虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

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第108話 穿たれた分岐点、歪ませた特異点

 ――8:10 カレイジャス、食堂―― 

 

 夢幻回廊は消えた。それこそ夢、幻のごとくに。これといった《ロア=ルシファリア》からのメッセージもなく。

 異変の収まった旧校舎は何事もなかったように、静かにたたずむのみ。仲間たちも全員無事で、トリスタでの歓迎会もアクシデントを一般の人に知られることなく終了した。

 〝試し”を抜けられたのか、そうでないのかはわからなかった。

 ただ、それぞれが自分自身に向けられた想いを知ったことで、やはり結束は固まったのだろう。全員での重奏リンク、そしてオーバーライズを使用しなくてはならないクロウとの対峙の前に、これは大きな前進だった。

 しかしアリサだけがユーシスになにやら詰め寄っていたが、まあ、問題はないと信じたい。

「リィン、おはよう」

 そのアリサが傍らにやってくる。カレイジャスの食堂の端の席だ。

「おはよう。昨夜は大変だったな。ゆっくり休めたか?」

 一夜明けた朝。今日はカレル離宮へ向かう直前の最終準備日だ。

 我ながら、俺も大変だった。

 両手にトレイを持つアリサは、おずおずと口を開く。

「リィンの分のご飯も持ってきたんだニャ」

「悪いな、それくらい自分で取りに――ん?」

 何かおかしかったぞ、今。

「お魚は好きかニャ? 目玉焼きはどうかニャ?」

「待て、待ってくれ、アリサ。俺に状況を理解する時間をくれないか」

 と、食堂に遅れてやってきたラウラがそばにくる。

「にゃん」

「………」

 いきなりその第一声。どう反応するのが正解だ。もしかして俺は、まだ夢幻回廊の中をさまよっているのか。

「えーと、とりあえずそれはなんなんだ?」

 ラウラの頭には妙に主張してくる猫耳カチューシャが付けられていた。

「コレットのアクセサリー屋にあったんだニャン」

「なるほど。で、それを着用している理由は?」

「そ、それは……そにゃたが猫好きだというから……がんばっているのにゃ」

 やっぱりそれか。散々言い訳はしたのに。二人とも仕草まで猫っぽく寄せている。それは確かに可愛いけども。

 離れたテーブルの下に、こちらをのぞき見るセリーヌの姿があった。その視線は刺さるほどに鋭い。

「そんなところにいたのか! セリーヌからも誤解だと言って――」

「いやらしい目つきで見てんじゃないわよ!」

「み、見てない! そんなつもりはない!」

「じゃあなに!? 心にもないことを言って、アタシの気持ちをもてあそんだってこと!?」

 全身の毛を逆立てる黒猫の一声に、食堂中がざわついた。朝食を食べていた学院生たちの手が止まる。「触手マニアで露出癖の魔界皇子、今度は猫に手ぇ出したってよ」、「これもう女神が助走付きでラリアットしてくるレベルの大罪だろ」、「生粋のケモナー……いいえ、もはやケモニストね。猫ソムリエ奥伝よ」などと、驚愕混じりの非難が耳に痛い。

 どうにか誤解を解かなければ。この状況を長引かせても、良いことは何もない。

 視線を巡らすと、この場にはエマもいた。唯一事情を知っている最後の一人だ。スケッチブックを同席しているフィーとミリアムの前で広げている。

 彼女の言葉なら届く……!

「委員長! 昨日のことを説明してくれないか!?」

 エマはリィンを一瞥すると、微笑んでフィーたちに言う。

「それじゃ朝のお勉強を始めますよ。テーマは『節操』について。昼からは『倫理』をやります」

 継げる二の句などなく、リィンは立ち尽くした。両脇の二匹の猫は依然として『にゃあにゃあ』と鳴き続けている。

 

 ☆ ☆

 

 

《続・A/B恋物語(A)⑥》

 ――10:22 カレイジャス、端末室――

 

「昨晩の話は聞いたけどさ。相変わらずⅦ組は変なことに巻き込まれるよな」

 端末室の一席に腰をうずめるアランは、フライトシミュレーターの操作を止めないまま言う。

 本来は砲術士の任につく彼だが、できるスキルを増やしたいと自主訓練に明け暮れてしばらく。マキアスの目から見ても、ずいぶんと上達してきたのがわかる。

「好きで巻き込まれているわけじゃないぞ。ほとんどが成り行きだ。特に昨日のはリィンが発端だって言うし。もちろん彼を責めるつもりはないが」

「発端? なんで?」

「その辺りの事情は僕も知らない」

 一応訊いてはみたものの、言いにくそうだったのでそれ以上は追及しなかった。とりあえず同様の事象が再び起きることはないという。それだけ確認できれば十分だ。

「それにしても、本当にうまくなったな。実際にカレイジャスの操縦、できるんじゃないのか?」

「あくまでシミュレーションだから。しかもスコアはやっぱりアンゼリカ先輩の方が上だ。……できないよ」

 じゃあなんで訓練してるんだ、とは質問しなかった。

 ブリジットのことだろう。彼女との関係を進められず、焦燥と不安を感じているようだ。自分に自信が持てなくて、だから必死にできることを探している。

 良くないな、これは。

 かつて彼女と疎遠になりかけた時と似ている。あの時は貴族と平民というコンプレックスを、フェンシングの実力を伸ばすことで埋めようとしていた。その一点に固執し過ぎて、結果は逆効果だったわけだが。

 それと同じだ。そして本質的な問題はそこではない。アラン自身、わかっていないこともないだろうに、焦りからか思考が固まってしまっている。

 指摘すべきか? しかし代案があるでもなく、むやみにアランのモチベーションを下げるのは……

 返す言葉を逡巡に詰まらせた刹那、ふと背後に視線を感じ、マキアスは振り返った。

 端末室の戸口から、誰かが半分だけ顔をのぞかせている。二人だ。

「ほらな、あんな感じなんだよ、アランのやつ。俺がせっかく指南してやってんのに」

「んー、ロギンス君の教え方が悪いんじゃないかしら。恋愛観、偏ってそうだし」

「はあ? 最先端だっつうの」

「あらそう。じゃあ好きなタイプは?」

「そりゃあ……優しいとか料理がうまいとか」

「絶望的に古いわ。古代ゼムリア文明並みに」

「崩壊してんじゃねえか!」

 ロギンスとフリーデルだ。フェンシング部の先輩たちである。

 けっこうなボリュームの声で話しているが、画面に集中しているアランは気付いていない様子だ。

 フリーデルとパトリックを筆頭に、学院生のほとんどがカレイジャスへの乗艦を希望した。

 これで艦の活動を継続する上で十分過ぎる人数がそろい、同時に当初から乗っていた協力の技術者たちは、ここで退艦することになった。

 次いでヴァンダイク学院長を始めとする教官勢も、カレイジャスには乗らないと決まった。領邦軍が撤退したとはいえ、トリスタの守りを無くすわけにはいかないのだ。

 故に、今後の《紅き翼》は、運用クルーとしてトールズ士官学院生、その統括としてサラ・バレスタイン、諸々サポーターとしてシャロン・クルーガー、決裁者としてアルフィン・ライゼ・アルノール、専属用務員としてガイラー。それらで運用していくことになる。

「だったらお前ならアランの告白劇を成功させられるのかよ」

「劇っていうのはロギンス君にしては良い言い回しだわ。そう、告白っていうのはエンターテイメントなのよ」

 絶対違う。マキアスはそう思い、しかし口中に留めた。

「――こんな感じでどう?」

「おお、悪くないな。シチュエーションのパターンだけ考えとこうぜ」

 手短な相談を終えたらしい二人は、端末室には入らず足早に撤退していく。

「……なんだかんだであの二人も馬が合うんだろうな」

「何か言ったか?」

「いいや。なんなら君もあの試練を受けてもいいかもな」

 仲間の想いに触れた記憶の回廊。

 なんというか、信頼されていることがわかって嬉しいばかりだったのだが……しかしみんな、僕の眼鏡のストックの数ばかりを心配し過ぎだろう。フィーやミリアムに至っては、僕の本体が眼鏡だと思っている節さえあった。

「だりゃあああ!!」

『うわっ!?』

 いきなりの絶叫に、マキアスとアランは背すじを跳ねあがらせた。

 一番隅っこの端末にステファンの姿があった。気配がなかったので、まったく気づかなかった。

「ふふ、ふはははは! できたぞ、最高の出来栄えだ! さっそくトワ君に提案してこよう!」

「あ、あの、ステファン先輩?」

「さあ、僕のアイデンティティーよ、ついに復活の時だぞ!」

 マキアスもアランも目に入っていない様子で、ステファンは部屋を飛び出していってしまった。

 

 ☆ ☆

 

 

《ロードオブハッカー⑤》

 ――11:07 カレイジャス、ブリッジ――

 

「――そんなわけで、みんなに来てもらったのさ!」

 半ば強引に集めた面々の前で、ステファンは意気揚々と招集の主旨を語った。

 彼の熱量に押し負けて、その提案を承諾してしまったトワは、申し訳なさそうに頭を下げる。

「色々と忙しい一日なのは承知してるんだけど、少しだけステファン君に協力してあげて。ごめんね」

「なに、トワ君が謝ることじゃないさ!」

「その通りなんだけど、それをステファン君が言うのはどうなのかな?」

 集められたのは主にはサポート部門に所属する学院生たちだ。

 ブリジット、ミント、ヴィヴィ、リンデ、ジョルジュの五名である。

「人選は僕の主観と偏見だ!」

「それもどうなのかな!?」

「さあ、早く座って座って。時間がもったいないよ!」

 ステファンに急かされて、五名はブリッジ席の一つ一つに割り当てられる。それぞれの前にはキーボード端末が設置され、モニター画面には文字や数字の羅列が映っていた。

「んー、今から何するんですかー?」

「さっきステファン先輩が言ってたじゃない……」

 手を挙げたミントに、横の席に座るブリジットが言う。

 反対側に位置するリンデが、かみ砕いた説明を行った。

「つまりプログラム構成の早打ちよ。画面に出てきた数式と対応するキーボードボタンをタイプすればいいの。この催しの目的は、各個人の現状能力と対応力の把握……ですよね?」

「エクセレントだ、リンデ君! もちろん発案者の僕も参加させてもらうよ。ハッキング技術の試験的な意味合いもあるからね!」

 ステファンが親指をビシッと立てる。

 ヴィヴィがにやにやと笑った。

「そんなこと言っちゃってー。僕のアイデンティティーうんぬんつぶやいてるのを、私聞いちゃってますから。自分の領分で、とりあえず一番になりたい側面もあるんでしょ」

「な、なにを言うんだ、ヴィヴィ君。そんなことあるわけ……ないじゃないか」

 立てた親指がしなっと折れた。

 とにもかくにも、ステファン主宰のテストが開始される。

 やることはリンデの説明通り単純だ。

 ブリッジにタイピングの軽快な音が響く。普段から観測業務や各地連携業務に従事するヴィヴィとリンデは、さすがの要領の良さだった。

 導力学の成績上位者という理由で呼ばれたブリジットにも、指の動きに淀みがない。テンポの速い曲をピアノで演奏しているかのような優雅さがある。

 ジョルジュは無心、無表情、白目でタイプし続けていた。今日で五日目の徹夜に突入した彼は、おそらくは今自分が何をやっているのかも理解していない。

 そしてジョルジュのおまけでついてきたミントは、となりのブリジットの画面をよそ見しながら、カタカタとキー入力をしている。論外ガールだ。

 ミントをのぞき強敵ばかりだが、いかんせんプログラムを作成したのはステファン自身である。

 確実に勝ちに来ていた。

「よし、これで僕の――」

「終わったよー」

 ステファンより早くタイピングを完了させたのはミントだった。「ふう、疲れちゃった」などと安穏としているが、確かに入力は全て終わっている。

「あ、あ、ああ……! 僕のアイデンティティーが~っ!」

 わなわなと肩を震わせ、勢いよく立ち上がる。己の存在意義を打ち砕かれたステファンは、ブリッジから逃亡した。

 

 ☆ ☆

 

 

 

《☆牙、持たざるもの☆》

 ――12:00 カレイジャス、艦内通路――

 

「楽しかったね、ゲームみたいで面白かったし」

「ええ、でもステファン先輩がどこかに行っちゃったけど……」

 主催者が逃げ出したせいで着地点が見えなくなり、なし崩し的に解散となったタイピングテスト。

 ブリッジを後にしたミントとブリジットは食堂に向かっていた。もう昼時だ。

「ねえねえ、ブリちゃん」

「あの……その呼び方、ちょっと慣れないというか……」

「え、なんで? 可愛いのに」

「だって響きが独特過ぎじゃない? 少なくとも可愛い響きじゃないと思う」

「そんなことないよ。アラン君がそう呼んだとしたらどう?」

「そ、それはありかも。じゃなくて! なんでそこでアランの名前が出るのよ!?」

 ミントは丸い目をぱちくりとさせた。

「なんでって幼なじみなんでしょ? 仲が良いからあだ名で呼んだりするのかなって」

「ああ、そういうことね。昔から名前で呼び合ってたし、別にあだ名は使わないわ」

「だけど憧れたりしない? ブリちゃん、アラランって呼び合うの」

「アラランとか、元の名前より長くなってるけど……。なんだかうっかりやさんみたいだし」

 今はあまりアランとの関係に言及して欲しくないらしく、ブリジットは話題を振り返した。

「それに仲が良いって言ったら、ミントさんとエリオット君だってそうじゃない。よく一緒にいるところ見るわよ」

「ふっふーん、それはそうだよ!」

 否定することもなく、ミントは胸を張った。

「あたしは猛将の伝道師なんだもん。エリオット君の行動をケインズさんに報告する役目があるんだ」

「もうしょ……なに?ケインズって書房の店主さんよね?」

「ありゃ~、ブリちゃんはまだ《猛将列伝》を読んでないんだ。よーし、わかった。あとで教えてあげるね、エリオット君の真の姿を」

「え、ちょっと怖いんだけど」

 不穏を察知したのか、たじろぐブリジット。さらに彼女は話題を最初に戻した。

「それにしても、ミントさんってタイピング速いのね。誰かに教わったの?」

「マカロフ叔父さんの端末はよく勝手にいじってたよ。見つからないようにいつも急いでたし、それで入力が早くなったのかなあ」

「そう。だけどさっきのテスト。速さは一位だったけど、よく見たら入力間違いが結構あったみたいよ」

「あはは、気にしなーい」

 能天気にミントは笑う。

「導力ネット系が担当ってわけじゃないし。そういうのはできる人がやったらいいんだよ。あたし、裏方の方が気楽でいいもん」

 だから表舞台で何か重要な役割を持つことはない。

 この時は、そう思っていた。

 

 ☆ ☆

 

 

 

《グランローゼのバラ物語 Chu!⑥》

 ――12:25 カレイジャス、艦内通路――

 

 けたたましい地響きが背後に迫り、しかし振り返る勇気もなく、ヴィンセント・フロラルドは身を屈めた。

 瞬間、その頭上を丸い肉塊が飛び過ぎていく。それは顔面から通路の端に激突し、壁面を打ち破った。

「ふしゅるおおお!」

 鼻から蒸気を噴出し、剥落する壁の破片を頭にかぶりながら、麗しのマルガリータ・ドレスデン嬢が緩慢に振り返る。

「マ、マママ、マルガリータ君……?」

「ヴィンゼントざまァ。わたくし、なんだか変なのお……あなたのことを思うだけで、すごく体が熱くて、もう、もう……ア――――――ッ!!」

「ア――――――ッ!!」

 二人分の絶叫が重なり、煉獄に等しい光景が展開されていく。

 逃げるヴィンセント。追うマルガリータ。猪突する肉厚の唇。彼が回避する度に、巻き添えとなった備品の数々が砕け散った。整備クルーの仕事が増え、ジョルジュの睡眠時間が消えていく。

 彼女は愛しのヴィンセント様にキスをぶちかまそうとしていた。〝想いをもう一段階昇華し、愛を形にせよ”と、ガイラーにそそのかされたせいだった。

 恋い焦がれ続けた想い人をトリスタで見つけたその時、マルガリータのスイッチが入った。以降、町の中、学院での歓迎会、このカレイジャス艦内においても、昼夜を問わず執拗な追跡と逃走が繰り広げられている。

「んひいい!」

 ヴィンセントは近くの物置部屋に駆け込んだ。

 乱雑な室内。掃除用具入れのロッカーを見つけたので、急いでそこに隠れ、内側から扉を閉める。

「匂いがするわあ、かぐわしいバラの香りがあ」

 キィイとゆっくりドアが開いた。重い足音と共に、マルガリータが部屋に踏み入ってくる。ヴィンセントは呼吸を止め、心臓の鼓動でさえも止めようと試みた。

「ここかしらあ」

 がさがさと備蓄物を漁り、

「ここかしらあ」

 そこに被せられた布をはぎ取っていく。

「それともここ……かしらあ!」

 ロッカーに撃ち込まれるデスキッス。スチール製の扉がパン生地のようにへこみ、内側のヴィンセントの目前まで押しひしげられた。ミチッミチッと彼女の顔の形がくっきりと浮かんでいる。

 もはやホラーだった。

「いないのねえ……ヴィンセントさまったら恥ずかしがり屋さんなんだからあ」

 グフォッと鼓膜を穿つような笑い声を一つ残して、彼女は去っていく。ヴィンセントはしばらくロッカーから出られなかった。

 

 ☆ ☆

 

 

 

《☆片翼の守り手を☆》

 ――13:10 カレイジャス、船倉ドック――

 

 昼を過ぎた頃、ドックには大勢の学院生たちが集まっていた。アリサからの呼びかけに応じてくれた者たちだ。

「へえ~、これが《レイゼル》か。貴族連合が使ってるのと、ずいぶん印象が違うな」

 その巨体の足元に立ち、クレインが感嘆をもらしながらレイゼルを見上げる。他の生徒たちも同様で、間近で見る機甲兵の圧に息を呑んでいた。

「これ、本当に俺らが乗れるのか?」と疑問を口に出したカスパルに、「その為の適性検査よ」とアリサは言い含めた。

 レイゼルは高スペックのオンリーワン機だ。ゆえにアリサしか扱えない。だが屋内戦闘や閉所への潜入作戦に彼女が参加しなくてはならない状況になった時、操縦士のいないレイゼルは否応なく待機となってしまう。

 たとえば明日のカレル離宮奪還戦が、まさにそれだ。

 強力な機体を眠らせておくのは、宝の持ち腐れ以外の何物でもない。機甲兵は前線に姿を見せるだけで、敵陣への威嚇にもなる。

 だから自分以外にもレイゼルを動かせるサブパイロットを選定しようというのが、アリサの提案だった。

「構想は前からあったの。ただ前はまだ人数もそろい切ってなかったし。トリスタに残っていた学院生が合流したこのタイミングでやろうと思っていたにゃ――いたのよ」

 こほんこほんとわざとらしく咳払いで重ね、アリサは恥ずかしい失言を隠蔽した。

 この場には十数名の学院生が集まっている。やはり男子の比率が多いが、女子も少なくはない。

 興味本位か、本当に操縦士希望か、それはわからなかったが。

「テスト内容は難しくないわ。セミオート式の操縦モードにしたレイゼルを、私の指示通りに動かしてもらうだけ。主には前進、後退、方向転換、姿勢変更、四肢の動作確認、武装デバイスの切り替え……まあ、こんなところかしら」

 基本動作の演習だが、判断基準としては十分だ。これだけで本人のセンスは必ずわかる。

「もちろん機能制限はかけてるし、武器にもロックをかけてるから。ただ操作に慣れたら、最後の五分間は自由に行動してオーケーよ。半径40アージュ以内の範囲でね。じゃ、さっそく誰か――」

「僕だ! 僕が一番手だ!」

「ではステファン先輩、どうぞ」

 勢いよく挙手したステファンが、アリサの指名よりも早く操縦席に搭乗した。

 実は乗り込むにもちょっとした慣れがいる。レイゼルの胸部コックピットハッチを開き、しかし身を屈めている態勢だから、斜角がついていて入りにくい。四苦八苦しながら身体を操縦席に押し入れるステファン。 

 オート設定で、ゆっくりとレイゼルが立ち上がった。

『お、お、おおおお!?』

 外部マイクを通して、彼の興奮があふれ出てくる。

「まずはフットペダルを規定値踏み込んで、一歩前進して下さい」

『ふおお! 不死鳥のごとくよみがえれ、僕のアイデンティティー! うなれ、レイゼルフレイムブラストォーッ!!』

 がしょん、とレイゼルが両手をばんざいする。そして制止。沈黙。

「……そんな武装はありませんし、風と雷が特性ですので」

「僕の情熱で何とかしてみせるさ! それと技術班にはロケットパンチの実装を依頼させてもらおう!」

「失格」

 しょぼくれたステファンが降りてくる。二番手はクレイン。乗り込み、立ち上がりはスムーズだった。

『ったくステファンは。現実的に無理なことやらかしたら機体が傷むだろうが』

「さすがクレイン先輩。各部の可動域を正しく把握することが重要なんです」

『だろ? 可動域の話なら泳ぎにも通じるもんがあるからな』

 これは期待できそうだ。アリサはメガホンで指示を出す。

「では方向転換、12時角から3時角へ。フットペダルとコントロールバーを併用して、ゆっくりと――」

『でありゃああ! 正義の心で超絶合体! 無敵、無敗、無尽蔵! 真・覇王グレーィト……レイッ……ゼェールッ!!』

 ジャッキーンと鋭いポーズを決める。そして制止。沈黙。

「……説明を」

『おうよ。正義戦隊ジャスティスシックスの奥の手にしようと思ってな。悪を許さねえ六人の強い気持ちが一つになって、奇跡の力を呼び起こすっていう』

「失格」

 どうしてこう、謎の行動ばかり。男子はそういうのが好きなのかしら。

 とりあえず次は女子にしてみよう。

「続いてエーデル先輩、お願いできますか?」

「はーい」

 エーデルはもたつきながら、操縦席に入る。園芸部の彼女だが、センスというのは運動神経と離れたところにも存在する。果たして。

『きゃっ! 高~い! フィーちゃん助けて~』

 立位状態の機甲兵の操縦席は、建物の二階よりも高い。彼女は高所恐怖症らしい。

 レイゼルは内股になってしゃがみ込もうとする。メギメギと股関節が悲鳴を上げていた。

「ストップストーップ! 壊れちゃいますから! なんでわざわざ操縦してまで内股にしようとするんですか!?」

 むしろ器用なのではと思う。どうにかエーデルをなだめつかせ、イジェクト(排出)

 なにはともあれ、人数をこなさねば。

 今度はポーラが搭乗。

『このブレイズワイヤーを伸ばしっぱなしにして、ムチみたいに使うのどう? 電気も流れるらしいし、ちょうどいいんじゃないかしら。ちょっとケネス君呼んできて』

「死ぬわよ、彼」

 ランベルトが搭乗。

『ぬおお……! これは、これは浮気ではないっ! 許せ、マッハ号! せっかく再会できたというのに、こんな非人道的な責め苦を……くう……っ!』

「そんな辛そうに乗られても……」

 ヴィンセントが搭乗。

『こ、ここならマルガリータ君から身を守れる!』

「彼女にレイゼルを壊されたら困るので、即刻降りて下さい」

 などと、サブパイロットの選定が難航する中、

「じゃ、私が」

「その次はボクね」

「私はそのあとか」

 フィー、ミリアム、ラウラが勝手にエントリーしてくる。

「前衛のあなた達が乗ったら本末転倒でしょうに……」

 離れたところではシュトラールの世話をしながら、ユーシスがこちらの様子をチラチラとうかがっている。

 どうやら彼も操縦してみたいらしい。目が合うと、馬の後ろにすっと隠れてしまう。そんなに動かしたいなら、あとで声をかけてあげるけど。遊園地ではしゃぐことに抵抗があるけど、その実アトラクションをめいっぱい堪能したいタイプだわ。

 そうして時間をかけてあれこれと適性検査を進め、ようやく候補の一人が決まった。

 

 ☆ ☆

 

 

 

《芸術乱舞⑧》

 ――14:00 カレイジャス、船倉ドック――

 

『随分ト騒ガシイヨウダガ』

 ヴァリマールは首を巡らせ、レイゼルの適性検査真っ最中の一画を見た。

 クララは興味もないようで、一瞥さえしない。ただ愚直に剣と向き合っている。

 途方もない集中力と労力をかけて〝石の目”を打ち続け、ようやく太刀の形状になったゼムリア製ブレード。

『ソレデ完成ナノカ?』

「私が作業中は黙っていろと言ったはずだ」

 ぴしゃりと言い放ち、ヴァリマールの質問を断ち切る。普段ならこれで会話ごと終了なのだが、珍しく彼女は言葉を続けた。

「……まだ微妙にバランスが悪い。刀身の重心が手元に寄っている。刃を削って調整する必要がある」

『明日ノ戦イニハ間ニ合ウノカ』

「知らん。そもそも戦闘に間に合わせるために作っているわけではない。ないならないで、何とかしろ」

『了解シタ』

 カン、カンと石を打つ音だけが反響する。

『ナラバ、何ノ為ニ作ッテイルノダ』

 ワンテンポ遅れた問い掛けに、クララはヴァリマールを見やった。相変わらずの三白眼だが、特にいらだってはいないようだった。

「今日はよくしゃべるな。暇なのか?」

『時間ヲ持テ余ストイウ感覚ハワカラナイ』

「……少し休憩する。その間だけ話に付き合ってやる」

 意外にも作業道具を丁寧に片付けると、クララはそばのパイプ椅子に腰かけた。床置きの段ボール箱に入れてあった飲み物とレーションを手早く胃の中に流し込んで、軽く息をつく。

「人間は不便だ。適度に栄養補給と休息を取らなければ、集中力を持続できないし、作業効率も落ちる。お前のようなものとは違って」

『私ニモ休息ハ必要ダ。霊力デ体ヲ修復セネバナラナイ』

「そうだったな。だがお前が戦えるのはあと一回だ。それ以上はフレームが崩壊するだろう。シュバルツァーには伝えていないが、内部損傷は(ケルン)にも届きかけている。そこにダメージが到達すれば、お前に訪れるのは実質的な死だ。昨日のゴライアス、ケストレル戦で、実際その体は死にかけていた」

 空になったレーションの缶を、クララは荒っぽく投げ捨てた。

「私が怪訝に思うのは、なんでシュバルツァーがその状態を把握していないかだ。騎神からのフィードバック以外にも、機体のコンディションを知る方法はいくらでもあるはず。あの男の性格で、それを気にする素振りがないのは不自然だ」

 威圧的な眼差しがヴァリマールを捉えた。

「お前、起動者への情報提供を遮断しているな。それも意図的に」

『……肯定ダ』

「何のために」

『コノ体ノ状態ヲ知レバ、りぃんハ私ヲ気遣ウ。全力ヲ出スノヲ、タメラウダロウ。ソレデハ勝テル戦イモ落トシカネナイ』

「それがお前の判断か」

『ソウダ』

 わずかな間、クララとヴァリマールの視線が交錯する。どちらも無機質な目の光だ。

「人がましいな、相変わらず」

『私ハ人間カ?』

「人ではないが、人になりたいのか?」

 普段なら一蹴されるところだが、クララは深く訊いてきた。

『皆ト共ニ在リタイトハ思ウ。……ソウ思ウヨウニナッタ』

「人と機械の違い、何かわかるか?」

『ソレハ定義ノ話……デハナイヨウダナ』

 押し黙ったヴァリマール。少しの後、彼は言った。

『ワカラナイ』

「その答えが出た時に、この剣を渡してやる。これはお前が手にして、初めて完成するものだ」

 わずか五分の休憩を終え、クララは作業に戻った。

 

 ☆ ☆

 

 

 

《魔獣珍道中⑨》

 ――15:32 トールズ士官学院、旧校舎地下――

 

「ホギャギャー(兄貴ィ! よくぞお戻りに!)」

「アオーン!(姐さんもご無事で何よりでやんした!)」

 うす暗い旧校舎の地下。水路に囲まれた開けた一画で、多くの魔獣たちが雄叫びを上げていた。

 歓喜の騒ぎの中を、二匹の魔獣が中央に向かって進む。

 飛び猫のクロ、ドローメのルーダ。ここは彼らの縄張り。舎弟たちが頭領の帰還を祝福する。

「キュッ(おだまり!)」

 しなったルーダの触手が石の床を打ち、乾いた音を弾かせた。

 しんと静まり返り、一同が頭を垂れて服従を示す。

「キューキュ(ちょっと外出して帰ってきただけよ。大層なことじゃないわ)」

 ルーダはトリスタを出てから、今日までの経緯を告げた。

 舎弟を増やしながら各地を旅し、ついにはマキアスと合流できたことを。魔獣たちは姐さんの一途な恋模様に感銘を受け、むせび鳴いていたりした。

 その内の一匹が質問した。

「ドジュルル(その増えた舎弟たちはどこに? それと姐さん方は、もうここに留まれるんだよな?)」

「キューキュキュキュン(まず他の舎弟たちはこの地に向かってきてる。けっこうな数だけど、まあ何とかなるでしょ)」

 オーロックス砦戦でマキアスに協力した魔獣たちは、いったん離れ離れとなり、その後はこのトリスタに終結するようルーダとクロから指示を受けていた。

「シャシャ(もう一つの問いには俺から答えよう)」

 クロが言う。

「シャシャーシャ(俺とルーダはマキアスについていく。彼の戦いはこれからが本番のようだからな。最後まで力添えをするつもりだ)」

「ズッキュゥン(そう、私の触手は彼を支えるためにあるの。あなた達はここで待っていて。一緒に行きたいって言うんだろうけど、人間たちの艦に私たちは多く乗れないみたいだから)」

 舎弟たちはしぶしぶ納得する。

 ここでルーダは一番大事な話を切り出した。

「キュキュキュ(それと……私たちが帰ってきたら、折を見てここを離れるわ。みんなで〝約束の大地”に行く。きっとマキアスがその道しるべになってくれる」

 約束の大地。それは魔獣の根幹に刻み込まれた、誰にも脅かされることのない安寧の場所。

 困惑する魔獣たちに、「ニャニャン(それは私から説明するわ)」と白い飛び猫がクロの後ろから姿を見せた。

「ニャーウ(初めまして、シロです)」

「ハジャッ!?(あ、兄貴ィ!? このめんこいのは、まさか兄貴の(スケ)ですかい!?)」

「シャッ(お、おい、別にそんなんじゃ……)」

「ニャ?(あら、違うの?)」

「シャアッ(ち、違わない……)」

 今日一番の雄叫びが旧校舎を震わせた。

「ギャギャース!(祝言の準備じゃあ! 盃を用意せいやあ!)」

「ニャウニャウ(はい、ありがと。でもまだ早いし。そういうのは約束の大地に着いてからね)」

 全員を諌めたあとで、シロは続けた。

「ニャニャンニャ(クロとルーダの恩人、マキアスは《黒の王》に縁のある人物かもしれない。いえ、私はそう確信してるわ。そして雪に閉ざされたという〝約束の大地”の目途もついている。あとは彼が現在の《白の帝》を倒せば、楽園への道は開かれるでしょう)」

 魔獣たちは半信半疑のようだったが、頭領であるクロとルーダもその見解に同意した以上、差し挟む抗弁などなかった。

 ルーダが高々と触手を掲げてみせる。

「キューキュキュー!(みんなで行きましょう。いいえ、帰りましょう、約束の大地へ。そして! その地においてマキアスを正統な《黒の王》とし、彼と共に未来永劫の繁栄を築くのよ!)」

 

 ☆ ☆

 

 

 

《☆揺れる誓い★》

 ――19:20 オーロックス峡谷、最東部――

 

 クロスベルの上空に出現していた碧く輝く大樹が、光を散らして消えていく。

 その壮大な光景を、スカーレットは《ケストレル》のコックピットの中から眺めていた。

「カメラの倍率を上げても……よく分からないわね」

 何らかの異常事態であったのは間違いない。それが消えたのは正常に戻ったのか、さらなる異常の兆候なのか。

 断定できるものなど一つもなく、ひとまずスカーレットはケストレルをひざまずかせた。

 周囲を木々や岩に囲まれているとはいえ、誰かに発見される可能性もある。

 バリアハート近郊でカレイジャスを離脱し、オーロックス峡谷を東に抜けた森林地帯の端。どうにかここまで来られたのだ。下手な真似はしたくなかった。

「……さて」

 これからの私の身の振り方は。

 いずれにせよクロスベルの異変は収束に向かうようだ。今からなら北東に大回りするルートで、クロスベル市内に紛れ込むことも可能だろう。

 あそこは多様な社会性が入り混じっている。自分が所属できるような裏の組織もあるはずだ。しょせん蛇の道は蛇。私ならうまくやれる。

 それがいい。

 騎士など向こうが勝手に言っているだけ。彼女は皇族。私はテロリスト。どこまで行っても、それは変わらない。変わらないのだ。

 私の答えを待っている? それも相手の勝手。答えを返しに戻ってくるって私が言ったから? そんなの信じる方がどうかしてる。

 ありがとね、お人よしの甘ちゃん皇女様。あなたのおかげで私は晴れて自由の身。ろくな死に方はしないでしょうけど、それでもいい。一度終わって、拾った命。そこまでの執着はない。

 どこぞの闇ルートでこのケストレルを売り払って、当面の資金繰りをしよう。大丈夫。足のつかない方法は心得ている。

「だいたい、お姫様が機能制限をかけるから扱いづらくて仕方なかったわ。全然出力も上がらないし、ほんと面倒。なんだってこんな――」

 

 〝危険な状態の機体には乗せられませんから”

 

 あの屈託のない笑顔が浮かび、スカーレットは操縦桿を握りしめた。

 己の全てを捨ててきて、最後に拾ってしまった命。

 命の使い道。不意によぎるその言葉が、ヴァルカンとギデオンの末路を思い出させる。

「っ……! どうすればいいのよ、私は」 

 

 ☆ ☆

 

 

 

《穿たれた分岐点、歪ませた特異点》

 ――19:40 パンタグリュエル、飛行甲板――

 

「完全に蒼の大樹が消えたな。あれはいいのか?」

「予定外ではあるわ。でも大局で見れば想定内とも言える」

 ヴィータの歯に衣着せぬ物言いに「よくわからん」と、クロウは甲板に座り込んで彼方を見据えた。

 《パンタグリュエル》は高度3000アージュを滞空中。暗闇の中、大樹が消えゆく様もよく視認することができた。

 ヴィータは何事が起きたか察しているところもあるようだったが、はっきり口にしようとはしない。いつものことだ。

 意味もなく取り出したコインを手の平で転がしてみる。あの日、リィンから預かった(、、、、)50ミラ硬貨。

「あら、どうしてまだそれを持ってるの? バリアハートで生徒会長さんとは話ができたんでしょ?」

「ああ、まあな」

 本当はトワに会った時、この硬貨を渡すつもりだった。リィンに返しておいてくれと言付けて。

 でも、できなかった。

 つい学院にいる時みたいな会話をしてしまったから。

 クロウは硬貨を親指で弾いて、中空で回転させる。それをぱしっと手の甲で受け止めて、

「表か裏か」

「表」

「残念、裏だ」

「なんのゲーム?」

「別に」

「私に罰ゲームをさせたいの? 仕方ないわね。さあ、なんでも命じてご覧なさい」

「なんで自ら望んでんだよ……」

 エマに対してはドSのくせに。

「そういえばそっちは? 委員長ちゃんには会ったのかよ」

「姉妹水入らずでね。あなたに話した帝国の起源と同じ内容を、エマにも話したわ。もうリィン君たちにも伝わってると思う」

「それ、ばれたら怒られるだろ」

「ばれなければお咎めなしよ。それに、どうもおかしいことが起きてるのよね」

「何の話だ?」

 ヴィータが片手を掲げると、渦を巻いた空間の中から《黒の書》が現れた。

 過去、現在、未来について記されていると言われる古代遺物(アーティファクト)だ。

「エマに言ったけど、黒の書に記載されている事象にずれが生じている。定められた未来が変わりつつあるわ」

「それは良い方か? 悪い方か?」

「結末まではわからない。ただね、世界がずれた原因には憶測がついた。全てのずれはある人物を起点にして発生している」

 雲間に浮かぶ満月を背景に、ヴィータは語る。透き通る青いドレスがひるがえり、それだけで舞台のようだった。

「リィン君たちの同行者の中に、本来ならばいるはずのない人間が混じっていた。その人物の発言と行動が微細な変化をもたらし、少しずつあるべき流れを狂わせている」

「誰のことを言ってる」

「エリゼ・シュバルツァー」

 雲が月を覆い、光が消える。

「彼女が《パンタグリュエル》に残ったことがきっかけで、リィン君たちは新たな力を会得する道を踏み出した。彼女がノルドの監視塔に囚われたせいで、リィン君たちは複数のルートから敷地に侵入。その内の一人が機甲兵を奪取し、結果、カレイジャス保有のオンリーワン機に改修された。それによって各地で受けた打撃は言わずもがな。他にも私が把握していないだけで、彼女が残している影響はまだあるはず」

 あのリィンの義妹が? 確かに芯は通った少女だが、そこまでの改変に深く携わるとは信じがたいことだった。

「思い返すに根幹たる原因は、ユミルでアルフィン皇女と一緒に彼女を確保できなかったこと。当初、それはまったく問題ないと考えていたけど、あの瞬間から何かがずれ始めていたのよ」

 黒の書が突然燃えた。青白い炎が噴き出し、虚空でその全てが灰になる。

「……!? 何が起こった?」

「私にもわからない。ただもうなんの未来も視えない。古代遺物が消失するなんて……」

 ヴィータの表情にいつもの余裕はなかった。

「リィン君たちはまもなくカレル離宮に向かう。そこでエリゼ・シュバルツァーと合流するでしょう。けれどそれだけでは終わらない気がする。……クロウ、段取りを早めるわ。カイエン公に連絡を」

「まさか……やるのか」

「ええ」

 再び静謐な月光が降り、深淵の魔女を照らした。

「明日、煌魔城を復活させる」

 

 ★ ★

 

 

 

 翌日、正午。

 カレイジャス、ブリッジ。

 艦長席に収まるトワは、艦内通達用のマイクを手に取った。

『ただいまより、作戦行動を開始します。規定高度まで浮上後、カレイジャスは最大船速。目標はカレル離宮。目的は軟禁状態にある皇族の救出。――及び、エリゼ・シュバルツァーの奪還』

 カレイジャスが垂直上昇を開始した。晴天に紅い船体が映え、高出力のオーバルエンジンの駆動音が轟く。

『後衛の学院生は着陸後の艦防衛を。Ⅶ組総員は白兵戦闘用意!』

 

 

 ――つづく――

 

 

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