僕のくせにボクの邪魔しないでよ! ~全員同一人物ハーレム(※同一人物ではない)~   作:破れ綴じ

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幕話:降伏

 ヴィっくんは小さい頃からすごかった。

 というかシンプルに素の身体能力がヤバかった。

 

 

 

 走るのは嫌いじゃない。

 まぁでも別に好きでもない。走ること自体にそこまで思い入れはない。

 ただ師匠が「走れ」と言うから走る。弟子だから。従順だから。

 

 問題はそこじゃない。

 問題は隣で走ってるこいつ。

 

「よし完走!」

 

「はぁ、はぁ……ぜぇ……」

 

 わたしは全力。肺が痛いし足も重い。腕の振りが雑になってきている──なのにヴィっくんは涼しい顔をしている。なんなのだこの差は。スピードも体力もちょっと格の違いを感じてしまう。

 この距離を全力で走ってなんでそんな息の仕方ができるの。鼻呼吸? 嘘でしょ。わたしは口を開けて必死に空気を吸い込んでいるのに。喉がひりひりするのに。横を見たら鼻で呼吸している人がいるという恐怖。

 しかもこっちのペースに合わせてくれている気配すらある。合わせないでほしい。合わせてくれると余裕が見えて余計に腹が立つ。先に行ってくれた方がまだ気が楽。

 

「……納得できない」

 

「何がだ?」

 

「普段の訓練ならわたしの方が上なのに。こういうのだけ負ける。意味が分からない」

 

 隠密状態での移動ならわたしの方が上。これは断言できる。

 気配を消した状態での瞬発力。音を立てずに距離を詰める技術。暗がりでの位置取り。全部わたしが勝っている。師匠のお墨付き。逆にヴィっくんはその辺頑張ってるけどまだまだ。ハッ! 

 でもこういう単純な体力勝負になると話にならない。隠密も技術も関係ない。ただ走るだけ。ただ走るだけなのに追いつけない。

 

「師匠の前だとお前の方が褒められるからいいじゃないか」

 

「それとこれとは別。再戦を要求する」

 

「却下だな」

 

「ぐぬぅ」

 

 ヴィっくんが嬉しそうにしている。自分の得意分野で勝てたのが純粋に嬉しいらしい。

 ただヴィっくんはたまに自分の身体能力の高さに複雑そうな顔もしている。どうして素直に喜ぶことができないのか。敗者への哀れみか? やるならいくらでも受けて立つぞ? ん? 

 

 負けたことが悔しいんじゃない。悔しいけどそれだけじゃない。

 同じ師匠に同じ訓練を受けているのに。なんでこういう差が出るのか。

 才能の違いと言われたらそれまでだけど。それまでだけどそれを認めたくない。

 幼馴染の癖に。弟子入りが少し早かっただけで。生意気。

 

「よし。じゃあ次は組手だな。準備はできてるか?」

 

「何故暗殺者の師匠を持つ我々が正面からの戦闘訓練をするのか。解せない」

 

「そんなわがままを……いやでも確かにそうだな。なんでなんだろう」

 

 でも走力だけの話じゃない。

 日頃の訓練の中でヴィっくんの規格外はいくらでも見てきた。

 

 薪割り用の丸太。あれは結構重い。わたしが両手で抱えてよいしょと持ち上げるもの。

 ヴィっくんは片手で担いで歩いていた。しかもそれが重いとすら思っていない顔をしていた。顔というか態度というか重いものを持っている人の動きじゃない。化け物め。

 

 川の対岸まで石を投げた時。わたしの石は川の真ん中に落ちた。それが限界。

 ヴィっくんの石は対岸の木に当たった。当たって木が折れた。何をしているのか。石を投げて木を折る人間を初めて見た。しかも本人は初めからその木を狙って当てられてる。

 

 素手で岩にひびを入れた時は流石に師匠も驚いていた。

 というか師匠すら「ちょっと待ちなさい」と止めに入っていた。訓練で岩を殴れとは言ったけど割れとは言っていないと。お前は本当に人間か? 人間にしては何かおかしくないか? 

 

「まあ仕方ないだろ。師匠が言うからきっと組手にも意味があるんだ」

 

「反論できない。師匠の名前を出すのはルール違反にしない?」

 

「却下だ」

 

「ぐぬぅ」

 

 ……でもまぁ。それでも。

 ヴィっくんはまだ師匠との日課の組手で毎回負けていて一回も勝ったことがない。師匠との差はまだ大きい。逆にわたしは僅差で一本取れたこともある。

 よく分からないけどわたし達には謎の関係性が存在している。ヴィっくんに勝てる師匠に一本取れる経験があるあたり完全に置いていかれている訳ではなさそう。そこだけは安心。

 

 

 

「……大丈夫か?」

 

「大丈夫。大丈夫だけど」

 

 あっさり押し倒された。

 大丈夫じゃない。大丈夫なはずがない。

 

 わたしは師匠から一本取れるはずなのに……ヴィっくん相手には何度やっても大人しく押し倒されるか弱い獣でしかない。解せぬ。

 技術でいえばわたしの方が器用なはず。師匠にもそう言われている。でも組み合った瞬間に体格差と筋力差で全部持っていかれる。技の入りが速くても力で返される。足を払っても倒れない。つかんだ腕を振りほどけない。何をしても最終的に地面に転がされる。師匠はそのあたり上手いんだけど……。

 これはもう──正面からヴィっくんに勝つのは無理なのかもしれない。

 

「ほら」

 

「……どうも」

 

 引き上げられる力まで物凄く強い。軽々とわたしの体重なんか無いみたいに。

 やっぱり生意気。幼馴染の複雑な気持ちとか考えたことあるかお前? 

 師匠より弱いんだから調子乗るんじゃないぞ? 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「……もうそろそろヴィクに勝つのも難しいかもしれないわね」

 

「えっ」

 

 

 

 師匠が珍しく悩んでいると思ったら……とんでもない台詞が聞こえてきたぞ。

 えっと……冗談か? 面白いことを言うじゃないか。本当に面白い。冷や汗が出てきそうなぐらい。ふざけないでもらえます? 

 

「いやいやいやいや師匠。それはおかしい」

 

「な、何よサシナ……どうしたの」

 

「もしかしたら聞き間違いだったかも。ワンモアプリーズ」

 

「……『もうそろそろヴィクに勝つのも難しいかもしれないわね』?」

 

 何を言っているんだろうこの人は。

 

 あの師匠が。暗殺術を極めた教官が。数百年の経験を持つエルフが。かつて勇者シエルにも教えていたとされる存在が。まだ若い──まだほんの子供みたいなヴィっくんに。

 毎朝の組手で一度も負けたことがない師匠が。ヴィっくんが毎回挑んで毎回転がされている師匠が。あの圧倒的な差を見せつけてきた師匠が。

 ……難しい? 

 

 ああ。寝言? 

 寝てから言ってほしい。

 

「嘘でしょ」

 

「嘘じゃないのよ。嘘だったらよかったんだけど」

 

 じゃあなんですか。

 毎回組手で勝てているのはわたしの脳が見せている幻か何かなんですか。

 

「今のところは組手で勝ててはいるわ。でもそれには理由が二つあるの」

 

「……理由?」

 

「ええ。一つは──私がヴィクにまだ教えていない技を使っているから」

 

「……なるほど」

 

 それは……確かにずるい。

 でも師匠なんだからそれは当然というか。知っていることを全部教える義務はない。むしろ手の内を全部見せる師匠の方が問題だろう。切り札は隠すもの。師匠の教え。

 そういったずるい技を封じられてしまえば負けてしまうのかもしれないけど。逆に言えばそういった技術を持つ以上ヴィっくんを越えていると言っても問題ないのでは? 

 

「それともう一つは……ヴィクの癖みたいなものなんだけど」

 

「もう一つは……?」

 

 

 

「距離を詰めた時に、何故かヴィクが一瞬動揺するの」

 

「…………………………あー」

 

 

 

 あー。

 なるほど。そういうことか。

 

 分かる。わたしにはその理由が分かる。分かってしまう。

 距離を詰めた時に動揺する。師匠と至近距離になった時にヴィっくんの動きが鈍る。それは技術の問題じゃなくて。集中力の問題でもなくて。

 

 ヴィっくん。

 お前ほんっっっとうに分かりやすいな。

 

 相変わらずというかなんというか。組手の最中にそんなことを考えているのか。師匠と顔が近くなると意識しちゃうのか。

 まぁ師匠は見た目若いし綺麗だし。気持ちは分からなくもないけど。分からなくもないけどそれを組手に持ち込むべきではないと思う。

 

 年の差考えたことある? 数百年前に生きていた相手にそれって。

 ん? なんか今のは自分にも刺さるような……。

 

 でもまぁ師匠はその理由に気づいていない。

 気づいていないのか。気づいていて言わないだけなのか。多分気づいていない。気づいていたらこんな真剣な顔で分析しない。「何故か動揺する」なんて言い方はしない。

 ヴィっくんの名誉のために喋るつもりは無いけれど。

 

「だから、その二つを除いた純粋な身体能力だけで言えば──もう正直わたしは勝てないわ」

 

「……」

 

 純粋な身体能力で勝てない。

 師匠が。あの師匠が。

 丸太を片手で運ぶヴィっくんを見て「まあそうよね」と思えたのは、師匠の方がもっと上だと信じていたからで。川の対岸の木を折ったヴィっくんを見て笑えたのは、師匠ならもっと遠くに飛ばせると思っていたからで。

 その前提が崩れている。

 

「かつて教えていた……勇者シエル。彼と同じように教えてきたヴィクが……スペックだけで言えばシエルと同等の速度で成長している」

 

「シエルと……同等?」

 

 シエル。

 伝説の勇者。英雄。救世主。物語の中の存在。

 でも師匠にとってはかつての教え子。実在の人間。

 

 あの伝説の勇者と。ヴィっくんが……同じ。

 

 師匠の口からその名前が出ること自体が重い。師匠がシエルの名前を出す時はいつも特別な響きがある。尊敬と愛情と悲しみが混ざったような。何百年経っても消えない何かが込められたような。

 その名前と同じ場所にヴィっくんを置いている。

 

「技術面ではまだまだ教えられることがあるわ。純粋な力では負けても技と経験ではわたしの方がまだ上よ」

 

「そう。安心した。師匠は私の誇り」

 

「でも、このまま経験を積めば……シエルだって超えるかもしれないわね」

 

「安心できなくなった。恥を知れ師匠」

 

「さっきから何なのあなた」

 

 教えられることがあるというのは……師匠としての矜持か。

 そこだけは譲れないという声。力では追い抜かれても、積み重ねてきた何百年の技術はまだ渡さない。まだ教える側でいられる。まだ師匠でいられる。

 

 しかしシエルを。

 ……超える。

 

 師匠が嘘をついている可能性も……多分ない。

 嘘をついてどうする。師匠が嘘をつく理由がない。弟子の実力を過大評価する意味がない。それでも同等だと言っている。

 

「じゃあヴィっくんに……わたしは本当にもう勝てない?」

 

「ああ。サシナがダメって訳じゃないのよ。ただ……」

 

 分かってる。

 師匠は別にわたしを不出来だと言っている訳じゃない。

 

 ただ。ヴィっくんは思っていたよりわたしのずっと先を進んでしまっているらしい。

 このままどんどん実力差が開いていけば──きっとヴィっくんと正面衝突じゃ押し負けることになるだろう。

 悔しいのもあるけれど……そうか。

 

 

 

 ヴィっくんはやろうと思えば。全力で抵抗するわたしだってどうにでもできてしまう。

 わたし達にはそれぐらいの差が──既にできてしまっているのか。

 

 なんかちょっとえっちな言い方だったな。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ……そんな風に思ったこともあったっけ。

 

 

 

 プレヴィが師匠と一緒にあのスライムごと沈んでいった。

 地面がどこまでも敵だから。足元全部が敵だから。走ったところでどこに向かえばいい。掘ったところでどこまで掘ればいい。おかげで追いかけることすらできなかった。

 敵はもういない。師匠ももういない。

 

「……消え、た。プレヴィが……」

 

「ヴィっくん……」

 

「……その、サシナ。これは……」

 

 魔王ヴィクトール。

 まだ飲み込めていない。飲み込めるわけがない。ついさっき聞いたばかりの言葉。幼馴染を魔王と呼ぶ声。あの穏やかで冷たい声。

 信じたくないけど信じたくないと思っても現実は変わらない。プレヴィが魔王だという事実。師匠がスライムに囚われたという事実。ヴィっくんが魔王と呼ばれたという事実。

 

 今分かっていることは一つだけ。

 師匠を助けるためにはヴィっくんが仲間たちと殺し合いをしなければいけない。

 きっとそれに歯向かったら師匠は間違いなく殺される。ヴィっくんは無視できない。

 それだけが確かな事実。プレヴィが命令としてはっきり言った。それ以外の選択肢は提示されなかった。

 

 殺し合い。

 ヴィっくんと。エスクリとマージュとリュトとルメドとシュヴァと──わたし? 

 ヴィっくんが勝てばヴィっくんの強力な仲間は全員始末できるし。ヴィっくんがリーダーかつ精神的支柱だから──仲間たちが勝ったとしてもパーティーは空中分解する。もしこれを無視して全員で強行したら師匠が死んでヴィっくんが機能不全まで落ち込む。

 つまり──やるしかない。

 

 ……でも。

 

「俺は……どうすれば……」

 

 あの仲間達がヴィっくんに勝てるとは……微塵も思わない。

 微塵も。一欠片も。砂粒ほども。例えヴィっくんの精神状態がどうであれ。

 

 ヴィっくんを局所的に上回るスペックの仲間はいるけれど──総合力じゃ誰一人ヴィっくんを越えられないし。仮にもヴィっくんは師匠に習っていた身。仲間だからといって一切容赦をせず戦うこともできる。

 あの師匠が勝てない相手に──わたしが何人いても勝てない。だからわたしとほぼ同じ実力の旅の仲間が全員揃ったところで。正面からぶつかったら話にならない。

 だから殺し合いなんて成立しない。一方的に殺されるだけ。

 

 わたしだって師匠を助けたい。師匠がいなかったらわたしは今ここにいない。訓練も任務も生き方も全部師匠から貰ったもの。助けなくちゃいけない。流石にわたしだってそう思ってる。

 でも……指示待ち人間のわたしにはどうすればいいか分からない。

 誰かに決めてほしい。委ねたい。でも師匠はいない。

 委ねられる相手はもう一人しかいない。

 

「ヴィっくん」

 

「……」

 

 返事がない。

 まぁ当たり前。魔王と呼ばれた直後に平気な声で返して来たら流石にサイコ。わたしだって何を言えばいいか分からないしおあいこ。韻踏んでたな今。

 

「これからわたし達を──殺すの?」

 

「……っ」

 

 ヴィっくんの手は今もずっと変わらない手触りで剣を握ったタコがある。

 わたしの手の倍くらいあって。この手で何度組手で転がされたことか。

 

 だからその気になれば──こうしてわたしの首ぐらい簡単に掴めてしまうし。

 力を籠めれば一瞬でわたしの首をへし折ることだってできる。

 この力量差があれば殺すだけじゃなく何でもできるのに。

 これもなんかちょっとえっちな言い方だな。

 

 いや。ここまで震えていたら無理かもしれないけど。

 男の子だろ。頑張らないか。

 

「っ……サシナ、何を……」

 

「非常に。非常に不満だけど仕方ない。他に手が無い」

 

「やめろ。離せ」

 

「とは言われても。どうせわたしじゃヴィっくんに勝てないし」

 

「サシナ!」

 

「かといってどうすればいいかも分からない」

 

 分からない。本当に分からない。

 師匠を助けたい。でも方法が分からない。ヴィっくんが魔王だと言われた。でもそれが何を意味するのか分からない。プレヴィの命令に従うべきなのかも分からない。何もかも分からない。

 分かるのは一つだけ。ヴィっくんがわたしを殺せるということ。

 その気になれば一瞬で。この手で。この指で。首を絞めるだけで終わる。

 

 だから。

 

 

 

「いつでも、好きに、してくれていいから」

 

「…………おい」

 

 

 

 冗談じゃない。サシナちゃん嘘つきません。空っぽなりに出した結論がこれ。

 師匠を助けるために仲間を殺さなければいけないならわたしから始めればいい。

 どうせ勝てないんだから。抵抗したところで結果は同じなんだから。だったら最初から差し出した方が早い。

 

 楽をさせてやってほしいと言ったのにその逆をやっている。ごめん師匠。

 でも楽のさせ方が分からなかったから。これがわたしにできる精一杯。

 

 あ。

 

「……とりあえず、戻ろう」

 

 無理やり引きはがされた。

 やっぱりこの場で殺すのは無理だったか。

 

 

 

「……まだ、やりようは、あるはずだ」

 

「……」

 

「だから……そんなこと、言わないでくれ……」

 

「……らじゃー」

 

 本当はわたしだって死にたくは無いけれど。「イヤ」って言ったところで何されようが──わたしはヴィっくんに逆らえないんだし。幼馴染の苦しみだって分かるから。ヴィっくんがそうしたいなら従うよ。

 好きにしていいって言ったのは私だし。

 それでヴィっくんが楽になれるならいいんじゃない。

 

 別にわたしだって。

 ヴィっくん相手なら多少の嫌なことだって頑張って飲み込んで見せるから。




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