僕のくせにボクの邪魔しないでよ! ~全員同一人物ハーレム(※同一人物ではない)~   作:破れ綴じ

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幕話:採寸

 こういう静かな時間は嫌いじゃない。

 

 宿の談話室、窓際の席。向かいにはヴィクトールが座っていて、テーブルの上にはあの方位磁針が一つ。

 他に客はいないし、外の喧騒もここまでは届かない。旅の道中でこういう余裕が取れるのは珍しいんだから、シズィを発つ今この間にできるだけ用事は済ませるべきだ。

 

「まずは針の動きを見てくれ。今は北を指してるだろう?」

 

「ああ、これが北なのか……ふむ」

 

「傾けすぎだ。水平を保たないと針が安定しない」

 

「こ、こうか?」

 

 普通の方位磁針なら船の上で何度も見ているが──こんな小さなもの、手元で扱うとなると勝手が全然違うな。針がちょっとした手の揺れで暴れるし、どこを基準にしていいのかも掴めない。

 魔道具の類に触れること自体がほとんど初めてだから、なおさら心許ないというか。

 

「もう少し──そう、それでいい」

 

 ……それでも、彼の指が、私の手の角度をそっと直してくれるのは悪くない。

 こうしていると昔を思い出すな。駆け出しの頃は二人でよく分からない道具や装備をあれこれしながら試してみて……結局合わないと売りに出す日々だった。

 あれはまだ未熟な自分達の試行錯誤によるものだったが……今は私達もすっかり成長した。これはより堅実な旅のための第一歩だ。

 

 ……って、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。

 集中しろ、シュヴァ。

 

「今の状態で、お前が向いてる方角は大体南西だ」

 

「なるほど……セティの方角と一致するな」

 

「そうだ。出発してからも定期的に確認すれば、道を間違えずに済む」

 

 なるほど、大体つかめてきたぞ。便利じゃないか。

 地図だけじゃ分からない細かい方角の補正を、これ一つで手元でできてしまうんだな。

 今までの私は地形と太陽の位置で大まかな方角を割り出していたが──曇りの日や夜間はそれも怪しくなる。

 そういうときにこそ、この道具が真価を発揮するのか。

 

 ……もっと早く手にしていれば、あの夜はぐれることもなかったのかもしれないな。

 いや、それはもう言っても仕方のないことだが。

 

「ここを押すと針がロックされる。方角を記録しておきたいときに使え」

 

「おお、動かなくなった。便利だな、これは」

 

「外すときはもう一度同じところを」

 

 ふむふむ、仕組みは単純だが確かに実用的だ。

 何度か繰り返してみれば指が覚えてくれそうな感触もある。

 針が不安定なところだけはまだ教えてもらう必要がありそうだが。

 

「本当に便利だな。旅で困ることも減りそうだ」

 

 それに、一つ一つ丁寧に教えてくれるヴィクトールの声が、なんというか。

 穏やかで、聞き取りやすくて、急かす気配が一切なくて。

 彼は私が手間取っても嫌な顔をしないし、分からなければ何度でも同じことを言い直してくれる。あの戦場での鬼のような苛烈さからは想像もつかないぐらい、教え方が優しくて……。

 

 

 

「その前にシュヴァは、装備をどうにかした方がいいんじゃないか」

 

「……あ」

 

 

 

 そういえばそうだった。

 

 今の私は──鎧もない。盾もない。ディアマに全部返してしまったのだから当たり前。

 この薄いシャツと旅用のズボンだけで、どこの戦場にも出られやしないじゃないか。

 彼の反応も当たり前か、今の私はただの軽装の女にしか見えないだろう。

 強化魔法があるとはいえ、素の防御力が紙同然では流石に話にならない。特に今後さらなる強敵を相手にするなら尚更だ。

 

「確かに。旅に出る前に私の装備も完全にしておかないとな」

 

「雇い主に返したんだったか」

 

「そうだ、契約の終了に伴って。あの鎧は全て商会の備品だったから、持ち出す訳にもいかなくて」

 

 ……正直、あれを手放すのは惜しかった。

 いくつかの依頼や戦闘での経験を経て何度も調整を重ね、ディアマの手厚いサポートによって実現した特注品。

 私の肉体に完全にフィットするよう設計されてるし、今から適当な装備を身に着けても、馴染まなくて本領を発揮でない可能性が高い。

 でも、筋を通すと決めたのは自分だ。装備ごと持ち逃げするなんて騎士の名に傷がつく。

 

「私の鎧は既製品じゃ合わないから……採寸からやり直さなければいけない」

 

「そうか。それは手間だな」

 

「ああ、手間なんだ。特に胸の──」

 

 ……ん? 

 いや、待て。今私は何を言おうとしていた。

 

 胸当ての話だ。ディアマが私の体格に合わせて特注していた、あの大きめの胸当て。

 あれが無いとまともに戦えないのは事実だが──なんだか急に、自分で話を振っておきながら恥ずかしくなってきたぞ。

 だって今の私はあの鎧が無い状態で彼の目の前に座っているんだから。薄い服一枚で。

 つまり彼の目には今、鎧で隠されていた私の体格が──いやそんなことは今どうでもいい。どうでもいいんだが。

 

 ……いや、どうでもよくないか。

 

 だってこの男は、何年も一緒に旅をしておいて、私が女だと気づかなかった男だぞ? 

 別に意識してほしくて言ってるんじゃないんだが、いやそうなんだが、しかしだな──

 

 ……よし。

 

「ヴィクトール」

 

「ん?」

 

 あの日の意趣返しをさせてもらおう。

 気の迷いだという自覚はあるが……性別を間違えた君でも、こうすればもう二度と間違えられないだろう。

 

 

 

「採寸なんだが──君がやってみるか?」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

『それで、ヴィクに追い返されたってことかい?』

 

「追い返された訳じゃない。断られただけだ」

 

「同じじゃねェか。とんだ痴女だな」

 

「痴女じゃないっ!」

 

 いや確かに、結果として同じことではあるが! 

 

 あの後ヴィクトールは「もっと自分を大事にすべきだと思う」「防具屋に任せるべきじゃないか」「勘違いされるからよくないぞ」とか真顔で返してきて。

 私はそのまま何も言い返せずにこうして女性陣がいる部屋に転がり込んでいる訳だが。

 冗談のつもりだったんだぞ? いや半分本気だったが……いやいやそういう話ではなく。

 

「あんまりヴィクくんに迷惑かけないでよ……はい、腕上げてね」

 

「……悪い。こうか?」

 

「胸周りは……大体ぼくと同じくらいかな。背はシュヴァの方がちょっと高いし……」

 

 ……む。

 周囲からの冷たい視線が……やっぱり悪ふざけするべきじゃなかったか。

 

 とはいえ、店でやる訳にもいかない。

 この街で私はあの「金髪の戦乙女」として通っているんだ。

 街の人間からも知名度は高いし、それは防具屋とて同じこと。

 ディアマとの契約を終えた今、余計な注目は避けたいんだ。出発前に厄介事を増やしたくないからな。

 

 だからこうして、パーティーの女性陣……いや、女性陣と言っていいか分からないが。君達に頼んでいる訳じゃないか。

 紐を使った簡易的なものだが、最適な装備のためにも、欠かせない要素ではあるぞ。

 

「まぁ、ボクはシュヴァの気持ちは分かるよ」

 

「……エスクリ!」

 

 彼女は味方になってくれるみたいだ。

 そうだよな。彼女も前衛職だし、スピード感を重要視する手前、緩々の防具は容認できないはずだ。

 実際彼女も私と同じぐらいのサイズだし、そういったことへの理解があるんだろう。

 

「それにさ、自分の胸を意識するなんてやっぱり嫌じゃないか。ボクたち男なのに」

 

「そうか? 別にそれは気にならないが」

 

 ……。

 

 ……おお、なんでそんな顔で見るんだエスクリ。

 別に変なことを言ったつもりはないぞ。

 

「えっ……キミ、その……嫌にならないの?」

 

「……? 何が嫌なんだ?」

 

「……ちょっと聞きたいんだけど。今のキミの性自認ってどうなってる?」

 

 ああ、そういうことか。

 性自認の話か。確かに、この話題は避けて通れないものではあるな。

 今ここにいないルメドや、剣になってしまってエペにはあまり関係ないかもしれないが。

 性転換している私、エスクリ、マージュ、リュトについてはデリケートな話題であり、同時に気になる情報でもあるんだろう。

 

「こほん……」

 

 よし。

 ここはしっかりと、あるべき姿をアピールしておこう。

 

「私の自認は──男だ」

 

「あっ……そうだよね! そうなんだ、よかっ──」

 

 

 

「ただ、肉体は女性なので。現世では女性として生きていると決めている」

 

「……!? な、なんだ……って……!?」

 

 

 

 ……なんでそんな顔で見るんだエスクリ。

 至極当然のことだろう。

 

「そ、そんな……勇者シエル、いや、ボクは……頼れる男になりたいと思っていたはずで……」

 

 ……なにか踏んではいけないものを踏んでしまったか。

 

 エスクリが男性自認を意識していそうなことはこれまでの会話でなんとなく分かっているが──それ以上に今の私達は女性なのだ。覆すことはできない。

 もしすべてが終われば、私は男性の自認を失いはしないものの。いずれ誰かと結ばれ、子を成し、女性としての生涯を終えるつもりだ。

 その相手自体は厳正に見定め、私の信頼に適う者であるべきだが。

 

 使命を果たす以上、自身の性別などどちらでもいい。

 ただ、生まれたその身で生きていくだけ。だろう? 

 

 ……まぁでも多少のフォローは入れておくべきか。

 彼女にとっては大事だったのかもしれないし。

 

 

 

「勿論。最初の頃は確かに、違和感があった。ただ、それを気にしている暇が無くなった」

 

「初めてヴィクトールと組んだ頃の話だが、彼は『ずっと昔』からひたすら真っ直ぐでな」

 

「『二人』で泥だらけになりながら戦い。『共に』路銀を稼ぐために日雇いの仕事もした」

 

「『仲間』の彼が前を向いているのに、私だけ自分の体がどうとか悩んでいられるのかと」

 

「彼は私を『最初の仲間』として選んでくれたんだ。それに応えなければならないと……」

 

 

 

 ………………ん? 

 なんで急に静かになったんだ? 

 せっかくフォローのため、性別なんて気にしなくてもいいと、熱心に語っていたところだったのに──

 

「……ムカつく」

 

『急に惚気られても』

 

「絶対一番初めを誇りに思ってるよね」

 

「付き合ってられねェ。外出てくるわ」

 

「な……なんだなんだ、急に」

 

 なんで空気がこんなに険しくなったんだ? 

 リュトなんて露骨にドアを閉めて出ていってしまったし、エスクリは腕を組んだままぶつぶつ呟いているし、マージュは冷めた目でこっちを見ているし。

 私は何か、間違ったことを言ったか? 

 いや、私の発言はすべて正しかったはずだ。勇者シエルの生まれ変わりである以上、生半可な意識ではいられないと。

 そもそも、ヴィクトールとの思い出を話しただけだぞ? それの何がそんなに気に障ったんだ? 

 

 ……分からない。

 本当に、分からないんだが。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ……さっきからずっと気まずい。

 

 何が気まずいって、必要最低限の会話しかしてくれなくなったのが気まずい。

 さっきまでの険悪な空気を引きずっているのは明白なんだが、原因が分からないから対処のしようもないというか。

 何をそんなに怒っているんだ君達は。私は至極真っ当なことしか言っていないと思うぞ。

 とりあえず採寸は続けてくれているから、仕事を放棄された訳ではないんだが──

 

『ねぇ、シュヴァ』

 

「ん? エペか」

 

 ああ、助かった。

 この沈黙に耐えかねていたところ。こうして話を振ってくれるのはエペだけだ。

 彼は普段からこうして俯瞰的な立場で会話に入ってくる印象がある。剣という立場上、場の空気を読むのに長けているのかもしれないな。

 剣という立場ってなんだ。

 

『シュヴァはかなりの重装備だったよね。でも兜だけは、つけてなかった。どうして?』

 

「ああ、兜は彼が嫌が──あっ」

 

『え?』

 

 ……しまった、口が滑った。

 ついうっかり私だけが知っている彼の弱点を全員の前で教えてしまうところだった。

 いくら秘密はよくないと話を付けた後だとしても──人の弱点を、本人が望んでいないのに周囲にばらまくことが良い訳ない。

 危なかった。なんとかギリギリで気づけてよかった。

 

『……まさか、また……?』

 

 作業をしてくれている二人はあまりに気にした様子を見せていないし、エペもなんだか黙りこくっている。

 良かった、バレなかったみたいだ。

 ありがたい。殺気に続いて、これ以上ヴィクトールの話を広げると、またあの冷たい視線が飛んで来そうな予感もしていたんだ。

 

 ……ただ、ずっと黙っているのも怪しまれるな。

 何か、別の──戦術的な話題なら不自然じゃないはず。

 

「ところでエペ! 君に一つ提案というか──可能性の話なんだが」

 

『えっなになに?』

 

 よし、食いついてくれた。

 実は前々からずっと気になっていたことがあったんだ。

 ここでちょっと話をしてみるのは、むしろ好都合でしかない。

 話題を逸らすためではなく、あくまで聞きたかったこととして。

 

「君の変形能力についてだ。今の状態だと、変形には使い手の魔力が必要なんだろう?」

 

『うん。硬度は自由に操作できるけど、魔力を流してもらわないと変形は無理だね』

 

 ふむふむなるほど。

 

「ところで私の強化魔法は、物にもかけられる」

 

『……つまり?』

 

「もし私の強化魔法で、君自身の変形能力を底上げできるなら……という提案なんだが」

 

 そう。

 私の強化魔法は対人に限った話じゃない。武器の切れ味を上げたり、防具の耐久力を上げたり、応用は効くんだ。

 それを生かせば、エペのさらなるパワーアップや新必殺技だって生まれるかもしれない。

 

 一度壊れたというエペの修理を担当したのは……確か、ルメドだったな。

 生憎今ここにはいないが、彼女の知見も踏まえれば、まだまだ改良の余地はあるはず。

 テスターのエスクリ、魔力タンクのマージュ、修理や改造のルメド──そこに強化の私が加われば、魔王復活阻止へ向けての新たな第一歩になるのではないかという。

 そんなプレゼンだ。

 

「えっ、なになに? ボクも気になる」

 

「へぇ、ぼくも………………あれ、ノック?」

 

『……考えたことなかったな。理屈の上では……いけるかもしれない』

 

「だろう? 戦力は高いに越したことはないからな」

 

 よし、話題の転換は成功した。

 さっきまでの険悪な空気がすっかり薄れて、全員の目が戦術の方を向いている。

 

 慎重な物言いだが──声の調子からして、エペ本人もかなり期待しているな。

 やはりこのパーティーは、戦いの話をしているとスッとまとまるんだ。

 勇者シエルらしい、素晴らしい性質と言えるだろう。

 

『まぁ可能性の話だけどね。実際にやってみないと分からないし、僕の体がどう反応するかも未知数だから』

 

「試す価値はあるだろう。いずれ時間を取って……ん? マージュはどこだ?」

 

「あれ、本当だ。さっきまでここにいたのに……って」

 

 

 

 ──「すまない。ちょっといいか?」

 

 ──「あっヴィクくん! いいよいいよ入っ──あっ」

 

 えっ。

 

「シュヴァ、すまなかった。さっき方位磁針を返すのを忘れ……て……」

 

 

 

「──きゃあああああああっ!!」

 

「ま、待ってヴィクくんごめん! 今入っちゃダメだった!」

 

『何してるのさマージュ! さては彼の声で何も考えないで反応したでしょ!』

 

「ヴィク! こっち見ないで! 今ほとんど裸だから!」

 

「すっ、すまない! シュヴァはここにいると聞いて……出直してくる!」

 

 ──バタン! 

 

 ……なななななななななな! 

 

 み、見られてしまった? 薄い薄い肌着だけで採寸しているところを? 

 方位磁針って……ああそうだ! さっき教えてもらってる最中に怒られてそのまま置いてきてしまったんだ! 

 それを届けに来ようとして……それでこれか! 

 なんてことを……私の大馬鹿者! 

 

 さっきの「シュヴァはここにいる」とは? 誰に聞い……ああ、リュトか! 

 居場所を聞かれたから素直に、「部屋にいる」と答えて、それで彼がここに来たのか! あの女! 

 

「ごめんシュヴァ……! ぼく、ヴィクくんが部屋に来て嬉しくなっちゃってつい……!」

 

「………………いや、いい。いいんだ。別に、気にするようなことじゃ、ない」

 

「『きゃあ!』っていったくせに」

 

『エスクリ、ステイ』

 

 ……最悪だ。本当に最悪だ。

 

 ダメージを軽減しなくては。考え方を変えよう。

 彼は紛れもなく私の全体像をはっきりと目視した。残念なことに。

 こうなれば──少なくともヴィクトールは、もう私の性別を間違えたりはしないはずだ。

 

 ……だからなんだっていうんだよ!




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