3、
船はまさに時を縦横無尽に行き来し、プリンプリンたちを運んでいった。
船内に妊婦さんがいて子を産んだ。
プリンプリンたちも祝福し、その赤子を抱かせてもらった。小さな手、赤い顔。生命の産声。
しかし赤子は猛スピードで成長し、母を亡くし、最後には腰の曲がった老人になってしまう。
プリンプリン、ボンボン、オサゲ、カセイジンは十五歳のままであるというのに。
これだけなら彼らが不老不死になったと考えられるが、違うのだ。
船内で神々しい後光すら放つ別の老人も、プリンプリンたちが乗船した時からまったく歳を取っていない……。
つまり乗船している客それぞれに流れる時間が異なっている。
あの赤子が老衰で亡くなった時、プリンプリンたちは船長さんと一緒に遺灰を時の海へ撒いた。
乗客はどんどん下船してゆく。
それなのに『次はラマーナ』という放送がまだない。
プリンプリンたちは船上で、停泊した港で、日々を精いっぱい生きていた。姿を変えぬ子どもたちとして。
だが彼らは信じていた。過去の冒険を懐かしむより、遠い未来の可能性にしがみつくよりも。
今を生きること。この瞬間を生きることが、一秒後の未来を掴み取る唯一の方法。
時の歩みなんて不確かなものよりも、今、目の前にある世界に四人がいること。モンキーがいること。
みんなで過ごす、かけがえない日々が大切なのだと。
一瞬一瞬の積み重ね、それだけが確かなことだと……。
やがて船は桜舞う海へ流れ着き、彼らのもとへ花びらを届けた。
めちゃくちゃになった季節でも春の訪れは心を浮き足立たせる。
「ねえ、ここは春みたい。どんな国なのかしら」
モンキーを胸に抱いたプリンプリンがボンボンへ尋ねた。
彼は昔と変わらず、白いギターを手に答える。
「時間が許すなら、下りてみよう」
明るい声。
ボンボンのギターの音に被さるように船内放送が流れた。
『次は……ラマぁ〜〜ナー……ラマぁ〜〜〜〜〜〜ナ〜〜〜〜〜……』
オサゲやカセイジンも顔を見合わせた。
「ラマーナだ」
「やっとですか。もしや、終点だったんじゃァないでしょうね」
彼らは荷物をまとめ、下船の準備を整える。
タラップへ向かうと船長さんがいた。
「やあ、やっと下りてくれたな。気が気でなかったぜ……とんでもなくかわいいお姫さまと狂犬にいられちゃァな」
襟で覆われた口の端がわずかに上がったのを、プリンプリンたちは見逃さなかった。
「ありがとうございます、船長さん。おかげさまで無事に母のもとに着きました」
プリンプリンが頭を下げると、ボンボンら三人組も同様にお辞儀する。
「いいってことさ。仕事だからな。ほら、とっとと下りな下りな」
背中をぐいぐい押されて船を後にした。
プリンプリン、ボンボン、オサゲ、カセイジン……モンキーをしんがりにしてついにラマーナの地に降り立つ。
ラマーナは過去に言われたとおり石造りの街だった。
ひび割れた石畳は色褪せて真っ白。隙間から苔が蒸し、小さな白い花も咲いている。
港に植えられた桜の木々が、淡い影で四人と一匹を包んだ。
「さびしいけれど美しいところ。わたしは好きよ」
プリンプリンが桜の花びらを手で受けとめる。
ボンボンの白く柔らかな髪にも花弁がくっつくから、オサゲが指さして笑った。カセイジンも新しい街に好奇心がうずくようだ。
モンキーは普段どおり軽快なステップで彼らに着いてくる。
港には色んな人がいた。
他の船から下りてきた人々もいるし、まさしく旅行中の観光客も写真を撮っている。
プリンプリンは忙しない目で母の姿を探した。
ボンボンらも同じく辺りを見回す。
「キッキキ」
プリンプリンのドレスのすそをモンキーがちょいちょいと引っ張った。
「なあに、モンキー」
プリンプリンがモンキーを見下ろすと、誰かを指さしている。
視線をつうと巡らせた。……花壇のレンガに腰かけた女性。
彼女はプリンプリンとよく似ていた。
銀の長い髪をひとつにまとめ、レースのショールを羽織っている。身を包むワンピースは深い藍色で装飾はなく清楚な印象。
白い面に、深いとび色の瞳を瞬かせてプリンプリンを見ている。
手には針仕事の道具が握られ、かたわらには布地が入ったバスケットを置いていた。
プリンプリンも彼女から目が離せなかった。
これまで何度も母親ではないか、と思った女性はいた。でも違った。しかし――今回は確信があった。
この人は間違いなく自分の母だと。
言葉はいらなかった。プリンプリンは一歩踏み出した。
女性も立ち上がり、針や縫い仕事をしていた生地も投げ出して、両手をひろげる。
迷わず飛び込んだ。
「――プリンプリン! ああ……わたしの娘!」
女性はプリンプリンとよく似た声を震わせ、強く強く抱きとめてくれた。温かい。
「お母、さん……?」
おずおずと聞くと、首を縦に振られる。
「そうです。わたしはおまえの母のアイリーン。
ごめんなさい……ここまで長かったでしょう! 辛かったでしょう!
手紙も曖昧でごめんね……かつてわたしたちの祖国を侵略しようとした国の手先に渡ったらと思うと、詳しくは書けなかったのです。
それでも、貴女は来てくれたのね。わたしを信じて。
時の彼方から」
抱き締められながらプリンプリンは母の背に回す腕に力を込めた。
頭を撫でられる。
「ああ、プリンプリン……見てのとおり、わたしはもはや一国の王妃ではありません。
この最果ての街でしがない縫い子として生計を立てる身。
貴女が夢見ていたかもしれない、お城や宮殿。従える兵士たちもいないの。
理想を裏切ってしまって、ごめんなさいね」
母が涙ながらに謝るのに対し、プリンプリンはかぶりを振った。
「いいえ……わたしが求めていたのはそんなんじゃない。
きらきらしたお城や宝石、たくさんの家来を望んでいた訳ではないんです。
わたしが……わたしが、本当に求めていたのは……、
あなたです。――お母さん!」
母の温もりを全身に感じながらプリンプリンは心から思った。
ここがわたしの祖国だと。
母の言葉から、実際の祖国が別だとはうすうす勘づいている。
だとしても。
この腕の中こそ、愛に満たされた場所。無償の愛。
それは自分をこの世に生み落とした、この人からしか与えられないものだったと。
気づいたのだ。……それは、どんな財宝よりも地位よりも尊い。
プリンプリンは長年のよるべなさが心からスウと薄れゆくのを感じた。
プリンプリンを胸に抱きながら、アイリーンが三人組とモンキーへ目を向ける。
「みんなも、ここまでお疲れさま。娘を支えてくれてありがとう。
ふかふかのベッドや、豪華なごちそうはないけれど……わたしの住む部屋の隣を特別に貸してもらっています。
どうか旅の疲れを癒してね」
モンキーが喜びの拍手をまず送った。
そして、カセイジンがめがねの奥の青い瞳を潤ませる。
「いえ、充分です。ここまでふしぎなことだらけで、世界がひろがりました。
この街もとても興味深い。あとで図書館にでも行ってきます」
オサゲが満面の笑顔で答える。
「えへへ、ぼくもさ。
プリンプリンのお母さん、ナンか料理上手そうだもん。う〜、腹減ってきた……」
そしてアイリーンはボンボンに目を留めた。
固まってしまった彼を見る瞳はプリンプリンと似て、柔和な光をたたえたとび色。
一言も発しないボンボンへ、アイリーンはフ、と微笑み、
「――ありがとう。プリンプリンを守ってくれて」
と告げた。
刹那、ボンボンの碧の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。声にならぬ声をあげ、うつむいて泣きじゃくっていた。
アイリーンが手を伸ばし、彼をそっと抱き寄せる。
その肩口へ顔を埋め、ボンボンは声をあげて号泣した。
すぐそばで見ていたプリンプリンも堰き止めていた涙が決壊する。
オサゲ、カセイジンも同様だった。
「な、ナンだい、ボンボン……そんな泣き虫だったかい?
でも、でも……ぼくも……グスッ」
「そうですよ。母と娘の感動の再会で、ナンでイチバン泣いているんですか? 非常識……ううっ」
子どもたちが全員、大声で泣きはじめる。
アイリーンは四人を抱え、背中にモンキーを乗せながら、彼らが泣き止むまでいつまでもいつまでもそこを動かなかった。
♢
「貴女の祖国はね……『遊泳国家マリーン』。
広大な海を統べる巨大な方舟国家でした。国家全体が、一つの場所に留まっていなかったの。
貴女が生まれてすぐのこと。ある国と同盟を組もうとしていました。海面上昇により、領土の減退が顕著だったから……。
貴女の父トルマリン十八世は初めて他国と協力する道を選んだ。周囲の意見が分かれる中、一人で決断したのです。
しかし、その信頼は他国が足を踏み入れた瞬間に裏切られた――」
ろうそくの灯りの灯る食卓でアイリーンがポツポツと語る。
テーブルを四人組とモンキーが囲い、彼女の話にじっと耳を澄ませた。
かつての王妃から紡ぎ出される言葉の重みは子どもらの想像をはるかに超えていた。
「他国はマリーンを乗っ取ろうとしていたの。
だけど、何かが起きたようで、マリーン全体が海の底へ沈みはじめた。わたしは混乱しながら貴女を抱いて船着場へ向かいました。
そこへトルマリンもやってきたけれど……。
『アイリーン、娘をよろしく頼む。愛しているよ』
と言い残して宮殿へ戻っていったのです。
それが彼と最後に交わした言葉でした」
スープが冷めるのも構わず聞き入る子どもたち。
王妃の長いまつ毛が、やつれた白い顔に影を深く刻んでいる。
「親族と共にわたしは船でマリーンを脱出しました。彼の最後の意思を裏切られませんから……。
しかし旅は困難を極めた。食糧といった問題ではない。
ある日、大嵐が船を八つ裂きにして――貴女を海へさらってしまったのです」
お猿さんと一緒にね、とアイリーンはモンキーの頭をそっと撫でた。
「海へ飛び込まんとするわたしを侍女と従者が止めました。
やがて、二人の漕ぐ小舟は岸につき……それでも平穏はありません。侵略国家が追手を差し向けていたのです。
わたしは何も知らなかったというのに、マリーンの行方を特定しようと躍起になって追われていた。
だから、この、最果ての街ラマーナへ身を寄せたのです。五年ほどの放浪の末に」
窓の外では冴えた夜空に星々が見える。
「ラマーナは見てのとおり静かな街。
追手も来ることなく、わたしも縫い子として暮らしておりました。
でも……いつも貴女のことばかり思い出していました。
わたしの娘はどこへ行ったのか――あの嵐の中、無事だったのか。どこかへ流れ着いたのか。
何もわからぬまま、夜のたびに祈るばかりでした」
アイリーンはほう、と息をつき、夜の街を穏やかなまなざしで見つめている。
「それが、ある日のこと。侍女が一本のカセットテープを送ってきてくれました。
視聴してみれば、かつてのわたしによく似た女の子が『祖国を探して旅をしている』というではありませんか。それも、おあつらえむきにお猿さんまで引き連れて。
何よりも銀の髪に戴くティアラ――なぜ持っているのかわかりませんが、明らかに祖国マリーンに伝わるものでした」
プリンプリンは頭上のティアラに軽く触れる。仲間たちもちら、と目を配り、しゃらんと金属音が鳴るのを聴いた。
「わたしは考えました。どうすれば、この娘をラマーナへ呼び寄せることができるだろう……。
結果、あの『きぼう号』の船長さんから『どうか近くを通りがかったらあの子とお友だちを乗せてやって』と特別乗船券を購入しつづけることにしたのです。
伝書鳩に託した手紙を時の狭間へ飛ばし、いつか貴女が『希望という名の船』に乗ると信じて……」
ということは『きぼう号』の乗船券はプリンプリンたちの持つ四枚だけでなく山ほどある。
アイリーンは『希望』を望むだけでなく、確実に築き上げてきた。
『娘に会いたい』という根源的な祈りを胸に。
母の積年の想いが乗船券に込められているとわかり、プリンプリンはまた目に涙をそっと浮かべた。
「アイリーンさん。あなたがプリンプリンの母親でよかった」
炎のゆらめきの中でボンボンが静かに告げる。
オサゲとカセイジンもうなずいた。
語り終えたアイリーンは彼らのまなざしを受け、揺れる瞳で微笑む。
「そう言ってくれると、嬉しいわ。プリンプリンには寂しい思いばかりさせてきたと思うから……。
すこし、ゆっくりしましょう。小さな旅人さんたち。
さあ、おあがり。冷めてしまいますよ」
そして子どもたちは久しぶりの温かな食事に舌つづみを打つのだった。
石造りの街、ラマーナ。
夜の闇は周囲を冷やすが、明かりの灯る部屋は柔らかな熱を帯びていた。
原作最終回後のねつ造としてはアリですか?
-
アリ
-
大アリ
-
アリ寄りのアリ
-
おれ、もっとすごいの考えたー!