船はなかなかラマーナへ着かなかった。
途中、他の港で長く停泊することも多い。
船長さんは操舵室に行くといつもいて、どうやら彼の体感時間と自分たちの時間はまったく違っているようだった。
いつのまにか仲良くなり、船内の時刻を示す時計をもらった。これがあれば出港時刻と合わせることができ、外出しても船に乗り遅れることもない。
プリンプリンたちはせっかくだから別の国で降りてお祭りに参加したり、珍しいお土産を物色したりした。
行先のわからぬ旅と違い、船という明確な乗り物があるから精神的な余裕も生まれる。
中でも楽しかったのは、なんと猫のような住人があつまる街。
すれ違う人がみんな二本足で歩く猫で、オマケに喋る。
この街で行われた星祭りの景色がプリンプリンたちの心に深く刻まれた。
夜の広場で、まるで星を散りばめたようなタイルの輝き。そこらじゅうに吊るされたランタンの灯りのゆらめき。
奇妙な仮面を被った猫の踊り。
出港時刻スレスレまで楽しんだので、みんなで慌てて船へ駆け込んだものだ。
しかし、楽しい思い出ばかりではない。
最も忌まわしい出来事といえば、コンテナ置き場で男性に迫られた事件だ。
その時、プリンプリンは後方の甲板で空を眺めていた。
相変わらず灰色だか水色だかわからない色で、昼夜すらわからない。
モンキーと一緒に、外の空気を吸って気晴らししようと思ったのだ。
そこへ一人の男性が声をかけてきた。
「お嬢さん、ここで小さなキーホルダーを見ませんでしたか?」
中肉中背で、背の丸まった人だった。ネルシャツにジーンズでプリンプリンたちと似た時代から来たように見える。
プリンプリンは礼儀正しく答えた。
「いいえ、見てません」
「参ったな。大事なものなのに」
男性が油っぽい髪を掻く。
本当に困っている様子だったのでプリンプリンは申し出た。
「あの……お手伝いしましょうか?」
「キッキャ」
モンキーが何か言いたげに見上げてきたが、男性が即座に、
「ああ、ありがとう。他に思いあたるところがあって」
などと言って歩きはじめた。
だからプリンプリンも後をついていった――罠だと知らずに。
モンキーがしっぽをピンと立てていたので、もっと警戒するべきだったのに。
コンテナが並ぶ貨物置き場でプリンプリンたちはまずは二手に分かれた。
「ないわねえ、モンキー」
呑気にそんなことを言っていたがモンキーは落ち着かない様子だ。チラチラと後方を振り返っては周囲を訝しげに見渡している。
同じくキーホルダーを探しているのかな、などと考えていたから、隙ができてしまった。
まず前方から男性が走り寄ってきて、『こっちにはない』と大きな声で言ってきた。
プリンプリンもそれに『こっちもです』と応じ、近づこうとした。
そうしたら突然、彼女に向かって体当たりしてきたのだ。
当然、華奢なプリンプリンはコンテナへぶつかり、衝撃で体から力が抜けた。
そこを男性がのしかかってきた……。
「⁉︎ なに? やめてください」
キッと睨みつけたが、大人の男性の力に敵うはずがなかった。
男性はプリンプリンのブレスレットに繋がれたショールを手に取り、あっという間に彼女の両腕をぐるりと結んだ。
ア、と悲鳴をあげようとしても恐怖でかすれる。
「キィッ! キキッキャ!」
モンキーが男へ噛みついたが邪魔だとばかりに掴まれ、床へ叩きつけられた。
けいれんして動かないモンキーを見て、プリンプリンは絶望する。
大きな手が伸びてきて、その細肩に触れられた。
何をされるのか不安で目をキュッとつむる……と同時に、上空から黒い影が降ってきた。
まずは一発。男の体が沈んだと思うと、二発目。
「死ねえええええええええッ‼︎」
デッキが震えるほどの咆哮をあげながら、ボンボンが男をプリンプリンから殴り飛ばした。
……震える手で握る鉄パイプで。
容赦なくメッタ打ちにしている。
その形相は怒りに満ち満ちて、まるで阿修羅のようだった。
襲われそうになった恐怖と、白い髪に血を浴びたボンボンの姿への言葉にならぬ想い。
プリンプリンは震えながらも『ボンボンを止めなければ』と頭の隅で強く思った。
だが、彼の凶行を止めたのは顔を腫らした男だった。ボンボンの細腕から鉄パイプを弾き飛ばし、その腕を足で踏みつける。
「ぼ、ボンボン!」
プリンプリンは泣きながら叫ぶが、足に力が入らない。手を握りしめて叩いても引きずることしかできなかった。
ボンボンが首を振って彼女を止めようとする。
「来るな! ……がっ!」
みぞおちに男の靴先が入った。
プリンプリンの悲鳴が響き渡り、男の拳が振り下ろされる。
それを、ボンボンが鋭い犬歯で受け止めた。たるんだ皮膚を深々と突き破り、骨すら噛み砕かん気迫がある。
男を睨めつける瞳が血走っていた。
「離せッ!」
男に片方の手で叩かれようとボンボンは食らいついて決して放さない。
だからこそ間に合った。
「何があった!」
コートの襟を立て、帽子を目深に被った男。
船長だ。
もんどり打つ二人の間に入り、大きな体でボンボンを背へ隠す。
そして奥まった瞳で子どもたちを見つめた。
腕を縛られ、足に力が入らないプリンプリン。
返り血を浴び、頬やまぶたを腫らしたボンボン。
動かぬモンキー。転がる血濡れた鉄パイプ。
状況を察して彼は絶対零度の声で男へ告げた。
「預かった子どもに何してやがんだテメエ」
普段と違う、敬意を投げ捨てた口調。
船長の背にボンボンがもたれかかり、緊張の糸が切れたように泣き崩れた。
その白い髪を軽く撫でてから、船長は男へにじり寄り、胸ぐらをとっ捕まえて持ち上げる。
「他の乗客に危害を加えたら――時空法第十三条で流罪だ」
それを聞いて男がヒッとのどを鳴らした。
『かわいかったから』、『あのガキはいいのか』、金切り声をあげていたが船長は静かに男を船の端まで持っていく。
男の身を船のへりから乗り出させ、短く告げた。
「あばよ」
男を船から放り捨てる。
すると海に落ちるより早く、その体が光の砂のように崩れ、風に舞い上がって消えていった。
ボンボンの肩を借り、やっとの思いでプリンプリンは立ち上がる。
「プリンプリン……怖かっただろ。ごめんな」
ボンボンが謝ってくる。
プリンプリンはフルフルと首を振った。
「いいえ、いいえ……わたしこそ、ごめんなさい。あなたにあんなことをさせてごめんなさい。ごめん、なさい……」
とめどない涙を拭いもせず、彼の肩へ突っ伏する。
その細い首に腕を回して謝罪しつづけた。
♢
その後、気絶したモンキーを抱き上げ、オサゲとカセイジンのいる船室へ二人で戻った。
どちらもボンボンの顔を見て青ざめたが、すぐにカセイジンが、
「こんなに早くヨカンが……」
と呟いた。
オサゲが涙を浮かべてボンボンにしがみつく。
「ごめんよ。
ぼく、ボンボンがヨカンを聞いてすぐ飛び出したの、追いかけたんだけど。
どっち行ったかわかんなくって、見つけられなくって……」
モンキーの寝床をつくったあとで、二人がボンボンの傷の処置をした。
事情をぽつぽつと話せば、うなずき返される。
「二度とこんなことが起きないように、プリンプリンを一人にしないようにしましょう」
カセイジンが言うのにオサゲもウンウンと相槌を打つ。
プリンプリンはみんなに心配をかけ……ボンボンに一線を越えさせてしまった罪悪感から、
「わたしも今度から警戒するわ。……誰も彼も、良いひとってワケではないのね。哀しいけれど」
と自身を省みて、『ごめんね』とか細い声で言った。
だが船内では『あの美姫には手のつけられない狂犬が控えている』と噂が流れ、四人組が通りがかると無言で道を開けられるようになった。
それが良いのか悪いのかわからないが、ボンボンだけは、
「手がかからなくていいじゃない」
とニコニコ笑っていた。
原作最終回後のねつ造としてはアリですか?
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アリ
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大アリ
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アリ寄りのアリ
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おれ、もっとすごいの考えたー!