良く言えば真面目、悪く言えば空気が読めないです。というか読んだ上で突っ切ります。
そのせいでずっと拗らせている人がいます。
多分探せばもっといます(´・ω・`)
ディアマめ。本当に何を考えているんだ、あの女は。
長い付き合いだったはずだ。だからこそ、私が彼をどう思っているかは知っていたはず。なのに、何の前置きもなく、最初の相棒の私を差し置いて、あんな手紙をヴィクトールに送りつけてくるとは。
しかも、結婚。結婚だぞ。あの言葉を聞いてなんだかイライラして仕方ない。人生の最も大きな節目の一つを、一切私が監視しないままに決めて言い訳が無い。商談の前にこちらへ一言あって然るべきだ。
それなのに、知っていて、それでも動いたということになる。
あの女のことだから、どうせ、金のためにと。
……裏切られた、という言葉を使うのは、少し違う気もするが。それ以外に当てはまる言葉が見つからない。信じていた相手に背中を刺されたとでも言うべきか、いや信じていないから妥当ではないが。
まぁ、いい。
私はヴィクトールの『最初の相棒』。サシナやエネという想定外は存在したが。共に旅をして、共に剣を振るい、共に夜を越えてきた仲だ。あの時間は誰にも譲れない。商会の力で何かを差し出されたところで、買えるものではないのだから。
それに、ヴィクトールは真面目な男だ。ああいう取引めいた申し出に、簡単に乗るような性格はしていない。最終的には正しい判断をしてくれるはず……。
……だが、私と離れていた間、ヴィクトールは別のシエル達と旅をしていた。
数年共にいた私を失って、その後すぐに他の女に声をかけていた。
確かに、一人で旅をするのは不安だったのかもしれないが、それでも私のことを多少は引きずってくれていいんじゃないか? 旅の道中私についての話題が複数出ていてもおかしくないはずだ。そうなっていればエスクリ達も私とヴィクトールの関係性を理解してくれたはず。
しかもだぞ、再会した時のあの瞬間。あの男は、私が女だと気付いていなかった。
もう何回も何回も何回も気にしているが、あの時は本当にショックだった。
女として意識してほしいんじゃない。
私のことに興味がないのが嫌なんだ。
最初の相棒だと自分では思っていた。
背中を預け合った仲間だと思っていた。
私は……少し不安になっている。
今でこそヴィクトールは、私を女性として認識している。これは間違いない。
あの再会のショックは確かに大きかったが、現在進行形のものではない。いつまでも引きずるのは私らしくないし、何より失礼だ。
ただそれでも、ヴィクトールとの関係に、私はずっとこんなものを抱えていたのかもしれない。数年隣にいたという事実。共に剣を振るったという記憶。それだけでは足りないと、心の奥が訴えている。
彼には私をもっと知ってほしいと、色々な私の姿を覚えてほしいと思っている。
……あの再会の瞬間。
性別を間違えられていた、あの瞬間が、まだ棘になって残っているんだ。最初の相棒だと思っていたのに、相手は私の性別すら知らなかった。それだけの事実が、こんなにも長く尾を引くものだとは。
関係というのは、過去の事実だけで決まるものじゃない。今この瞬間から、これから先で、どう積み重ねていくかだろう。それは私の方からも働きかけられることのはずだ。
……それに。最近、よく思うことがある。私はきちんと「女性」だと。精神においては──僕が「男」であると主張しているが、現世での肉体において間違いなく私は女性だし、それは周囲も認めるところだと。
そう思うようになった理由が──最近一つできた。
*
「シュヴァ様!」
「シュヴァ様、お元気そうで何より!」
「旧対魔王軍では大変お世話になりました! 私の母を救っていただいて……!」
これがいつものことだ。
街や村に足を踏み入れた途端、まるで気配を察知したかのように人が集まってくる光景。世界が平和になった証であり、対魔王軍として活動していたが故に生まれた──私の数少ない悩みの一つ。
仲間達の中で私だけは知名度が他の比ではない。おかげで街に入った後は仲間達と一緒に行動するのが難しい。皆を巻き込むわけにもいかないし、何より私と一緒にいるとろくに買い物もできない。
だからソワンを発って以降、街に立ち寄るたびに別行動を選ぶことが多くなっている。まぁ、それぐらいなら別に構わないのだが。
「シュヴァ様、こちらにご署名を……!」
「ああ、構わないよ。何か書くものを貸してくれ」
「ありがとうございます! 家宝にします!」
「家宝は……大袈裟じゃないか?」
……まぁ、悪い気はしない。
私が動いてきた結果が、こうして人々の感謝という形で返ってきている。それを実感できるのは、やはり嬉しいことだ。
救えなかった命もあった。守れなかった街もあった。それを思えば、こうして笑顔で私を迎えてくれる人達の前では、胸を張っていなければならないだろう。彼らの前で項垂れるのは、彼らの感謝に対しても失礼に当たる。
そしてもう一つ、慣れてしまったこと。
「相変わらずお美しいですね、シュヴァ様」
「凛々しくて、本当に絵姿のような……!」
「私もシュヴァ様みたいになりたいです!」
「シュヴァ様、こちらの花、お受け取りください!」
「ああ……ありがたく頂こう。素敵な花だ」
これだ。
前まではそこまで余裕が無かったというのもあるだろうが──この見た目を褒める人々が増えるようになった。
集まってくるのも女性が多くなって、そのまま所謂女子会のような流れになることが多い。
最初の頃はどう返していいか分からなかった。でも今は、そういうものだと受け入れている。
私が剣を振るう姿も、こうして街を歩いている姿も、彼らからすれば同じ「シュヴァ」なのだろう。切り分けて考えているのは私の方で、彼らはそんな区別をしていない。だから、ありがたく受け取るのが筋というものだ。
……しかしどうしようか、これ。
花を貰うのは私だって嬉しい。一輪なら髪に挿すこともできる。綺麗な白い色だし、私の金髪にも映えるだろう。それこそ白なら誰にだって……リュト以外には似合いそうな気がするが。
でただ……こうして抱えるほどとなると。後で皆に分けるか、宿に飾らせてもらうか。
「──あら? シュヴァ様、その髪飾り、素敵ですね!」
「あ、本当! いつもは付けてらっしゃらなかったような」
「お似合いですよ、シュヴァ様!」
「へ? あ、うん、ありがとう」
これか。
最近、ふと立ち寄った店で見かけて、軽い気持ちで購入した可愛い髪飾り。何かに使うつもりがあったわけではなく、ただ「持っていてもいいかもしれない」と思っただけだったけど。
なんだか気に入って、最近はたまに付けることがある。ヴィクトールの前では気恥ずかしくてあまり付けれないこともあるが……。
「シュヴァ様もそういうもの、付けられるんですね!」
「いつもの鎧姿しか拝見したことがなかったので、ちょっと意外です!」
「いやいや、似合ってます! とっても!」
「そ、そうか? そうかな。ふふふ……」
「もしお時間あるなら、髪型もちょっと変えてみませんか?」
「私もご一緒したいです、シュヴァ様!」
おっと、なんか今日はぐいぐい来るな。大きい街だから?
確かに、私はあまりこういうものを身に着けるイメージを持たれていないのか。
ただ、どうしよう。想像していなかった方向に話が展開しているような。
一応時間はある。今日は宿に着いたら休むだけの予定だし、夕食まではまだ余裕がある。皆も別行動を続けているはずだから、合流の時刻も気にしなくていい。
それに、こういう機会というのは、案外、自分から作ろうと思ってもできないもの。せっかく向こうから提案してくれているのだから、乗ってみるのも悪くないかもしれない。
「……その、一つ聞きたいんだが」
「は、はい!」
「私に似合うような、何か素敵な装いを教えてくれたりは……」
「あ、当たり前ですよ! シュヴァ様の素材はもう本当にお美しいんですから!」
「本当に! シュヴァ様、お顔立ちが整ってらっしゃるから、何でも似合うと思いますよ!」
「髪色も綺麗だし、肌の色との相性も良いし、もう何を合わせても映えるんですよ!」
「……そ、そうか」
……社交辞令だろうか。
私を持ち上げておくことで何か便宜を図ってもらえるのではと考える者もいるはずだ。商人として動いてきたディアマも似たような褒め方をすることがあったし、人付き合いの基本として褒めるのは常套手段。
でも、今の彼女達の言葉には、そういう打算とは違う響きがあったような気がする。ただ純粋に、オシャレを楽しみたいという平和に満ちた空気感が。気のせいと言われればそれまでだけれど。
それに──私だって、そういうことに興味がある。
「あの、これは、どういう時に合わせるものなんだ?」
「ああ、これですか? これはちょっと改まった場……例えば食事会とか、街での集まりとか、そういう時に向いてる感じですね」
「ふむ……」
「装いって、自分のためでもあるけど、相手のためでもあったりするじゃないですか。シュヴァ様もそういうの、考えてみてもいいかもですよ」
勇気を出して飛び込んでみれば。彼女達の話は中々ためになる。
それもこれも、私がこうしたものに興味を持ったからだ。
特にヴィクトールが一度……いなくなって以降、不思議とこういうものが気になって来て。いざ手に取ってみれば、こういうものも悪くないな、と思うようになってきた。最近の話だが。
少し可愛らしい恰好をしてみたり、華やかな布に手を通してみたり。元々エスクリもよく鏡の前で自分の見た目を誇っていたし、あれの何に意味があるのだろうと思っていたこともあったが……これが中々どうして悪くないんだ。
……今思えば、昔の僕は青かった。
変に形作ろうとして、それで上手くいかなくて、前世のままで、それで意識されなかったのも仕方ない。
……でも、今は多くの人にちゃんと「女性」として見られているんだ。
僕は男だけれど、今の私は少し変わっているんだ。
「シュヴァ様、近々そういうご予定があったり?」
「もしかして……お相手とか、いらっしゃるんですか?」
「ぶっ! ……げほっ、げほっ!」
「えっ本当に!? きゃーっ!」
「ち、違う! 彼は、その……今はまだ、そういう関係では……!」
……本当に、そんなんじゃない。
勿論、彼は相棒だ。そんな恋人のような関係じゃないよ。
ただ、これだけ皆が「綺麗」って言ってくれるんだ。
今の君なら、相棒である私のことを、前よりもっと「知って」くれるんじゃないか。
例えば私に──「綺麗だ」なんて、言ってくれたりして。
いつまた君がいなくなるか分からない。その時に後悔なんてしたくない。
私ははっきりさせたいんだ。私に興味のない君なんて、もう遠い過去で、今の君は私のことを……。
……そう、思うんだよ。
*
……な、なんてタイミングだ。
「……シュヴァ?」
「っ、ヴィクトール!」
彼女らに別れを告げて、宿への帰り道を歩いていたところでまさか出くわすとは。よりにもよってこんな、ちょうど買い物の後の状態で。
ヴィクトールも一人……何かの用事の帰りだろうか。
手ぶらだから買い物ではない、よな。彼のことだから、私を遠目で見つけて声をかけに来てくれたのか、あるいは本当に偶然か。どちらでもおかしくはない。
「ファンの一団は抜けられたのか。買い物か?」
「あ、ああ。少し、その……」
「邪魔したか? なら俺は──」
「い、いや! いや、邪魔ではない。全く」
……。
……何を慌てているんだ、私は。
とにかく、彼が今ここにいる。それは事実だ。
……今の私を、彼が見ている。それも事実だ。
……どうしよう。
いや、どうしようもないだろう。普通に話せばいいだけだ。彼は最初の相棒で、何年も背中を預け合った仲。今更こんな──こんな、何で緊張する必要がある。
彼に気付いてほしい。今の私は、彼女らが言ってくれた通り、いつもとは少し違うはずなんだ。多少の買い物をしたし、いくつかの装飾品も身に着けてみた。薄いが化粧までしてもらった。
最初の相棒として、私の今を正しく認識してもらう必要がある。それは関係性の維持として極めて重要な……いや認識してもらうとは何だ。これは戦友としての確認のため。私の今を、ちゃんと知ってもらうため。
……うん、そう、ただの確認だ。もし気付いてくれれば、それでいい。もし褒めてくれたら──いや、褒めるとかそういう話ではなく。あくまで認識の問題。認識してくれれば、それで十分。
……十分のはずだ。
「綺麗だな。似合ってる」
「……ぇ」
「いくつか見た目が違うから、お洒落をしているだろ」
……ぁ。
……あ、あ、あ。
……っ。
「……あ、ありがとう」
「普段より雰囲気が柔らかいが、新鮮で良いな」
「……そう、か」
顔が熱いのは、気の、せいだ。
気のせいに決まっている。だって、ただ褒められただけだ。それだけのことで、こんな──こんな、何だこれは。
ああ、嬉しい。嬉しい、嬉しい。
彼が、私を見てくれた。私の変化に気付いて、その上で、綺麗だと言ってくれた。
最初の相棒として、戦友として、彼が私をそう見てくれている。それが今、はっきりした。
前のような、あんな、「男だったのか」なんてものじゃなくて……。
……男。
「ヴィクトール」
「ん?」
「それは……」
「私の前世が、男の──勇者シエル、だったとしても……か?」
……言った。言ってしまった。
「……そうか、やっぱり」
「……驚かないんだな」
「いや……少し前にエペからちょっと説明を受けて、薄々は……」
ここで隠していても仕方がない。最初の相棒なのだから。彼が知らないままでは、関係が片手落ちになる。
彼のことだ。他のシエル達にも同じようなことを言っている可能性はある。相手や相手の性別で態度を変えるような真似をしないとは分かっているが、彼はこういう場で嘘をつけない。もっと強く、例えそれが自身の正体を開示する者であっても、深く。
……ああ、いや。違うな。
単純に、彼の言葉が嬉しすぎて、抑えられなくなっただけだ。
彼が今この瞬間の私を綺麗だと言ってくれた、その勢いで、もう一歩踏み込みたくなった。私の全部を知った上で、もう一度、同じ言葉が聞きたかった。
「……前世が男だったとしても、今のシュヴァは綺麗だ。凄く魅力的だと思う」
……言ってくれた。
二度目の、綺麗。
前世が男性だと知った上で、それでも、彼は同じことを言ってくれた。
男だからと言い訳せず、きちんと私を──僕を見て。
……ああ、嬉しい。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
もっと言ってほしい。
もっと、もっと、私のことを見てほしい。
「ありがとう、ヴィクトール。その、嬉しい」
「いや、本当のことだから」
「ふふ」
「?」
「ふふふ」
「……シュヴァ?」
もっと近くで見てほしい。
私の目の前で、私だけを見て、私の全部を見てほしい。
もっと、もっと、私を、女として。
もっと深く、私を──
「その首飾りは、店で買ったのか?」
「……うん、そうなんだ。この方位磁針にも合うよう、彼女達が、見立ててくれて」
「へぇ。色んな種類があるんだな」
「最近、興味があって。装いというのは、自分のためでもあり、相手のためでもあるそうだぞ」
「相手のため?」
「あ、ああ。例えば、特別な相手に見せるためとか」
「なるほど」
もっと触れてほしい。
私の手を取って、私の髪を撫でて、その感触を知ってほしい。
もっと、もっと、私を抱きしめて、私の体温を確かめて、私にもっと興味を持ってほしい。
「シュヴァ、宿まで一緒に戻るか? もう日も暮れるし」
「ヴィクトールは優しいな」
「優しいというか、相棒だし、何より女性だ。今でも間違えていたことを気にしているんだぞ、俺は」
「ふふ、ふふふ」
そう、僕は知ってほしいだけ。
君に興味を持ってほしいだけ。
もっと、もっと、僕の全部を見てほしい。
僕がどれだけ君を信頼しているか知ってほしい。
この服の中身がどうなっているかだって知ってほしい。
僕が君を想うとどうなるのか見せてあげたい。
「そうしよう。一緒に、戻ろう」
もっと、ヴィクトール。
もっと、僕のことを。
もっと、もっと、もっと、もっと、もっと──
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