虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

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第111話 蒼天に立つ狼煙

「――クレイン君とハイベル君はツーマンセルで敵艦Aブロックからの進入を。槍術を使えるランベルト君とヴィンセント君はBブロック経由で進攻。それぞれパンタグリュエルの操舵室を目指して。各チームには専属オペレータをつけるから、通信機は常にオンの状態でキープ。敵艦内のマップナビゲートもフォローするよ。あとオペレータの数が足りないから、ステファン君は至急ブリッジに上がってきて! それから――」

 目標とのエンゲージまで、あと十五分。全体ミーティングで作戦概要を周知する時間はない。

 だからトワは艦内放送のみで伝達を続けた。クルー一人一人の配置と、それぞれの役割を、すべて頭の中で考えながら。全員の性格、能力、特性を把握していなければ、まず不可能な芸当だった。

 トワは艦長席のうしろに振り返る。そこにⅦ組が待機していた。

「トワ会長。僕たちの配置は?」

 マキアスが訊いた。今の伝達では、彼らには触れていなかったのだ。

 放送用のマイクは繋いだまま、艦内にも聞こえるようにトワは答える。

「この作戦にⅦ組は参加しないよ」

「な、なぜです? 戦力的な面から見ても、僕たちが出たほうがいいはずでは」

 想定できる人数差、その彼我戦力は甘く見積もっても、一対二十は下らない。もちろん数で圧倒されないような攻め方はするつもりだが、それでも彼らに戦線に入ってもらった方が万全なのは間違いなかった。けれど。

「これはあくまでも特科Ⅶ組を確実に煌魔城に送り出すための戦い。だからみんなは突入に備えて、カレイジャスの船倉で待機してもらう」

「あ、相手は貴族連合の旗艦ですよ! そう簡単にはいかないでしょう。成功率を上げるためにも、やはり僕らが――」

「最終目的はパンタグリュエルを越えた先。Ⅶ組の出番はその後。余力を残してもらうためにも、戦闘には加わっちゃだめ。私たちを信じて。サラ教官もいいですよね?」

 サラも煌魔城突入班だ。やむを得ないことはわかっているのだろう。「了解よ」と即答してくれた。

「できるなら制圧戦の陣頭指揮を現場で取りたいんだけどね」

「正直に言えば、それはお願いしたいんですけど」

 目的と優先順位を考えるなら、どうしてもⅦ組側についていて欲しい人だ。

 トワは時計を見た。ゆっくり話す時間はとうにない。

「Ⅶ組は速やかに待機場所に移動を。作戦を成功させて、必ずまた会おうね。リィン君が目覚めたときには、全部が終わっているようにしよう」

 トワの話に区切りがつくのを見計らって、砲術士席のアランが口を開いた。

「マキアス、気をつけてな」

「改まってどうしたんだ? アラン」

「心配の一つくらいしていいだろ。ここがゴールじゃない。学院生活はまだ続くんだからな」

「わかってるよ。それに僕はアランのことを見届けたいんだ。その心残りを抱えたまま戦地に行くのは気が引けるが……まあ、帰ってくる理由は多い方がいい」

「見届けたいこととか、心残りってなんだよ」

「え、言っていいのか?」

「言うな!」

 せっかく心配してやったのに、と小声でぼやくアランの横で、ヴィヴィはにやにやと笑っていた。

「エリオット君!」

 今度はミントが手を挙げた。

「猛将、ファイッ!」

「うん……もうちょっと別の言葉が良かったかな……」

「帰ってきたら、お父さんとお姉さんとの家族会議が待ってるよ!」

「なんでそれで僕のモチベーションが上がると思うんだろう……。でも、ミントもがんばって」

「あはは、私は前線に出ないけど、バックアップは任せてね」

 そんなやり取りを終えて、今度こそⅦ組はブリッジを出ていく。

 トワはその背を見送った。

 心強い。自分たちの命運を預けるに足ると、そう感じられる背中だ。彼らがトールズ士官学院に入ってくれたことを――私の後輩になってくれたことを誇りに思う。

 

 

《――蒼天に立つ狼煙――》

 

 

「ほらほら、回復道具は必須やで! 前衛の皆さんは持てるだけ持っていき! 今日ばかりは大盤振る舞いやー!」

 ベッキーが艦内の通路に店を出し、蓄えに蓄えこんだアイテムをばら撒いている。

 そこに急ぎ足のクレインが通りがかった。

「おっ、クレイン先輩! どないです? 今なら全品、定価の30パーセントオフでオールオッケー!」

「いや、金とんのかよ!」

「あったりまえです。売り上げはケルディックの再興資金に回すんで!」

「あのさ。俺、苦学生なんだぜ」

「命あっての物種ってことで一つ! この身代わりマペットなら、マシンガンでハチの巣にされても一発だけなら大丈夫や!」

「それって、あんま意味ないよな……?」

 帳簿を片手にヒューゴが歩み寄ってくる。ベッキーと共同でアイテムを売りさばいているらしい。

「ベッキー、あんまり先輩を困らせるな。すみません。特別にお代は貸しってことでいいですから」

「結局、金は取るのな!」

「心配しないでください。利子までは頂きませんよ」

「ったりまえだ!」

 なんやかんやでクレインは身代わりマペットを買わされた。盛況のようで、店には列ができている。

「クレイン先輩!」

「こ、今度はなんだ。俺に何を買わせるつもりだ!?」

 呼んだのはカスパルだった。彼は通路の一角を陣取って、様々な武器を並べている。

 二人は水泳部の先輩と後輩だ。

「おお、カスパルか。お前は武器の調達とかメンテナンスをしてるんだったな。大したもんだよ」

「アルゼイド流の道場で学んできたんです。先輩は拳打ですよね。ちょっと待っててください」

 カスパルはクレインを見据えると、すぐに一つの手甲を選んで、それを渡した。

「俺、選定眼っていうのが良いらしくって、その人に合う武器がなんとなくわかるんです。ラウラが今使ってる蒼耀剣も俺が選びました」

「おっ、確かにしっくりくるな」

 手甲を装着したクレインは驚いていた。

「俺にはこれくらいしかできないですから。よろしくお願いします」

「卑下すんな。俺らはそれぞれの役割で戦うんだ。みんなにも武器をあてがってやってくれ。……あ、つーか悪い。一つ問題があってな」

「はい?」

「持ち金がないんだよ。さっきむしり取られちまって」

「こんな非常事態ですし、ミラなんかもらわないですけど」

「お前はよくできた後輩だぜ!」

 ばんとカスパルの背をたたく。痛がりつつも、彼はどこか嬉しそうだった。

「あっ、クレイン! こんなところにいたのか」

 通路の向こうからハイベルが走ってくる。

「放送聞いただろ。君と僕はチームだって。まったく腐れ縁だよ」

「はは、いいじゃねえか。街道生活の続きだと思ってとことん付き合ってくれよ、相棒。それにあの約束だってあるわけだし」

「約束?」

「おいおい。二十歳になったら、いっしょに酒飲もうってやつ。ほら、お前がココさんにフラれたあとのあれだよ」

「フラれてない! 僕はいつだってクレア大尉一筋だ!」

「まあ、そっちも時間の問題だろ」

「むぎいいい!」

 怒り心頭で攻撃力が上がったハイベルを引き連れて、クレインは制圧班の集合場所へと向かった。

 

 

「へへ……」

 クレインとハイベルが離れたあと、カスパルは小さく笑っていた。

「なにニヤニヤしてるの。やっぱりカスパルっていやらしい」

 コレットが疑惑たっぷりの視線で彼を見やる。カスパルの武器屋の横で、彼女はアクセサリー屋を出店していた。色々な効果のある装飾類をもちろん無償で――しかしコレットの場合はレンタルだ。

「ち、違う。クレイン先輩に背中を叩かれたのが嬉しくって。やっと認めてもらえたっていうか、任せてもらえたっていうか」

「叩かれて喜ぶ……? そ、そっちの方だったの。どうりで殴っても殴っても前に出てくるわけだわ。欲しがってただけってことね!」

「なんだその勘違い! 襲ったことなんかないだろ!」

「どうしても認めないんなら、トリスタに戻った時に裁判を起こすんだから。出るところに出てやるんだから。次に会うときは法廷よ!」

「クラスメートに訴えられるとか、いや過ぎる……」

 げんなりとするカスパルに、「んふふ」と例の笑い声が届く。

 企みの笑みを浮かべたヴィヴィが、スキップでやってきた。

「もー、相変わらず仲いいんだから。でも裁判はやめた方がいいんじゃない? コレットが出るとこ出たら、カスパルは出すとこ出してくると思うし」

「き、極めて変態っ!」

「お前やめろおおっ!!」

 カスパルの絶叫は軽く流して、ヴィヴィはしれっと彼の横に座った。

「そういえば、なんでヴィヴィが下のフロアに降りてきてるんだ? ブリッジでオペレータやるんだろ?」

「すぐに戻るわ。ちょっとやることがあって抜けてきたの。丁度いいの捕まえられたし」

「丁度いいの? どういう意味だよ」

「こっち来てー」

 ヴィヴィが手招きすると、そばで待機していたムンクとケネスが近づいてくる。

「待たせちゃってごめんね。二人とも私の前に座ってちょうだい」

「う、うん。僕は後衛でみんなのサポートだし、早く配置につかないといけないんだけど」

「争う愚かな人間どもよ。貴族連合にも《紅き翼》にも興味などない。この前髪の神にいかなる用だ」

 二人は何の説明も受けておらず、いきなりヴィヴィに連行されてきたらしい。訳ありの経緯で色んな人にラジオを破壊されたムンクは、精神が壊れたまま謎の神と化している。

 ヴィヴィはペンライトとメトロノームを取り出した。

「ま、まさか」

「うん。先兵を増やそうと思って。一人でも多い方がいいでしょ?」

 レグラムの惨劇に立ち会っていたカスパルは、顔面中に冷や汗を浮かべた。

 その三分後。

「ア、アア……憎イ、憎イィ」

「ヨコセ、ヨコセ……魂ヲヨコセェ……」

 悲しきバーサーカーが二体できあがった。暗示効果で筋肉モリモリ、目の焦点も左右でバラバラだ。

「んふふ。ケネス君、その釣り竿は何のためにあるのかな? 魚を釣るためなのかな?」

「敵ノ命ヲ吊ルシ上ゲル為……」

「うん、正解。じゃあムンク君の前髪は何のためにあるのかな? どういう意味があるのかな?」

「無意味……。奴ラノ存在ト同様ニ無意味……」

「ばっちりー。じゃ、行っちゃおっか?」

『ヴォオオオオ!!』

 雄たけびを上げて、二人は前衛チームに乱入した。

「もう少し戦力は増やしたいかな。カスパルもやっちゃう?」

「やるかよ!」

「おまけで精力増強もしてあげるのに。ガマンできずにコレットに襲い掛かっちゃうくらいの」

「最っ低!!」

「だからやらないって――へばあ!?」

 コレットの渾身の右フックが、カスパルを床に沈めた。

 

 

「え? レックスは後衛じゃないの?」

「変えたんだよ。要所の人員を押さえてれば、現場判断で配置換えはしていいってお達しだったから。けっこう前衛への転属を希望した人も多いみたいだけど」

 せわしなく人が行き交う通路の端に、ベリルとレックスはいた。

「ど、どうして」

「戦場カメラマンみたいな感じでさ。みんなの戦いを記録に残したいんだよ」

「危ないわ。だってああいう人もいるのよ」

 ベリルの目線の先には、逃げるヴィンセントと追うマルガリータの姿があった。

「おおお! 早く敵母艦に乗り込まねば! 絶対そっちの方が安全だ!」

「お待ちになってええん! あなたをお守りする愛のベーゼを! ベエエゼをぅっ! ヴィンゼーンドザマア!!」

 一歩ごとに地震が起こる。野ウサギを戦車で狩っているかのようだった。

「ね、危ないでしょ」

「いや、あれ一応味方サイドだから」

「仕方ないわね」

 ベリルはため息を吐いた。

「私も前衛で出る。レックスのことを守るから。ファインダーを覗いてる間はどうしても無防備になるでしょう」

「そ、それこそベリルが危ないって。だいたい戦闘はできないだろ!?」

「戦闘? そうねえ、久しぶりにベラ・ベリフェスにお願いしちゃおうかしら」

「ん? んん?」

 ベリルの背後の空間が一瞬だけゆがむ。

 目をこするレックスの耳元に顔をよせ、「それに……」と首すじに指を這わせながら、ベリルは妖艶にささやいた。

「あんまり女の子ばっかり写さないように、ちゃんと私が見ておかないと……ねえ?」

 

 

「――とまあ、レックスがそんなことを言ってね。僕も写真部の部長として前に出ようと思ってる」

 フィデリオは愛用のカメラを首からかけた。「いいんじゃないですか?」と彼とペアで動くドロテは、あっさりとうなずく。

「せっかくですし、フィデリオさんのガードをしますよ。その代わり、ぐふふっ、戦いの中で輝く男子たちの逢瀬をばっちりしっかりくっきりはっきりにょっきりと写真に収めて頂ければ」

「途中のぐふふってなんだ。最後のにょっきりってなんだ。そんな逢瀬があるわけないし」

「あります」

「どうして微塵も疑わず断言ができるんだ……」

 ふんすふんすと鼻息の荒いドロテ。フィデリオはカメラの動作確認をした。

「……今、思えばだけど。あの時にカメラを売らなくてよかったよ」

「金欠極貧生活の時ですか?」

「そうなった原因の八割は君のせいだけど……まあ、今となっては感謝してるかな。お金よりも大切なものがあるって気づいた」

「ハア、また上から目線ですか。フィデリオさんは変わりませんね。残る二割の責任にちゃんと目を向けて猛省して欲しいです」

「どっちが上から目線だ! だいたい君が戦闘に参加して意味あるのか? 後衛でのサポートに回った方が絶対いいと思うけど」

 ドロテはきょとんとして、すぐに笑った。手をぶらぶらとさせながら、

「言ってませんでしたっけ。私、けっこう強いんですよ」

 

 

 食堂に不憫な騎士がいる。

 鍋を兜に、鍋蓋を盾に、おたまを剣として携えるニコラスだ。

「どうかな?」

「かっこいい」

 彼に問われ、エミリーは即答した。

「テレジアもそう思うわよね?」

「え、ええ~?」

 エミリーについてきていたテレジアはすぐに答えられずに困っている。

「はあ、テレジアったら。ニコラス君のこの格好は、私を魔獣から助けてくれた時のものなのよ。言わば最高の英雄の装備なわけ。わかる?」

「もう何回も聞いたってば、その話。思い出補正が入るのもわかるけど、これから行くのは本当の戦いの場よ。ね? 悪いこと言わないから武器をもらいにいきましょうよ。向こうでカスパル君が渡してくれてるわ」

「いや。これがいい」

「あなたのわがままでニコラス君が大けがしたらどうするの。冷静になって考えて。こんな格好で戦場に登場するとか、最高の英雄じゃなくてただの正気を失った調理師だから。どうみても防御力スッカスカじゃない」

「だったらこれでどう?」

 エミリーはニコラスに追加武装を施した。腹には丸底の鉄鍋を。空いてる方の片手にはフライパンを。すねには長方形の金属トレイを。背中には十字に二本ののし棒を。

「フルアーマーニコラス君の完成よ。ああ、ヤバい。超かっこいい……!」

 ゴッテゴテにカスタマイズされたその立ち姿に、エミリーはくらくらと足をよろめかせた。

「どうしよう。冷水とか頭から被せたら元に戻るかしら」

「失礼ね。ちゃんと機能も充実させてるわ。ほら、腕の甲を見て。おろし金をくくり付けてあるでしょ。パンチをかすめるだけで、敵の皮膚はベリベリにこそげ落ちるわ」

「そこだけ抜群に凶悪なんだけど!」

 されるがままのニコラスは頬をぽりぽりとかいた。

「今さら厨房でできることもないしね。みんなの役に立つかわからないけど、せめて衛生兵代わりになれるようがんばるよ」

 温和にそう言い、腕のおろし金がぎらりと光る。衛生兵ではなく暗殺者だ。

「穏やかな表情が猟奇的に映る……」

「私たちも準備するわよ。ラクロス部の総力を上げて、ニコラス君のサポートするんだから」

「え、私も前衛なの!?」

 

 ●

 

「行ってこい!」

「がんばってね!」

「も、猛将が来たわー!」

「こっちは任せとけよ!」

 艦内を駆け抜けていくⅦ組に、鼓舞するように学院生たちが声をかけていく。

「ユーシスさん!」

 その中で一人、ロジーヌがそう呼びかける。

 他のⅦ組は先に行き、ユーシスだけが足を止めた。

「急いでいるときにすみません。でも、最後にお話がしたかったから」

「かまわん。どうした?」

「お渡ししたいものが」

 ロジーヌは小袋を差し出した。

「私が調合した回復薬です。血止めの効果があります」

「そうか。感謝する」

 さらに追加の小袋が渡される。

「これは痛みの緩和に効果があります」

「助かる。大事に使わせてもらおう」

「これは頭痛で、こっちが腹痛用です。両方服用してしまうと目まいと吐き気を催すのでご注意を。あとは熱、鼻炎、喉の痛みにはこの袋のものを使用してください。それとマキアスさんのメガネが割れた時はこの袋を――」

「待て。さすがに多過ぎて持っていけん。とりあえずメガネ用のはいらん。……メガネ用のがあるのか」

 時を戻す系かもしれない。だとしたら禁忌の術のような気がするが、そんな禁忌を割れたメガネの復活に使うのはいかがなものだろうか。

 ロジーヌはいつものように微笑んでいた。

「お気をつけて」

「ああ。必ず帰る。これが最後の話にはならん」

「ふふ、そうでしたね。またたくさんお話ししましょう。今度こそトリスタの教会で。子供たちに囲まれながら」

「その時はクッキーを焼いておけ。食べきれないくらいがいい。どうせミリアムやフィーもついてくる」

「わかりました。腕によりをかけますね」

「そろそろ行く。ではな」

 踵を返したユーシスの袖を、ロジーヌはそっとつかんだ。

「そのままで聞いてください。私はユーシスさんに秘密にしていることがあります。無事に戻ってきて頂けたなら、それをお伝えしたいと思っています」

「秘密なんだろう。かまわないのか?」

「知って欲しいから言うのです。気になりますか?」

「そう言われたら気にはなるが」

 背後で小さな吐息が揺れるのを感じた。袖を持つ手が小さく震えている。

「あと秘密を打ち明けるその時は、私と一緒にオットーさんのお墓参りに行って下さいませんか?」

「それはもちろんだ。俺も行きたいと思っていた」

「ありがとうございます」

 ロジーヌはユーシスの袖から指を離した。柔らかな仕草で、その背中を押す。

「行ってらっしゃいませ。あなたの帰りをお待ちしています」

 

 

「来た、ラウラ!」

 ユーシスと同様にラウラも呼び止められる。

「そなた達、見送りに来てくれたのか」

 モニカ、ポーラ、ブリジット、コレットのいつものメンバーだ。

 ブリジットはブリッジでオペレータを務め、それ以外は医療班として動くという。だが場合によっては最前線で行動することもあり得るチームだ。

「……私がそちらに入れないことが悔やまれる。どうか無茶だけはしないようにしてくれ」

「誰に言ってるのよ。この私が後れを取ると思って?」

 ポーラがムチをしならせた。

「そうそう。私は第四機甲師団で一時期お世話になってたし、破壊工作とかもできるよ」

 いつの間にか、モニカはそんなスキルを身に着けていたらしい。誰が教えたのだろう。多分、第四師団のウィルジニーとかいう戦車隊の隊長だと思うが。

「私も近接戦の心得ならあるから。バリアハートでもらったお守りもあるしね!」

 コレットの拳には宝石のはめ込まれたメリケンサックが装着されていた。さっきまでアクセサリーの貸し出しをやっていたはずだが、なぜかそのメリケンサックはすでに誰かの血で濡れている。

「三人のオペレータは私が担当するわ。だから心配しないで。それも私たちよりも心配なのはあなたよ、ラウラ」

「え?」

 そこでブリジットがラウラの前に歩み出た。

「リィン君のこと。気になってしょうがないって顔してる。私は剣のことはよくわからないけど、そういう気がかりって刃筋に影響するものじゃないの?」

「それは……そなたの言う通りだ。決戦前だというのに、正直、心が落ち着いていない自分がいる」

 自分はⅦ組のアタッカーで、率先して前に立ち、立ちはだかる障害を突破しなければならない。こんな気持ちのまま戦いに身を投じれば、仲間の足を引っ張るという自覚もあった。

「彼を案じる想いはあって当然よ。でもそれで立ち止まらないで。最後まで剣を振り抜いて。きっとそれが一番ラウラらしいと思う」

「私らしく……か。うん、約束する。いかなる時でも、私は剣を止めない。これは友人たちへの誓いだ」

 また学院の食堂で、この四人と他愛のない話で盛り上がりたい。心から、そう思う。

「それに告白のちゃんとした返事もらわなきゃだしね~」

 コレットがいたずらっぽく顔をのぞきこんでくる。ポーラ達もそれに乗ってきた。

「ま、イエスと言わせる方法なんていくらでもあるけど」

「なんなら水泳部に途中入部させちゃう? 二人の時間を作ってあげるよ」

「はあ、進展があっていいわね……。私なんか、いつになったら……」

 ブリジットが深く嘆息する。

 やいやいとかしましい話はいつまでも終わりそうにない。

「も、もうよかろう。続きは帰ってきてからだ!」

 

 

「やあ、エマ君」

 ガイラーが自分の名を呼んでいる。エマは気づかないふりで走り抜けようとした。

「やあ、エマ君」

 しかしガイラーはぴったりと並走してくる。全力疾走したり、フェイントをかけたりするも、速度を完璧に合わせられていた。おそるべき魔物だ。

 やむなくエマは止まる。余計な体力を使ってしまった。

「はあ、はあ……私のところに来るのって、やっぱりガイラーさんなんですね……」

「個人的に君には激励の言葉を送りたくね」

「さっきの全体集会でもうお腹いっぱいなんで大丈夫です」

「慎みと遠慮は違うものだよ」

 何を言っても無駄なのはわかっている。因縁の相手だ。ルビィが第三学生寮にやってきた日。その日に彼との宿命は始まった。あの数枚の原稿用紙を落としさえしなければと、悔やんだ夜は数えきれない。

 あれからひたすらに追い回され、小説の祭典(ノベルズフェスティバル)でも猛威を振るい、《G》という存在としてコアなファンがつき、因果は巡って、この帝国の“半分”を我が物にしようともくろむ狂い咲きの用務員。

 帝国男子の未来を守るために、先のハイジャック事件で全力で戦ったが、とうとう仕留めきることはできなかった。

「……最終決戦にまでついてきてどうするんですか。あくまでもあなたは用務員さんなんですよ?」

「微々たるものだが助力したいと思っている。見たまえ。このマスクを」

 彼は紫色のマスクを広げて見せた。

「クレイン君からもらったのだよ。正義戦隊の一人として指名を頂いてね。コードネームはジャスティスパープルという」

「顔をマスクで隠せるから都合がいいんでしょう」

「異なことを言う。正義を疑ってはいけない」

 だが常軌を逸した力があるのは事実。健全(・・)にみんなの護衛になるのなら、それに越したことはないが、逆に敵地で野放しにするのも危険な気がしていた。

「さて、エマ君。勝利とは生きて帰ってこそだ。その理解はあるね?」

「もちろんです」

「では問おう。死地から帰還するために、決して忘れてはいけないことがある。何かわかるかな」

「……果たすべき使命、守るべき未来……?」

「違う。そのような大きな縛りではなく、窮地に胸に思うべきは、君が過ごしてきたささやかな日々だ。いつだって人を戦場から呼び戻すのは、取るに足らない日常なのだよ」

 そのささやかな日々を騒乱の渦と化した張本人が、当たり前のように諭してくる。

 私のことを心配してくれているのだろう。おそらく。きっと。多分だけど。

 姉さんから受けている結社への誘い。その時の状況によっては、もしかしたら断れないかもしれない。そうなれば少なくとも私は二度と学院には戻れない。

 否定していても、その選択肢はずっと心の中にある。まさか彼が見透かしているとまでは言わないが――それもいつものことか。ガイラーは関係ない話で、なぜか核心を突くのだ。

 エマは少しだけ口元を緩めた。

「ささやかな日々……ええ、大切なものです。またその中に戻りたいって、そう思います」

「戻れるとも。さしあたってはこれを読むといい。ボイドとランドリルのささやかな日常を描いた短編集だ。そこにオスファーという幼馴染のパン職人も絡んで究極のミックスデルタを――」

「絶対ささやかじゃないでしょう」

 

 

 いきなり物陰から伸びてきた手に視界をふさがれる。

 抵抗する間もなく口も押えられ、Ⅶ組の最後尾を走るサラは空き部屋に引き込まれた。

「んっ! 誰!? あたしが魅力的なのはわかるけど、こんな非常時にダメよっ」

「うふふ、妄想たくましいこと。感服いたしますわ」

「げっ」

 背後を取るシャロンは、その拘束を解いた。ばっと手を払って、サラは彼女から飛びのく。

「なんのつもり?」

「二人でお話したかったもので」

「だったら普通に声をかけなさいよ! どうみても刺客のやり口でしょうが。気配も消してたし!」

「まあ、サラ様ったら怖い」

「あんたの方が怖いわ!」

 普段は使われていない薄暗い倉庫だ。わずかに差し込む光が、メイド服の輪郭を妖しく浮き立たせている。

「鋼糸とか張り巡らせてないでしょうね」

「そう警戒なさらないで下さい。そのつもりがあるなら、最初から喉に手をかけていますわ」

「あっそ。で、話ってなに」

 シャロンはおもむろに胸元のブローチを撫でた。

「アリサお嬢様を――いえ、Ⅶ組の皆様をどうか宜しくお願いします。わたくしは煌魔城に同行できませんから」

 拍子抜けしたというのが本音だった。

 けど雰囲気でわかる。シャロンは冗談では言っていない。

「ご存知の通り、わたくしは《身喰らう蛇》が執行者。同時にラインフォルト家の使用人で、第三学生寮の管理人です。そのどれもがシャロン・クルーガーであり、偽りの姿というわけではありません」

「何が言いたいの」

「その時の感情も本物。つまりわたくしは……楽しかったのです。皆様を送り迎えしたり、お食事を作ったり、家事に勤しんでいたトリスタでの毎日が」

「……そう」

 ずっと疑いの目で見ていた。何らかの任務で寮に潜入しているのではないかと。普通に話していて、つい警戒を解く瞬間もあったけど、根底は結社のエージェント。帝国の遊撃士協会に対して起こした事件を思えば、やはり心の全てを許すことはできなかった。

「言われなくても、あたしの教え子だもの。この身に代えても守り切るわ。でも、そうね。せっかくだから交換条件よ」

「なんなりと」

「あんたはあんたで、この艦と学院生たちを守りなさい。あたしはシャロンを信頼しきれない。でもその実力は信用してる」

「信頼ではなく信用ですか。それでも、わたくしには身に余る言葉です。交換条件、確かに承りました」

 指を一つ立てて、シャロンは続けた。

「ですが“この身に代えても”では困ります。サラ様にも帰ってきて頂かないと」

「もちろんそれが大前提だけど。あんたに何か関係があるの?」

「わたくし、以前から一度、サラ様とお酒を飲み交わしたいと思っているのです。せっかくですからクレア大尉もお呼びしましょう。年齢が近いですし、きっと話も弾むと思いますわ。一番の年上はサラ様ですけど」

「さらっとケンカ売ってくるわね。いいわ。それも約束よ。ただし覚悟なさいな」

「はい?」

 サラは自信たっぷりに宣言した。

「あたし、相当強いから。二人とも酔い潰してあげるわ!」

 

 ● ●

 

「五分後に最大速度で特攻するよ。アンちゃん、準備はいい?」

 カレイジャスは緩やかに前進しつつ、パンタグリュエルとの距離を少しずつ詰めている。一応通信は試みてみたが繋がらない。向こうから遮断されているようだ。

 お互いの射程距離に入るまでの時間が、あと五分だった。

「そのことなんだが、トワ。私も前衛で出るよ。迅速に敵陣に切り込む作戦なら、泰斗流を最大限に活かせる。腕も前と同じように動かせるようになった」

 アンゼリカは右肩に巻いていたテーピング用の包帯をはぎ取る。黒竜関での戦いで、ゲルハルト・ログナーに脱臼させられていたのだ。そのせいで彼女は続くオーロックス砦戦でも、カレル離宮戦でも後方待機をせざるを得なかった。

「私もアンちゃんの力は最前線にあった方がいいとは思ってる。でもブリッジにいる以上は……」

「ああ、わかってる。カレイジャスをパンタグリュエルに着艦させてからだと、どうしても出遅れてしまうからね。なので今から制圧班に合流して、先陣を切るつもりだ」

「そ、操舵は? オートドライブじゃ無理だよ?」

「適任がいる」

 アンゼリカは席を立ち、その人物に歩み寄った。

「ごめんなさい、遅くなりました! 今からオペレーターに参加します!」

 その時、ブリジットが駆け込んでくる。彼女が姿を見せたと同時、アンゼリカの手が彼の肩に添えられた。

「アランくん。君だ」

「へ?」

 全員の視線が砲術士席に集中した。

 

 

 Ⅶ組は船倉にたどり着いていた。ここに来るまでに、それぞれが呼び止められていたが、もう全員がそろっている。

「見て、これ。エーデル部長からもらった」

 フィーは押し花で作ったしおりをアリサに見せた。

「へえ、かわいいわね」

「この花を育てたのは私だけどね。再会したら渡そうと思ってくれてたんだって」

 嬉しそうに、フィーはそのしおりを服の裏ポケットにしまった。お守りの意味もあるのだろう。

「クレイン先輩がわざわざ声をかけに来てくれた。やはり気持ちが上がるものだ」

「いいよね、ガイウスは。なんだか僕、すれ違う人に避けられてる気がするんだよね。女子とか露骨に逃げていくし……」

「ふむ、気のせいだと思うが」

 ガイウスとエリオットが話し込んでいる。エリオットの表情がどんよりと曇っているのは気になった。そういえばフェリスが『猛将注意』と書かれた回覧を配っていたような。

「あ、ああ。君たち、来ていたのか。間に、あったよ。も、持って行ってくれ……」

 ふらふらとジョルジュが近寄ってきた。彼は依頼を受けていたゼムリアストーン製の武器をⅦ組の一人に手渡すと、そのまま倒れこんでしまった。

 しかし意識は失っておらず、「ま、まだやることがある」と這うようにして工房に戻っていく。今日で七日目の徹夜だそうだ。そろそろ死ぬのかもしれない。

 船倉の物品はほとんどが床やら壁に固定されている。これから激しく動くから、なるべく散乱しないようにするためだ。

 アリサは《レイゼル》に歩み寄った。本来、この機体の横はヴァリマール専用のハンガーなのだが、今は空だ。穴が開いたのはそこだけなのに、どうしようもなく閑散とした空気を感じてしまう。

 その格納スペースの横に、ゼムリアブレードの精製場がある。

 クララはまだそこで作業をしていた。

「あ、クララ先輩」

 つい呼びかけてしまって、アリサは息をのんだ。ガイウスが言うには、機嫌が悪いと――悪くなくともらしいが――問答無用で脱がされるのだとか。

「なんだ?」

 と、返してくる。返事がない方が多いそうなので、今日は珍しい日のようだ。それでも脱がされまいと、アリサは服をガードしながら作業台に視線を移す。

「もう完成しているんですか?」

 柄と鍔状の装具があり、刀身もできている。美しい太刀だ。はた目には完璧に思えた。目も合わさずに「まだだ」と、クララはノミを打つ手を止めないまま言う。

「物打ちの重心がわずかにシュバルツァーの太刀と違う。その調整が済んでいない」

 起動者の感覚のまま操る騎神であれば、それは看過できない問題ではある。しかし――

「リィンは……ヴァリマールはもう……」

「ヴァリマールには『この剣はお前が手にして完成だ』と言っている。私はただ自分の作品を作り上げるだけだ」

 つっけんどんに言われて、アリサは口をつぐむ。どこかクララの元気がないように思えたが、そこまで普段を知っているわけでもないので、実際のところはわからない。

「……あー、ラインフォルト?」

 もう一度レイゼルの前まで移動したとき、パトリックが声をかけてきた。

「アリサでいいわ。あんまりファミリーネームで呼ばれるの好きじゃないし。どうしたの?」

「いや、レイゼルの調子を見に来たというか」

 彼はレイゼルのセカンドパイロットだ。

「コンディションは上々。設定も簡略化したものに見直したから、カレル離宮で動かしたときよりは操縦しやすくなってると思う」

「それは助かるが……その、君は」

「私もレイゼルで最後の任務があって。作戦直前まで搭乗することになったのよ。って、知ってるでしょ?」

「……そんな話ではなくてだな」

 歯切れ悪く、パトリックは言う。

「今さらだが……僕がこの機体に乗っていいのか?」

「適性は一番だったんだし、妥当だと思うけど」

「そうじゃない。そういうことじゃないんだ……! 僕は――」

 彼の言葉をさえぎるように、艦内放送が流れた。

『こちらブリッジ。副艦長、アンゼリカ・ログナーだ。緊急伝達。私も前衛に加わる。それに伴い、ここから艦の操舵はアラン君が受け持つことになったのでよろしく。ではアラン君、着任のあいさつを』

『はああああ!?』

 アランの絶叫と共に、放送はすぐに途切れる。

 パトリックもアリサも困惑した。

「ア、アランが……!?」

「大丈夫なの、これ?」

 

 

「はああああ!?」

 すでにアランは操舵席に座らされていた。

「む、む、無理ですよ! なんで俺が!?」

「君がずっとフライトシミュレーションをやっていたのを知ってる。操縦は可能だろう。スコアも見た。いい成績だ」

「でもアンゼリカ先輩のほうが上ですって!」

「聞いての通り、私はパンタグリュエルに乗り込む。誰かが操舵をやらねばならない。というより、君ができると思ったから、私もそんな提案に踏み切ったわけだが」

 あと三分で射程圏内に入る。トワ艦長は何も言ってこない。

 操縦桿を持つ手が尋常ではないくらい震えていた。

「おっ、マジだぜ。アランがやってる」

「本当ね。晴れ舞台だわ」

 その時、フェンシング部の先輩たちがブリッジにやってくる。

「フリーデル部長! ロギンス先輩! 配置についてるはずじゃ……」

「放送を聞いて、あなたの様子を見に来たの。大丈夫よ、すぐに持ち場に戻るから」

「つーか、なんだお前、その顔は? もしかしてビビってんのか?」

「いや、だって! で、でもちょうど良かった! お二人からもアンゼリカ先輩に何か言ってください!」

 フリーデルとロギンスはアンゼリカに目をやり、次にブリジットに視線を転じ、もう一度アランを一瞥し、最後にお互いの顔を見合わせた。

「どうする、フリーデル。もうやっちまうか? こんなシチュエーションもありっちゃありだろ」

「そうね。そうね。行っちゃいましょう」

 つかつかとアランの両側まで進むと、二人してその顔をずいと近づけた。

「ブリジットに告白しろ。今すぐ、この場で」

「部長命令よ。やりなさい」

 射程圏内まで、あと二分。

 その最中でも状況は進んでいく。カレイジャスの全ての砲門に弾が装填され、即時射撃モードへと移行した。

「え、うええ!? なんで今!?」

「緊張してっからビビんだよ。それ以上に緊張すること先にやりゃ、カレイジャスの操縦なんて楽なもんだろ。あ?」

「戦の前の景気づけの一発。男らしく決めて見せなさい。ブリジットさーん、ちょっと来てくれる? アランが言いたいことあるんだってー」

「は、はい」

 戸惑うブリジットが、促されるままアランの近くまで来る。

 崖際に追い詰められた心地だった。作戦が成功してからでいいじゃないか。どうしてこんな場所で言うんだよ。言えるわけないじゃないか。心の準備もできていない。

 息遣いが荒くなるアランに、ロギンスは小声で言った。

「お前がフライトシミュレーションに精を出してたのはさ。自分に自信を持たせられる能力が一つでも欲しかったからだ。要するに不安だったんだろ」

「……そうです。……彼女のとなりに立って、恥ずかしくない自分になるために」

「相手は貴族のお嬢様だし、お前の気持ちもまあ……わからんではない。でもな、スキルをどんだけ身に着けたって、その不安は解消されねえよ。本当は自分でもわかってんだろ」

「……はい」

「重要なのはハートだ、ハート!」

 親指でぴしっと胸をさす。

「ロギンス先輩の最後の恋愛指南ですか」

「何言ってやがる。まだ序章だぜ」

「長い……」

「相手の親に認められるために実績が必要だってんなら、こう言ってやれよ。『俺はあの《赤き翼》を操縦して、帝国の危機を救った男だ』ってな」

 白い歯を見せて、彼はにっかりと笑った。思えば真冬の街道生活、いつもこの強気の笑顔に助けられてきた気がする。同じぐらい殴られたけれど。

 射程圏内まであと三〇秒。

「ブリジット、お、俺は」

『声が小さい!!』

 ロギンスとフリーデルが一緒に怒鳴る。アランは操縦桿を汗と共に握りしめ、フットペダルの上で震える足に力を込めた。先輩たちはさらに煽る。

『誰が!?』

「俺は!」

『誰を!?』

「ブリジットを!」

『いつから!?』

「子供の時から!」

『どうした!?』

「す、すっ」

『言えーっ!!』

「大好きだーっ!!」

 告白と同時に機関出力最大。フルスピードのカレイジャスが猛然と上空を駆ける。ブリジットの顔が首まで朱に染まる。

「射程圏内に進入! パンタグリュエル及び揚陸艇が砲門を起動!」

「弾頭の発射を確認! 避けられる数じゃありません! 接触まであと二五!」

「カレイジャスも全砲門を展開。弾数ではこちらが不利だよ。フレアを撒きつつ、迎撃用意!」

 ヴィヴィとリンデからの報告を受けて、トワが一息に指示する。

 緊張の一瞬に「あ」とミントが間の抜けた声を発した。

「ごめーん、さっきの告白の時、艦内放送をオンにしたままだったよー」

『うああああ!!』

 ブリジットとアランは燃えるほどに赤面した。

 

 

「な、なに? 今の」

 アランの大告白が全フロアに響き渡る。アリサはそれをレイゼルのコックピットで聞いていた。

 モニターの中でマキアスが飛び跳ねている。ラウラは嬉しそうに、自分の胸に手を添えていた。

 カレイジャスの速度が上がった。いよいよ作戦が始まったのだ。頭を切り替えなければ。

「全員、下がって。レイゼルを動かすわ」

 外部マイクに言うと、Ⅶ組は物陰に避難した。船倉の前部ハッチが開いていく。猛烈な突風が吹き荒れる中、レイゼルはそこに向かって前進した。

 アイカメラを最大倍率に。遥か彼方に白銀の巨船の影が映る。

 片膝をついて、機体を固定。大型アサルトライフル《オーディンズサン》を腰部のマウントから引き抜く。

 銃身が可変。砲筒が三段階にせり出して、内部から回転してあらわれたスコープが銃身上部に接続された。スナイプバレルモードだ。

「開戦の狼煙よ。受け取ってもらうわ」

 バリッと稲妻が弾けた。導力が電力に変換され、膨大なエネルギーが《オーディンズサン》に流れていく。

 この一発はトワから頼まれたもの。大きなダメージを与えるのが目的ではない。舐めていると痛い目を見るぞという先手のご挨拶だ。

 弾道計算はブリッジでやって、そのデータがスクリーンにフィードバックされてくるので、アリサはその情報を元に照準を合わせるだけだった。

 銃身が青白い光に包まれる。チャージ完了。

 電磁加速砲《トールハンマーバレット》――発射。 

「あ、あら?」

 発射しない。引き金を引くもうんともすんとも言わない。動作不良? こんな時に。

『お嬢様』

 シャロンの声を収音マイクが拾う。メイド服をはためかせ、彼女がそばに来ていた。風の音はすごいが、どうにか聞き取ることができた。

「調子が悪いみたいで撃てないわ! システムエラーは出てないんだけど!」

『お嬢様、シャロンはやってしまいました。このような事態になるとは思いもせずに……』

「時間ないのよ。簡潔に話して」

『《トールハンマーバレット》を使用する際は、お嬢様の声紋と特定の言葉でしか反応しないように仕様を変えたのです。もっとも強力なレイゼルの武装ですから、万が一にも第三者の悪用があってはなりません。相応のロックをかけねばと』

「東部巡回の辺りからコックピットに出入りしてたのは知ってるけど……そういうことしてたんだったら一言ぐらい言いなさいよ! でも故障じゃないのね? 音声で認識されるなら、早くその言葉を教えてちょうだい」

『解除キーとなる言葉はメモ紙を操縦席に貼っております』

 パネルキーの隅にそれは挟んであった。アリサは急いでそのメモを読む。

「……これを言うの?」

『はい』

「確信犯でしょ」

『いいえ』

「まあいいわ。小声で言えば――」

『ちなみに一定以上の声量でないと反応しません。目安としてはグラウンドの端から端まで届くほどの大声で』

「~っ!」

 モニターにブリッジからの新たな情報。敵艦がこちらをロック。砲門を向けて――今、発射した。

 あとで怒る。絶対に本気で怒る。第三者の悪用って、あなたでしょうよ。

 アリサはやけになって叫んだ。

「あ、あなたにお届けっ、愛と希望の流れ星! まじかる☆アリサ! ラブ・シューティングスタァーッ!!」

 船倉に響き渡る決め台詞。認識完了。

 《トールハンマーバレット》改め《ラブ・シューティングスター》が放たれる。さらに謎の録音と連動させられていたらしく、砲撃に合わせて『らぶきゅんばっきゅーん』とリンデとロジーヌの大音声が轟いた。

 

 

 敵のミサイル群が前方にチカチカと光る。ぞっとする量だ。接触まであと一五。

「狙いなんかつけていられない。時間差での攻撃を主軸に、できるだけ撃ち落とすよ! 以降は二〇〇アージュ接近するごとに牽制射撃! 第一射目、撃って!」

 トワが指示を飛ばすも、誰も応じない。

「なんで、早く――あっ」

 ブリッジクルーもそれに気づき、青ざめた顔をトワに向けた。

 砲術士席に誰も座ってない。アランが操舵席に移ったからだ。しまった。そちらに気を回していなかった。

 誰か代わりを。ロギンスとフリーデルでは無理だ。ミントとステファンがフォローに入ろうとしたが、それよりも早くアルフィンがその席に滑り込んだ。

「殿下!?」

「お兄様から引き継いだ時に、艦の機能は把握しています。わたくしでも操作はできますから!」

 ためらったが、他に方法はなかった。

「っ……お願いします! 武装のロックは解除済みです!」

「了解! 第一射目、撃ちます!」

 連続する発砲の反動に艦が激震する。同時に『ラブ・シューティングスタァーッ!!』と『らぶきゅんばっきゅーん』が響き渡り、船倉から飛び出た雷光の矢が一直線に虚空を走った。それを追うように、カレイジャスの砲門がけたたましく火を噴く。

 “らぶきゅん”についてリンデがヴィヴィに抗議していたようだったが、まったく聞こえなかった。

「あ、あら~」

「殿下? どうされました?」

 トワが訊くと、硬直したのもわずか、アルフィンは「うふっ」とにこやかに笑んだ。

「間違って全弾発射しちゃいました」

「全……弾?」

「はい、全弾」

 主砲、機関砲、誘導ロケット砲、デコイ弾、その他諸々、大小多種合わせて3600発を、わずか六秒の斉射で撃ち尽くしたのだ。

 敵のミサイルの群れに、それら全てが弾幕として飛び込んでいく。

 熱波と火球が入り乱れ、上空が真っ赤に染まった。広範囲の雲を濃いオレンジ色が照らし、滞留する黒煙が押し広がる。

「なんでしょうか、その……これはアランさんたちに贈るエレボニア皇室からの祝砲だと思って頂ければ」

「そ、そうですよね。祝砲は盛大な方がいいですよね……」

 精一杯の笑顔で、しかし頬は引きつらせつつ、トワは前方に手をかざした。

「アランくん!」

「は、はい!」

「行くよ!」

 どのみち二射目がないのなら、ここで仕掛けるしか道はない。まさか相手も初手で全弾を使い切ったなどと思わないだろう。偶発とはいえ、これほどの火力を見せつけたのだ。しかもレイゼルの電磁加速砲は、パンタグリュエルの右翼を貫く形で命中している。あの程度で飛行に影響はないが、向こうの指揮官にしたら完全に予想外だったはずだ。

 攻めるなら、絶対に今。

 フリーデルとロギンスはすでにブリッジを離れている。彼らに続こうとしたアンゼリカが、トワの横で足を止めた。

「さっきの操縦士変更の件だが、何も言ってこなかったところから察するに、フライトシミュレーションのことを君は知っていたな?」

「うん。スコアはアンちゃんが一位だけど、難易度はノーマルだよね。対してアラン君の設定はいつもハードモードだった。同じ難易度にしたら、多分同じくらいの成績じゃないかな」

「そう。だから安心して操舵を任すといい。ただでさえ今の彼は向かうところ敵なしさ」

「アンちゃんのスコアはスピード重視だったもんね。慎重にやったらもっと高い得点取れるのに。相変わらずだよ、本当」

「トワ」

「ん」

「行ってくる」

「うん」

 アンゼリカがブリッジを出る。お互いに振り返ることはしなかった。

 カレイジャスが加速した。

 船首が持ち上がり、上昇する。黒煙を突き抜けて、さらに上空へ。

 ブリジットが操縦桿を握るアランの手に、自分の手を添えた。

「さっきの言葉、すごく嬉しかった。私も子供のころからあなたのことが好き。大好き」

「ほ、本当か」

「嘘を言ってどうするのよ。アランならできるわ。信じてる」

 ブリジットは自分の席に戻った。

 もう彼に迷いはない。トワは放送用マイクを手にする。

「ブリッジクルーは席に体を固定! フロアクルーも何かにつかまって!」

 急速降下。分厚い雲を隠れ蓑にして進み、カレイジャスはパンタグリュエルのほとんど直上に来ていた。水蒸気の被膜を裂き散らし、すさまじい勢いで赤い船体が高度を落とす。

 機銃による敵の対空砲火が殺到する。削り取られた外装が無数に空に散っていく。嵐のような風が圧となって襲い来る。

 パンタグリュエルの甲板が見えた。その全長は250アージュ。カレイジャスはおよそ70アージュ。三倍強の大きさ。降りるスペースは十二分にある。

 敵艦が動いた。こちらの意図を察したのだろう。目測がずれていく。縦ならともかく、横に数十アージュ移動されただけで、作戦は失敗する。

「アンカー打ち込んで!」

 船底の前後四か所に装備されている係留用アンカーを同時射出。一気に伸びたアンカーは先行して甲板に到達、貫いた。そのまま内部の鉄骨をホールドする。ほとんど同時にワイヤー巻取り。振り切ろうとするパンタグリュエル。ずれた位置を無理やりに矯正しながら、どこまでも《赤き翼》が追いすがる。そして――

「総員、対ショック姿勢!!」

 床が衝撃に跳ね上がる。視界が激しく上下に揺れた。浮いた体が天井に叩きつけられそうになる。メキメキと船体の軋む音が耳を(ろう)する。カレイジャスの自重と勢いを押し付けられたパンタグリュエルは、傾きながらその高度を200アージュ下げた。

「損害報告! ダメージコントロール!」

 揺れの収まりを待たず、トワは叫んだ。頭を押さえながらヴィヴィたちは艦内図を呼び出す。モニターのいくつかは割れて機能しなくなっていた。

「船倉から三階までの水道管破裂! 二階から四階に渡って外装に深刻度Bレベルの亀裂を確認!」

「火災の発生は現状なし! ケガ人の有無は不明! 弾薬への影響は――弾薬なかった!」

「敵艦内から歩兵多数接近!」 

 オペレータの報告が飛び交う。損傷は予想していたよりも軽微。アランがうまくやってくれたおかげだ。

 ステファンが緊急レバーを下ろしていく。

「三番と七番、それと十番から十五番までの隔壁を閉鎖! 侵入を防ぐ! トワ君、すぐに敵が来るぞ!」

「敵が来るんじゃないよ。今回は私たちが行くんだ」

 トワは再びマイクを持った。ノイズがひどいが、まだ使える。

 二か月前のトリスタ襲撃の光景が脳裏によぎる。私は学院の正門をジョルジュ君と守っていた。

 あの時もⅦ組のみんなを送り出した。でもそれだけだった。作戦の一つさえ立てられず、任せるしかできなかった。なんの指針もなく荒野に放り出したようなものだ。

 彼らは機甲兵と対峙し、死力を尽くし、そして学院に戻って来ることができなかった。

 今日は違う。私は彼らが通るための道を作る。今この瞬間に全てを賭けてみせる。

「強制着艦成功! パンタグリュエル制圧戦、開始!!」

 

 

 ――つづく――

 

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