過去と未来を行き交うふね   作:つるみ鎌太朗

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 ボトルメールの返事が届いたのは十一年後だった。

 プリンプリンは十五歳になり、いっそう美しい娘になっていた。薄桃のドレスにシルクのマント。細い腕につけられたブレスレットにショールのごとく垂れ、彼女をより優雅に見せている。

 ガランカーダの丘で、ランカーの作った街が砂に吸い込まれて消えたのをプリンプリンらが見送った時。

 運命のように母からの手紙が来た。

 読んでみて、プリンプリンは母の存在にときめきながらも首をひねった。

 

「『希望という名の船』って……何かしら?」

「船っていうんだから、船だろ」

 

 先ほどまで新たな門出の歌を熱唱していたボンボンがあっけらかんと言う。

 彼もプリンプリンと同じく思春期を迎え、背がスラリと伸びた。

 まだ少年のあどけなさは残るものの、透きとおる碧の瞳は意思が強そうに吊り上がり、スッキリとした美しい顔立ち。

 服は幼少のころから好む薄荷色で統一され、爽やかな印象だった。

 

「そう考えるのが自然ですね」

 

 カセイジンもウンウンとうなずいた。こちらはまだ成長期前なのかプリンプリンよりも少し背丈は低く、声変わりもしていない。

 愛用のめがねの位置を直しながらうなずいている。

 そこへ間延びした声が割って入ってきた。

 

「ねえったらねえ! でも、このお母さんはぼくらがどこにいるかわかんないんじゃない?

ここは丘の上。船なんかないよ」

 

 オサゲは歳のわりに小柄で、四人組の中でも幼いころの面影を強く残している。柔らかそうな手足を使い、身振り手振りで訴えた。

 オサゲもカセイジンも幼少のころを思わせるアルトコの伝統衣装に身を包んでいる。

 オサゲの正論にボンボンは拳を握った。

 

「でもよー。わざわざ船って書いたんだから、あると考えるのがフツーだろ。

探してみようぜ。もしやランカーが埋まったとこにでもあるとか」

「せっかく静かになったのに起こすのも気が引けますねえ」

 

 そこでその場に居合わせていたカーダ姫が提案してくれた。

 

「港なら船がたくさんあるけれど……もしかして、そこじゃない? 案内するわ!」

 

 彼女の導きにより、ガランカーダの港へ向かう一行。港にはダイヤの鉱脈の噂を聞きつけ、多くの船が停まっていた。

 カーダ姫と別れると、マイホームとワット博士が先回りしたように待っていた。

 片や探偵帽にトレンチコートと、いかにもな赤毛の名探偵。

 もう一人はショッキングピンクのスーツに身を包む、黒髪おかっぱの妻。

 プリンプリンたちの旅に同行する、保護者のような存在だった。

 

「やあ、お揃いで。そろそろ次の国へ行く頃合か思うてな」

「そうよ、そうよ。ガラン王妃が母親でない、とわかったことだし。

プリンプリンちゃんなら旅を続けると思ったのよ」

 

 プリンプリンたちは顔を見合せ、大人たちに手紙を見せる。

 マイホームは虫めがねまで持ち出して内容をじっくり精査していた。

 ワットもめがねをキラリと光らせる。

 

「まあ、確かに。船は港に着くもんや、きみらの言うことは間違ってない。

でもなァ、この世には比喩っちゅうモンもあって……」

「まあまあ、マイホ〜〜〜ム。

探してみましょうよ。シンプルに考えるのがいいこともあるわよ、ネッ」

 

 現実主義のマイホームをワットがなだめ、二人も船を探すのを手伝ってくれた。

 しかし探せど探せど『希望』という名前の船などなかった。

 定期便、通信船、鉄の新型から木造の幽霊船もどきまで聞き回ったのに。

 

 朱い夕暮れの中、プリンプリンたちは疲れ果て、ロープを引っ掛けるための杭に座り込んでいた。

 プリンプリンは、マイホームが言いかけたとおり本当に比喩なのかと疑いはじめていた。

 彼女が諦めかけた時、隣に腰掛けていたボンボンが問いかけてくる。

 

「きみのお母さん、まさか、ナンのヒントもなしに旅を続けろなんて手紙をよこすと思う?」

 

 プリンプリンは答えられなかった。

 母親のことを何も知らない――先ほどの手紙が初めて交わした言葉なのだ。

 ボンボンはすこし苛立っているようだった。

 

「もし、そうだとしたら。

そんな親に親である資格はない。

きみがどんなに苦労してここまで来たと思っているんだ。迎えに来てもいいくらいだ!

そんな船が本当にないなら、おれはもう、きみをアルトコまで連れて帰るぞ」

 

 ギョッとして彼を見ると、碧の瞳が涙に揺れている。

 

「きみのお母さんが、そんな人だと考えたくないよ……」

 

 ただ打ちひしがれるプリンプリンの代わりに彼が怒ってくれている。

 でもプリンプリンだって母親がそんな人だと思いたくない。

 ボンボンに軽蔑されるような人が親だなんて、信じられない。

 

「……お母さんは、きっと優しい人……」

 

 自分に言い聞かせるようにプリンプリンは独りごちた。

 波間に揺れる夕陽の残光がにじむ。

 と、その光が奇妙に歪みはじめた。

 ボンボンとは反対隣のカセイジンがガバッと立ち上がる。

 

「ムムッ! カクッテキッ! ……ルールールールールールールー!!」

 

 普段よりも興奮ぎみで、横にいたオサゲすらおののいた。

 

「ど、どうしたのカセイジン。もんすごいヨカンがするのかい?」

「そうです、とても大きな……ワタシたちにとって物凄いコトです!

コレは……ふね?」

 

 彼が口にした瞬間、それは現れた。

 光の粒子が一点に集まり、にゅうと先端が虚空から突き出てくる。

 みるみるうちに全貌が浮かび上がった。

 一隻の古めかしい連絡船が、港へ姿を現す。

 

「……カセイジン、あれか?」

 ボンボンが低い声で聞く。

 まだヨカンで耳が回っているカセイジンが頭を抱えつつ、

 

「そのようです」

「行ってみようよ」

 

 俊足のオサゲが船に向かって真っ先に駆け出した。

 マイホーム、ワットも子どもらの後を追う。

 

 その船は鉄さびにまみれ、エンジン音もぎこちないオンボロだった。

 夕暮れ時に点灯された前方のライトは妖しく揺らぐ光に満ち、ただならぬ気配もある。

 

 プリンプリンたちがじろじろと観察していると、船のタラップから誰かが降りてきた。

 大柄だが船長さんだろうか。コートの襟を立て、帽子を目深にかぶっているために顔がよく見えない。

 

「ああ、あなたプリンプリンさんですね。見つけました。船代は先払いで頂戴したんで、さあさ、お乗りください」

 

 俗っぽい言い方に脱力する一行。

 あんなに仰々しい出現だったというのに。

 どうにもうさんくさいのでマイホームがビシッと船長らしき男性に言い放った。

 

「突然やってきて、ナンやきみは。まずは名乗るのがスジっちゅうモンや!

誰に頼まれてこの子を迎えにきた」

 

 彼が子どもらを背に隠すのを見て、船長は『いけね』と小さく漏らす。

 

「あー、申し遅れました。私はこの、

 

『自由型時空渡航船・きぼう号』

 

の船長です。お母さまから『近くを通りがかったら乗せてやってくれ』と頼まれました。

モチロン、お友だちの席もありますよ」

 

 プリンプリンはワッと歓声をあげた。

 

「あなた、わたしのお母さんと会ったんですか?」

「? そりゃそうですよ、よく港で見かけます。あなたを待っているようでしたよ」

 

 母親が港にいる。

 その言葉にプリンプリンはぞわりと背に何かが走るのを感じた。

 

「お母さん……港で待ってくれているの?」

「はい。毎日、毎日、よく飽きないなって」

 

 横でボンボンがプリンプリンへ微笑みかける。

 

「プリンプリン! よかった、きみのお母さんは思っていたとおりのひとだ!

きみの姿を港で毎日探すような、優しい人なんだ!」

 

 オサゲ、カセイジンもにこやかだ。

 

「会いにいかなくっちゃ! そこ、美味いモンあるかなあ」

「さあ、わかりません。でもコレで行先が決まりましたね」

 

 みんなの中心でプリンプリンは船長さんへ問いかけた。

 

「その港は何という名前ですか?」

「最果ての古都ラマーナ。石造りの崩れた建物ばかりの寂れた町です」

 

 想像していたよりも寂しそうな雰囲気で、四人組と一匹は戸惑いを隠せなかった。

 ボンボンがプリンプリンに聞く。

 

「……祖国? なのか? そこ」

 

 もちろんプリンプリンは知らない。

 子どもたちがふしぎがっていると、マイホームが明るく言った。

 

「まあ、行くしかなぁわな。せっかくプリンプリンちゃんのお母さまが用意してくだすったんや。

ほんじゃ、きみ、案内して――」

「あなた方の席はありません」

 

 船長さんがマイホームとワットを見て、ピシャリと宣告した。

 そろそろ陽が落ちる時刻だった。

 冷えきった空気の中、マイホームがしわがれた声で質問する。

 

「な、それは、どういう……?」

「そうよ。子どもたちだけじゃ、危ないわ!」

 

 ワットに迫られ、船長さんが胸ポケットから封筒を取り出した。

 

「預かってきました。プリンプリンさんのお母さまからです」

 

 飾り気のない、真っ白で清潔感のある封筒。

 受け取るとマイホームが封を切り、その書面を一行で読みはじめる。

 

『マイホームさま、ワットさま

 

これを受け取られたということは、きぼう号が無事にプリンプリンを見つけてくださったのですね。

 

初めまして。

私はプリンプリンの母・アイリーンと申します。

 

娘とそのお友だちの旅を支えてくださり、ありがとうございます。

これまでのご恩、誠に感謝いたします。

 

それなのにお席をご用意できずに申し訳ございません。

子どもたちの席を工面するので精いっぱいだったのです。

プリンプリンにたいへん善くしてくださったのに非礼をお許しください。

 

もしもこの先、お会いすることがありましたら改めて謝罪させてくださいませ。

重ね重ね、このたびは申し訳ございませんでした。

 

何よりも、娘たちをここまで連れてきてくださり、ありがとう。

あなた方の帰路が安全でありますよう。

 

   アイリーン』

 

 プリンプリンの母からの手紙を読み、マイホームとワットはまず申し出た。

 

「お母様が必死でこの子らの乗船代を払ったのはわかった。しかし、小生らもここまで送り届けた身。

ナンとか、ラマーナまで乗れりゃァせんか? 切符はいくらや?」

 

 ワットも船長さんを真剣なまなざしで見つめていた。

 しかし……。

 

「#‘!'、',。;ゞ/;厂;乁」

 

 船長さんの返事は聞き取れない。

 きっと別の国の言語だ。あるいは、この地上にはない通貨で支払われたのだろう。

 プリンプリンたち子どもは二人をじっと見上げる。

 この世界にない通貨で支払われた切符。

 すなわち乗船券は付け焼き刃では手に入らないことを意味する。

 

「……マイホームさんたち、お別れなの?」

 

 オサゲがぽつりと言った。

 その問いにワットが答える。

 

「そうね、そういうことになるわね……」

 

 母の精いっぱいの乗船券を無碍にはできない。

 何より母への道が示された以上、この船に子どもらを乗せるのが、これまでの旅の答え。

 じわりと涙を浮かべてプリンプリンは二人へ感謝を述べた。

 

「マイホームさん、ワットさん。

これまでありがとう。わたしたち、子どもだけだったらここまで来れませんでした。

アルトコで大人って変だな、と疑っていた中で二人は『良い大人』として導いてくれた。感謝してもしきれません」

 

 ボンボンもマイホームへ向き直る。

 

「マイホームさん、ありがとな。

アンタ頼りないけど、たまに名推理で助けてくれて立派な大人だったよ」

「ボンボンくん、きみ、最後まで余計な一言を。まあきみらしいけどな」

 

 プリンプリンとボンボンを抱擁しながらマイホームはグス、と鼻を鳴らした。

 

「ワットさん、ありがとう。ぼく、ワットさんの動物学への情熱、すっげえなあと思ってたよ」

「まァ、オサゲちゃん。ありがとね。

あなたは足が早いから先々行きがちだけど、これからは危ないから気をつけるのよ!」

「ワットさんこそ、熱くなりすぎてマイホームさんとはぐれないでくださいよ。

お達者で……」

「カセイジンくん。アナタも無理しすぎないように。元気でね」

 

 各々が二人へ別れの挨拶を済ませると、船長さんが船を仰ぎ見る。

 

「そろそろ出港です。イレギュラーで停めてるんでね、あしからず」

「ああ……わかった。それよりあんた、この子らをしっかりお母さまのところへ届けてくれよ」

「もらったお代金ぶんは働きます」

 

 マイホームとワットは船長の目を覗き見ると、顔を見合わせて深くうなずいた。

 最後にこれまで旅してきた全員でひしと抱き合い、名残惜しむようにゆっくりと離れた。

 汽笛が断続的に噴きあげる。

 

「ハイ、これ乗船券」

 

 船長さんが四人へ順々に配る。プリンプリンたちがそれぞれ握らされた券には、

 

『時空渡航 きぼう 特別乗車券

⭐︎▲!◻︎) ラマーナ 片道

中学生料金』

 

 書いてあることはヘンテコだったがプリンプリンたちは大事にポケットやかばんへ仕舞い込む。

 夜の闇の中、タラップを駆け上がると船上から二人を見つめた。

 

「マイホームさん、ワットさん。さようならー!」

「またアルトコで会おうなーッ」

「またねぇ〜!」

「どうかお元気でー!」

「キキッキャ〜ン!」

 

 声が枯れても呼びつづける。

 二人も、姿が見えなくなるまでいつまでもいつまでも手を振り返してくれていた。

 

 

 うす暗い船の中は別世界だった。

 畳の敷かれた座敷制の船ではあるが、腰かけている人たちがまず異質だ。

 かたや中世の貴婦人や貴族のような格好をしており、かたやジャポンのお侍で腰に刀を下げている。

 それだけならまだしも頭が不気味なほど大きく、爛爛とした目の宇宙人のような乗客もいた。

 

「この船は、いろんな時間軸の人を乗せているようです」

 

 カセイジンが興味深そうにめがねをクイと持ち上げる。

 

「自由型時空渡航、と船長さんは言っていました。

つまり百年前も行くし、百年後にも行けるってことですよ」

「ナ〜ンかどっかで聞いたことあるな。ソレ」

 

 隣でボンボンがシミのついた天井を見上げた。彼の手には馴染みあるギターが抱えられ、かすかな調べを奏でている。

 その音に包まれながらプリンプリンはカセイジンの説明に耳を傾けた。

 

「ラセツの国へ行った時のことを思い出しますね……あの時も『過去・現在・未来』と行き先がありました」

「あ〜、あったあった。そういうの」

 

 オサゲがスナック菓子片手に懐かしむ。

 モンキーも横で『キィ』と肯定していた。

 

「つまり。プリンプリンのお母さんはワタシたちの暮らす時間軸とは別の世界にいるということです。

探してもなかなか見つからないワケですね……」

「向こうから船を用意してくれなきゃ、いつまでも放浪してたな」

 

 ボンボンが恐ろしいことをケロリとした顔で言う。

 プリンプリンは『うーん』と座敷から外へ視線を向けた。

 

「確かに……この船、時間の流れがメチャクチャだわ。さっきまで真っ暗だったのに、今は薄いピンク色の空。

いったい、いつなの? 朝なの? 夜明けなの?」

「ワタシにもわかりません」

 

 カセイジンの知識を持ってしても解明できない謎。

 オサゲが座敷でゴロゴロと寝転んだ。

 

「じゃあ、ぼくがわかるワケないや。ボンボンもそうだろ」

「巻き込むなよ。……まあそうだけど!」

 

 カッコよくギターを弾いていたのに、ボロが出てしまうボンボン。苦い顔をして弦をかき鳴らす。

 不協和音にプリンプリンの胸もドキリと鳴った。

 思わず不安が口からこぼれる。

 

「お母さんのところへ本当に行けるのかしら……どれほど時間がかかるの? 次の港はどこなの」

 

 モンキーが彼女のそばに寄り添う。

 みんなが沈黙する中、ボンボンが口を開いた。

 

「でも、きみのお母さんは四人ぶんの乗船券を手配してくれた。

たぶん……そんなに簡単なことじゃなかったハズさ。マイホームさんたちへの手紙からわかるじゃないか。

それほどまでに、きみに会いたがっているんだ」

 

 彼はギターを両腕で抱え込むとプリンプリンを澄んだ瞳で見つめる。

 これまでもかたわらにあった、まっすぐな輝き。

 

「信じるよ。おれが、きみのお母さんのことを信じる。

――どこまでも、どこまでも、一緒にいこう……プリンプリン」

 

 あまりにも気取った言葉だったのでプリンプリンはフフ、と笑ってしまった。

 オサゲやカセイジンも触発されて続く。

 

「……ぼくだって。ここまで来たら最後まで一緒さ!」

「もちろんワタシも。一蓮托生ですよ」

 

 プリンプリンは今までも支え続けてくれた仲間たちへ笑顔で応じた。

 

「ありがとう、みんな。わたしも、もう弱音は吐かないわ。

どこまでも行きましょう。世界の、時の果てまで」

「キッキ」

 

 幼い子どもたちの間に、また一つ絆が生まれた。

 

 

原作最終回後のねつ造としてはアリですか?

  • アリ
  • 大アリ
  • アリ寄りのアリ
  • おれ、もっとすごいの考えたー!
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