虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

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第15話 監視塔攻略戦(中編)

 正面のコックピットスクリーンに目をやると、ほとんどの敵が驚愕しているのが分かった。

 その向こう、土嚢に隠れた仲間たちも同様だ。マキアスなどは口をあんぐりとあけて、呆けた顔をしている。

 兵士たちが何か叫んだり、慌ただしくしているが、ほとんど声は聞こえない。

「あ、そうだわ」

 手元のコントロールパネルの端に小さなダイヤルがあった。カチカチと回してみると、途端に喧騒がコックピット内に飛び込んでくる。集音マイクのスイッチだ。

『お嬢様』

 シャロンの声。まだ機体の足元に彼女はいた。アリサは集音ダイヤルの横――外部スピーカーのボタンを押す。

「シャロン、そこから離れて」

『ですが……』

「私は大丈夫。なんとか動かせるわ。みんなの方をお願い」

『……かしこまりました。お嬢様、どうか無茶だけはされませんように』

「無茶はしている最中よ」

『それは確かに』

 困ったように笑んでみせ、シャロンはドラッケンから離れた。

 計器類を再チェック。異常なし。導力ジェネレータの出力も安定している。

「さあ、行くわよ」

 フットベダルを踏み込み、スティックレバーを前に倒す。

 ドラッケンが右足を一歩踏み出した。ずんと着地。予想以上の衝撃が身を襲う。操縦シートを真下から蹴り上げられたかのようだった。

「きゃあ!?」

 頭がぐらぐらする。最低の乗り心地だ。もし自分が設計していたなら、間違いなく座席の下にブランドもののクッションを敷き入れたことだろう。

「痛っ……そういえば、歩く以外の方法もあったわね」

 それはどうやって起動させたらいいのか。その方法は? 開発者と操縦者、その両方の視点に立って推測してみる。

 戦闘中にそれを使おうとするなら、いちいち手間な操作などしていられない。

 この様な人型を扱う際、おそらく操縦兵は無意識に自分の体を拡張して考える。とっさの判断が求められる戦場ならば、なおのこと直感的な操作で動かしたいはずだ。

 直感的な操作。人として当たり前の感覚。すなわち、足を動かすなら足で、手を動かすなら手で。

 だとしたら答えは単純だ。

「これね」

 フットペダルの横に、もう一つペダルがあった。強く踏んでみる。がちりと固い音がして、スイッチが沈んだ。

 サイドディスプレイの下部表示が、『Nomal』から『Driven wheel』に切り替わる。歩行モードがローラー機動に変更したのだ。

 ドラッケンが腰を落とし、勝手に身をかがめた。このあたりの姿勢制御はオート設定に含まれているらしい。

 確かにローラー移動なら直立のままではバランスが取れない。舗装されたフラットな地形なら、こちらの方がいいはずだ。

「今度こそ」

 思い出したように敵が銃を撃ってくる。全ての銃弾をドラッケンの装甲が阻む。それでも銃撃は止まない。豪雨のようにけたたましい音がコックピットにまで響いた。

 マイクに声を吹き込もうか逡巡して、アリサはやめた。

 どうせ警告したって無駄なんでしょう。轢かれたくなかったら、早く逃げることよ。

 さっきと同じ操作で、ペダルを踏み、レバーを倒す。

 足裏側面のランドローラーが高速回転。滑るようにして直進する鋼鉄の巨体。あらゆる攻撃を弾き飛ばしながら、敵の群れへと加速した。

 形勢逆転。猪突するドラッケンが猛威を振るう。絶叫して、転げ回る貴族兵。猟兵たちでさえ抵抗の手段がなく、逃げ惑うばかりだ。

「これなら十分動かせるわ。クッションはやっぱり欲しいけど!」

 挙動の全てをマニュアルで操る必要はなかった。あらかじめ機体にプログラムされている動作設定が、操縦のサポートをしてくれている。

 操作にも慣れてきた。このまま押し切れそうだ。

 速度を緩めて、進行方向を変えようとした時、激しい衝撃が機体を揺さぶる。右側から何かがぶつかってきた。

「っ!?」

 舌を噛まないよう、必死に奥歯を食いしばる。

 重心の崩れを感知して、オートバランサーが作動。ドラッケンは大きく足を引き、地面を踏み締めた。

 アリサはぐらつく頭を持ち上げて、視線をモニターに据え直す。

「な、なんなのよ……あ」

 視界の中に一機のドラッケンが立っていた。機甲兵ブレードを引き抜きながら、こちらを睥睨している。

 しまった。

 操縦レバーを握りしめ、アリサは息を呑んだ。

 

 

「ア、アリサ大丈夫なのか」

 対峙する二機のドラッケンを眺めながら、マキアスは言った。

 あんなものを動かして見せたのは驚嘆だが、そこから機甲兵戦など、さすがに規格外だ。

「分からんが……こうなってしまった以上、アリサに任せるしかないぞ」

 ガイウスが言うのはもっともだった。生身の人間が割って入れる戦いじゃない。

「アリサ、すごい」

 フィーの感想はそれだけだったが、その瞳はどこか輝いている。なんというか尊敬とか、羨望とか、そんな感じだ。

 まさか、このちびっこは。

「フィー、もしかして自分も乗ってみたいとか思ってないだろうな」

 返答に間があった。

「……思ってないよ」

 思ってるだろ、これ。

 というかアリサが特別なのだ。訓練を受けていない人間がいきなり機甲兵を動かそうとしたって、まず無理だろう。生まれ持ったセンス。積み重ねた知識。自社兵器への理解。経験からくる直感。それらを総動員して初めて成せた業だ。

 貴族兵と猟兵の銃撃が止まっていることに気付いた。完全にアリサのドラッケンに気が逸れていて、監視塔正面までの敵配置も甘くなっている。

 今なら潜入できるかもしれない。

「二人とも聞いてくれ。僕がクレア大尉たちを助けにいく。君たちはここで歩兵の相手を続けて欲しい。さっきよりは人数も減っているし、まだ何とかなるはずだ」

「まさか一人で行く気か?」

「それは無謀だと思う。私たちもついていく」

 マキアスは首を振った。

「三人で動けばさすがに敵も気づく。このままアリサが足止めを食らえば、すぐにこちらへの攻撃も再開されるだろう。そうなる前に隙を突く」

 今しかないのだ。

 ためらう素振りは見せたが、フィーもガイウスも最終的には納得した。

「わかった。十分に気を付けてくれ」

「監視塔の中にも猟兵はいるはず。見つかったら引き返すか、投降したほうがいい。後のことは何とかするから」

「了解だ。この場は頼んだぞ」

 大きく深呼吸してから、マキアスは土嚢の裏から抜け出す。なるべく身を低くして、点在している遮蔽物を順々に迂回し、少しずつ監視塔の入り口へと近づいていった。

 なかなか順調だ。しかしあともう少しというところで、入り口付近にいる兵士二人が進路を塞いでいた。ここまで接近したら、もう迂回できるようなルートは残っていない。

 どうしたものかと頭をひねっていると、後方から銃声がした。

 フィーたちが戦闘を再開したのだ。多分、彼女たちから攻撃したのだろう。こちら側の敵を引き付けるために。

 その誘導は成功した。二人の兵士も小銃を手に、移動を始めた。

 それでも辺りには、多くの敵がまばらに散開している。ここから入り口まではおよそ二〇アージュといったところだが、誰の目にも留まらず行けるかは運次第だ。

 捕捉されれば即、蜂の巣。全力で駆け抜けるしかない。人生で一番長い二〇アージュに思えた。

「ん?」

 不意に視界の端に光が映り込んだ。顔をしかめながら、その方向に視線を向ける。

 敷地の反対側、例の高台に人影が見えた。目を凝らすと、そのシルエットが徐々に鮮明になってくる。見覚えのある、そのシルエット。

「リィンか……!」

 あの黒髪は間違いない。そのとなりにちょこんと顔をのぞかせるのはミリアムだ。

 二人とも無事でいてくれたのか。

 リィンは引き抜いた刀身に光を反射させ、自分たちの存在を知らせている。これで全員の所在が明らかになった。

 彼らに今の状況を伝えたいが、何かいい方法は――

 あることを思い出した。兵学史の授業で習ったことだ。通信技術が普及してきて、徐々に使われなくなってきているらしいが、声の通りにくい船上甲板などでは現役で役に立っているという。

(やるだけやってみるか)

 マキアスは片手を頭上に掲げた。太刀を納めたリィンが、こちらを注意深く見ている。

 そのまま人差し指を一本立てて、くるくると回す。距離があるので、少々オーバーアクション気味にだ。次に肘を直角にして、握り拳を作る。

(どうだ?)

 授業中寝てばかりのフィーならいざ知らず、君だったらちゃんと覚えているだろう。

 これはハンドシグナル。要するに手信号である。戦場において、声を出せない状態にあるとき、こういったジェスチャーだけで意思を伝達することがあるのだ。これらは国や時代、軍隊によってその形式は様々に異なる。

 Ⅶ組でもカリキュラムの一環として、班ごとに分かれて作ったオリジナルの手信号で、意思疎通ができるかやらされたことがある。半分はレクリエーション的な意味合いで、確かトマス教官の授業だった。

 ほとんどの班がうまくいく中、ユーシスとマキアスの組だけは、荒々しいジェスチャーの応酬の果てに、無言の罵り合いへと発展して終わったわけだが。

 ユーシスが編み出した“両目の前で二つの輪を作り、それを一気に弾けさせる”――『眼鏡を割って、お前自身も散るがいい』という手信号は、今思い出しても怒りがふつふつと湧いてくるほどだ。そんなハンドシグナルなど、使う機会は永遠にない。

 それはともかく、今リィンに送った信号は、その時に作ったジェスチャーのいくつかを組み合わせたものだった。

 意味はすなわち、

 ――作戦

 ――続行

 ――急げ

 この三つである。

 すぐにリィンは親指を立ててみせた。シンプルに『了解』の意だ。

 意志が通った。あとはもう少し細かい指示を出さねば。“騎神で加勢してくれ”ぐらいは伝えたい。

「ってどうやってだ!」

 思わず出た声を、口を覆って押さえる。

 当たり前だが存在すら知らないころに、『騎神』などというサインは作っていない。

 苦し紛れにヴァリマールの頭部やら佇まいなどを体全体で表現してみたが、リィンは首をかしげるだけである。いつもの片膝をつくポーズをクールに決めてみたのだが、これもダメだった。

 もういい。これ以上、時間はかけていられない。

 握った片手を前方に突き出し、それをあと二回繰り返す。

 ――GO,GO,GO!

 それだけを送ると、マキアスは飛び出し、監視塔の入口に走った。

 彼が動いたのに合わせて、リィンとミリアムは高台から飛び降り、敷地の裏手に着地する。

 状況が不透明なのは戦場の常。その中で各々判断し、選択する。そういった場面には何度も遭遇してきた。一から十まで指示がないと、行動できないようなⅦ組じゃない。

 僕は僕にできることをやる。君たちは君たちにやれることをやってくれ。

 

 

 先に停留中の機甲兵を叩くべきだった。

 剣を向けるドラッケンをモニター越しに見やり、アリサは小さく喉を鳴らした。

 この機体に乗り込む時、横に待機中の機甲兵が立ち並んでいるのは視界に入っていた。優先順位で言うなら、操縦兵のいない内に他のドラッケンを行動不能にして、その後で敵陣を乱した方がより打撃を与えられたはずだ。

 焦りもあったのだろう。冷静に考えれば、すぐ気付くようなことだったのに。

「これは……私にやれるかしら?」

 こめかみにじわりと汗がにじむ。

 こちらの装備は左腕のシールドと、腰部にマウントされた速射銃。

 相手はその装備に加えて、機甲兵用ブレードを持っている。多分、剣はデフォルト装備ではないのだろう。近くには置いていなかったから、別の場所に管理されていたのかもしれない。

 接近戦に持ち込まれたら不利だ。

「距離を取らなきゃ――」

 後退しようとしたが、それより早く敵が前進してきた。とっさに右側を引いて、大剣の一撃をシールドで受け止める。

「このっ……!」

 押し返そうと足元のペダルに力を込める。敵が瞬時に平行移動。全力の体当たりが不発に終わる。勢い余って前のめりに倒れそうになった。

 オートバランサーの制御だけでは間に合わない。マニュアル操作で片足を前に出す。路面のコンクリートを踏み砕きながら、ドラッケンは姿勢を持ち直した。

 息をつく暇はない。無防備な背面が丸見えだ。すでに相手は剣を振り上げている。

 再度ローラーを起動。右足側は前回転、左足側は後回転。左右で真逆の進行方向が、機体をその場で急速転回させた。

 ぎりぎりで防御が間に合う。盾で斬撃を弾きながら、アリサは速射銃を引き抜いた。

 マニピュレーターを通して武器の信号を受信し、コックピットモニターに別ウインドウが開く。銃の型番やら使用に関する承諾コマンドが表示された。

 なんて煩わしい。いちいちこんな手順を踏まないといけないのか。いや、普段なら出撃前に済ましておく設定か。

「急いでるのよ!」

 アリサはエンターキーを連打して、処理をすっとばしていく。

 完了の表示と同時に、敵のドラッケンがシールドを前にして突っ込んできた。打ち合う巨大な盾同士が、盛大に火花を散らせる。

 コックピットが激しく震え、スクリーンにノイズが走る。機体のあちこちから不穏に軋む音がした。

 サイドモニターに表示されている、簡略化された機体図の左腕、右膝、右腰が赤く点滅していた。よく分からないが、おそらく何らかの不具合だ。

 直後、ぐらりと視界が傾く。

「え――」

 突然ドラッケンが右膝からくずおれた。さっきの無茶な踏ん張りがまずかったのか、機能不全を起こしている。上体の重みを片足で支えられるはずもなく、機体はそのまま尻もちをついてしまった。

 健気に作動したオートの姿勢制御が、左手を地面に突き立て、完全に転倒するのだけは防いでくれたが、状態は最悪だった。

 二足歩行型で、この体勢からのリカバリーは慣れた操縦兵でも難しい。刹那の判断。立ち上がりをあきらめて、アリサはスティックレバーのトリガーに指をかける。

 手にした銃が持ち上がる。敵も銃に持ち替えていた。

 先に撃たなくては。スクリーンの中で、照準のレティクルが上下左右にぶれる。

 アリサは武器を持つ相手の腕を狙った。

 敵はアリサがいるコックピットを狙った。

 引き金を引いたのは、双方同じタイミングだった。

 

 

 息を殺して、身をひそめる。

 すぐ近くをいくつかの足音が通り過ぎていった。

 監視塔二階。階段裏の死角にマキアスは隠れている。掃除用具や雑品の置き場所になっているスペースだった。

 外の戦闘のせいだろう。大分慌ただしい。そして目算通り、兵士は少ない。とはいえ、思った以上にクレアたちの捜索はやりにくかった。

 構造的な問題だ。各フロアは方形型で、中央は吹き抜けになっている。通路は内周に沿ってほぼ一本道。間が悪ければ、簡単に敵に出くわす上に、前後から挟まれてしまう可能性も高い。

 話し声が聞こえてきた。

「あの侵入者どもはどこの連中だ。正規軍ではないようだが」

「目的は分からんが、高原でクレア・リーヴェルトと同行していた者たちと似ている」

「だとするならあの二人の奪還が目的かもしれん。貴族兵も出払っているし、三階の警備は注意した方がいいな」

 短い会話を終えると、一人は階段を上がり、もう一人はそのまま遠ざかっていった。

(二人の居場所は三階か)

 いい情報が手に入った。これでむやみに歩き回らなくて済む。

 彼らの話から察するに、自分たちはクレア大尉と関わりがあるとすでに割れているようだ。もっともここまで来ると、それは大した問題ではなかったが。

 そっと顔をのぞかせ、周囲をうかがう。少し離れたところに猟兵が見えた。

 多分、さっき話をしていた一人だ。他の階に行くような気配はない。油断のない足取りで、男は一定のルートを往復している。このフロアの巡回役らしい。

 タイミングさえ合わせれば、抜けられないこともない。

 戻ってきた猟兵が、また通路を引き返していく。階段裏のマキアスには気付かない。

(今だ)

 頼むから振り向くなと胸中に祈りながら、マキアスは隠れ場から体を出した。

 通路の床はスチール板が張られていて、普通に歩くだけでも足音が響く。ブーツは脱いで手に持ち、忍び足で歩を進める。元々階段裏に隠れていたので、そのまま反対側に回って登ればいいだけだ。

 緊張で足が震え、心臓がどくどくと高鳴る。男が何かの気まぐれで振り返っただけで、全てが終わってしまうのだ。

 どう考えても、こういうのはフィーの方が得意だ。自分で言うのもなんだが、役割分担を間違えたかもしれない。

(……僕らしくない)

 隙を突いて潜入すると決めた時、自分が行くという以外の選択肢が頭になかった。普段なら何通りかのパターンくらい考えておくのに。

 なぜと自問するも、答えは出ない。ただ自分が助けたいと、そう思っただけなのだ。それは浅慮な判断だっただろうか?

 状況の危うさも忘れて、そんな考えが一瞬脳裏によぎる。それは一秒にも満たない思考だった。気を抜いたわけでは決してなかったが――

「――!?」

 背中にかけていたショットガンの筒先が、何かに触れた。嫌な感覚が全身を走り、視線を背後に向ける。

 すぐそばに立てかけてあったモップが、倒れてくるところだった。

 不注意でモップの柄を引っかけてしまったのだ。

(ま、まずいぞ!)

 受け止めなければ。しかし両手はブーツを持っていて塞がっている。肩で? 無理だ。口で? できるか。逡巡の間にもモップは床に近付く。

 マキアスはブーツごと両手で、倒れてくるモップの柄を挟み込んだ。際どく白刃取を成功させたが、それでも危機は脱していなかった。

 ドミノ式にさらに二本、モップが倒れてくる。

(冗談だろ!?)

 無理だの何だの言っていられない。必死で角度を合わせ、一本を肩で止める。もう一本は口で――といきたかったが、目測を誤って顔面で受け止める。見事に眼鏡のブリッジにはまってくれた。モップのヘッド部が、自分の頭にかぶさる。

 でたらめな体勢に、足がふらついた。

 たたらを踏んだ先にスチールバケツがあった。蹴り飛ばすわけにはいかない。無理やり片足を持ち上げ、バケツの中に垂直に着足する。音はしていない。

(勝った……!)

 何に勝ったかは分からないが、マキアスは小さくガッツポーズを作ってみせる。

 ふと鼻先を何かがくすぐった。

 頭に乗ったままのモップ――そこから落ちてくる埃の塊だった。それを深々と鼻腔に吸い込んでしまう。

「……ふぁ、はっ……」

 ダメだ。耐えるんだ。何の為にここまで頑張った。全てを台無しにしたいのか。堪えろ、堪えてみせるんだぶえええ――

「ええっくしょい!」

 かましてしまった。案の定、猟兵が振り返る。ばっちり目が合った。

「貴様、何者だ」

「し、新人清掃スタッフです」

「そんなわけがあるか!」

 腰からコンバットナイフを引き抜いて、男が襲い掛かってくる。体のモップを振り払い、マキアスはショットガンを手に取った。

 引き金に手をかけ、躊躇する。こんな構造の建物内で銃を撃てば、その銃声は広範囲に響き渡ってしまうだろう。そうなれば増援がやってくる。

「ぐっ!」

 ナイフの一振りを、ショットガンの銃身で防ぐ。

 ここからどうにか立て直しをと思ったが、戦闘スキルは相手の方が格上だった。あっという間に押し倒され、ナイフを喉元に突きつけられる。

 これが猟兵。これが確実に相手を仕留める技能。動きに寸分の無駄も、容赦もない。相手が貴族兵ならまだやりようはあったものを。

 迫る鋭利な切先。この後に及んでも叫び声は上げずに、マキアスはただ歯を食いしばる。

 突然現れた光の膜が彼を覆った。

 障壁に弾かれたナイフが、猟兵の手を離れて飛んでいく。

「早く起きなさい!」

 尖った声が耳に届くと同時、光は薄れて消える。とまどう猟兵のわずかな隙を見逃さず、マキアスはショットガンを握り直し、全力のフルスイングを見舞った。

 銃床に側頭部を打ち据えられ、男はどさりと通路に倒れる。動く気配はない。意識を失っているようだ。

「追ってきて正解だったわね」

 息の荒いマキアスに、セリーヌは済ました声でそう言った。

 

 気を失ったままの猟兵の足を引きずり、さっきまで自分がいた階段裏のスペースに押し隠す。

「感謝しなさいよ」

 得意げに鼻を鳴らしたセリーヌに「ああ、最高のタイミングだ」と振り返って、マキアスはようやく一息ついた。

「アンタ一人じゃ、やっぱり心配だったしね」

「面倒をかけた。助かったよ」

「べ、別にいいけど」

 また鼻を鳴らして、彼女はそっぽを向いた。

「クレア大尉たちは三階らしい。このまま行こう。フォローを頼めるか」

「また猟兵に見つかるだけよ。他のルートで行った方がいいわ」

「他って言ってもな」

「そこにあるじゃない」

 セリーヌがあごで指し示した先――通路の端に通風ダクトが見えた。

 

 ダクトの金網を外し、這いつくばって中に入る。人ひとりがようやく進める程度の幅しかない。

「いや、確かにここなら見つからないだろうが。しかしだな」

「つべこべ言わずに急ぎなさい」

「……了解だ」

 さすがにこんな場所までは掃除も行き届いていない。クモの巣を腕で払い、体中を埃にまみれさせながら、マキアスは薄暗いダクトの中を進んだ。セリーヌもひげについた汚れを払いつつ、彼の後に続く。

 途中まではよかった。窮屈ではあったが、何とか前進できていたからだ。

「行き止まり? い、いや――」

 今いるのは二階。捕らわれた二人がいるのは三階。

 例えばダクトの経路が緩やかな傾斜になっていて、スロープみたいに上のフロアに続いているなら、何も問題はなかった。

 しかし、行き着くところまで行ったら、あとは直上に向かってダクトが伸びている。

 まっすぐ真上。嫌味なくらいに九〇度の垂直。登るのか、これを。登れるのか、僕に。

 身をよじって仰向けになり、どれほどの高さがあるか確認してみる。目算だが、およそ六アージュといったところか。

「フロア一つ分をよじ登るわけか」

「そうなるわね」

「あっさり言ってくれるな」

 手をかけるような窪みも、突起もない。

 苦心しながら体をくねらし、マキアスは寝そべった状態から、ダクトに沿う形で立ち上がる。

 見上げた先、すなわち六アージュ上に、横に繋がる通風口が見えた。あの場所が三階への入口だ。

「行くしかないな……」

「ああ、ちょっと待って」

 隙間を縫うようにマキアスの体を駆け上ると、セリーヌはその頭にちょこんと乗った。

「き、君な」

「ほら出発。気合い入れなさいよ」

 釈然とはしなかったが、先ほど助けられた借りもある。喉まで出かかった小言を飲み込んで、マキアスはクライミングを開始した。

 足裏を壁の前面に、背を後面に押し当て、突っ張るような態勢をキープ。背負ったままでは邪魔になるので、ショットガンは胸側に回している。

 足で体を押し上げ、ずりずりと背中を滑らすように、少しずつ上を目指した。

 ちょっとでも圧が緩んだらおしまいだ。一気に下まで落下してしまう。これはかなり力を使う。何度も登り直すような体力は残っていない。一発勝負だ。

「……くそっ」

 三アージュは登ったか。休憩できないのがきつい。止まっていても苦しいし、動いていれば尚苦しい。

 悪態を突きつつも、しかしマキアスは着実に進んでいた。もう根性だった。

「ほらほら、あとちょっと。足動かして。頑張りなさいってば。あ、下は見るんじゃないわよ」

「ちょっと静かにしてくれ……」

 彼女なりの応援なのか、セリーヌはマキアスの頭の上でやかましくしている。

 大粒の汗が頬を伝い、あごから滴り落ちていった。

 あと二アージュ。歯を食いしばって登る。

 あと一アージュ。気持ちを切らさず登る。

 あと五〇リジュ。もう少し。手を伸ばす。

「あ――」

 微妙に届かない。焦りから目測を誤った。やってしまった。落ちる――

「ぐっ!!」

 無理やりに腕を突き出し、必死に手をかける。ここまで来て諦めてたまるか。

 横に繋がるダクトの手前にかろうじて片手が届く。すぐさまもう片方の手も引っかける。そこから懸垂の要領で、体を持ち上げた。

 ここまでほとんど腕は使わなかったから、腕力は残っていたのだ。最後の力を振り絞って、上体をダクトの奥に滑り込ませてやる。

 やっとだ。どうにか三階に到達した。

 頭から降りたセリーヌが、感嘆の声をもらした。

「へえ、案外やるじゃない」

「ぶ、文化系と侮ってもらっては、困るな。僕だっ、て……士官学院生……だぞ」

 息も絶え絶えに言うマキアスだが、手足はもちろん、指先までぷるぷると細かく震えていた。

 あまり休んでもいられない。一通り呼吸を整えると、マキアスはまたダクトを行く。

 途中分かれ道があった。いくつかの部屋や通路に繋がっているのだろう。

「どっちだ?」

「静かにして」

 セリーヌの耳がぴくりと動く。しばらくの後、彼女は右を向いた。

「こっちから人の気配がする」

 促されるまま、マキアスは右に向かう。いくつかの角を曲がった先に縦並びの格子があって、そこから光が差し込んでいる。ダクトの終点だ。

 慎重にマキアスは這い進んでいく。

(……いた)

 椅子に座らされたクレアとエリゼ。後ろ手に縄で縛られた、二人の背中が視界に入った。机を挟んだ先には猟兵もいる。

(で、ここからどうするの?)

(そうだな……)

 見える範囲から推測するに、おそらくこの通風口は部屋の隅に位置している。

 言葉以外で意思伝達をする必要がある。先ほどリィンと交わしたハンドシグナルはその一つだ。しかし、今は背後にいるので、彼女たちにジェスチャーは見えない。

 そもそもあれは授業の一環で作ったオリジナルの手信号なので、Ⅶ組メンバー以外で使えるものでもないが。

 さすがに正規軍で使われている手信号など、自分でも知らない。

 だったら――

(これならどうだ……?)

 マキアスは指で格子の一本を叩いた。

 

 

(……来た)

 そのかすかな音はクレアの耳に届いていた。

 あの時、馬の背から離脱したセリーヌがうまく伝えてくれたのだ。だとしても、ここまで潜入するなんて困難を窮めたはずだが、彼らには本当に驚かされる。

 もし誰かが助けに来るとしたら、どこから来るか。彼女はこの部屋に入った時点で、その可能性のある場所を把握していた。それによって想定しておく自分の行動も変わってくるからだ。

 一つ目はそのまま部屋の扉。二つ目は天井の換気口。そして三つ目が、今しがた音のした背後の壁――その右下端に位置するダクトだった。

(リィンさん……それともフィーさん?)

 ダクトを通ってきたとしたら少人数だろう。そして少し前からこの部屋まで響いてくる銃撃の音。詳細は不明だが、陽動と潜入の二班に分かれたというところか。

 小さな音は続く。注意しなければ聞きもらしてしまう程、本当に小さな音だ。猟兵にはまず聞こえない。

(……?)

 格子を叩く短音が一回。格子をこする長音が二回。そこからまた短音が三回。

 この不規則な符丁が何なのか、クレアにはすぐに分かった。音の長短の組み合わせだけで言葉を送る音響信号――サウンドシグナルだ。手信号と異なり、アルファベットなど一文字一文字を伝えることが可能で、特質上あまり独自のアレンジをされない傾向にある。

 無論、クレアはそれを読解できる。

 まず最初に、音はこう告げた。

 『た・す・け・に・き・た。マ・キ・ア・ス』と。

 これも驚いた。予想と違って、どちらかといえば後衛組の彼が来たというのもそうだが。自分の頃と変わっていなければ、サウンドシグナルなど授業では教えなかったはずだ。

 だがすぐに納得する。

 彼が学年首位を取るほどの勉強家だということは知っていた。おそらく独学で学んだのだ。使う機会があるかも分らないような、こんな技術を。

 きっとトールズに入学するずっと前から、あらゆる知識を貪欲に吸収し続けてきたのだろう。その動機とモチベーションが何だったのかまでは、知りようもなかったが。

 何にせよ、彼は自分の持ち得る全てのスキルを総動員して、ここまでたどり着いてみせたのだ。

 ここからは最後の詰め。次は私が応える番。

 ブーツの踵で床を打ち『そ・こ・ま・で・ち・か・づ・く』と返すと、クレアはおもむろに口を開いた。

「ずいぶん外が騒がしいようですね。さっき無線機で報告を受けていたようでしたが、何かありましたか?」

 猟兵がクレアを見た。エリゼも不安そうに顔をあげる。

「お前が知る必要はない」

「あなたも行かなくていいのですか? これは襲撃でしょう」

「俺の役目はお前たちの見張りだ」

 舌打ちして、彼は話を打ち切ろうとする。クレアは無視して会話を続けた。

「なるほど。得心しました」

「何がだ」

 くすりと嘲笑をにじませて、彼女は言った。

「あなたは前線に出るタイプではないのですね」

「知ったような口を叩くな。言っただろう。俺たちは雇い主のオーダーに沿って動くと。これは役割分担の話だ」

「そもそも簡単に何者かの襲撃を許してしまっている時点で、雇い主のオーダーに応えられているとは思えませんが」

「何が言いたい」

 声音がいら立った。まだ足りない。この男を激昂させるには何が必要だ。ここまでに交わしたすべての会話を頭の中に並べる。プライドを傷つけ、相手の感情を逆撫でする言葉とは。

 冷徹ともいえる頭脳が、その一言を弾き出した。

「所詮は、“それなりに名の知れた猟兵団”程度ということです」

「貴様っ!」

 かかった。

 この男がもう少し冷静だったなら、急に挑発じみた言葉を言い出したことに、違和感を持たれていたかもしれない。

 ほとんどの猟兵がそうであるように、彼もまた自分が所属する団に誇りと自信を持っている。そこを崩した結果、予想通り男は激怒した。

 理性の歯止めが利いておらず、感情のままに大股で歩み寄ってくる。ニーズヘッグがどうあれ、この時点で彼の二流が確定した。

 男は一息にクレアの胸倉をつかみ上げた。彼女はされるがまま立ち上がり、しかし微妙に重心を変えながら、悟られないようごく自然な動きで、体の向きをそこ(・・)に向けていく。

「手は上げないと言っていたはずですが」

「黙れ」

 むき出しの憤怒を隠そうともせず、猟兵はクレアを対面する壁――気付かないまま巧みに誘導されたその壁に叩きつけた。

「うっ」

「クレアさん!」

 エリゼが叫ぶ。

 思った以上の衝撃を流しきることはできなかった。ちょうどいい。下手に演技をせずに済む。

 背を壁につけたままへたり込み、体で隠しながらクレアは縛られた両手をダクトに押し当てた。

 

 格子の隙間から差し出されたクレアの手首に、マキアスは素早く手をかける。

 金属製の手錠でないのは幸いだったが、かなり複雑な結び目に彼は悪戦苦闘する。

(な、なんだ。全然解けないぞ……!?)

 一体どこから手をつけていいかも分からない。縄一本で相手を捕縛しているのだ。考えてみれば強固で当たり前だ。

 クレアがここから動かされたら、どうしようもなくなる。二階で倒した猟兵からコンバットナイフを奪ってきていればよかった。

「まどろこっしいわね。どきなさい!」

 まごつくマキアスの脇を抜けて、セリーヌが前に出てくる。尖った前歯を突き立て、少しずつ縄をかじっていく。

(よしいいぞ。ほら、もっと急いでくれ。あ、何やってる。かじる場所がずれてきてるじゃないか。間違っても大尉の肌に傷をつけるんじゃないぞ)

(ちょっと静かにしてくれない!?)

 待っているだけなのがもどかしいらしく、マキアスはセリーヌを急かす。尻尾がうっとうしそうに、マキアスの横面をはたいた。

 

 カリカリと細かな振動が伝わってくるが、彼は一体どうやって縄を解こうとしているのだろうか。

「どうした。ずいぶん静かになったな」

 男はクレアの前に立ち、冷たい目で見下ろした。

「そうですか?」

「何を企んでいる?」

「意味がわかりませんが」

 一度気を荒げたことで、頭が冷えたのだろう。男はさっきの挑発を不自然に思い始めている。

 いけない。マキアスさん、急いで。

「立て」

「この通り、足にきていて立てそうにありません」

「そうか。ならば立たせてやる」

 太腕が襟首に伸びてきた。ここで立つわけには――

「やめて!」

 飛び出したエリゼが男の横から体当たりをした。猟兵はほんの少しよろめいたが、体重の軽い少女の当身など物ともしなかった。

「邪魔だ!」

「きゃっ」

 腕で払われたエリゼが床を転がる。それでも彼女はすぐに起き上がり、男をにらんだ。

「エリゼさん、ダメです! あなたもやるなら私にしなさい!」

「どいつもこいつも……!」

 彼はクレアではなく、エリゼに向かった。先に組み伏せておくつもりだ。

 初めてクレアの表情に焦燥がよぎる。

 ぶつん、と音がして縄がはらりと手首から落ちた。

 弾かれたようにクレアは床を蹴り、猟兵に駆け出す。振り返った男が「やはり何か仕込んでいたか!」とナイフを抜いて襲い掛かってきた。

 鋭い一突きを紙一重でかわし、クレアは相手の手首をつかむ。脇の下を俊敏に潜り抜けて、猟兵の背後に回ると、そのまま腕をひねり上げた。

 力ではなく、関節技。男に抵抗する間は与えず、左膝に蹴足の一撃。がくんと相手のバランスが崩れる。即座に首裏に手をかけ、不安定になった下肢に強烈な足払い。

 空中で半回転した男は、顔面から床に叩きつけられ、悲鳴もなく沈黙した。

「何の音だ!」

 扉の外で見張りをしていたもう一人の猟兵が、異変を察知して部屋の中に駆け込んでくる。

 倒れた仲間と解放されたクレアを一度に捉え、彼は反射的に銃を構えた。

 全ての動作が遅かった。瞬時に肉薄し、流れるような肘打ちを男のあごに繰り出す。「がっ……」とうめいて、男は両膝をついた。気は失っていない。まだ銃を向けようとしている。

「エリゼさん、上を見て下さい」

「え?」

 言われるままに彼女は天井を見る。

 ゴキッと鈍い音。

「もういいですよ」

 エリゼが視線を戻した時、微笑むクレアの足元で、猟兵は床に突っ伏していた。

「な、何したんですか?」

「そういえばルシアさんの手料理はおいしかったですね」

「なんでこんな時だけ、はぐらかすの下手なんですか……」

 その折、ダクトの格子を外して、マキアスが這い出てくる。その汚れっぷりときたら、散々なものだった。よほど無理をしてくれたのだろう。

「おかげで助かりました。お礼を言わせて下さい」

「いえ、大したことありませんよ」

 男の余裕を醸し出し、眼鏡を押し上げるマキアスに、セリーヌはうんざりしたように言う。

「よく言うわよ。私がいなかったら手詰まりになってたくせに」

「うるさいぞ」

 部屋の片隅の机。エリゼとクレアは奪われていた銃と細剣、そして《ARCUS》を取り戻す。

 ホルスターに銃を戻して、クレアが言った。

「では外の状況を教えてもらえますか」

 

 

 どちらもトリガーを引き、そして、どちらの銃も作動しなかった。

 動作不良? しかしなぜ相手のドラッケンまで。

 アリサはもう一度引き金に指をかける。結果は同じだ。

「ど、どうして撃てないのよ」

 不具合にしては唐突過ぎる。銃に損傷はない。

 スクリーンの端に赤い文字で『our troop』と点滅していることに気がついた。

「友軍指定? あ!」

 そういうことか。戦場において味方への誤射を防ぐ為の処置だ。固有の導力波を受信し、友軍と認定したらトリガーが反応しないようになっている。乱戦になりやすい機甲兵での戦闘なら、実装されていて当たり前の機能だった。

 戦車に搭載する構想があったのは知っている。だがあくまで構想だ。まさか完成に漕ぎつけていたとは。

 基本の構造や製作は間違いなくラインフォルト。しかし要所に垣間見える、この頭一つ抜けた技術はなんだ。ここだけ明らかに“色”が違う。一体誰が機甲兵の核となる部分を創ったのだ。

 いや、今はそんなことより――

「早く解除しないと……!」

 おそらくは敵操縦兵も気付いている。先にロックを外されたら、その時点で終わりだ。

 アリサは操作パネルを叩き、設定画面を呼び出した。

 兵装に関する項目。多分ここだ。あった。照準設定。友軍登録。相手の形式番号を打ち込み、何種類かのパスワードを入力しなければならないらしい。

 形式番号はモニターに表示されているからわかるが、パスワードなど知らない。他の方法を考えなくては。

 そうだ。もういっそのこと、こうしてしまえ。

 機体操作の全てをマニュアルに変更。機械のサポートを一切介入させなくする。ロックオンはできなくなるが、あらゆる制限がかからないはずだ。

 お願い、間に合って。

 最後のエンターを弾き、すかさずトリガーを引く。

 吐き出された弾丸が、敵ドラッケンの右腕を吹き飛ばした。

「まだっ!」

 狙いを足に移動させ、さらに撃ち続ける。徹甲弾が複合装甲を貫き、束なる重要なケーブルを引き裂き、内部フレームに深刻なダメージを与えた。

 巨体が軋み、倒れゆく。

 相手のコックピットハッチが開いた。転げ落ちてきた操縦兵が、ふらつきながら逃げていく。

 シートに背を預け、深く息を吐く。胸の動悸は収まらない。

 固まってレバーから離れない指を一本一本引き剥がし、強張ったままの手を見つめた。

「やったの……?」

 一言つぶやいた時だった。突然、アリサが乗るドラッケンの背が爆発した。続いて右肩、左膝にも衝撃が走り、同様に爆発する。

「なに!? なんなの!?」

『お嬢様、早く離脱を!』

 シャロンの声がスピーカー越しに聞こえた。そうだ、ここから出ないと。ハッチ開放。こもる熱気が一気に排出される。シートベルトを外して、アリサはコックピットから飛び出した。

 振り返って、黒煙の上がるドラッケンを視界に収める。

「なんで損傷してない部位からも火が出てるのよ」

 無茶な動かし方をしたとは思うが、そこまで脆い機体には見えないが。

 いや、爆発した箇所に何かが刺さっている。

「カード?」

 アリサがそれに気付いたのと、聞き覚えのある高笑いが響いたのは同時だった。

 まるで奇術のように突然姿を現し、その男は中空から舞い降りる。擱座したドラッケンの肩に悠然と着地してみせると、気障な仮面がアリサたちを見下ろした。

「ごきげんよう、諸君。久方ぶりの再会を嬉しく思うよ」

「……ブルブラン」

 彼の名を呼んだのは、なぜかシャロンだった。アリサは怪訝そうに彼女の横顔を見る。

 純白の外套をはためかせ、怪盗紳士は薄い笑みを浮かべた。

 

 

「そんなことになっていたなんて……」

 状況のあらましを聞き終え、エリゼはそう言った。まさかアリサさんが機甲兵を奪って、敵のドラッケンと戦っているとは。

「まあ、ここに来るまでのほとんどが成り行きだ。想定外の連続だったからな」

「私が猟兵たちを高原で振り切れなかったからですね。エリゼさんにも危険な目に合わせてしまいました。申し訳ありません」

 クレアが目を伏せると、「そ、そういう意味ではありません」と焦った様子でマキアスが否定した。

 ちなみにこの事態を引き起こした“想定外”の一つ。うまく乗り越えられなかったフェンスに引っ掛かって敵に発見された件は、先の説明では曖昧な感じにしていたりする。

「リィンさんとミリアムちゃんは、おそらく外壁から屋上を目指したということでしたが」

 クレアは《ARCUS》の通信状態を確認した。

「まだ通信は回復していないようですね」

 クレアは続ける。

「せっかく合流できたところですが、二手に分かれましょう。外の戦闘に加勢する組と、屋上に向かっているリィンさんたちに現状を伝える組にです」

 クレアとエリゼさえ奪還できたなら、無理に戦う必要はなく、可能であれば撤退してもいい。妨害装置を破壊しても同様だ。

 だが情報がなければ引き際さえ判断しづらい。特にリィン側はほとんどの状況が分かっていないはずだった。

「だったら僕が屋上に行く。大尉とエリゼちゃんはこのまま外に――」

「私が屋上に行きます」

 マキアスの言葉をエリゼが遮った。

「それはダメだ。まだ上の階にも猟兵がいるかもしれないし、危険だ」

「マキアスさんだって危険の中を助けに来てくれました」

「いや、それは」

「私が外に出てもどこまで戦闘のお役に立てるか分かりません。だったらせめて連絡役になります。やらせて下さい」

 エリゼは引き下がらなかった。

 ここまでクレアに守られてきた自分。何もできないまま、ただ助けられた自分。

 今日、身をもって知った。自身に降りかかる危険を誰かが肩代わりしてくれたからこそ、こうして無事にいられたということを。

 エリゼは頭を下げた。

「どうかお願いします。足手まといかもしれませんし、心許ないかもしれませんけど。……けど!」

 自分で分かっている。クレアほどの経験も技能もない。マキアスほどの判断力も行動力もない。

 そんなことは分かりきっていることだ。

「こんなことじゃ姫様を――」

 ――いつまでたっても助けられない。

 言いかけた言葉は、ぐっと胸の内に留める。

 各地を回れば、どこかで彼女の行方が分かるのではないか。そう思ってリィンたちに同行してきた。しかし結局は状況に流されるままだ。

 自分で何かを選択し、動かなかったら、きっと何も得ることはできない。

 実力不足は承知の上。それでも無力に嘆いて、足を止めている時間はない。私だって、みんなの危険を引き受けるべきだ。

 優しげな手つきで、クレアはエリゼの肩に手を置いた。

「足手まといなんて思っていませんよ。あなたが身を挺して猟兵にぶつかりにいかなかったら、私の拘束を外す時間は稼げませんでした」

「……クレアさん」

「屋上への連絡はお任せします。ただし無茶はしないで下さいね。セリーヌさん、彼女のサポートをお願いできますか?」

「仕方ないわね」

 セリーヌはエリゼの足元に歩み寄る。

「それと、機能が回復したら即座に分かるように《ARCUS》の通信は繋いだままにしておいて下さい」

 言われた通り、エリゼはクレアと通信状態を維持する。相変わらずノイズが流れるだけだった。

 ここからは自分の行動も、大局に影響を及ぼしてくる。改めて感じた責任の重みを受け止め、エリゼは気持ちを引き締めた。

「では行きましょう。女神の加護を」

 その言葉を最後に、クレアとマキアスは下に、エリゼとセリーヌは上に向かって走った。

 

 

 アガートラムに抱えられ、リィンとミリアムは屋上へと降り立つ。

「貴族兵も猟兵もいないみたいだな」

「下で派手にやってたからねー」

 どういう事態なのかは依然として分からないままだが、まずは当初の目的を果たさなければ。

 リィンは周囲を見渡す。すぐに見つかった。屋上の端に大きな円筒形の機械がある。上部のアンテナらしきものがぐるぐると回り続けていた。おそらくはあれが、導力波妨害装置だ。

「どうする、リィン」

「破壊だ」

 アリサがいない以上、残された無力化の手段はそれだけだった。「待ってました!」と快活に応じたミリアムの背後、再び姿を見せたアガートラムが銀腕を振り上げる。

 接近し、装置に殴り掛かろうとしたアガートラムを、突如割り込んできた黒い影が吹き飛ばした。

「へ?」

「なんだ!?……いや、あれは――」

 見覚えがあった。ユミルに現れた、あの傀儡だった。

 太刀を構え、リィンは警戒する。ミリアムは虚を突かれたように、目を丸くしていた。

「させません」

 事務的な声が耳に届き、黒衣の少女が妨害装置の裏から姿を見せる。彼女を守護するように、漆黒の巨躯はその傍らに控えた。

 なんの前口上もなく、少女は一言だけ告げた。

「では殲滅します」

 

 

 ~続く~

 




中編もお付き合い頂きありがとうございます。

今回はマキアス、アリサの奮闘回でした。エリゼの心情も少しずつ前に向かっています。

マキアスを圧倒した猟兵を圧倒するクレアお姉様。パーフェクトオーダー先輩は相変わらずハイスペックでおられます。

さあ、いよいよ結社戦!しかし次回のメインは――

後編もお楽しみ頂ければ幸いです。
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