虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

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第99話 東部巡回⑤ ~その先に七色の光を

《――六芒星が満ちる時――》

 

「……ここがお前の故郷か」

 悠久の風が渡る広大な大地に立ち、クレインはノルド高原に視線を巡らせた。ノルド巡回に彼を連れ出したガイウスはうなずいてみせる。

「俺の育った地です。どうですか?」

「聞いちゃいたが、想像以上だ。でっかいなんて一言じゃ表せないし、けど逆にその言葉意外では表せない気もする」

 感嘆の息を吐いたクレインは空を見上げた。

「空以外が視界に映らないなんて経験も初めてだ」

「夜になると満天の星が空を埋めます。特別実習で来たメンバーも目を見張っていました」

「そりゃそうだろう。今日ってカレイジャスはノルド高原に停泊する予定だったよな。おお、見れるってことか!」

 心底嬉しそうなクレインに、ガイウスも笑う。

 彼と知り合ってから何度か故郷の話をしたこともあるし、クレインもいつか訪れてみたいと言ってくれてはいたが、いかんせん遠方も遠方。少なくともそれが実現するのはお互いの卒業後だろうと思っていた。

 今更ながら空を飛ぶ乗り物はすさまじい。列車なら7時間かかる道のりを、カレイジャスなら2時間とかからずに到達できるのだから。

 ノルドの情勢は表面上は落ち着いていた。カルバードの偵察艇が雲間に見えることはあるらしいが、今は静観を決め込んでいるという。少なくとも帝国の内戦とクロスベルの異変に乗じて――という魂胆はなさそうだ。

「いつか俺の弟や妹も連れてきてやりてえな。ああ、そうだ。この機にお前の弟妹たちを紹介してくれるか?」

「もちろん。集落にいるはずですから、あとで行きましょう」

 集落はラクリマ湖畔の岸辺に移動している。テント生活だから、身軽なのは利点だ。カレイジャスも集落の近くに降下しているので、今回は馬で向かう必要がない。

「なあ、ガイウス」

 正面の風を受け止めながら、クレインはおもむろに懐から黒いマスクを取り出した。

「それはこの間の……」

「前は邪魔が入っちまったが、改めてこれをお前に託したい」

 正義戦隊なる集団の証だ。以前に勧誘を受けた時はマキアスの乱入もあって、正義どころか悪の親玉である魔王に仕立て上げられてしまったのだ。

 ガイウスはマスクを受け取った。

「やってくれるか……!」

「先輩の力添えができるなら」

「最高だぜ。今日からお前はジャスティスブラックだ。前口上、考えておけよ!」

「ま、前口上?」

 登場時の名乗り方と決めポーズは、自前で用意しなければならないらしい。ハードルの高いミッションが最初に来てしまった。あとで誰かに相談しなければ。

「ん? もう一枚マスクがあるのですか?」

 クレインの懐に同系統のマスクがのぞいている。

「おお、そうなんだよ。マスクはこいつでラストだから、正義戦隊はジャスティスシックスで完成だ。でも最後のメンバーが決まらないんだよな。希望者を募ったりもしたが反応ないし」

「そういえば掲示板に募集用紙を貼っていましたね。これのことでしたか……」

 たしか煽り文は〝弱きを助け、強きをくじく。拳一つで世直し上等。ポスターの前の君! いっしょに正義を執行してみないかい?”という感じだ。やたらと派手なデザインが印象的だった。

 レッドがクレイン、イエローがハイベル、ブルーがクレア、グリーンがステファン、ブラックがガイウスである。

「誰か知り合いでやってくれそうな心当たりはないか? マスクのカラーに合う人物ってのも重要だ」

「ふむ……その色味に似合う人……?」

 知り合いの顔を頭に思い浮かべていく。

 ヴィヴィやリンデはどうだろう。やらなさそうだ。クララ部長は? 無理だ。イメージがない。そもそも今はゼムリアブレードの精製で手が離せない。ほとんど剣につきっきりだと聞く。

 Ⅶ組では――マキアスやリィンか? ユーシスも意外とこういうの好きそうな気もするが。

「しかしカラーの問題が……。その紫色のマスクを着こなせるとなると――」

「面白い話をしているね」

 頭上から渋い声音が届く。

 太陽の光を背に浴びた人影が上空から飛来し、二人の前に鮮やかに着地した。彼は何事もなかったかのように、緩慢に立ち上がってみせる。

「あ、あんたはこないだ乗艦した用務員の……つーか、何で空から!?」

「いい天気だったのでね。私はガイラーという者だ。よろしく、クレイン君にガイウス君」

「俺たちの名前を知っているのですか?」

 ガイウスが訊くと、ガイラーは口の片端をわずかに吊り上げた。

「知っているさ。美術部一年と水泳部二年だろう。ふとしたことから出会い、意気投合。今日に至るまで友情をはぐくんでいる。いいね。先輩と後輩の間柄というのが実にいい」

「はあ、よくわかりませんが」

「話は聞かせてもらった」

 どこで聞いていたのかは不明だが、ガイラーはそう言って続けた。

「私を正義戦隊に加入させてもらえないだろうか。こう見えて、道理の通らないことは見過ごせない性質でね。意欲あふれる君たちを見ていると血が騒ぎだすというか、ぜひとも助力したいのだよ」

「申し出は嬉しいけど、それなりに危ない場面もあると思うし、つーか実際あったからな。最近俺が関わった中で一番でかい案件は、飛行艇のハイジャックだ」

「ほう、ハイジャック。それは穏やかではないね。世の中も物騒になったものだ」

「だろ。学院生でもないのに巻き込めねえよ。気持ちだけありがたく――」

「そんな世の中を変えたい。正義の根幹とはいつの時代もそこではないかな?」

 ガイラーは両腕を広げた。まるでノルド高原を――いや、世界の全てに手を伸ばしたかのような動作だった。

「危険は承知。だがあえてリスクの中に身を置く。そうでしか変えられないものがあるから。その決意に学院生と用務員などという浅い垣根は必要ない。身分も立場も年代も関係なく、志を同じくする者を何と呼ぶか知っているかい? そう、同志だ」

 クレインは言葉を失い、開口している。衝撃を受けているようだった。

「同志……。そっか、俺……間違ってたのかもな。ガイラーさん、俺は――」

「皆まで言わずともいい、若人よ」

 ガイラーはクレインの前に歩み出ると、紫色のマスクを受け取り、それを頭からかぶった。

「君たちが窮地に陥った時は、必ず私が駆けつけよう。今日から私はジャスティスパープルだ」

 それだけを言い残し、ガイラーは跳躍する。目にも止まらぬ速度で、彼の姿は空へと消えた。

 その彼と入れ違うにして、エマがいきなり現れる。転移術でやってきたようだ。

「委員長? どうしたのだ、そんなに血相を変えて」

「ガイウスさん!? ここにガイラーさんが来ませんでしたか?」

「来たぞ。ちょうど今、去って行ったが……」

「いやな予感がしたから気配をたどって来たんです。何か言っていましたか?」

 そんなに遠方から不穏の空気を読めるものだろうか。魔女の勘は並大抵のものではないらしい。そんなことを思いながら、ガイウスは言う。

「俺たちが窮地に陥った時は駆けつけてくれるとか」

「あなた達を窮地に落とすのがガイラーさんですから!」

 エマは再び転移術で消える。まったく要領を得ず、ガイウスとクレインは顔を見合わせた。

 

 ★ ★ ★

 

 

 

《芸術乱舞⑦》

 

 およそ一分間、微動だにせずにそれを見つめる。一点を凝視しているようにも、全体を捉えているようにも思えた。

 そして静かに槌を振り上げ、金属製のノミを打つ。不可思議な輝きを散らせて、ゼムリアストーンの塊の一部が削れた。

 この作業をクララは延々と繰り返している。

 ドックの一角に設置された作業場。クララ以外にはその横にたたずむヴァリマールと、彼の足元に控えるリィンだけだった。世界最硬度の鉱石の加工は精神を極限まで酷使するのだろう。クララは一言も発さず、ヴァリマールとリィンもしゃべらない。

 元々は巨大な柱状だったゼムリアストーンが、今では幾分太刀に近い形に近づいている。

 まだ時間はかかるだろうが、それでも着実に完成に近付いてきている。問題があるとすれば、剣が必要になるまでに間に合うかどうかか。

 先日、ヴィヴィにかけられた催眠の中で、様々なものを見た。夢現の狭間のような感覚で思い出せないこともあるが、逆行催眠の枠を超えて、これから起きることの一端さえ垣間見た気がする。もちろんあれが現実の光景なのかは不明だが、気にかかることが一つ。

 オルディーネを迎え撃つヴァリマールの手に、ゼムリアブレードは――なかった。

「シュバルツァー」

「え……は、はい!」

 いきなりクララに名前を呼ばれて、リィンは背すじを伸ばす。声をかけられるなんて思っていなかったから、反応が遅れてしまった。

「それを見ろ」

 クララが槌で指し示した先、作業場の片隅にゼムリアストーンの欠片が置かれている。置いたというよりは、無造作に放り投げたような感じではあったが。

「荒削りした時に分離した一部だ。それをノームに持って行け」

「ジョルジュ先輩にですか?」

「欠片とはいえ、かなりの大きさだからな。無駄なく加工できれば武器の一つは精製できるだろう」

「これでゼムリアストーン製の武器を……? でも石の目を打てるのはクララ先輩だけでは?」

「ウォーゼルを使え。あいつも石の目は打てる。研磨と技術的加工はノームがやればいい」

「なるほど……」

 これからどんな敵が立ちはだかってくるかわからない。強力な武器はあるに越したことはない。だが大きさからして、作れるのはおそらく一人分のみ。誰の武器を作るかは、皆で相談する必要がありそうだ。

「ありがとうございます。さっそくジョルジュ先輩のところへ――」

「待て。まだ用がある」

「なんでしょうか」

「脱げ」

 一瞬固まり、リィンは言葉の意味を考える。

 脱げ、でしかありえなかった。

「な、なぜです?」

「お前の動きが騎神にフィードバックされるのだろうが。持ち主の筋肉の質やクセを知っておく必要がある」

 それは理解できる話だ。

 太刀を打ってもらう際、自分の手形を刀匠に渡すことがある。手の内と柄の形状が最適なものになるよう合わせる為だ。他にも身長、等身、腕の長さなどで、刀身の長さや重心の位置を決めたりする。鍔の重さも案外重要だ。

 太刀を作るのはクララとて初めてのはずだが、その本質を直感として見抜いているのはさすがとしか言いようがない。

 だが――

「ここでですか!?」

「早くしろ」

「で、ですが」

『リィン。主任ヲ待タセルナ。脱グガイイ』

 ヴァリマールがクララ側についた。味方に背後から撃たれた気分だ。ヴァリマールをにらんでみるも、無表情の鉄面皮で見下ろしてくるだけだ。しかしどことなくすまし顔に見えるのは気のせいだろうか。

 抗弁したところで、クララを相手に拒否権がないのもわかっていた。「くっ」と喉をうならせて、リィンは服を脱いでいく。

 相応に鍛えられた全身があらわになった。いわゆるパンツ一丁だ。クララはしげしげと観察して、

「ふむ……下は別にいいのだが」

「早く言って下さいよ!」

 

 ●

 

「う、うそ……」

 隠せない驚愕を顔中に出して、あとじさったモニカは背中を壁にぶつけた。

 船倉ドックに集まった他の三人――ポーラ、ブリジット、コレットも驚きのまま停止している。マッハ号とシュトラールの世話をする為に、ポーラの付き添いで一同はここまでやってきたのだが、その最中にラウラからのカミングアウトがあったのだ。

「まあ、そういう運びとなった。皆に伝えるのが遅くなってすまなかった。自分でも気持ちを落ち着かせるのに精いっぱいで……」

 心底すまなさそうにラウラは謝った。友人たちに報告したのは、件のリィンへの告白の顛末だ。薄々勘付かれてはいたようだが、それでもその衝撃は大きかったようで、全員が言葉を失っている。

「う、う、う……」

 とポーラが唇を震わして、

(うたげ)よー!」

 ドック全体に響き渡る声で言う。焦るラウラは「ヴァリマールのところにリィンがいるだろう! 聞こえてしまうから!」とポーラをたしなめたが、それ以外も遠慮なく騒ぎ立てている。

「うわあああん、おめでとおー!」と一番付き合いの長いモニカは泣き出すし、「お祝いよ! 小豆ご飯を炊くのよ! 東方の習わしだって聞いたわ!」とブリジットは壁付けの内線で早くも厨房にメニュー変更のオーダーをかけているし、「諸々の手配は任せて。鉄道でいく? 船? オルディスなんかお勧めよ!」とコレットは何らかのプランを組み立て始めた。

「そ、そなた達は何を言っている!? とにかく静まってくれ。頼む!」

 ラウラは続きを語った。勢いで想いを打ち明けたものの、自分からその場を離れてしまったこと。返事は保留にしていること。ただややこしくなりそうだったから、アリサのことは内緒にしておいた。

 ポーラが鼻息をつく。

「じゃあ彼の返答待ちってこと? なら話は早いわ。イエスと言わせる方法なんていくらでもあるのよ」

 両手に持ったムチをビィンとしならせて、作業の合間にクララと話しているリィンを見やる。

「力づくで首を縦に振らせてどうする! そなた達も戦闘態勢を解くがいい!」

 水泳部直伝の謎の格闘技を食らわすつもりだったらしいモニカは、残念そうに手の力を抜いた。コレットも指にはめていたメリケンサックを取り外す。

 ブリジットはさっと注射器を隠した。まさか薬物でリィンを操るつもりだったのだろうか。怖くてちょっと聞けなかったが、視線だけで無言の問い掛けをしてみると、「シャロンさんがくれたの。アランには絶対使わないから大丈夫」と目線をそらされた。

 アランに使わないと言い切ったものを、あっさりとリィンに使おうとするとは。ブリジットも踏み込むときは踏み込むタイプだが、思いきりの良さの方向が間違っている気がする。

「でもさ、ラウラ。本当にリィン君でいいの?」

 コレットがそう言った。

「どういう意味だ?」

「恋は盲目っていうしね。いったん冷静になって、リィン君を見つめ直してみるのもいいんじゃないかな。あとで自分の選択は間違ってなかったって思う為にもね」

「なるほど……そうかもしれん。しかしどうすれば」

「人間って誰しも短所があるでしょ。ラウラは今、彼の短所はさして気にならない状態だよね。それを一歩引いた目線で見て、本当に受け入れられるか考えてみるの」

「ふむ……大人の意見だ」

「でっしょー」

 コレットは得意気に胸を張る。

 そういうことで、ラウラ以外の四人がリィンのマイナスポイントを挙げ連ねていくことになった。それを許容できるか、ラウラがジャッジするわけである。

 先陣はモニカが切った。

「さっそく一つ目いくよ。そうだね……朴念仁!」

「それは出会った時から承知している。今さらの話だ」

「ラウラ以外の女の子をときめかせちゃうかもしれないよ?」

「その時は制裁する」

「つ、強いね……うん。これなら大丈夫かな」

 モニカが引き下がる。次はブリジットだ。

「相談せずに色々と抱え込むタイプかしら。心配をかけさせまいとして逆に心配かけそう。その辺りは?」

「おお……的確な分析だな。その通りだ。だが性格的な部分はそうそう変えられんだろうし、そういうところはその……私が支えていけたらと思うが」

「な、なに? 私の胸の方が熱くなってきたわ……」

 ブリジットも退ける。続いてコレットと入れ替わった。

「私服のセンスがダサいよね」

「そ、それはっ」

「ダサいっていうか、壊滅的だよね」

 旅装はともかく、リィンが自分で一から選んだ服はギラッギラでバリッバリなのだ。執行者スタイルとも揶揄される。そしてそのコーディネートに自分で疑問を感じていない。

「ふ、服ではなく中身だ、人間は!」

「だったら公の場でラウラはリィン君とダンスできる!? ミッドナイトヘブンで魔界王子な彼と!」

「で、できる! 精神修行だと思えば耐えられる!」

 力押しでコレットも論破する。正直、今のはかなり危なかった。

「いいわ。あなたの想いが本物か確かめてあげる」

 最後に出てきたのは、やはりポーラだ。ラウラは気合いを入れ直して身構える。

「リィン君は触手愛好家よ」

 列車砲が撃ち込まれたに等しい一撃だった。

 シャロンがばら撒いた噂だが、ラウラは知っていた。窓の外で触手にもてあそばれるトワを、それはもう強い握りこぶしで凝視していたことを。

「う、うう……きっとあれは誤解で……健全な男子にはそういう時期があるらしいと――」

「なにが誤解? 触手に魅入られし時期とかないのよ、普通は。ねじ曲がった性癖をお持ちの彼と、どう接していくつもり?」

「ひ、一つや二つではないか! 服選びのセンスが残念であることも、ちょっと特殊な趣向があることも! わ、私は受け入れる!」

「えげつないくらいのビースト触手モンスターと化したリィン君が、生理的嫌悪を催すゆがんだ笑顔をたたえながら鉄製の扉を突き破って登場して来たとしても、あなたは「おかえりんりん。お風呂沸いてるゾ」と可愛くお出迎えできるのね?」

「な、なんだ、その狂気のシチュエーションは」

「どうなの?」

 仮にそんなのとエンカウントしたら、なんら迷うことなく獅子洸翔斬をぶっ放す自信があったが、もうラウラは宣言した。

「うむ。できる」

 さしものポーラも顔を赤らめて、天井を振り仰いだ。

「すごいわ、ラウラ。私たちの負けよ。なんて大きな器なの。そんな巨大すぎる負の要素を受け入れるなんて……これは本物だわ。試すような真似をしてごめんなさい」

「気にしないでくれ。私とて無限の懐があるわけではないが……さすがにこれ以上はリィンも変化球の癖など持ち合わせていないだろうし」

 皆でドックの奥にいるリィンに視線を転じる。

 彼はクララの前でパンツ一丁だった。

『ろ、露出癖……!』

 異口同音に吐いて、全員が絶望した。

 

 ★ ★ ★

 

 

 

《猛将列伝のすすめ⑩》

 

 上半身裸の屈強な男たちが、まるで雷鳴を轟かせるかのようにドコドコと大太鼓を打ち鳴らす。『ソイヤッ! ソイヤッ!』と野太い声でリズムを刻み、偉大なる君主を迎えようとしていた。

 その名誉ある任に選ばれた一人の兵士が、喉が破けんばかりの大音声を張り上げる。

「猛将のおなーりー!!」

 太鼓の音が一層激しさを増す中、ゼンダー門の入口に設置されたお立ち台に、エリオットは足をかけた。彼が姿を見せると、敷地に整列していた全ての兵士たちは五体投地でひれ伏した。

「……なにこれ」

 エリオットは呆然とその光景を眺めた。

 ノルド方面を守護する第三機甲師団が、一人残らず自分にかしずいている。

 双竜橋で回収した《猛将列伝》をミントがゼンダー門に持っていくというから、エリオットはそれを阻止するために彼女に同行することにした。

 本自体も取り返したかったし、色んな人に誤解されているようだし、その辺りも正しておきたかった。

 その考えは甘かったとすぐにわかった。自分が登場した時点で、ゼンダー門は暴動が起きかねないほどの盛り上がりを見せた。まったく聞く耳を持ってくれない。怒涛の挨拶が津波のように押し寄せてきて、口を開く間もなく歓迎式典が開始されてしまったのだ。

「い、いやこれ、どうしたらいいの?」

「開式の辞は、わたくしめにお任せを」

 エリオットの脇に控えるゼクス・ヴァンダールが、拡声器を持ち上げた。

「諸君! 帝都奪還という大一番が迫る中、このゼンダー門に猛将エリオット・クレイジー殿が足をお運び下さった。これ以上ない最大級の激励である!」

 整列は規律。ゼクスの手前、兵士たちは雄叫びを上げるのを堪えている。だが目を血走らせたり、額に青筋を浮き立たせたり、口を閉ざしていることが早くも限界のようだった。

「ふふ……せっかくクレイジー殿がお見えになっているのだ。私の話などもうよかろう。では猛将。どうか我らに狂おしいほどの猛々しき訓示を」

 ゼクスはエリオットに拡声器を手渡そうとして、しかしそれをいきなり地面に叩きつけた。一際耳ざわりなノイズ音をがなり立て、拡声器は粉々に砕け散る。

「失敬。こんなものは不要でしたな。私としたことが……」

「な、なんで壊すんです?」

「〝無価値に与えられる唯一の価値は破壊である”。あなたのお言葉を実践したまで」

 そんなの言ってない。あとクレイジーってなんなの。

 エリオットは硬直するしかなかった。

「あ……」

 兵士たちの期待の視線が注がれている。

 わけのわからない状況だったが、逆に好機とも思えた。これだけの人たちの誤解を解くことができれば、自分に張られたレッテルは剥がれるだろう。

 どうするかは単純だ。猛将とやらのイメージを払拭すればいい。とにかく丁寧に、印象を変えていくことが重要だ。

 エリオットは努めて静かな声音で第一声を発する。

「僕は――」

 と言っただけなのに、なぜかどよめきが起こった。もう黙っていることができなくなったらしく、兵士たちは口々に言う。

「お、おい聞いたか」

「ああ……もちろんだ」

「猛将、まさか今――」

 大歓声が地面を震わした。

『撲殺って言ったぞー!!』

 怒号に次ぐ怒号が止むことなく重なる。

「まさかいきなり〝撲殺”を頂けるなんて……」

「しかも一言だけだぜ。渋いねえ!」

「さすがは108種類の拷問を考案した男……やはり俺たちに推し量れるお人ではなかったか」

 ひどいことになっている。どうやったら〝僕は”が〝撲殺”に聞こえるんだ。ちゃんと言わなきゃ伝わらない……!

「僕はケンカとかは嫌いで!」

「撲殺ケンカには機雷で!?」

「バイオリンの演奏が好きで!」

「バイオレンスに炎上が武器で!?」

「いや、違うんです!」

「year! 血が足りないんDEATH!?」

 もうめちゃくちゃだ。変なフィルターが鼓膜に張られているのかもしれない。

 下手に口も開けず困っていると、

「みんなー、お知らせがあるよ」

 間延びした口調で、ゼクスの横に控えているミントがそう言った。

「ゼンダー門のみんなが読んだのは《猛将列伝》の上巻だよね。この実録記を書いたのはトリスタのケインズさんなんだけど、もうそろそろ下巻も書き終えてる頃だと思う。読みたいよね、下巻」

 全員が期待に満ちた目で、首を強くうなずかせた。

「でも製本したり印刷したりするのは帝都の専門店に頼んでたんだって。だからこのままじゃ読めないんだ」

 瞬間、凄まじい殺気が放たれた。

「んだとお……」

「貴族連合の奴らのせいか……」

「ふざけやがって、ド畜生が」

 憎しみが膨れ上がり、呪い染みたオーラをまとい始める。

 そこにゼクスが追い打ちをかけた。

「皆に伝えねばならんことがある。しばらく所在不明であった《猛将列伝》は第四機甲師団が所持しておった。経緯や理由はわからんが、彼らは猛将の偉業を秘匿しようと企んでいたのだ。許されることではない。そこで私はオーラフ・クレイグ中将にこう言った。『猛将の力となり、その覇道をお支えするのは我ら第三機甲師団である』とな」

「と、父さんになんてことを……!」

 エリオットは愕然とした。一番誤解を解かねばならない相手だったのに。

「諸君! 決戦の時は近い!」

 ゼクスが拳を振り上げる。

「貴族連合を駆逐し! 帝都ヘイムダルを奪還し! 印刷店の営業を再開し! 《猛将列伝》の下巻を存分に読み尽そうではないか! そして第四機甲師団に目に物を見せてやるのだ!!」

「最終目的おかしくないですか!?」

『うおおおおおお!!』

 大歓声の前にエリオットの声はかき消される。

 ミントだけが満足気な表情を浮かべていた。

 

 ★ ★ ★

 

 

 

《――セカンドフライ――》

 

「――というのはどうでしょう?」

 アリサはかねてからの考えを、祖父であるグエンに提案していた。

「いいのではないかな」

 グエンも二つ返事で了承する。特に異論はないようだった。

 ラクリマ湖畔のほとり。

 ノルドの状況はいったん落ちついたとはいえ、いずれかの勢力との衝突がないとも限らない。戦闘に巻き込まれるのを避けて、遊牧民の人々はここまで避難してきたのだ。そして彼らと親交のあるグエン・ラインフォルトも行動を共にしていた。

「とはいえ、いくつか懸念事項はあるがの」

「懸念……スペックですか?」

「そうじゃ。機体と操縦士、両方のな。戦闘記録は見させてもらったが、多少訓練した程度の一般人ではアリサのようには扱えんよ」

「あの、私も一般人ですけど……」

 《レイゼル》の操縦士を増やすのはどうか。それがアリサの提案だった。

 あれは強力な機体だが、現状で運用できるのは自分だけ。アリサが屋内での作戦に参加する場合、レイゼルは必然的に待機せざるを得ない。誰も動かせないから、艦の防衛に役立つわけでもない。

 だがまともに操縦できる人間がいれば話は違ってくる。そう、せめてもう一人。

「仮に第二操縦者が見つかったとしても、その人物が乗る際はレイゼルの機能に制限をかける必要がある。具体的には操作を常時セミオート式に変えて、レスポンスとパワーを落とす。それでも隊長機クラスの出力ぐらいは軽く出るじゃろうが」

「ポテンシャルをあえて下げるんですか? ですけど……」

「十分過ぎる戦力じゃよ。今のままの設定で使用すれば、まず間違いなく操縦士は振り回される。フルストームモードなんぞを使った日には、方向感覚の崩壊と連続する加圧のせいで必ず自滅する」

「ははあ……」

 一時的に導力から電力駆動に切り替えることで、機体の動作に関わる信号の受理を超高速にするのがフルストームモードだ。ケストレル戦で発動させた正真正銘の奥の手だが、確かに二度とは使いたくない。あのあとは一日半ほど寝込んでしまったほどだ。

 自分以外をあんな目に合わせるわけにはいかないし、機能制限はやむを得ないことかもしれない。

「ただどうやって候補者を探そうか迷っていまして」

「それは相性を試すしかないの。適正テストじゃ」

「そうですよね。けっこう大掛かりになりそうな予感……」

「ワシの知る限りでは、トヴァル君は良さそうに思うが。もっとも今は西部じゃから対象には入らんが」

 意外な名前だった。確かに機械には強いが、それなら、

「ジョルジュ先輩はダメなんですか?」

「機械への理解が深いことと、機械を手足の延長として扱えるかは、別の話じゃからな。こればかりはセンスじゃよ。直感を操作にフィードバックできるかが重要じゃろう」

「なるほど。それも考慮して検討してみます。ありがとうございます、おじいさま」

「可愛い孫娘の相談じゃ。いくらでもアドバイスするぞ」

「あ、ではもう一つお聞きしたいことが」

「うむ?」

 これはいつかグエンに直接確かめたいと思っていたことだった。

「レイゼルの設計に不備はありませんよね?」

「なぜそんなことを訊く?」

「レイゼルの初戦闘の直後に母様が言ってたんです。〝機体のバランスが微妙に崩れている”〝そうとしかできなかったのね”って。指摘されなければわからない程度の微々たるものでしたけど、私も実際に操縦していて重心のわずかなずれを感じたことはあります」

 グエンは渋面を浮かべた。

「イリーナがそう言ったのか? レイゼルの初陣を外側から見ていただけのイリーナが?」

「は、はい」

「かー! なんともまあ可愛くない娘じゃ! 前から知ってたがな! ああはなるでないぞ、アリサ!」

 はいと答えていいものか迷い、曖昧に首を傾けてみせる。

「そういえば開発コンセプトも〝機甲兵を狩る為の機甲兵”だけじゃないと。機体の中に隠しているものがあるとも……」

「可愛くない、可愛くなーい! あやつも少女の時分はバラのような可憐さがあったというのに、いつの間にか花びらが散ってトゲだけになってしもうたわい! もはやただの凶器じゃ!」

「おじいさま、返答を頂いていないのですけど。もしかして何かはぐらかそうとしてません?」

「アリサや。今日のランチはまだかのお」

「ランチはさっきご一緒したじゃないですか――っておじいさま、都合の悪い時だけそんな感じになるのズルいですよ」

「ごほっごほ、持病の腰痛が……」

「じゃあ咳は関係ないですよね」

 ずいっと詰め寄るアリサ。グエンはアリサの背後に視線を移して、

「おお、リィン君! 助けてくれ! こんなにか弱い老体を孫娘がいじめるんじゃあ!」

「えっ、リィン!? 違うのよ? これはそういうのじゃなくってね? 家族同士のコミュニケーションの一環というか――」

 無意識に前髪を整えながら、焦って振り返る。誰もいなかった。遠くのテントの前で、ウォーゼル一家にクレインが挨拶しているのが見えた。

 リィンはいない。

 正面に向き直る。グエンは逃走していた。

「だ、だまされた……!」

 リィンの名前に引っ掛かったことも恥ずかしいし、リィンの名前を出されたことも察せられているようで恥ずかしい。グエンは走りながらにやにや笑んでいる。

 矢があったら射っていたかもしれない。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

《――その先に七色の光を――》

 

「それはマキアスが悪い」

「わかっているが……」

 アランに一蹴され、マキアスは居心地の悪さを味わっていた。

 彼に話したのは、ベッキーの一件だ。記憶にはないのだが、彼女の胸を揉んでしまったらしい。記憶にないとはいえ、それで許されるはずもなく、ベッキーには『責任を取れ』と詰め寄られるし、彼女の父親には『人生設計立てた上で出直してこい』とぶん投げられた。もちろん出直すつもりはない。

「まあ、ベッキーは悪いやつじゃないし、しっかりものだし、きっと明るい家庭が築けると思う」

「なんでお勧めしてくるんだ!」

「だって責任取るってそういうことだろ。 え? まさか取らないつもりなのか、責任」

「取るも取らないも、そもそも誤解で……」

「誤解って言っても、ベッキーは納得しないだろう。あの性格だから被害者の会とか結成して、多額の慰謝料を吹っ掛けてくるかもな」

 それは大いにありえそうだった。被害者の会って、僕はそんなに罪を犯しているのだろうか。記憶が曖昧なものだから、はっきりと否定できないのが悔しい。

「ごほん……それはともかく、アランはさっきから何をやってるんだ?」

 この話題を続けても徳はない。咳払いを一つして、マキアスはアランが向かっているモニターに視線を移した。

 端末室の一席に彼は座っている。

 キーボードの左右には艦の操舵桿を模したスティックがあって、正面モニターには運行中のカレイジャスをブリッジから見た映像が流れている。

「フライトシミュレーション。実際に艦を動かす操舵と一緒らしくて、停泊中とかはアンゼリカ先輩がよくこれで訓練してる。脱臼固定中で片腕なのにスコアすごいんだよな、あの人……」

「それはわかったが、なんでアランがやってるんだ。君は砲術士だろう?」

「ん、そうだけどさ……」

 言いよどむアランを見て、なんとなく察しがついた。

「ブリジットさんが関係してるのか? 君がそういう態度を取る時は大体そうだ」

「うっ」

 図星が顔に出た。隠せないと思ったのか、アランも正直に肯定した。

「……そうだよ。とにかく自分にできることを増やしたくて。アンゼリカ先輩しか艦を動かせないっていうのも、それはそれで問題だろ。いざって時の為に色んなスキルを身に付けておきたいんだ」

「正論だと思うが、それに彼女がどう関係するんだ?」

「別にブリジットがどうこうってことはない。俺の問題っていうか。自分が不甲斐ないっていうか」

「自信をつけたいってことか」

「……そうなるかな」

 何かがあったのだろうが、深くは追及しないことにした。外側を固めて自信をつけるというのが、果たして彼の不安の原因を取り除くことになるのかは不明だ。

 アランはブリジットの為なら、どこまでも一途だ。誠実であろうとする。それはきっとブリジットも同じはずなのに、どうしてうまくかみ合わないのだろう。きっかけが一つあれば、それで全てが繋がる気もするのだが。

 ……いや、本当に丸く収まるのだろうか。だって彼らは――

「なあ、アラン。一つ訊きたい。どうか気を悪くしないでくれ。たとえば――たとえばの話だ」

「前置きはいいよ。なんだ?」

「この先、スムーズに事が進んだとして、最後まで順風満帆でいられると思っているか?」

「どういうことだ――ああ、俺が平民でブリジットが貴族だからって話か?」

 目を合わせづらくて、マキアスは視線をアランから逃がしたまま、ちいさくうなずく。

 大好きだった従姉の顛末が、どうしても頭から離れない。

 アランは黙ってマキアスの顔を眺めている。

「言いたいこと、わかるよ。周囲の理解とか環境によっては、一緒にいること自体が難しくなるかもしれない。……最終的にはうまく行かないかもな」

「すまない。君の口からそんな言葉を言わせるつもりは……」

「でも環境とか認識って変わるもんだからさ。周りの目だって気にしなきゃ、どうとでも生きていけるだろ。でもそれをブリジットにまで強要するのは俺の押し付けか……って、なんでそんな先の、あるかどうかもわからない将来の話するんだ!」

 アランの顔が赤い。勝手な想像をして、勝手に照れているらしい。

「将来か。ベッキーの親父さんに『将来設計を立てろ』って不当に怒られたんだが……アランはあるのか? 将来どうしたいとか」

「軍に入ろうとは思ってるけど、具体的な方針はまだ。そういえばそれ、俺もシュザンヌちゃんに言われたんだっけ……」

 ブリジットがハウスキーパーとして世話をしていた三姉弟の長女だ。彼女を迎えにいったアランに並々ならぬ敵意を抱いていた少女である。

「環境や認識は変わる……か」

 その通りだが、簡単なことではない。慣習は根深いもの。それを変えようとするなら、国を動かしたり、大衆に働きかける力が必要だ。それこそ父さんのような――

「……そうか」

 つまり父さんのような立場だったら、できるかもしれないのか。容易な道ではないとしても、そんな夢物語が絵空事でもなくなるのか。

 平民が貴族と同じ屋根の下で生きて、誰にも後ろ指を刺されずにすむ社会が。

 ――姉さんのような境遇に遭わないですむ社会が。

「僕がやりたいこと、見つかったかもしれない」

「え?」

 マキアスはアランを見る。彼のとなりに寄り添い、嬉しそうに微笑むブリジットを幻視した。

 そうなる未来を作る。二人が胸を張って生きていける未来を創る。

 エレボニアに根付いた慣習によって従姉を失い、ひたすらに貴族を憎んでいた僕が、この手で――

「よくわからないけど、将来設計ってのを立てたのか?」

「そんなところだ。とりあえず君はシミュレーションをがんばってくれ」

「そのつもりだけど……。ん、マキアス、どっか行くのか?」

「ちょっとジョルジュ先輩のところに。というかその途中でアランを見かけただけだしな」

 気持ちが定まった気がする。今なら自分の仮説を、ジョルジュに理論立てて説明できそうだ。オーバーライズと重奏リンクに秘められた〝未来を開けるかもしれない力”を。

「じゃ、僕はこれで――うわっ」

 戸口に向き直ったマキアスは、思いがけず足を止めた。少しだけ開いたドアのすき間から、ベッキーのじとりとした目がこちらに注がれている。

「ベ、ベッキーじゃないか。どうしたんだ」

「……ふん。オトンに言われて、将来のことを真面目に考えるとか……なんや、けっこう本気やったんか」

「は!?」

「で、でもまだあかんからな! うちはそんなにお安い女とちゃうで! そこんとこ勘違いしなや!」

「ま、待ってくれ!」

「本気でモノにしたいんなら、つかまえてみいや!」

 ベッキーは走り去ってしまった。

 固まるマキアスの横、アランが肩をすくめる。

「ああ、将来設計ってそういう」

「違う!」

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 ――続く――

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