『魔宝少女マジカルファルス!』ノベライズ版 作:maTSue
1. 歪んだ日常、気づかないRANと気づいたプリアポス
ジリリリ、とけたたましいアラームが鳴り響く。布団の中でごにょごにょと手探りでスマホを止め、RANはもぞもぞと寝返りを打った。
「んんぅ……」
まだ半分夢の中だ。最近、どうも寝起きがスッキリしない。海水浴場でのあの騒動以来、体の内側から常に何かが熱を持っているような、奇妙な感覚があった。スーパーマジカルスティック……じゃなかった、ヘル……ヘルマプロディトスの力は確かに強くなった気がする。淫獣もあっという間にふたなり化させてやっつけられるし、百合カップルも増えて眼福だし。いいことづくめのはず、なのに。
「何か、おかしいんだけどなぁ……」
テレビをつければ、アナウンサーが朗らかな声で伝える。「……最近、男性のプロスポーツ選手に体の不調を訴える方が増えているようです。特に『美しすぎる男性』として人気だった、あの〇〇選手も……」
RANはテレビをちらりと見て、「へー、〇〇選手も体調崩すことあるんだ。顔はあんなに綺麗なのにねぇ」と他人事のように呟いた。ニュースは続いて、デビューしたばかりの男性アイドルグループが人気急上昇中だと報じる。画面に映し出されたのは、どこからどう見ても美少女にしか見えない五人組。「え、この子たち男の子なんだ!? リアル男装女子じゃん! てか、これもう百合アイドルってことでよくない? 眼福ぅ……」
窓の外では、学ランを着た学生たちが登校していく。その中に、明らかに女子と見紛うばかりの「美少年」が混じっている。
「うわー、この辺の学校にも推せる美少女いたんだ! でも、あの制服、男子校じゃなかったっけ? いや、多様性社会だし、女装男子流行ってるってことかな? ……ま、いっか! 眼福!」
知らん人に話しかけたくないし話しかけられたくないだろうし、と大仰に肩をすくめるRAN。
RANの肩の上で、プリアポスがニヤニヤと笑っているように見えた。彼はただ、RANが自身の妄想の影響を無自覚に享受している様子を、「興味深い」と静観していた。
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2. 別行動の日
洗面所からリビングに戻ると、プリアポスが誰かと連絡を取っているようだった。
会話を終えたプリアポスは、RANに気づき、短く告げた。
「出かけてくるから、戻るまで家にいるように」
RANはあくびを噛み殺しながら、ソファにだらしなく座り込む。
「なに、珍しいね? あんたが私を置いて出かけるなんて」
プリアポスはいつもの飄々とした態度を崩さず、しかしどこか早口に答える。
「緊急の要件だ。魔宝少女マジカルポールと連絡がつかない」
RANは飛び起きた。
「え、なに、別の魔宝少女いるの!? 会いたい! お近づきになりたい!」
「……会わせてあげたいが、今日は急いでいる。次の機会にしよう」
プリアポスはそう言うと、わずかに視線を逸らした。
「仕方ないね! この埋め合わせはきっちりやってもらうよ! で、ポールちゃんはどんな娘?」
「絵を描くのが好きな、普通の娘だよ」
「……ふーん」
RANは納得いかない顔で腕を組んだ。普通の娘? いや、魔宝少女なんだから、きっと特別な百合趣味があるに違いない。絶対だ。
プリアポスは玄関へ向かいながら、振り返って忠告した。
「淫獣が出ても対応しなくていい。何かあったら、変身して連絡するように」
「子供じゃないんだからさ……。はいはいわかりました、いってらっしゃい、おとーさん」
RANは適当な返事をし、プリアポスが扉を閉める音を聞いた。
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3. 暴走するRAN、ひとりオタクショップ特攻
「ったく、留守番くらいひとりでできるってーの……」
プリアポスが去った部屋で、RANはスマホをいじりながら独りごちた。
「ひとりでできるもん!」
退屈しのぎに、最近おろそかになっていた商業作品の情報をチェックし始める。彼女の指が画面をスクロールしていくと、ある情報が目に飛び込んできた。
RANの目が輝く。
「……え、なに、花咲ゆりね先生の新作!? しかも店舗予約限定特典だと!? 完全にチェック漏れヤバい! 逃したら万死! 恨むぞプリアポス! 私を一人にするからこんな大事な情報を見落とすんだ!」
怒濤の勢いで叫んだ後、我に返って慌てて訂正する。
「今日まで!? マジで!? 神は我を見放さず! うそうそごめんプリアポス! 予約取れたら愛してるよ!」
テンションMAXで自分でもわけのわからないことをまくし立て、新作百合作品の情報に矢も盾もたまらず、RANはオタクショップを目指し、勢いよく部屋を飛び出した。
「待ってろ『百合百景』!」
その時、屋外で部屋の様子を伺っていた人影が呆然と佇んでいたが、RANの大声を聞くと、その目的地を特定したかのように、スーッと姿を消した。
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4. 謎の追跡者と路地裏の襲撃
数時間後、RANは満面の笑みを浮かべて百合百景から出てきた。両手にはずっしりと重い袋を抱えている。
「逆転ホームラン! 日頃の行いがいいからだな、これは。だよねプリアポス」
つい癖で肩の上を見たが、そこにプリアポスの姿はない。
「そうだ……留守番してないと……。まあ今から帰れば無問題!」
近道しようと、薄暗い路地へ駆け込んだその時。背後から、ひんやりとした声がかけられた。
「不用心だな
RANが驚いて振り返った瞬間、その女性は一瞬で距離を詰めた。ゴシックめいたドレスを思わせる黒いスーツを纏い、短い短剣めいたマジカルスティックを油断なく構えている。そこから放たれたドリームエネルギーが、RANの股間に素早く叩き込まれた。
RANは衝撃に転倒し、ずるずると地面を這う。
見上げた相手は、自分と同じ魔宝少女だった。だが、放たれたドリームエネルギーは、これまでの淫獣をふたなり化させるものとは違う。RANの身体に直接作用している。
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5. 変身不能! もうひとりの魔宝少女の言葉、そして逃走
RANはパニックに陥り、すぐさま魔宝少女に変身しようとする。
「魔宝少女マジカルファルス!」
いつものようにマジカルスティックを構えようと股間に手をやるが、そこにあるのは、異様な熱を帯びた、少し硬さを持った肉の塊だった。
「!?」
反射的に強く握ってしまい、鈍い痛みにRANは悶絶する。身体は熱いのに、いつもの変身の光は全身を包まない。
「どうだ、変身しないのか」
冷徹な声が頭上から降ってくる。黒をまとった魔宝少女が、ニヤリと口の端を吊り上げていた。RANは焦りながらも、再度変身を試みる。しかし、股間が熱くなるばかりで、服装も変わらない。顔もすっぴんのままだ。こんな姿を、もし知り合いにでも見られたらどうしよう?
「魔宝の力は封じた。ふたなりの気分はどうだ? 何もプリアポスに聞いていないのか。アイツはいつもそうだ。肝心なことを何も話さない」
淡々とした言葉がRANの胸に突き刺さる。
「どうしてこんなことを! あなたも魔宝少女なんでしょ!?」
魔宝少女はフッと笑った。
「そうだ、いや、そうだった。今は違う。私はお前の先代の『魔宝少女マジカルファルス』。そして今は、『魔封少女マジカルバロック』だ」
その時、「何を騒いでいるんですか!」と警備員が駆け寄ってきた。
マジカルバロックは一瞬、眉をひそめたが、すぐにRANに捨て台詞を残す。
「今は預けておこう。呪縛を堪能するがいい」
そして跳躍、屋根の上に姿を消した。
RANは必死に顔を隠し、警備員に謝りながらその場を離れた。恥辱と混乱で、頭の中が真っ白だった。
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6. 孤独のトイレと身体の真実
なんとかマジカルバロックから逃げおおせたRANは、人気の少ない公園の公衆トイレに駆け込んだ。身体の異変に加えて、これまで魔宝少女の時は一度も感じたことのなかった、切迫した尿意に襲われる。
RANは震える手でスマホを取り出し、画面を凝視した。
「アイドルはトイレに行かない、魔法少女はトイレに行かない。……私、魔宝少女なのに……」
今の自分は魔宝少女じゃない。その事実を、身体がはっきりと理解させてくる。スウェット越しに股間を触る。どくどくと脈打つ熱い塊に、RANの顔は真っ赤に染まった。意を決して、公衆トイレの個室に身を隠す。
数分後。RANは真っ赤な顔で個室から出て来た。そのまま洗面台の鏡に映る自分の姿を凝視し、小さく呟く。
「ねえ、プリアポス……おしっこって、あそこから出るの?」
RANは男性器の構造について、驚くほど正確な認識を持っていなかった。フィクションの(規制された)男性器しか見たことがなく、男性との生活経験も極端に少なかった彼女にとって、自身の身体に起きた「この事態」は、想像を絶するものだった。
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7. (脳内)プリアポス対話篇
自身のふたなり化した肉体。それは、これまで自身が何気なく使ってきたマジカルスティックに、あまりにも酷似していた。混乱と絶望の中、RANは羞恥に震える。
脳裏に、いつものプリアポスの姿が浮かぶ。彼は悪意のある笑みを浮かべ、 RANの混乱を面白がっているように見えた。
「そんな言い方って……これとマジカルスティックは違うでしょ!?」
RANは脳内のプリアポスに向かって言い返した。これまで戦いを共にした大切な相棒と、無理やり押しつけられた排泄器官(ふたなりの男性器)を一緒にされたような気がして、堪らなかった。
違いについて説明しようと、RANは脳内のプリアポスに向かって、マジカルスティックでの経験を一つ一つ口に出していく。
「触ると感覚があって……」
「触ると気持ちよくて……」
「触ると妄想が捗って……」
「触っているうちにスタンバイ状態になって……」
「妄想でエネルギーが溜まって……」
「エネルギー溜まると白いのが勢いよく出て……」
「出した後は爽快感があって……」
RANは、自分の言葉を反芻しながら、はっと息をのんだ。頭の中のプリアポスは、相変わらず悪意のある笑みを浮かべたまま、何も語らない。だが、その沈黙こそが、RANに真実を突きつけた。
RANの顔が、羞恥の色に染まっていく。真っ赤になった顔を手で覆い、彼女は叫んだ。
「おちんちんじゃん!」
「おしっこだけ出ないおちんちんじゃん!」
公園の公衆トイレに、絶望と混乱の極みに達したRANの叫びが、虚しく響き渡った。
【続く】