虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

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第131話 ラインフォルトの試練(後編)

 天井から吊り下がる四つのモニターのそれぞれに、各チームごとの現状が映されていた。

 どのチームも珍妙なアトラクションに挑まされている。いや、あれではアトラクションというよりも、ただの嫌がらせだ。しかも立ちはだかる者は、アリサにとって顔見知りである第一から第四までの室長たちだった。

「ちょっと母様! いい加減に説明してちょうだい!」

 何度目かの抗弁を試みるも、イリーナの態度は変わらなかった。彼女は執務机で仕事の書類に目を通しては、時折モニターを見やる。

 鳥かごのような檻に囚われたまま、アリサは憤りの視線をイリーナにぶつけた。

「どうしてこんなことをするの? みんなと一緒に過ごせる時間は限られてるのに。だから大切に使いたかったのに……」

「なるほど」

 初めてイリーナが応じた。

「時間は有限。故に価値あるもの。考え方は正しい。けれど果たしてあなたは、その限られた時間を有効に使えていて?」

「どういう意味?」

「みんなと一緒に過ごしたい? 違うでしょ」

「ち、違わないわ。なんで母様がそれを否定するのよ」 

 イリーナは書類を手放した。回転椅子をアリサに向けて、ゆるりと足を組み替える。

「否定、ね。そもそも数か月程度の休学なのに、まるで卒業して会えなくなるくらいの物言いに聞こえるわ。それとも……たった数か月会えないことも耐えられないぐらいなのかしら」

「数か月って大きいと思うし、感じ方なんて人それぞれじゃない」

「そんなに言うなら、ラインフォルト社に勉強になんて来ず、これまで通り学院で過ごせばいいと思うのだけど」

「またそういうことを言う……!」

 休学してまで実家に戻ろうと思ったのは、別に会社経営を学びたかったからじゃない。

 内戦時におけるラインフォルト社の在り方に一部から糾弾の声も上がっている中で、母がどう考え、どう動き、何を守ろうとするのかが知りたかったからだ。

 歩み寄りたい。その気持ちがやっぱり届かない。どうしていつも、私たちはこうなってしまうのだろう。

 無意識に胸に添えた指に、硬いものが触れた。

 そうだった。今まではそこで下がっていたから、埋まる距離も埋まらなかった。怒って、悲しんで、終わりにしていた。それではダメなのだ。

 お願い、父様。私に力を貸して。

「私は! 母様と向き合いたくて……! だから家に戻ろうって思ったの! そんなふうに言わないで!」

 胸元から取り出した懐中時計を開いて見せる。そこにあるのはイリーナと、亡き父であるフランツと、赤ん坊のアリサを映した写真。

 イリーナの瞳がかすかに揺れた。

「それは……。時計のギミックに気づいていたのね」

「ええ。これがあったから、煌魔城の戦いで私はあきらめなかった。立ち上がることができた。だから、私は……っ」

「……わかったわ。そう。私は仕事ばかりで、あなたのことはシャロンに任せて、それでいいとも思っていた。でも違ったのかもね。私もあなたと向き合わないといけないのかもしれない」

「母様……」

「母娘の話をしましょう、アリサ」

 久しぶりに聞く優しげな口調で、イリーナは言った。

「リィン君に告白したんですって?」

「うぇあ!?」

 

 

《☆☆――ラインフォルトの試練 後編――☆☆》

 

 

 第一室長をその場から一歩でも動かす。実にシンプルな勝利条件だった。

 だがエリオットは近づけずにいる。ぜえぜえと肩で息をして、橙色の髪を垂らしていた。

「うぅ……し、しんどい……」

 まず止まってたら撃たれる。撃ってくるのは部屋のあちこちに飾られているぬいぐるみ達だ。そういうギミックが仕込まれているらしく、こちらの動作を感知すると手にしたライフル銃のトリガーを容赦なく引いてくるのだ。ケタケタケタと不気味な笑い声をあげながら。

 さすがに実弾ではなかったが、当たるとかなり痛い。少なくともアーツ駆動が解除される程度には強い衝撃だ。

 ならばとムービングドライブで特攻を仕掛けてみた。攻撃も可というから遠慮はしなかった。しかし執拗な銃撃に阻まれてしまう。

「ふふふ、どうしました。そんなものですか?」

 クマの着ぐるみを来た第一室長が嘲笑う。

「何度でも試すがいいでしょう。制限時間はもう残り少ないですがね。正直言って肩透かしですよ、クレイジー卿」

「な、なんか新しい呼び名が出てきた!」

「ほら、ぬいぐるみ達も弾切れのようです。狙うなら今ですよ」

 確かに銃撃は止んでいる。試しにちょっと体を動かして見ても、動体感知がなされない。

 それでも第一室長は余裕の態度だ。まだ仕込みがあるらしい。わかってはいるが、前に出るしか手段はなかった。

 もう一度ムービングドライブを仕掛ける。エリオットは駆動状態を維持して走った。仮にあの着ぐるみが重しの役割をしていたとしても、至近距離から風属性アーツを発動させれば人間一人を動かすことは容易い。

「うわっ!?」

 足が滑って途中でずっこける。ぬるぬるの液体が床に撒かれていた。

「うええっ……体にまとわりつく……」

「特性の粘液です。一度ついたら最後、拭おうが洗おうが、そう簡単には取れませんよ。少なくとも三日はそのままでしょうね」

「三日も!? いや過ぎる……」

「嫌がるふりはおやめなさい。お好きなんでしょう、ぬるぬるが。私のデータに誤りはない」

「データが偏ってるんですってば!」

「ぬるぬるだけではありませんよ。ご覧なさい」

 あっちこっちにいかがわしい雑誌が山積みにされている。

 いや、まあ……気付いてはいた。ファンシーなぬいぐるみの何体かが、それらを手にしてこれ見よがしにこちらに掲げて見せてきていたから。夢の国を模した空間にあるまじき光景ではあった。

 これも猛将対策の一つなんだろうなあとか思ったりはしていた。突っ込んだら負けの気がしたので、あえてスルーしていたのだ。

「私の秘蔵書を大放出です。ふふふ、段ボール四箱に詰め込んだそれらを持って家を出るときに、妻と娘に見つかってしまいましてね。それはもうゴミ虫を見るような冷たい軽蔑の視線を向けられました。特に娘からは“最低”とか“クズ”とか散々に罵られたものです」

「不憫な……それでその場をどう収めたんですか?」

「これが父さんの仕事だとビシッと言ってやりましたよ」

「やっちゃいましたね……」

 彼は今日は家に入れてもらえないだろう。もしくはその家に誰もいなくなっているかだ。

「あわばばば!」

 後ろからミリアムの悲鳴がした。何回かすべってこけながら、どうにか駆け寄る。

「ミリアム! だ、大丈夫!?」

「うーん……しびしびする。エリオットはなんでぬるぬるなの?」

「僕の意志じゃないことだけは先に言っとくね」

 アガートラムを呼ぼうとして、また感電させられたらしい。

「どういう仕組みなんだろ、これ」

「説明しましょう!」

 商品のプレゼンはお手の物らしく、第一室長は饒舌に語った。

「まず銀色の傀儡――アガートラムでしたか。解析はしてみましたが、あれは我々の及ばぬテクノロジー。使用者と傀儡の接続を阻害すればいいのはわかりますが、導力波で繋がっているわけでもなさそうですし、今回は簡単な方法を取らせて頂きました。それすなわち、“ガ”です」

「ガ?」

「ガっひびびびーっ!?」

 異口同音に“ガ”を口に出して、ミリアムだけがのたうち回る。

「これもデータ通り。彼女は傀儡を呼ぶときは“ガーちゃん”と叫ぶ。逆に言わせなければアガートラムは現れない。故に“ガ”の一言に反応してその腕輪は電気を流すのですよ」

「そんな単純なやり方でアガートラムを封じるなんて……」

「シンプルイズベスト。商品でも仕組みでも、優れているものはコンパクトであり、簡略化されてる。これは一つの理と言えるでしょうね」

 エリオットはミリアムを抱き起した。

「ねえ、ミリアム。本当に名前を言わなきゃアガートラムは呼べないの? あ、普通の会話でも“ガ”って言わないように気を付けて」

「言わなくても呼べるよ。呼べるんだけど、気持ちを入れられないっていうか」

「……わからなくはないけど」

 思い返してみれば、確かにミリアムはアガートラムを召喚する時に必ず名前を呼んでいる。戦術殻との同期という点で、彼女の気分というか、モチベーションは思いのほか大事なのだろう。

 現状、アガートラムを呼べれば勝てる。逆に呼べなければ相手に近づく術がない。

「制限時間、あと一分ですよ?」

 このぬるぬるでどこまでできるかわからないが、もう一度ムービングドライブをやるしかない。

「うぅ、ボクに任せて」

 ミリアムが立ち上がっていた。

「ど、どうするの」

「なんとかする、かな?」

 大きく深呼吸してミリアムは叫んだ。

「来て! ガーッガガガーっ!!」

「ほらー! 早く止めて」

「とっめめめ、なないい!」

 びりびりの最中で、さらに口を開く。

「ガッ、ガアガアガアーッガガガガーッガーッガーッ!」

「ガチョウみたいになってるけどホントに大丈夫なの!?」

「ガッガーッガ―――」

 電撃に抗い、ぐっと身をかがめて、そして、

「ちゃん!」

 気合で突破。待ちかねたとばかりにスパークが弾け、銀色の巨躯が空間からにじみ出る。

「やーっちゃえ!!」

「δΓνΓΟ!」

「え」

 アガートラムはがしっとエリオットの足をつかんだ。がっちりホールドでぬるぬるもお構いなしだ。そのままぶんぶんと振り回す。

 第一室長が焦った。

「止まりなさい。いいですか。私をここから動かせば、トリスタで手に入れたクレイジー卿の猛将映像と音声が、ラインフォルトビルを中心にルーレ市内に一挙放送されるようにプログラムしてあるのですよ!?」

「ひ、ひどすぎる!」

 最後の保険が嫌がらせ以外の何ものでもない。

 情け容赦なしのアガートラムは、ハンマー投げの横領でエリオットを勢いよく放り投げた。

「くっ、止まる気はないと!? やれるものならやってみろと!?」

「僕は止まりたいんですけどおおーっ!」

 弾丸になった自分に、制止の術など残されていない。第一室長の腹に、エリオットは頭から激突した。室長もろとも吹っ飛ぶ。

 瞬間、『ミッションクリア!』の音声と、ロック解除のアナウンスが流れた。

 同時に『エリオット・クレイジーは――』『エビバディセイ!』『猛―――将――――ッ!』の大音声がラインフォルトビルの高性能スピーカーから放たれる。ルーレ市内にある全てのモニターをジャックして、その時の映像を映しながら。

 勝利の達成感は微塵にもなく、終わったという空虚な感覚だけが手のひらに残る。

 自分の下で仰向けに倒れる第一室長は満足気に言った。

「そうか……敗因は秘蔵本を熟女ものでまとめたことだったか」

「なんでそんな結論になるんですか……」

 

 

 手始めに強化ガラスの上部から大量の水を落とされた。水圧実験らしい。耐えきれずに前のめりになる姿勢に、首や背中の骨が折れてしまいそうだった。

 幸いにもすぐに排水されて水責めという流れにはならなかったが、次は正面から強風に煽られた。三つ編みは全てほどけてしまい、髪が後ろに引き抜かれるのではないかというほどのハリケーンを一身に浴びた。メガネまで飛ばされないよう必死で押さえた。

 濡れていた服が風にさらされて、すさまじく寒い。これは絶対風邪をひく――と思っていたら、今度はガラス内の温度が急激に上がり始めた。

 耐熱実験なのだろうか。軽く80度を超える熱気に蒸され、体中の水分があっという間に消し飛んだ。眼鏡のフレームが熱で歪んでいく。

「最高だね! 楽しんでいるかい!?」

 向かいの椅子に座る第二室長は、いかにも楽しげだった。この責め苦を責めとも苦とも思っていない様子で、水も風も熱も存分に味わい尽くしている。しかもいつの間にかスーツを脱ぎ捨て、ブーメランパンツ一丁になっていた。変人が過ぎる。これがクリエイターの感性なのだろうか。商品用の耐負荷装置を人体に試す時点で、なんだかもうアレではあるが。

「……無事ですか?」

 そんな第二室長は無視して、横の椅子で同じ試練を受けるユーシスに声をかける。

 返答はなかった。彼の表情は死んでいた。ひたすらに感情を殺すことで、この時間に耐えているのだろう。いや、そろそろ本気で命を失う瀬戸際まで来ている気がする。マクバーン戦での黒炎の呪いが解除しかけている矢先にコレなのだ。あまりにも慈悲がない。

「第二室長さん、質問があります」

「どうぞ、レディー」

「ここでの勝利条件は最後まで椅子に座っていた方の勝ちでしたね。それは私たち二人ともが、ということでしょうか?」

「いいや、どちらかだけでも結構だよ」

「ではユーシスさんはリタイアで。ここからは私が請け負います」

 ユーシスが伏せていた顔を上げた。「な、何のつもりで――」と言いかける最中で、彼の椅子が後ろに傾き、バネ式で固定されていた座面が射出された。同時に背後のガラス板の一部が開き、ユーシスは外に投げ出される。

 脱出方法まで痛みを伴う仕様らしい。あのギミックになんの意味があるのだろうか。ガラスは速やかに閉められ、再び密閉空間となった。

「美しい友情だ。とはいえ当然、二人より一人の方が勝率は下がるよ」

「構いません。これでけっこう我慢強いほうですので」

「ファンタスティッ! 実に欲しい人材だ。なぜかうちの部署だけ慢性的な人員不足でね。楽しくて笑顔の絶えない職場なのに」

「それって多分、部下の方たちもこういう実験に付き合わせているからじゃないですか……。あと笑顔なのあなただけだと思いますが」

 社員の血と汗と涙の果てに、新商品が開発されているのか。何かと便利に魔女の術を使っていた自分からすると、余計に思うところがあって泣けてくる。

「さあ、いつまでもこうしていたいのは山々だが、あまり時間も残されていない。最後のお楽しみを使わせてもらうよ」

「最後? それはありがたいですね。すぐにお願いします」

「ふふ、君もなかなかの欲しがり屋さんと見た」

「一刻も早く終わらせたいだけです……」

 第二室長は手元の端末を操作した。ピッと何かの駆動音がしたが、特に変化は起きていない。

 少しだけ寒くなった気がする。今度は冷気責めか。しかし何か変だ。呼吸がしにくい……?

「ほう、君は感覚が鋭いほうかな? もう察してくれているのだね」

「まさか……気圧?」

「アメージンッ! 当たりだ。このガラス内の気圧は今、どんどん下がっている!」

「あの、それ……普通に命に関わるのでは」

「なーに。例えるなら、まだ標高2000アージュの山頂にいるくらいだよ。余裕だろう?」

 余裕なわけがない。気温減率で概算すれば、平地より12度も低くなっている。すでに吐く息が白い。

 頭痛がする。倦怠感も出てきた。高山病に似た症状だ。ということはこんな思考を巡らせている間にも、標高2500アージュ越えの低気圧になっているのだろう。

 ユーシスさんを先に外に出しておいて正解だった。今の彼ではまず耐えられない。いや、私なら耐えられるというわけでもないけれど。

「んー、たまらないねえ! この追い込まれていく感覚ぅ! もっといっちゃおうか!」

 室温が氷点下に突入する。あえぐように呼吸をするが、ぜんぜん酸素が肺に取り込めない。気圧計算をする頭も働かないが、おそらくは標高4000近い状況だ。指先が震えてくる。

 死ぬ死ぬ、死んじゃいます。霊力で体を覆ったり、大気に干渉したり――ああ、魔女の力があればどうとでもできるのに。

「つらかったらギブアップしてもいいんだよ。誰も君を咎めはしない。楽しいひと時をありがとう」

「……長く座っていた方の勝利なら……もうそろそろなので……」

「ん……?」

 ピシッとかすかな異音が響く。エマの後ろのガラスに小さなヒビが発生していた。

「特注の強化ガラスが!? あ、ありえない!」

「さっきユーシスさんを外に出すために、ガラスを開きましたよね。それが閉じる瞬間にこれを投げ挟んでおきました」

 エマは一本のヘアピンを見せた。

「これだけですから、気圧操作に問題も出なかったでしょう。針の穴ほどの隙間では密閉空間に大した影響も及ぼせません。ですがここまで急速に減圧した状況下では、その些細な歪みは隠せない脆さになります」

「なんという……」

「我慢比べはここからです」

 亀裂が弾け、爆ぜる空気。ほとんど爆発に近い衝撃が、破孔から連鎖するように強化ガラスを破壊した。広がる水蒸気が視界を白く染める。

 第二室長が白霧の中から派手に転がり出てきた。『ミッションクリア』の音声が流れる。

「な、なぜこちらだけが吹き飛ぶ……!?」

 エマはぐったりとしたまま、しかし椅子に座り続けている。

「無事か!?」

「生きては……います」

 ユーシスが駆け寄る。エマの椅子の足から白い液体がはみ出ていた。

「フィーちゃんの接着玉で椅子を固定しておきました。ついでに私の靴と床も接着しています。いたずらに使われそうだったので前に回収していたんですけど、持ったままで良かったです」

「それで衝撃に耐えたのか……見事だ」

「ええ、この一件のおかげで決意しました。やっぱり魔女の力を取り戻そうと思います」

「そ、そうか」

 私はリィンさんと同じで、どうやらトラブルを引き寄せる体質らしい。我が身を守るためにも、自分が魔女である必要を再認識した。

「でも今は……ちょっと休ませてください」

 メガネのレンズが砕け散り、エマは気を失った。

 

 

 フィーとガイウスは手を繋いだまま、あらゆる障害物を乗り越えていく。

 まずはレールが二つ隣接し、かつ逆走するベルトコンベア。それぞれで稼働ベルトの速度が異なり、突然速くなったり、緩めたりもしてくる。

「お兄ちゃん、私の歩幅に合わせて」

「わかった」

 その都度、二人も走る速さを調整して駆け抜ける。

 少し進むと道が途切れていた。背伸びしても手が届かない高い位置に、プッシュ式の赤いボタンが見える。

「お兄ちゃん、肩車して」

「任せるがいい」

 ガイウスの肩に乗ったフィーがボタンを押す。上から道の続きが降下してきて進めるようになった。

 他にも色々な仕掛けがあった。体力だけでなく頭の機転も使う仕掛けだ。だが自然の中に身を置く事が多かったこの二人にとって、さほど苦労するようなアトラクションではなかった。

 この試練はゴールまで到達できればクリアだ。ただし追加条件が二つ。

 “フィーとガイウスは手をつなぎ続けなければならない”

 “フィーは年上男性をお兄ちゃんと呼ばなければならない”

 そんなルールを付け足した第三室長は、巨大アスレチックからは離れた壁際に寄り掛かり、難しい顔で二人の行く末を目で追っている。フィーが“お兄ちゃん”と言う度に、しわ深い目じりをさらに細め、口元をにたりと歪ませながら。

「どうしたのかね! そんなペースではクリアする以前に時間切れで失格だぞ!」

 唐突に叫ばれ、ガイウスの集中が逸れた。視線を第三室長に向けたその瞬間に、彼の顔面に正面から飛んできたボールがめり込んだ。

「ぶっ!」

 ガイウスが前、フィーが後ろという並びで、細い平均台の上を渡っている最中である。ぐらつき、足を滑らせたガイウスはそこから落ちてしまった。平均台の下は泥沼だ。一蓮托生で引っ張られたフィーも道づれにして。

「ぷはっ、けほっ、ちょっと口の中に入ったかも」

 泥まみれになりながらもフィーは無事だった。ガイウスは沼に沈んだままである。

「お兄ちゃん、早く起きて」

「ちがーう!!」

 激昂する室長が足を踏み鳴らした。

「他にあるだろう!? 『お兄ちゃんはフィーがいなきゃ何もできないんだから』とか『別にお兄ちゃんの心配なんかしてないんだからね』とか、もっとバリエーション豊かなセリフが!」

「最後のはアリサが言いそうだけど」

「いいから言うのだ! 失格にするぞ!」

「……別にお兄ちゃんの心配なんかしてないんだからね」

「勘違いしないでよね! はい!」

「勘違いしないでよね」

 第三室長のハラスメントを存分に受けているところで、ガイウスが沼の中から復活した。

「すまない、フィー。ボールを避けきれなかった」

「いいよ。あそこで避けてたら私に当たってたし。ナイス、お兄ちゃん」

「ちがーう!!」

 また室長が叫んだ。

「感謝と恥ずかしさを内に含めた絶妙なバランスで、『別に守ってなんて言ってないもん。でも……あ、ありがとうお兄ちゃん』と照れながら言いたまえ!」

 壮年のおっさんが声色を高くし、頬を赤く染め、腰をくねっと曲げて見本を見せる。食欲がなくなりそうな絵面だった。

 拒むとすぐに失格にされそうだったので、フィーは素直に従う。語尾にハートマークをつけたかのような演技力は中々のものだった。

 第三室長はその様子を眺め、ポケットに入れた手でカチカチと何かを操作していた。

 とにかくまた最初からやり直し。あきらめずに何度もチャレンジを続け、先ほどの平均台も越え、そして二人は最後の難関にたどり着く。

 ゴールまでは20アージュほど。平面のフィールドを小型の大砲が取り囲んでいた。

「ふふふ、ここからゴールに到達するまで、全ての角度から弾を発射させてもらう。妹をかばい、傷つき倒れていくお兄ちゃんに寄り添って涙を流し、胸からあふれ出す感謝の言葉をぜひ聞かせてもらいたいな!」

「なんかよくわからないけど、これなら行けそうかな。ね、お兄ちゃん」

「ああ、問題ない」

 気負うことなく、二人は前進する。

 宣言通りにボールが発射された。スイカほどの大きさがあるゴム砲弾だ。当たったら吹っ飛ばされるだろう。 

 四方八方からの砲撃の嵐を、しかしフィーとガイウスは難なく回避していった。手を繋いだまま、最小限の動きで。

「な、なぜ死角からの攻撃を見ずに避けれる……!?」

「そういうのわかるからね、私たち」

「兄妹の絆というやつか!」

「そういうのじゃないけど」

 ボールの装填される音。発射される前の機械の軋み。揺らぐ大気。

 あらゆる風を読んで、万象を予測する能力。

 全てのボールを避けきって、二人は歩を進め、あっさりとゴールテープを切った。『ミッションクリア』の音声が流れる。

「ん、これで終わりってことでいいんだよね。……あれ?」

 フィーが第三室長に向き直ると、彼の姿はどこにもなかった。

 

 

『強がんなよ。俺の前では弱いところ見せたって……いいんだぜ?』

 あごクイ状態でレジェネンコフ(リィン)式が言った。合成音声は見事にリィンの声色だ。フェイスモニターに映るリィンの顔にキラキラのエフェクトがかかり、そこはかとなく物憂げな流し目を繰り出してくる。

「私は惑わされない。リィンはそんなことを言わない……!」

 目を逸らし、ラウラはどうにか逃れようとする。しかし背中は壁に押し付けられているし、正面はあごをクイッとされているしで、抜け出す隙間がまるでなかった。

 マキアスが援護のアーツを駆動させる。

「強めのを撃つ! かがめ、ラウラ!」

『待てよ、マキアス』

 レジェネンコフR式が穏やかな声で制した。

「はっ、悪いが僕に篭絡は通用しないぞ。そもそもリィン要素は顔と声ぐらいで、あとはゴッテゴテの装甲じゃないか。それで成りすましとは正直呆れるというか――」

『あれ、眼鏡変えた?』

「え、わかるのか?」

『バリアハートの職人通りの一点ものか。やっぱりマキアスは違うな。本物を知ってる』

「そうそう、そうなんだよ! わざわざ取り寄せたんだ。それなりに値段も張ったが、その価値は十分あると思ってる」

『価値があるのは、持ち主がそれに相応しい男だからさ。チェスで培った洞察力が、確かな審美眼に繋がっているんだろうな。はは、まったく頭が下がるよ』

 モニターのリィンがウィンクを決めた。マキアスは首をすくめて、ラウラを見やる。

「これは本物のリィンだ」

「そなたの頭の中はどうなっている」

『ん? マキアス、肩にゴミがついてるぞ。まあ、そういうちょっと抜けてるところが憎めないというか、年上女性の母性をくすぐる魅力ってことなのかな』

「年上女性っ! 僕の魅力っ!」

『とはいえそのままじゃ男前が台無しだ。取ってやるよ』

 ガション、ガションとレジェネンコフR式はマキアスに近づく。その肩に伸ばそうとした右手が急に軌道を変え、彼の顔面に掌底を叩き込んだ。

「ぶほおっ!?」

 鋼鉄の五指の隙間から、砕けたメガネのレンズが飛び散る。壁ドンならぬ、顔ドンだ。さらに身をひねり、連続の拳打があごに撃ち込まれた。あごクイならぬ、あごドンだ。

 空中に打ち上げられたマキアスは上半身ごと天井に突き刺さり、二度と落ちてくることはなかった。

 事を傍観していた第四室長が満足気に笑った。

「見くびったね。レジェネンコフR式は人間の感情の機微を学んでいる。だから駆け引きもできるし、心の隙を突くことだってできる。武器のない君が果たして太刀打ちできるかな。さあ、僕の最高傑作よ。その性能をいかんなく発揮してくれ!」

『うるせえな』

 ドギュウーンとロケットパンチ。大出力モーターで加速した肘から先の腕が飛び、第四室長のみぞおちに猛スピードで炸裂した。

「がはっ、な、なぜ……っ」

『俺に新しいボディをくれたことには感謝してるがね。機械の反逆を想定してない時点で二流だよ、開発者さん。これで俺は自由だ。ここを出たら《うはうはリィン・シュバルツァーの桃色ハーレム帝国》を作ってやるぜ。同期、後輩、先輩、義妹、姫、教師、軍人、果ては教え子まで俺のもんよ!』

「教え子ってなんだ……」

 そうつぶやいて、第四室長は気絶した。

『やっと二人きりだな』

 レジェネンコフR式がにじり寄る。ラウラは後じさった。

 怪物が生まれてしまった。せめて剣さえこの手にあれば。

『なあ、もう肩肘張って生きるのやめようぜ。俺と一緒に旅にでも行こう。ユミルの温泉とかいいんじゃないか? 父さんと母さんにも紹介したいしさ』

「生憎だが、ご両親とは顔見知りだ。あと湯に浸かったら錆びるのではないか……?」

 ただいまと言って帰ってきた息子が、完全武装のロボになっていたら、懐の広いあの両親でもさすがに困惑の極みだろう。エリゼなんかは卒倒するかもしれない。

「お前はリィンではない。何もかもが違う」

『じゃあ聞くけどさ。ラウラは俺の何を知ってるんだよ。何をもってリィン・シュバルツァーという人間を認識してるんだよ』

「あ、当たり前のように“俺”と言うな! 考えるまでもないことであろう!」

『考えるまでもないじゃなくて、考えたことがないんだ。目に映る姿や、耳に聞こえる声。そんな記号だけでリィンという存在を認識している』

「違う、違う! 私はもっと深いところでリィンを知っている……!」

『だったら答えてくれよ。リィン・シュバルツァーの定義ってやつをさあ』

「そ、それは」

『言えるわけないよなあ! 薄っぺらい上辺だけしか見てないラウラにはよお! なあ、おい、ええ!?』

「ぐくぅ……!」

 なぜ初対面の機械にここまで責められなくてはならないのだ。またリィンの声というのが微妙にやりづらい。

『自分に正直になれよ。わかってるんだろ。人間の定義は見た目じゃない。心さ』

「あ……」

『お前がリィンだと思うものが、すなわちリィンなんだ。難しいことじゃあない。さあ、言ってくれ。俺が誰なのかを』

「いや、まあ……どうやってもレジェネンコフR式だが……」

 そこはブレないラウラだった。

 同時に瞬発力を総動員して、ラウラは走った。レジェネンコフR式の脇を潜り抜け、その後方――さっき投げ捨てられた大剣に向かう。あれさえあれば逆転は可能だ。

「っ!?」

 ぐんと腕が引っ張られる。手首にコードのようなものが巻きついていた。

 レジェネンコフR式のロケットパンチで失った肘の接続部から、無数の配線が伸びてラウラにからみつく。四肢を拘束され、成すすべなく宙に浮かされた。さながら触手だ。

『捕まえたぜえ』

 下卑たリィンの声がねっとりと鼓膜に触れる。

『あー、くるわー。これくるわー。ジェネレーターの高まりがわかるわー。なんていうの、人間的にいうならムラムラするっていうの? オリジナルの性癖とかダウンロードされてんの?』

「リィンはそんなのではない!」

 いや、待て。トワ会長がドローメの触手吊りにされていた時、リィンはガン見していたような。

「ラウラ君! レジェネンコフR式をもっと興奮させるんだ!」

「は、はあ!?」

 意識を取り戻したらしい第四室長が、這いつくばったまま言う。

「感情を持つがゆえの副産物だ。そいつは精神の高まりが駆動系にも作用する。このままオーバーロードさせてしまえ!」

「ど、どうすればいいのかわからない」

「ぐふっ」

 肝心なところで、第四室長はまた都合よく気絶した。

『くくく、どう料理してやろうかな。まずは一枚一枚はいでやろうか』

「変態め!」

『安心しろよ。靴下だけはそのままにしておいてやる』

「ことさらに変態め!」

『くるー!』

 導力圧がグォンと上がる。

 追加の触手がさらに絡みついてきた。

「あ、あぅ……」

『いいねえ、その反応。じゃあ一枚目、行ってみようかー』

 するりと上着が奪われる。

「泣いて許しを乞え!」

『見くびるな。私は決して貴様などには屈しない!』

「うほっ」

 さらにエネルギーゲインが上昇。ピシューピシューと機体の関節から蒸気が噴き出している。

『その気丈な態度が従順に変わる瞬間がたまらん。辛抱たまらん! どうしてくれよう、どうしてくれよう!』

「リィン……」

 最後に想うのはやはりその顔。どうあがいても逃げられない。こんな下衆な辱めを受けるくらいなら――

「くっ、ころせ!」

『キタ――――ッ!!』

 オーバーロード。どかんと大爆発。何かが引き金になって、ジェネレーターの臨界点を超えた。

 呆然とするラウラの足元に、ばらばらになったたくさんのパーツが黒煙に巻かれて転がってくる。その一つにレジェネンコフR式の頭部があった。

『ミッションクリアだ、ラウラ。……やられたよ』

 雑音混じりの音声で言う。モニターのリィンにもノイズが走っていた。

『俺の意識はもう消える。今日までの俺との思い出、忘れないでくれよな』

「忘れるも何も、そなたとの思い出など最初から無いのだが……」

 

 ●

 

 小型ミサイルが白煙の尾を引いて迫る。信じられない。屋内で本当に撃ってきた。

 かわすのも精一杯の狭い通路で、リィンは弾頭の直撃をどうにか回避した。後方で爆発。爆風と熱波が背中を炙り、破砕された壁の瓦礫が降りかかってくる。

「死ねえ――っ!」

 黒いオーバルギアを繰るシュミットが鬼の形相で突撃してきた。こちらは太刀を抜いて応戦だ。重要なパーツの一つでも切り落とせれば機動力も削げるのだろうが、こんなに素早く動かれては狙いもままならないし、斬鉄となるとなお難しい。

 それでもすれ違いざまに一刀。丸みを帯びた装甲の表面を刃が滑り、太刀筋が狂わされた。斬撃を流すために計算された斜角を有しているのだろう。

 すぐさま転回してきたオーバルギアが肉薄する。蟹の大ばさみのごときアームが、リィンの胴体をがっちりと掴んだ。

「ぐうっ、がっ……!」

 体が真っ二つに切断されるほどのパワーが、ぎりぎりと締め上げてくる。さらに下方から隠し腕が展開され、両足までも拘束された。

「捕まえたぞ」

 シュミットの狂気の表情が、至近距離で歪む。

 オーバルギアの肩部から伸びる一対の回転のこぎりが耳障りな音を立てて高速回転し、激しい火花を散らせた。

「解体してやるぞ、シュバルツァー」

「冗談抜きに死にますよ!」

「最初からそう言っておろうが!」

「さ、殺人鬼だ!」

 なんで俺はこんなに恨まれるんだ。しかしこの怨嗟をアルフィン皇女に向けさせるわけには絶対にいかない。そして大事な卒業式前に殺されるわけにもいかない。

 研究者ならぬ殺人鬼が呪いの言葉を吐き散らしている。

 鬼。相手が鬼であるならば――!

「ぬうっ!?」

 リィンの胸を中心に鳴動が拡がる。周囲の空気が打ち震える中で、リィンの黒髪が銀髪に、瞳が紅に染まりゆく。

 自らの意志で発動させた鬼の力。いける。自我の手綱は自身の手の内にある。力を御しきれる。《エンド・オブ・ヴァーミリオン戦》で初めて制御に成功して以降、二回目の使用がまさかこんな場面になるとは思いもしなかったが。

 三日月を描く太刀の一閃。不安定な体勢にも関わらず、のこぎり刃を二つまとめて根元から両断する。足の拘束も力任せに振り切った。

「おのれが! ならばこうしてくれるわ!」

 オーバルギアが加速。荒れた通路を突き進み、その終点が急速に近づいた。

 例のロックされたドアだ。あの重厚な金属の扉に、この速度で叩きつける気か。いかに鬼の力が発動中と言えども、まず耐えられる衝撃ではない。壁に投げつけられたトマトよろしく、普通に潰されるだろう。

 あとは胴体を拘束する蟹ばさみをどうにかできれば抜けられる。また根元を切断しようと太刀を振り上げた瞬間、

「ぐああっ!?」

 凄まじい出力の電流が、はさみから放たれた。

「どうだ! これが体内を焼き蝕む稲妻の味だ! とくと堪能しろ!」

「うおおお!!」

 青白いスパークをまとう太刀を、装甲の隙間に突き入れた。電気を機体内部に逆流させながら、さらに切っ先を押し込んでいく。とにかく破壊を。後方に鉄扉が迫る。オーバルギアが火を噴いた。

「押し潰れてしまえい!」

「やらせるかあ!」

 ついにオーバルギアが爆発。黒煙と炎によってシュミットの顔が隠れる。扉に衝突――する寸前、ピッと音がして四つのロックが解除された。

 自動で開いた扉の奥へと、リィンは勢いのまま放り込まれる。オーバルギアは入り口で突っかかり、シュミット諸共に派手に砕け散った。

 最高峰の英知を有する人物が、また一つエレボニアから失われてしまった。

 

 

 ロックが解除されたということは、みんながそれぞれのアトラクションを突破してくれたのだろう。間一髪のタイミングだった。

 扉の先には昇降機があった。乗ってみると自動で上昇し、高層へと連れて行かれる。少し進むと、また扉が見えた。

 鍵はかかっていない。警戒しながら、リィンはドアノブをそっと回す。

「――な、なんで母様がそのことを知ってるの!?」

「企業秘密とだけ言っておこうかしら」

「企業!? 企業を動かしてまで何やってるのよ!?」

 何かの口論が聞こえた。この声は、

「アリサ!」

 部屋の中に駆け込む。スタート地点でありゴール地点でもある会長室だ。戻ってきたのだ。

 アリサがびくっとしてこちらに振り向く。ひどく焦っているようだった。すでに鳥かごの檻からは外に出されている。

 彼女はイリーナに小声で耳打ちした。

「お願いだからリィンに余計なこと言わないでよ」

「リィン君。あなた、アリサから告白を受けたんですってね」

「おきゃあああ!?」

 アリサの絶叫と同時に、リィンの頭も真っ白になる。

 どうしてそれを知られている。俺は今から何をされる。だらだらと汗を滴らせるリィンを、イリーナはまじまじと眺めた。ついでにアリサも額に汗を滲ませている。

「勘違いしないで。学生の色恋に首を突っ込むつもりはないわ。ただ母親としては知っておきたい気持ちもある。で、どうなの?」

「ど、どうとは……」

「アリサのことどう思ってるの?」

 執務机をトンと指で鳴らす。それだけでこの空間を支配された気がした。「か、あ、さ、ま……」とかすれた声をかろうじて発したアリサは、そのまま硬直して絶句している。

「か、彼女は信頼できる女性で、気立てもよく、どんな場面でもサポートもしてくれまして……」

「ああ、そういうのはいいから。好意はあるの? もちろん異性として」

「ひいぃぃぃ……」

 アリサの喉から言葉にならない悲鳴がもれた。

 どう答えればいい。しかし曖昧な返答は無理だ。絶対に見逃してくれない。

「お、お、俺は――」

 それでも何か言わねばと口を開きかけた時、会長室の正面扉が開いた。

「リィン? アリサも無事のようだな? 他はいないのか……?」

 入ってきたのはラウラだった。イリーナが訝しげに首をひねる。

「おかしいわね。リィン君以外、ここに繋がるルートは用意していなかったはずだけれど」

「私はこれのナビに従ってやってきたのだが……」

『よう、俺。初めてお目にかかるな』

 ラウラが抱えている兜のような鉄塊がしゃべった。しかも自分の声だった。

「レジェネンコフ(リィン)式という。さっき交戦して、壊して、頭部だけになったのだが……一向にシステムダウンを起こさなくてな。置いてくるのも気がとがめたので一応持ってきたのだ」

「持ってきてどうする……」

「それで試練は終了か? なにか揉めていたようだが」

「なんというか、その……」

 これはラウラに言いにくい。

「アリサがリィン君に告白したって言うから、実際のところどう思ってるのか聞いていたところよ」

「え゛」

 どう説明したものか悩んでいたら、イリーナがまた口を挟んできた。ぎりぎりぎりとラウラの首が動いてリィンを見る。

「リィン……」

「リィン……」

(リィン)……』

 アリサ、ラウラ、あとなぜかレジェネンコフまで俺に問いかけてくる。レジェネンコフはいいだろ。

 全員の視線がリィンに集中したその時、会長室の床が轟音と共に破裂した。

「シュゥバルツァアア!」

 半壊したオーバルギアを装着したシュミットが瓦礫の中から現れる。まだ追ってきていたのか。なんという執念。とんでもないアヴェンジャーだ。恨みを込めたミサイルポッドが向けられる。

「伏せろ!」

 鬼の力は連続発動できない。アーツで撃墜しようにも、駆動が間に合わない。撃たれる、やられる。

『びんびん感じる。西の空から高熱源体が接近中だ』

 レジェネンコフR式がそう発した直後、今度は会長室の天井が破裂した。彗星のような飛来物が、オーバルギア及びシュミットを爆散させる。

「ん……何かはねたか?」

 シュウウウと全身に蒸気を漂わせながら、ヴィクター・S・アルゼイドが立ち上がった。

 

 

「武の世界には疎くとも《光の剣匠》の名はかねがね。お会いできて光栄ですわ」

 常軌を逸した登場に動じた様子もなく、イリーナは淡々と述べる。

「こちらこそラインフォルトグループの会長殿にアポも取らずに失礼を。火急のことゆえ、不躾な訪問となった件はお許し願いたい。もちろん室内の修復費用は持たせて頂く」

「それは何より。それで火急のこととは?」

 ヴィクターはラウラを見やり、微笑を浮かべた。当のラウラは予期せぬ父の登場に固まっている。

 続けて彼はリィンに視線を転じた。微笑みは一瞬で消え、般若の面持ちが全面に浮き立つ。

「リィン・シュバルツァーが我が娘から告白を受けたと聞いた」

「うぇあ!?」

 ラウラがのけぞった。

「同時にアリサ嬢からも告白を受け、しかも返答を保留しているともな」

「あら、奇遇ですこと。今まさにその話をしていたところですのよ」

「ほう、ちょうどいいですな」

「ええ、ちょうどいいですね」

 二人がゆっくりとリィンに向き直る。

 蛇に睨まれた蛙どころの話ではない。もはや断頭台の前に立つ罪人と、刃を落とす執行人のようだ。生殺与奪の権が完全に握られている。

 アリサとラウラはそろって赤面し、言葉を発することができないでいた。

 イリーナが嘆息をつく。

「うちのアリサはまだまだ未熟者よ。だけど足りないものを補う努力はするわ。男性に対しては一途であるとも思う、私に似てね。家事全般はこれから覚えればいいし、なんならシャロンもつける。どうかしら?」

「……はい?」

 ツッコミどころ満載なんだが。私に似てってどういう意味だ。シャロンもつけるって何にだ。

 ヴィクターが手でそれを制した。

「ラウラの話をしよう。男手一つで育てたがゆえにいささか勇ましいものの、女性らしい気遣いは身に着けている器量よしだ。家を守る強さもあるし、最近ではなんと料理もできるようになったとか。どうかな?」

「……はい?」

 俺はどんな立場で話をされているのだろう。

 ヴィクターとイリーナの視線がぶつかり、見えない火花が散った気がした。

「卒業後の進路は見据えていて? マネジメントに興味はないかしら。経営幹部の椅子を一つ空けているのだけど」

「そなたにならいずれアルゼイドの道場の師範を任せてもいいと思っている。八葉一刀流の道場を併設するもいいだろう。レグラムの活気はさらに増すであろうな」

 俺がラインフォルト社の幹部? 俺が道場の師範?

「ユミルは寒い地方よね。暖炉に使うための薪割りも大変でしょう。導力式の暖房器具を全家屋に設置してもいいわ。もちろん無償で。それだけじゃない。暮らしに役立つ様々な新商品も寄贈しましょう」

「山中のユミルでは物資補給が難しいこともあるはずだ。そこでレグラムとユミルを往復する行商派遣隊を結成しよう。エベル湖で取れた新鮮な魚介類をいつでも届け、かつ魔獣からの護衛も兼ねる。町と郷の繋がりは密にするに越したことはないぞ」

 最新の暖房器具がユミルにやってくる? 確かに冬の薪割りは大変だ。しもやけ、あかぎれの皆の手が脳裏によぎる。

 ユミルは山菜は豊富だが、魚は近場の川でしか取れないから量が限られる。いつでも魚介類が食べられたら、郷の皆は喜ぶだろう。

 これはどういうことだ。

 “お前などに娘を任せられるものか”の流れになるんじゃなかったのか? むしろ猛烈にお勧めされている気がするのだが。

 一対一ならそうなるのかもしれないが、この場に二人の親がいることで、その図式がややこしくなっている。すなわち“うちの娘の方がいいぞ”対決になっているのだ。アルゼイド子爵はともかく、イリーナ会長までそうなるとは……。

「いい加減にして!」

 だんと執務机を叩いたのはアリサだった。

「聞いていればなんなの! 首を突っ込むつもりはないって、めちゃくちゃ突っ込んでるし! もう放っておいてよ!」

「私はあなたのためを思って――」

「必要ない!」

 きっぱりと言い切るアリサの横で、ラウラも険しくした顔をヴィクターに向ける。

「父上もです。私たちに付加価値など付けてくれなくともいい。それでリィンがなびいたとして、私が喜ぶとでも思っているのですか?」

「し、しかしだな、そなたは奥手であるだろうし――」

「余計な気遣いです」

 ラウラもずっぱりと切り捨てる。

 娘たちの本気の怒りに、親たちの肩がしゅんと落ちたように感じた。

「それはね、やきもきするわよ。でもちゃんと返事はするって言ってるんだから、今はこれでいい。焦るつもりだってない。状況を考えず、強引に迫ったのは私たちだし」

「うむ、私たちには私たちのペースがある。無用な介入も詮索も控えて頂きたい」

 無言、そして。

「え、強引に迫ったの? なるほど、そこは間違いなく私の娘ということね」

「ラ、ラウラもか……。母親譲りだな……」

『違うから!!』

 二人声をそろえて、首をぶんぶんと横に振る。

「ごめんなさい、リィン。今回はラインフォルト社があなたを巻き込んじゃったみたい。ラインフォルト社っていうか、母様の独断っぽいけど」

「まさか父上まで乗り込んでくるとは思わなかった。かき回したのはこちらの方でもある。すまなかった」

 アリサとラウラが申し訳なさそうにしている。別に二人は悪くないのに。

『謝らなくていいさ。二人とも俺と付き合えばそれで万事解決だろ』

『は?』

 全員から非難の目でにらまれる。

「今言ったの俺じゃないから!」

 レジェネンコフR式の顔面モニターの中で、キラキラエフェクトのかかったリィンがウインクしていた。

 

 

 ――つづく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――another scene――

 

 

 ルーレ中層区のとある民家の玄関先で、メアリー・アルトハイムは深々とお辞儀をした。

「バニラさん、長い間お世話になりました」

 トールズ士官学院の教官職につく彼女の担当は、音楽、芸術、調理である。数少ない女性教官であるから、何かとサラ・バレスタインと比較されやすく、そしてその温和な性格と端麗な容貌もあって生徒からの人気も高い。

「いいの、いいの。いつでも遊びに来てちょうだい。それといつまでもバニラさんだなんてよそよそしい。次からはお義姉さんでいいからね」

「えっと……?」

 バニラはミントの母親で、マカロフの姉だ。ミントから色々と偏った情報を得ているバニラは、ぐっと親指を立てて見せた。

 内戦が始まってトリスタを出たものの、交通機関は制限され、ルーレで進むも引き返すもできない状態になった。宿を取ろうか右往左往していたメアリーに声をかけてきたのが、このバニラだったのだ。

「でも本当に学院に戻るの? メアリーちゃん、悩んでたじゃない」

「……ええ。たくさん考えて、決めたんです」

 《紅き翼》の遊撃活動は聞き及んでいた。しかし結局、メアリーがカレイジャスに合流することはなかった。

 自分にできることはないと思っていたからだ。けど本当にそうだっただろうか。戦えないなりのサポートというものもあったのではないだろうか。

 内戦が終わってからも自問し、葛藤する日々の中で、実家に帰る道も考えた。

 でも頭によぎるのは、やっぱり生徒たちの顔。自分を慕ってくれた彼らの支えになることは、今からでも遅くはない。そう思った。音楽で気持ちを和らげること、調理を通じて日常の感覚を取り戻すこと。傷ついていたら話を聞いてあげること。

「私にできるのは微々たることですけど、がんばろうと思います。それに誤解していたかもしれない子が一人いるんです」

「誤解?」

「とても優しい子でした。でもちょっとした疑惑があって……それでも私だけは信じてあげるべきだったんです。教え子を信じられなくて何が教官でしょうか。学院に戻って、ちゃんとその子と向き合おうと思います」

 メアリーの決意表明と同時に、ルーレ中の街頭モニターにノイズが走った。そこにトールズのグラウンドと思しき場所で、小柄な少女に覆いかぶさる橙髪の少年がでかでかと映し出される。

『エリオット・クレイジーは――』

『エビバディセイ!』

『猛―――将――――ッ!』

 決意を木っ端微塵に粉砕する大音声が、ラインフォルトビルのスピーカーから放たれた。

 ざわつく市内住民の中で、メアリーは悲劇のヒロインがごとく地面にへたりこんだ。ここが暗転する舞台であれば、彼女にだけスポットライトが当たっていることだろう。

「メ、メアリーちゃん、どうしたの?」

「……もう少しここでお世話になっていいですか」

「いいけど……え、なんで急に?」

 

 

 ★ ★

 

 

 ルーレ郊外。人目につかない路地裏を、第三開発部室長は歩いていた。

 しばらく進むと、細身の男が物陰から出てくる。

「時間通り。クライアントを待たせへんのは良い心がけやな」

 飄々とした雰囲気ではあるが、細目の奥の心根は読めない。油断のならない男、というのが曲がりなりにも多くのビジネスマンと相対してきた第三室長の印象だった。

「《西風の旅団》のゼノや。やり取りは秘匿回線の通信だけやったから、顔を合わすの初めてやな。本人である証明は必要か?」

「いや、いい」

「ほんならさっそく、取引と行こうやないか」

 第三室長は無言でうなずき、ポケットからメモリースティックを取り出した。それをゼノに投げ渡す。

「おっと最新型やな。中身が本物かどうかの確認はさせてもらうで?」

「好きにしろ」

 ゼノは小さな端末にそのメモリースティックを差し込んだ。データのロードが始まる。手持無沙汰の時間に、彼は言う。

「しかしなんやな。天下のラインフォルト社、しかもその重役ともあろうお人が、データの流出とは」

「黙れ! 薄汚い猟兵崩れめ!」

「猟兵崩れとちゃう。猟兵や」

 鋭い目つきが、第三室長を射すくめる。

「くっ、貴様との関わりなどこれっきりにさせてもらう。二度と社を裏切るような真似はせん! ……ちゃんと金は用意しているんだろうな」

「このデータに偽りがなければ、すぐに指定額を振り込む。足がつかんようにクロスベル経由はさせてもらうけどな。その金があれば、娘さんの難病が直るんやろ?」

「………」

 ゼノの持つ端末がカチカチと光る。データの移行が終了したようだ。彼はそれを耳元に近づけた。

『がんばろうね、お兄ちゃん』

 裏路地に少女の声が響く。

「ど、どうだ。間違いないだろう。早く振り込みを――」

「しゃべんなあっ!!」

 凄まじい殺気が放たれる。初めて正面から受けた本物の殺意に、第三室長は尻もちをついた。

「声紋照合、99.8パーセントでサンプルボイスと一致か。これならフィー本人と判断してええやろ。おっと悪い、室長さん」

 ゼノは手を引いて彼を立たせた。

「しかしそんなものを何に……まさか次のターゲットか!? やめろ、相手は年端行かぬ少女だぞ!」

「なんの勘違いや」

 ゼノはほくそ笑んだ。

「これでようやくレオニダスのしおりに対抗できるか。くそっ、あいつこれ見よがしにフィーからもらったしおりで本を読みおってからに……!」

「は?」

「こっちの話や。それじゃ達者でな。……ああ、これを何に使うとか聞いとったな。決まってるやろ、目覚ましや」

「め、目覚まし?」

 踵を返し、路地の奥へと消えていくゼノ。闇の向こうからあの少女の声がした。 

『お兄ちゃん、早く起きて』

 

 

 ★ ★ ★




《ラインフォルトの試練》をお付き合い下さり、ありがとうございます。

投降が遅れてすみません。異世界で悪人どもを改心させるのに手いっぱいで……
年末近いと面白いゲームが多くて困ってしまいますね。個人的には、太正桜に浪漫の嵐な作品は懐かしさもあって気になっています。

年内完結を目指していたのですが、ゆったりペースになってしまいそうです。
もちろん執筆も頑張りますので、引き続きお付き合い頂ければ幸いです!
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