ?」
「……はい、おとうさま」
はぁ……つまらないの。
確かに、わたくしはおとうさまの本来の予定にない連れですわよ? だから少し話をしてからという事情は分かりますわ。
まぁ商談ではないのですし、入る価値もないと言えばそうですけれど。ここまで来てこの扱いとは。安全な村なのか護衛も全然連れてきていませんし、話し相手もいなくて退屈そのものですわ。
できることなんて、少ない村人を眺めるくらい……。
「──見ない顔だな。はじめまして、どこから来たんだ?」
……あら?
いつの間にか男の子が。後ろにはもう一人女の子がいるみたいですし。
村の子供? 女の子の方はわたくしと同じくらいの年かしら。男の子の方はもう少し年上そうですが。
ただ、わたくしは商家のお嬢様。一般人とは身分が違いますのよ? そんな気軽に話しかけてくるなんて……。
いやまぁ子供同士なら仕方ありませんわね! わたくしもまだまだ青いガキなのですし。
「シズィからですわ。はじめまして」
「シズィなのか! 一回行ってみたいんだ。すごく大きいんだろ?」
「そうですわよ」
「へぇー……!」
へぇー、ですの?
まぁこんなド田舎の村に住む人生始まったばかりのあなたには、わたくしの故郷の凄さなんてピンと来ないのでしょうね。
子供相手だからぶしつけな態度も許してあげますわ! わたくしの寛大さに感謝してくださいまし!
「……ヴィっくん。誰?」
「知らない。シズィから来たって」
「ふーん」
あらさっぱりした子。こっちはあんまりわたくしに興味がなさそうですわね。
まーいーですわ。変に取り繕って興味ある振りされてもわたくし嫌ですもの。むしろその嘘偽りなさや、自身が田舎者であることを隠す素振りもない純粋さは好感度高めですわよ。扱いやすそうですし。
それに……。
「? わたしの目になにか?」
「いいえ! 綺麗な瞳だと思いまして!」
「そう? あなたも綺麗。みーとぅー」
そう、彼女の目。
磨き上げられた金貨のように──綺麗な『金色』ですわ。
それ即ち──彼女がわたくしの同類であるということ。
勿論、全くの偶然の可能性もありますけれど。この子とは将来また因縁ができそうな気がします。
どうせお互いすぐ忘れてしまうでしょうが、せっかくの待ち時間。ここで「商談の練習」として、このお二人に構ってあげるのもお金持ちであるわたくしの役目かもしれませんわね!
このディアマの覇道の第一歩として!
目の前のお子様二人はその礎、最初の練習台になって頂きますわー!
*
……なんてことも、ありましたっけ。
このディアマがまだまだ幼かった十年前の出来事。丁度今の今まで忘れていましたが……。
あの時会っていた少年が……ヴィクトール様だったなんて!
くくく……これは奇遇というか、運命というか!
婚約の外堀を埋……前準備のためにヴィクトール様のお義父様へご挨拶に伺いましたが。よくよく考えればわたくしユイヌって行ったことありましたわ。もう完全に度忘れしていましたけれど。
昔、お父様がただの知り合いに会いに行く、と言って連れて行かれたあの場所。あの時の家。あの時会った男の子と、その隣にいた女の子。
……え、あの男の子、ヴィクトール様だったんだ……? って!
ご縁とはこういうものなのでしょうね。
お父様にも教えて差し上げたいですわ。「あの時連れて行ってくださった山奥のお家、あれがわたくしの将来の婚約者のご実家でしたのよ」って。お父様、何とお答えになるかしら。
まぁそれはさておき。
「帰ってきましたわ! シズィ!!」
本来はシズィ商会を束ねる身、帰って来てもやることは山積みなのですけれど……そこは流石わたくし。道中の数日の間で、通常業務は全て片付けてきましたのよ?
仕入れ価格の改定案、北方ルートの再編成、新規取引先の信用調査結果の精査、地方支部からの定例報告、今期の人員配置の見直し、それから──対魔王軍がらみの後処理。
くくく……今回も完璧なお仕事ぶりですわー!
道中で全部捌けたら誰も困りませんのよ? わたくしがどれだけ優秀かが分かりますわよね?
お父様も時間は有効活用するよう口酸っぱく仰ってましたけど……同じ移動時間でわたくしは対魔王軍の諸々済ませておりますからね。世代交代ってこういうことですわ。
で、残るは。
商会に関する諸々の意見書のお返事。
「ではじいや! 残った仕事パパっと済ませますわよ!」
うちの商会、少しでも下からの意見が拾える体制を取っておりますのよ。意見箱と申しましょうか、目安箱と申しましょうか。匿名でも記名でも構いませんから、商会員の誰でも上層部に提案や懸念を上げられる仕組み。
わたくしも一応それは尊重しておりますの。下からの意見というのは時々宝の山ですし。
まぁ大半は雑音ですけれど! くくく!
まず一件目。ふむふむ?
元々わたくしに決まっておりましたエクス家のご子息との許嫁話を一方的にお取り消しになったことへの抗議……ですかしらね。「未来のシズィを担う重要なご縁を一商会代表の独断で取り消していいのか」とのご意見。
まぁ? あんな契約とりあえずお父様が取り付けてきただけの義務的なものですし。商会同士の慣例として結ばれていただけのもの。
しかもエクス家のご子息、最近は経営にも碌に関わっておられず、社交場では他のご令嬢方を口説き回っておられたとの報告も上がっておりますし。これは正式に「契約締結前の重大事由」としてこちらが先に取り消しを通告できる口実になりますわね。
ま! これもわたくしが「シズィ側に非が無いように見せつつ」「エクス側が婚約に消極的になるよう誘導していた」ことが効いた訳なのですけれども! いつでも切れるように関係性を適度な距離感で維持しておいたわたくしの先見の明が光りますわー!
で、二件目。
ヴィクトール様の素性のはっきりしないことへのご懸念。「どこの馬の骨とも知れぬ旅人をシズィ商会の代表の伴侶に迎えることは、商会の格を落とす行為では」とのご意見。
なるほど。表面的にはそう見えるかもしれませんわね。
あの英雄譚でヴィクトール様の功績は公にならないよう緘口令を敷いておりますし、おそらくヴィクトール様もそれを望んでおられますわ。素性が不明だとか仰られてますが、わたくしがユイヌまで直接確認してきましたので何も問題ございません!
むしろ、ヴィクトール様の名前が広まるのは対魔王軍としての今後の活動が主になるでしょう。地位や血筋を持たない未発掘の英傑を商会が迎え入れるという形は、商会の格を落とすどころか「シズィ商会は実力を最も重んじる」という強烈なメッセージになります。
それにヴィクトール様の「非常に大きな秘密」についても。
わたくし、商会の情報網で徹底的に調べ尽くして、色々グレーな手段も使って全部収集済みですのよ。わたくしに関係する重要な真実も、世界を揺るがしかねない危険な情報も、全踏まえた上でわたくしはお金を取りますわ。
なにはともあれ、今後の取引相手はわたくしどもの判断基準を「血筋ではなく実力」だと理解してくださるはず。長期的にはこれ以上ない宣伝効果ですわ。はい、却下!
三件目。
ヴィクトール様が各地を飛び回るため、シズィに定住なさらないことへの実務上のご懸念。「商会代表の伴侶が常時不在では、社交や式典への対応に支障が出る」とのご意見。
……これはまぁ、もっともなご指摘ですわね。普通の商会の伴侶でしたら、確かに常駐していただかないと困りますもの。
でも、ヴィクトール様の場合は逆に動いていただいてくれた方が利益になりますのよ。あの方が各地を回って魔物討伐や復興支援をなさるたびに、その先々で「シズィ商会代表ディアマの伴侶」という肩書きが広まるのですもの。一箇所に縛り付けて社交場で紹介するよりも、世界中に名前が広がる方がよほど宣伝効果が高いではありませんの。
社交や式典の対応につきましては、わたくし一人で十分こなせます。今までも一人でやってきたんですもの、何の問題もございませんわ。伴侶を「商会の備品」として捉える発想自体が古いんですのよ。これからの時代は「広告塔」としての伴侶。動いていただいてこそ価値が出ますの。
で、次は?
婚姻による商会の継承権・後継問題へのご懸念。「ヴィクトール様との間にお子様が生まれた場合、その子に商会の継承権が発生するのか」とのご意見。
……ふむ?
わたくしが商会の代表である以上、後継者の指名権はわたくしにございますのよ。お子様が生まれたとして、その子が商会代表に相応しい資質を持つかどうかはわたくしが判断いたしますし、相応しくなければ別の方を指名すれば済む話ですわ。
ヴィクトール様の血筋がどうこうというお話でしょうけれど、そもそも商会の血筋というのは「商人としての才能」のことであって、家系図に書かれた名前のことではございませんでしょう? 血筋を金科玉条にする商会は時代遅れですわ。
それから、ヴィクトール様ご本人は商会経営にご興味がないご様子。後継問題に口を出していらっしゃるわけでもありませんし、お子様が生まれたとしても、その子の教育はわたくしの責任で行いますの。
ご懸念には及びません。はい、次!
くくく、忙しい忙しい!
でもこの一つ一つが商会のさらなる発展に繋がるんですもの。最終的に増える額のことを考えればもう楽しみで仕方ありませんわ!
*
「この仮面部屋も……来る頻度は減るかもしれませんわね」
今日も、いつも通り。ずらり。壁いっぱいに並んだわたくしの仮面コレクション。
お父様もずいぶん不気味がっておられましたけれど、わたくしにとっては大切な家族同然のお方々ですもの。長いお付き合いでしたわ。
……ただ。これからは、ヴィクトール様のためにも仮面をつける機会は減るでしょう。あの方の仮面恐怖症の前で、わたくしの楽しみを優先する訳にはまいりませんし。商談用にかぶる機会も、減るかもしれませんわね。今後の生活の中心はあの方になるのですから。
……ふぅ。
「それはそれとして!」
いつまでも感慨に耽っているわけにはまいりませんわ。
お椅子に腰を下ろして、頭を切り替え。
現在の最重要案件はシエル様達の動向ですわ!
ヴィクトール様からのお手紙に「皆の機嫌がとても悪くなっている」と書かれていらっしゃいましたし、わたくしの情報網からも同様の報告が上がってきておりますの。
あちらは六人。あの方々が結託してわたくしのこの婚姻を阻止しに動いた場合……まぁ流石に物理的にどうこうという話にはなりませんでしょうけれど、社会的・政治的な妨害は十分にあり得ますのよね。
動きが出る前に、こちらが先に既成事実を積み重ねるしかありませんわ。ヴィクトール様が断れないように外堀もガンガン埋めていきましょう。
「まずは、式についてどうするか……ですわよね」
莫大なコストをかけて派手な式を挙げるべきか否か。
商人として冷静に天秤にかけますと……正直、必須ではございませんわ。わたくしが欲しいのは「伴侶がヴィクトール様」という事実そのもの。婚姻届に記名してくだされば、それだけで法的にも商会的にも目的は達成できるわけですし。
ただ、わたくしは界隈でも多少は名の通った身。派手に挙げることで「シズィ商会代表が、ある殿方を伴侶に迎えた」という事実を世界中に高らかに発表できますし、シエル様達がいかに反対の声を上げようと、覆せないほどの既成事実を作り上げられます。プロモーションとしても大きな機会になるでしょう。
「もしするとすれば……衣装はどうしましょう」
婚礼衣装をどう仕立てるか。
わたくしのプロポーションは……ふふ、自慢できる範囲。あのシュヴァ様の特注胸当てだって問題なく装備できる程度には恵まれておりますの。これをヴィクトール様へのアピールに利用しない手はありませんわ。
あっでもよく考えれば、ヴィクトール様の周囲の女性陣も大概でしたわね。ルメド様を除いた全員が、お揃いでダイナマイト級だったような。
う~ん。後で専門のスタイリストを呼びつけて詳細に詰めていく必要がありますわね。いくら見慣れている可能性があるとはいえ、わたくしの美貌を生かさない手はありませんもの。
「ヴィクトール様到着時の滞在場所も考えませんと」
ヴィクトール様はお話をしたがってるそうですから、ご到着後はそのための場所が必要。
以降もシズィに滞在してもらうための宿泊先も用意しなければなりませんわね。
ここでひとつ仕込みを入れましょうか。
商会所有の別邸の中でも、特に景観の良いものを一つ選定。
夜景の見渡せるテラス、上等なお酒、控えめな照明、二人きりの時間が自然と生まれる導線設計。すべて事前に整えて、ヴィクトール様をその空間へお迎えして。これで向こうをその気にさせましょう。完璧に事が進めば、お話し合いを行ううちに自然な流れで、という可能性も……ね?
その先のお話まで進めば、もう既成事実というレベルでは済みません。法的にも社会的にも、関係性は確定的なものになりますわ。そして、その別邸を婚約後の新居として使用すれば、滞在場所と新居の手配が一度に解決。一石二鳥どころか三鳥四鳥の効率ですわね。
これは打算ばかりではございませんのよ? ヴィクトール様にも気持ちよく過ごしていただきたいですし、わたくしとしても、その、ね。あの方に伴侶として認められるための演出は必要ですもの。
商談の延長として段取りを組めるのは、わたくしの強みですわ。お酒の銘柄、テラスからの夜景の角度、最初の会話の入り方、二人きりになるタイミング、そこから先の流れ──全て商談と同じく事前に詰めておけば、当日は予定通りに進行するだけ。完璧ですわ。
よしよし、そうと決まれば書類に整理して、明日の朝までに別邸の選定と手配を始めましょう。
──コンコン
「あら? じいや? どうしましたの?」
えっ?
まぁまぁ! ヴィクトール様からまたお手紙が?
どれどれ? 見せてくださいまし!
ふむふむ。
まぁ! 遂に療養が終了し、今現在シズィに向かってると!
素晴らしい、嬉しいタイミングですわ。
今ちょうどあの方のことを考えていたところでしたのに、なんてご縁……。
「……な、なんかこの手紙、文字ガッタガタですわね」
……何か悲しいことでもあったのかしら。
その、触れないでおきましょう。これは。うん。
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