常識剣なのに(´・ω・`)
「いよいよ出発だね、ヴィクくん。隣座って、いい?」
「……ああ、うん。いい、ぞ」
「ね、ぼく、あったかいよ? 寒かったら言って? 温めてあげる」
……。
「シズィまではゆっくり進みましょう、いくつか拠点を中継予定です!」
「えっと、助かる……ルメド」
「はい! スケジュールの空き時間は診察ですから、一人で待っててくださいね!」
……。
「辛い? 抱く? 今日明日なら安全だと思う。ヴィっくん玉砕記念」
「止め、その、止めてくれ。本当に、色々」
「………………もしかして解釈違いだった? 失礼」
……。
ソワンを無事出発した僕達。
何故かすごく落ち込んでいるヴィク。
急にデレが加速する自分自身達。
時折すごく混乱した様子を見せるヴィク。
ディアマから届く手紙と言う名の燃料。
そして……未だにまだ何も告白できてない僕。
なんか知らない間に抜け駆けしてた数人。
ぼ、僕は、どうすれば……。
「な、なぁヴィクトール。君は……好きな髪型とか、あるか?」
「えーっと、そうだな。こう、長めのを、こんな感じでまとめたみたいな」
「ああ君の師匠と同じ髪型だな。それ以外で頼む」
……。
「ねぇヴィク……あんな女のとこに行く必要あるかな。ただでさえ大勢なのに……」
「いやだがエスクリ、流石にあの内容を無視するわけには」
「いいじゃんそんなの。ボク達は戦ってこそでしょ。結婚なんて……」
……。
「で、ヴィク。まだエペの野郎は何も言ってやがらねェのか」
「こ、これ以上何の話があるんだ……?」
「……はァ」
う、うわあああああ!!
*
……落ち着け、エペ。
けれど、こうでもしないと、今の僕は本当にどうにかなりそうだから。
今の状況は、ある程度理解できているつもり。
彼本人からすれば、前世からの希望であり憧れでもあった「勇者シエル」が実は自分と同じで転生していて……しかも女性に変わっていたっていう衝撃の事実を突きつけられている。
しかも、抜け駆けしてマージュとルメドとサシナが先に告白を済ませちゃった。ヴィクからすると、その「勇者シエルの生まれ変わり」は既に自分の近くに三人いたってことになってて、混乱するのも当然だ。その上、ついさっきサシナに聞いてみたら「ヴィっくんは師匠に告白して、見事玉砕した」だなんて言ってくるものだから。
今の事情を知ってしまった以上、ヴィクのすごく落ち込みかつ混乱している様子もあまりに納得がいきすぎて……むしろ、よく出発できたというか。
じゃあなんで僕はいまだに告白できてないんだよぉ……。
ヴィクは今、すぐ近くにいる。エスクリの背中に背負われた僕からは、彼の横顔がよく見える。落ち込んでいる。誰の目から見たって落ち込んでいる。その理由も、もう僕の中で整理がついてしまった。
なら、寄り添うべきだろう。剣として、仲間として、そして──
……それから、先が、出てこない。
なんで、出てこないかな。
僕には、ちゃんと理由があったはずなのに。
最初に告白すると啖呵まで切ったはずなのに。
あの時、皆の前で、僕が言ったんだ。「一番手は僕に任せてほしい」って。あの瞬間の自分は、ちゃんと覚悟ができていた。彼に一番隠し事をしてきたのは自分なんだから、誠意を示すのは自分から。そう、決めたはずだったんだ。
なのにここまで何日経ったのか。マージュは涙ながらに告白を済ませて、今は隣の席を勝ち取って密着している。ルメドは診察を口実に二人の時間を確保することを覚えた。サシナは「玉砕記念」だなんだと、わざわざ傷口に塩を塗りに行った。
……抜け駆け。そう、抜け駆けされた。立て続けに、だ。
立候補したのは僕だったのに。そりゃ言い出せてない僕が悪いんだけど。
僕だったらちゃんと事情を説明して、理解できるようヴィクに伝えてたはずなんだ。
ただ、彼にときめいたから衝動的に言っちゃったとかじゃなくて……いや、なら言えてない僕が結局一番悪い。
なのに……。
『ぼ、僕、は……』
「どうしたのエペ、さっきから」
『い、いや。なんでも……ない』
……だめだ。情けない。声に出さない念話なのに、噛みかけた。
誰にも届いていないはずの音すら、上手く形にできない。
……はあ。
……一度、深く息を……いや、息はないんだけど。とにかく、整えよう。
思えば、僕がヴィクと交わしてきた時間って、どんなものだっただろう。
彼に出会ってからずっと、僕はエスクリの手の中で、彼の戦いを見ていた。彼の声を聞いていた。彼の勇気を、仲間の装備として、近くで知っていた。
でも、声をかけることはなかった。意識を示すこともしなかった。
できなかったわけじゃない。しなかったんだ、僕は。
武器に意識があると知れば、勇者シエルの事情を話さざるを得なくなる。そうなれば、彼との関係は変わる。彼が僕に対して気を遣うようになるし。それを避けたかったから、ただの剣のふりをしていた。
……まぁ、それは半分本当で、半分言い訳だ。単純に、僕に憧れてくれている彼に、自分の正体を打ち明ける勇気が無かっただけ、っていうのが真実に近い。
長い時間、ずっとそうしてきた。観察者でいることは、ある意味で楽。何も負わずに済むから。何も背負わずに、ただ見ているだけでいい。剣として在ることは、それを正当化する都合の良い言い訳だった。
……それで、初めて意識を見せたのは、あの茂みの中。彼が魔王だと告白して、皆と戦い、僕が彼を抑え込んだ、あの瞬間。あの時、僕は確かに踏み出した。剣としての沈黙を一度破った。
……でも、それだけだった。あれは「意識がある」と示しただけで、「自分がシエルの生まれ変わりだ」とは、何ひとつ言えていない。核心には、触れていなかったんだ。
──『僕が一番初めに、ヴィクに本当のことを言う』
……あの時の覚悟は、本物だったよ。あの瞬間の自分は、確かに正しかったと思う。
ヴィクのことを疑った瞬間。皆の前で「彼には謎が多すぎる、魔王軍側の人間じゃないか」って疑ったり、「君が内通者みたいじゃないか」ととんでもないことを考えだしたり。
……どっちも、僕の判断としては間違っていなかった、と思いたい。
思いたいけど、間違っていなかったから何だっていうの。
彼を疑ったのは事実で、その事実は今も僕の中に棘として残っている。
彼の過去を聞かされた、あの茂みでの長い時間。彼が一つずつ、一つずつ、自分の中の負債を吐き出していった、あの時間。
あの時の僕は、何ができた? 彼に寄り添う言葉が、励ます言葉が、彼を一人にしないと誓う言葉が。本当はもっとたくさん、彼にかけてあげるべき言葉があったはずなんだ。
なのに僕は、ただ「信用しています」と言って、それで自分の役目を果たしたつもりでいた。剣としての立場に、また逃げ込んだだけだった。
……ああ。僕は、ずっと、こうなんだ。
決定的な瞬間に踏み込まない。一歩手前で止まる。剣だから、と言い訳して。観察者だから、と立場に逃げて。
立候補したのは、その自覚があったからだ。誠意を示さなきゃと思ったからだ。
なのに今も、こうして、結局言えていない。
どの口で「一番手は僕」だなんて言ったんだろう。
どの面下げて、毎日彼の隣で運ばれているんだろう。
……まぁ、剣に面なんてないんだけど。
「おっ。そろそろ見えてきたじゃねェか、あれが今日泊まる村か?」
「そうだな。一応ルメド……に確認を取ろうか」
「なんで『ルメド』で言い淀んだ?」
……ヴィクの目を見るのが、怖い。
いや、もう、剣に目もないんだけどさ。
怖いものは怖い。
今までずっと黙って来た立場なことに加えて、重すぎる告白。「剣なのにどうして」なんて言われるかもしれないし、彼を疑っていた罪悪感も相まって猶更怖くてたまらない。
マージュやルメドやサシナの告白を、彼はそれぞれ受け止めてくれたって聞いた。サシナのは何かよく分からないことになっていたみたいだけれど、結局は受け入れていたって。
受け入れてくれることは、たぶん分かっているんだ。彼はそういう人だから。
だからこそ、怖い。
……ああ、もう。
このままじゃ。このままじゃ、僕、一生言えないままだ。
彼が誰かと結ばれて、旅が次の段階に進んで、それでも僕はエスクリの手の中で、ずっと「ただの剣」のフリを続けることになる。
冗談じゃない。冗談じゃないよ。
『……うん』
「ん?」
『……決めた』
逃げないって決めたんだから、もういい加減にしなきゃ。
今日。今日、絶対に言う。
言う、絶対に。今日中に。
『──エスクリ』
「……ん? なに、エペ」
『今日、頼みがあるんだ。少しだけ、僕をヴィクに預けてほしい。話したいことがある』
他の三人みたいに上手く言えなくたっていい。震えたっていい。途中で言葉に詰まったっていい。
ただ、彼に伝える。それだけはやり遂げる。
ヴィクが受け入れてくれるかどうかは、彼の自由だ。僕の役目は、伝えることまで。
……うん、よし。
「……ま、いいけど」
『ありがとう』
……まぁ、その。
うん、そういう反応にもなるよね。彼女としては、僕は彼女の剣だし。
でも、頼んだ。もう退けない。
ヴィク。
今日、僕、ちゃんと言うからね。
*
『僕は──勇者シエルの、生まれ変わりだ』
「………………剣だよな?」
……言った。
言えた。とにかく言葉にして、ヴィクの耳まで届けることはできた。
本当はもう少し、丁寧に切り出すつもりだったんだ。「実は前々から伝えたかったことがあって」とか、「驚かせてしまうかもしれないんだけど」とか、そういう前置きを置いて、彼が心の準備をできるようにしてから、本題に入る予定だった。ちゃんと詳細な説明もするつもりだった。
でも、いざ二人きりで彼の声を聞いたら、もう、頭の中の前置きが全部消えて、いきなり結論だけ出ていった……剣に頭はないけれど。
「……じゃあ、エスクリが『エペを預かって』って言ってたのは」
『うん。これを伝えるため、だよ』
ヴィクの様子は……ああ、想像以上に混乱している。当たり前か。
マージュやルメドやサシナの告白を経験しているとはいえ、剣に意識があると知っていたとしても、その剣が勇者シエルの生まれ変わりだなんていう情報は、また別の処理が必要なんだろう。
人間が「生まれ変わりだ」なんて宣言するのとは違って、僕剣だからね。これに関しては僕だって意味分からないんだけど。なんで僕こんな体になっちゃったの?
「お、おお。ちょっと待ってくれよ……」
……うわ、目線がすごく彷徨ってる。
机の方を見て、天井を見て、自分の手を見て、また僕の方に戻る。それの繰り返し。今までこんなに目が定まっていない彼を見たことが無いかも。
声に出してはくれているんだから、まだいい方だ。本気で衝撃を受けると人って黙るらしいから、こうやって混乱の言葉を漏らしてくれている分には、まだ受け止め切れる範囲……と、思いたい。
「いや、その、エペに意識があるのは教えてくれたし、知ってる。でも……勇者シエル……?」
『……うん』
「……」
『……ごめんね、いきなり』
「……いやいや、いやいや」
……ヴィク。
頭の中が処理しきれてないんだろうな。
普段ならもっと、こう、理屈を組み立てて整理する人なのに、今は反射の言葉しか出てこない感じ。
君が今そうやって戸惑っているのは、僕がずっと黙っていたからだ。
言うべきタイミングなんて、いくらでもあったはずなのに。その全部で、僕は黙ることを選んだ。剣だから、武器だから、観察者だから、と理屈をつけて。
今この混乱は、その積み重ねの結果なんだよね。
「整理する。整理させてくれ」
『うん』
あぁ、今のは「整理しよう」とする時の彼の癖。
何度も見たことがある。戦闘の前とか、難しい判断を迫られた時とか、こうやって一度息を整えてから、頭の中を組み立て直す。
戦場での切り替えと同じ動きを、こんな話題でやってもらってしまっている。
申し訳ないやら、嬉しいやら。彼が僕の話を、ちゃんと向き合うべき話題として扱ってくれている、ってことだから。
「エペは、勇者シエルの生まれ変わり、ってことでいいんだな?」
『うん』
「で、俺が、勇者シエルの話をしているところを見てて」
『うん』
「俺と、ずっと、一緒だった、と」
『……うん』
「……」
……気まずいです。
僕が悪いんですけども。
気まずいです。
次何を言うんだヴィクは。彼のことだから僕を糾弾はしないと思うけど、今までのことを思えばこの場で怒りのままにへし折られたって文句はいえない。なんなら今僕が無事でいるのは、僕が彼の憧れの存在だからまである。
だから、次に何を言われても、僕はそれを受け止めないと……。
「……俺、エペに、失礼なずっと酷いこと言ったり、雑な扱いしてなかったか?」
……ん?
『……いや、してないよ』
「本当か? 勇者様に対して、手入れも、たまにサボったりしてた気が」
『えっと……気にしてない、そんなの』
「……その、勇者に対して、随分上から目線だった気が」
『もう! 勇者とかいいから! 気にしなくていいんだって!』
ああ、本当に、ヴィクは。
一番先に出てくる感情がそれなんだ。自分が黙っていた剣に対して責めるんじゃなくて、自分の振る舞いを反省する方向に行っちゃうんだ。相手が悪いって発想がそもそも出てこなくて、自分で背負い込もうとしちゃうから。
君のそういうところ、僕は本当に好きで、なおさら、黙ってきたことが申し訳なくて。
……ああいや、違う。
ヴィクだって本当は分かってる。
彼だって既に四人から勇者シエル宣言を受けてる。同じことを考える機会は今まで沢山あったはずだし、だからこそ混乱を繰り返していたんだ。
だから、彼なりに自分で気にしていたことを整理して、今話してる。本気で勇者シエルがこれまでの仲間の絆を放り投げてまで怒っているとは思っていない。
ここまで来て、仲間が全員「金色の瞳」なのにまだ新規で驚いたリアクションしてるあたり結局鈍感なのは変わらないと思うけど。
『……ヴィク』
「ん? あ、いや。すまん、ちょっと、頭の中が忙しくて」
『……無理しなくていいよ。その、「あのこと」だよね?』
「……っ」
だから、今ネガティブな意見が出てきやすい本当の理由は。
前々から気にしてたと言うより、直前に『ショッキングな出来事』があったせいで……それで自信を喪失しているから、気持ちが落ち込んでいるからだ。
『サシナから、聞いたんだ。ごめんね、勝手に』
「……ああ、いや。隠す気もなかったから、いいんだが……情けない話だよな」
そんなことないよ。情けないなんて思わない。
……君がどういう気持ちで、エネに告白したのか。本当に今も好きだったのか、それとも気持ちにケリをつけたかったのか。その気持ちが分かるだなんてとても言えないけれど、その、結構ショックだったんだよね?
幼いころから慕っていた師匠に振られて、それでも次の街に向かわなきゃいけなくて、ディアマと話さなきゃいけなくて。落ち込んでいる暇なんてないって、自分で自分に言い聞かせている。
『……僕は、変形ができる』
「……エペ?」
『柔らかさとかも、自分の意思で操作できるし、人間の肉体にだって寄せられる』
「えっと……どうした?」
『魔力がなくなれば動けないし、抵抗も出来なくなるんだ』
「な、何してる? 何で人型に変形して……」
……僕は、ずっと近くにいて、ずっと黙っていた。
その間、君は何度も傷ついて、何度も独りで耐えて、それでも前を向いて歩いてきた。
なら、今こそ。長年寄り添えなかった分、今、ここで、僕にできることをするべきなんだ。
『僕、エネの見た目にも、なれる、し』
「えっ」
『だから、寂しかったら……その、いいから、ね』
彼の落ち込みを、少しでも、軽くしてあげる。
それがきっと、今まで君を無自覚に傷つけてきた──僕の役割。
それが例え、彼の想い人の見た目になってだとしても。
……ほら、エペとエネって音が似てるしさ。そういう意味でも、丁度いいかなって。
「お、落ち着けエペ! 流石にそれは駄目じゃないか!?」
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