僕のくせにボクの邪魔しないでよ! ~全員同一人物ハーレム(※同一人物ではない)~   作:破れ綴じ

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判断を曇らせる再会

 エネの家から離れて、少し歩いた木陰。

 二人きりになれる場所を探す余裕もなかったから、とりあえず移動しただけだけれど……まぁ、サシナとエネに聞こえなければいい。

 

 問題は……あの状況をどう取り繕うか。

 

 あのエルフ。あの顔。あの声。

 鮮明とは言えないが、それでも確かにあの人を知っているような気はする。

 厳しい訓練。容赦のない指導。暗殺術の基礎を叩き込まれた記憶の断片。全てがぼんやりと、しかし否定しようのない確実さで繋がっている。

 訓練の記憶を明確に保持しているリュトがここまで動揺しているのが何よりの証拠だ。

 

 あれは間違いなく──前世で私たちを鍛えた人物だ。

 

「声も顔も訓練の時と全く同じだ。雰囲気はまるっきり別人だけどよ……間違いねぇ」

 

「……そう、か」

 

「おいシュヴァ、テメェは分かんねぇのかよ。見た瞬間ピンとこなかったのか」

 

「……来た。来たから、あそこで固まっていたんだ」

 

「マジか。オレ、あの口調で喋られるだけで鳥肌止まんなかったが」

 

 あのエルフが本当に前世の先生だとしたら。

 数百年前にシエルを鍛えた人物が、今ここでヴィクトールの師匠をしているとしたら。

 

 それなら、ヴィクトールが古代文字を読める理由にも、聖剣の見た目を知っていた理由にも、繋がるかもしれない。

 私やリュトも読めない文字の知識をあの人が持っているのか、伝聞情報のみで剣の見た目を正確に説明できるのか……など、よく分からない部分はまだ残るが、それでもまだ説明できそうだ。

 エペが会議で挙げていた疑問の数々が、あのエルフ一人の存在で全部説明がついてしまうかもしれない。

 ただ……。

 

 ヴィクトールの人生の中心に、また私の知らない関係性があったことが、どうにも……。

 ……また同じところに戻ってきてしまった。今はそんなことを考えている場合じゃないのに。

 

「で、どうする。エネにどう説明する」

 

「そうだよなァ……思わず口走っちまったが、前世で転生するなんて誰にも言ってなかったし」

 

 そうだ。感傷に浸っている暇はない。問題は今ここにある。

 私がエネの前で固まったのはまだ誤魔化しようがあるかもしれないが、リュトは「鬼教官」と叫んでしまった。あれをどう説明するか。

 

「シエルの転生の件を、他のシエル達にも確認せず教える訳にはいかない」

 

「つっても、オレあんな態度取っちまったし。『旅の中で名前を聞いた』……とかでどうだ?」

 

「……そうするしかないか」

 

 ……正直、厳しいとは思う。

 初対面の相手に「鬼教官」と叫び、「訓練で殺されかけた」とまで言ってしまっている。名前を聞いただけの人間がする反応ではない。エネだって馬鹿ではないだろう。

 ただ、無理があっても、それ以上の説明をする方がもっと無理がある。

 例え前世の知り合いであり、新たなシエルと師弟関係にあるとしても……転生の事実を伝えていいかどうかは、勇者会議が必要だ。

 

「方針を確認するぞ。エネに対しては『旅の途中でエネという名前を聞いたことがあり、会えると聞いて興奮してしまった』で通す。鬼教官の件は『旅先の噂で暗殺術の達人がいると聞いていた』程度で濁す。それ以上は聞かれても答えない」

 

「……おう。まぁ、オレはそれでいい」

 

 ……しかし。

 エネが本当に前世の師匠なら──あのエルフはシエルのことを覚えているはずだ。「鬼教官」と呼ばれて動揺していたのがその証拠だ。

 つまりエネの側にも、私たちに聞きたいことが山ほどあるだろう。それを今は抑え込んで、こちらの要求通りに時間をくれた。

 あの人も──何かを感じ取っているのかもしれない。

 

 考えるべきことが多すぎる。

 サシナの素性。エネの正体。ヴィクトールの過去。そしてあの、師匠への恋心という──

 

 ……ん? 

 あれ、エネとサシナが家から出てきて……。

 

 

 

 ──「で、その魔王軍の斥候を拘束した場所はどこなの?」

 

 ──「案内する。今も動いている様子はない。安心してほしい」

 

 ──「そんなのが来てる時点で安心できる訳ないでしょうが……」

 

 ……魔王軍の。

 斥候? 

 

 

 

「ああ、二人とも。ごめんなさい、話の途中で悪いんだけど急ぎの案件が出来たの」

 

「村に近づいていた魔王軍の斥候を一人拘束中。これから直ちに師匠と急行」

 

「……っ!? 事実なのか!?」

 

「事実も事実。これが冗談だとわたしはこの後師匠に殺される。ドキドキ」

 

「おい」

 

 いやだが、魔王軍の斥候だと? 

 そんなものが近づいているのか? この村に。

 

「私も同行させてくれ。すぐに確認したい」

 

 となると、どう取り繕うかなどは今考えるべき問題ではない。

 斥候がいたということは、この村が魔王軍の索敵範囲に入っているということだ。ヴィクトールの故郷が狙われているのか、それとも私たちの動きが追跡されているのか──どちらにせよ、放置していい話ではない。

 しかも、ヴィクトールは今久しぶりの帰郷中なんだ。彼が家族と過ごせる時間を、こんなことで潰してはいけない。

 今すぐ、迅速に対応すべき案件だ。

 

「らじゃー。リュトは?」

 

「え、あー……えっと」

 

 ……リュト? 

 なんだその歯切れの悪さは。

 殺気の話を聞いていただろう。お前も着いてくるんじゃないのか。

 ほら、エネとサシナはとっくに出発の準備を済ませているし……。

 

「じゃあオレは……ヴィク以外の、他の面子に知らせてくる。一応準備しとけって」

 

 ……おい。

 ここで口論する気はないし、連絡役は確かに必要だが……お前、エネが怖いから一緒にいたくないだけじゃないよな? 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 サシナの後を追って村の外へ向かうが……やっぱり速い。

 共に同行しているエネを含めて、両者とも速い……というか、気配が薄い。

 

 前を歩いているはずなのに、意識を逸らすと見失いそうになる。

 足音がほとんどしない。草を踏む音すら最小限に抑えられていて……これが暗殺術の才能を持つ彼女の実力か。

 いや、転生体かどうかはまだ確定していないんだが。

 金色の目と、この隠密能力。状況証拠は限りなく黒に近い。

 

 会議に忍び込んだ時もそうだった。

 私の索敵を完全にすり抜けた。あれは偶然ではなく、実力で。

 今こうして後ろを歩いているだけでそれが分かる。私が全力で気配を探っても、サシナの存在感は風に紛れてしまいそうなほど希薄で……自分自身に「加速」だけでなく「索敵」も発動して、それで追いすがるのがやっと。

 

「村の東の森で発見。周辺を不自然に徘徊していた。動きが直線ではない。一定の範囲を往復する偵察パターン」

 

「それで魔王軍の斥候と判断したのね、確かに」

 

「スライム系。半透明の個体。大きさは大人の人間ぐらい」

 

「スライムの魔物? どう拘束したの?」

 

「内部に何かがつっかえている。それを縛り上げた」

 

 二人は冷静に魔王軍の斥候について話し合っている。

 追いつくのに必死な私は会話に参加できないが……中々奇妙な情報だ。

 

 内部に何かが入っているスライム。

 スライムの魔物は見たことがある。あれが何かを飲み込むこと自体は珍しくないが……偵察パターンの行動をしていたなら、それは自然発生的なものではなく、誰かに指示された行動だ。魔王軍が斥候として運用しているなら、内部の物体にも意味があるかもしれない。

 それは到着してから確認すればいいか。今考えても仕方がない。

 

「別動隊の可能性は?」

 

「偵察を二周した。半径一キロ以内に気配なし。単独だと判断した」

 

「……サシナ。偵察を二周してから拘束したの?」

 

「いえす。仕留めるのは簡単。でも周囲の安全確認が先。基本に忠実」

 

「……それは、その通りだけど」

 

 ……師匠が何とも言えない顔をしている。

 感心しているのか呆れているのか、その両方なのか。弟子の行動が教え通りだったことへの複雑な感情だろうか。

 

 しかし……魔王軍という単語が、サシナの口からもエネの口からも、ごく自然に出てくるのが気になるぞ。

 サシナがセティの魔王軍拠点にいたかどうかは定かではないが、今のこの様子を見ていると──当たり前のように二人は魔王軍が活動していることを知っているような素振りだ。少なくとも、それに連なる存在が今も活発に動いていることを理解しているような。

 

 つまりこの二人は、魔王軍という存在をかなり前から認識し、明確に敵対している。

 だとすれば……私たちパーティーが持っている情報を、この二人にも共有すべきではないか? 

 

 犠牲者の牧場。アザールの存在。魔王の復活の予言。

 どれも重大な情報だ。共有することでサシナとエネの協力を得られるかもしれない。

 特にエネが本当に前世の師匠なら、シエルの時代の知識を持っているはずで、それは計り知れない価値がある。

 

 でも、共有するということは信頼するということだ。

 この人を──エネを、信頼していいのか。

 

 間近で見るエネの横顔は、穏やかさと厳しさが同居している。

 さっきまでの困惑した顔はもうどこにもない。緊急時にちゃんと動ける人間ということだ。

 数百年を生きたエルフ。暗殺術の師匠。ヴィクトールを育てた人物。前世で私たちを鍛えたかもしれない人物。

 そして、ヴィクトールが……その、おそらく、人伝に聞いた情報ではあるが、たぶん──恋をしている相手。

 

 ……その最後の一項目が、私の判断を曇らせていないか。

 

 私はどうにも、私以前の彼の知り合いに、彼が強い思いを抱く知り合いに謎の抵抗感を感じてしまっている。

 エネを警戒したいのは使命感からか。それとも、ヴィクトールが想いを寄せる相手だからか。信頼したくないのは情報管理上の理由か。それとも、彼女を認めたくないだけなのか。

 自分の感情が判断に混ざっているかもしれないと思うと……正直、自分が信用できない。

 勇者としての判断と個人の感情。今の私にその二つをきちんと切り分けられているのか。

 ……分からない。

 

 分からないけれど、少なくとも今は斥候の確認が最優先だ。情報共有の判断はその後でいい。勇者会議で全員の意見を聞いてからでも遅くはない。

 焦るな。一つずつ、片付けていけ。

 

「このあたり」

 

「え、あっ……っと!」

 

 ……っ。

 おっとっと、急に止まったからびっくりしたぞ。「加速」で速くなったのは体の動きだけで、反応速度まで加速する訳じゃないから、急停止なんてできないのに。

 

 ……いや、足を止めたというより、気配がさらに薄くなったような。

 これは──臨戦態勢に入ったということか。

 エネも表情が変わっている。

 師匠と弟子、二人の空気が同時に張り詰めるのが分かる。

 

 つまり……。

 

「……これが、その?」

 

「そう」

 

 ──ビチャ……ベチャ……

 

「なるほど。周囲にボスもいないのに魔物が単独行動している。これは異常ね」

 

「うむ。やはりわたしの判断は間違っていなかった」

 

「言うのが遅いっての」

 

「いてっ」

 

 薄紫のスライムが、周囲の木々から伸びる拘束用のロープのようなもので、内部から絞めつけられている。

 斥候の拘束場所に、到着した。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 薄紫のスライム。

 なるほど。通常なら外側から縛っても体表が溶けて抜けてしまうスライムだが、内部に何かがつっかえているせいで拘束ができていると。

 大人の人間ほどの大きさで、半透明の体がさっきからびちゃびちゃと……あまり心地よいものじゃないな。

 

 じゃあ、内部のこれはなんだ? 

 確かに変に不透明なものが見えるが、核じゃないよな? スライムの核というのはもっと小さかったはずだ。それにここまで不透明じゃない。

 

 やはり何かを飲み込んでいるのか。

 場合によっては今すぐ切り開く必要があるが。

 

「口は聞けないわね。スライム系に言語能力はない」

 

「それは、尋問は不可能ということか?」

 

「そうなるわ。情報を引き出す手段がない以上、処理方法を決めないと」

 

 ここで殺すか、このまま放置するか。

 殺すのは簡単だろう。サシナとエネがいればすぐに片がつく。しかし……斥候が戻らなければ、それ自体が魔王軍に異常を知らせることになる。「斥候を送ったのに帰ってこない」という情報は、「この場所に何かある」と宣言しているようなものだ。

 かといって放置して逃がせば、村の位置が報告される。どちらにせよ悪手じゃないか。

 

「殺しても放しても、どちらにせよ魔王軍にこの村の存在が伝わる可能性があるな」

 

「……分かってるわ。最近活発になっているとは思っていたけれど……こんな場所まで来るなんてね」

 

 エネの声にも余裕がない。

 この人はきっとこの村を守る立場なんだろう。サシナは村の用心棒にあたる人物らしいし、そんな彼女を鍛え育てたということはエネにも同じ目的があるということ。

 

 ヴィクトールの故郷。サシナの故郷。弟子たちの拠点。

 それが魔王軍に嗅ぎつけられているかもしれないという事実は、師匠として重いはずだ。

 ……私が個人的な感情を抜きにして見れば、この人は間違いなく味方。この村を守ろうとしている、私が両手を上げて賞賛すべき人間。

 それぐらいは、認めないと。

 

「あのさ」

 

 サシナが口を開く。

 

「さっきも言ったけど……内部に何かがつっかえている。捕まえた時からずっと」

 

「……そうだったわね。何を飲み込んだのかしら」

 

「急ぎ確認が必要だ」

 

 そうだ。

 このスライムの処置についても考えることはあるが、何より一番はこのスライムが何かを食べているかもしれないという事実。

 スライムは殺せば溶解して中身が出て来るが……それだと中身も損傷する可能性がある。

 つまり、なんとかして吐き出させる必要があるが……。

 

「吐き出させる方法はないのか。私はスライムを殺す以外の方法を知らない」

 

「あるわ。スライム系は内部に異物を長時間保持できない。圧迫すれば排出反応が起きるのよ。サシナ、手伝って」

 

 なんと、そうなのか。

 魔物の生態に詳しいのは暗殺術の師匠としての知識か、それとも数百年の経験か。

 

「サシナ、そこをもう少し……そう、ゆっくり」

 

「了解」

 

 ……さすがに手慣れているな。

 何をしているかは正確には分からないが、ロープの締め付ける位置をサシナに指示して、特定の箇所に圧をかけているらしい。

 

「反応が来るわ。離れて」

 

 スライムの体が大きく震える。

 相変わらず嫌な水音と共に、内部から何かが押し出されて……

 

 ──グシャッ! 

 

 ……何、だ? 

 塊じゃない。もっと大きい。もっと……。

 

 

 

 人の形を、している。

 

 

 

「……っ! これは……人間だぞ!」

 

「な、なんですって……!」

 

 スライムの体表を突き破るようにして、ぬるりと外に投げ出されたのは──人間だ。

 

 薄い紫の髪に、ボロボロの服装。溶かされたのか。

 全身がスライムの粘液にまみれていて、ぴくりとも動かない。

 ……いや、浅く呼吸している。胸が微かに上下している。

 

 生きている。

 

 危ない。一瞬、最悪の想像が頭をよぎったが、なんとか一命は取り留めている。

 こうなるとスライムが衰弱しようと知ったものか。急ぎ吐き出させた判断は間違っていなかった。

 

「村の人間……では、ないわね。サシナ、気づかなかったの?」

 

「まさか人間とは思わなかった。わたしは彼女を縛りつけていたことになる……反省」

 

「……っ、ごほっ、けほっ……」

 

「……反省」

 

 ……意識が朦朧としている。

 外に出た瞬間から咳き込んで、浅い呼吸を繰り返している。スライムの体液が気道に入っていたのかもしれない。

 エネが即座に駆け寄って状態を確認している。

 さすがに応急処置には慣れているようで、気道の確保と体液の排出を手早く行っている。

 ただそれでも、すぐさまルメドに診せる必要があるぞ、これは。

 

 というか、もしかすると、この人は。

 人間が出てきたこと自体に驚いているのもあるが──それだけじゃない。

 

 

 

 この髪の色。

 この顔。

 

 微かに、見覚えがある。

 

 どこで。

 いつ。

 

 

 

 ……セティだ。

 セティの村で、ヴィクトールと会話をしていた。遠目に見ただけだったけれど、あの薄紫の髪は印象に残っている。

 確か、ヴィクトールに犠牲者の牧場の情報を提供した占い師。

 

 ──プレヴィという、女性だ。

 

「ごほっ……ここ、は……いったい?」

 

 なぜこんなところに。

 なぜスライムの中に。

 

 何が起きているんだ。




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