虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

28 / 154
第27話 城館潜入戦

 突如として天井に現れた侵入者に怯え、あるいは追って、周りには誰もいなくなった。そばの導力コンロでコトコトと鍋を煮込む音だけがしている。

 閑散とした厨房に一人立つシャロンは、目の前の寸胴鍋のふたを持ち上げた。

「助かった~!」

「あらあら」

 ミリアムが飛び出してくる。シャロンは彼女を抱き止めると、ゆっくりと床に降ろしてやった。

 安堵した様子のミリアムは、辺りをぐるりと見回した。

「えーと、情報交換がいるよね。ボクがここにいる理由とか。というか何でシャロンがここにいるかも分からないし」

「いえ、それには及びませんわ」

「なんで?」

「リィン様から城館内に入ってしまったという連絡を受けたのですね。それで彼らを助けようと敷地内に潜入。ミリアム様がお鍋に隠れていたから、ガイウス様は業者にでも変装していたのでしょうか」

「見てたみたいに正確なんだけど……」

 その後もシャロンは彼女らの事情を言い当てた。本物の業者に間違えられて厨房に入ったこと。そのどさくさで、おそらくガイウスが鍋を取り違えて持って行ったこと。あり得る可能性を元にした予測だった。

 ずっと鍋の中にいたミリアムには断言できない部分もあったが、概ね的を射ていた。

(わたくし)たちも同じようなものです。……ということは、現時点で敷地内に全員が入っていることになりますね」

「どうする? リィンたちの捜索を続けるの?」

「いえ。状況が変わりました」

 西館で起きているラウラのトラブルに、今しがた仕立て上げた“赤毛の侵入者”。

 警備が動き出せば、もう隠密に事を運ぶことはできないだろう。

「合流して全員で、あるいは個々に屋敷を脱出する他ありません。ここまでの騒ぎになると、ユーシス様との再会は仕切り直しでさえ難しくなりますが、やむを得ません」

 彼女たちはリィン側とユーシスが接触していることを知らない。

「どういう経緯か分かりませんが、サラ様もこの場にいます。警備を引きつけて下さっていますので、守りの手薄な裏出口を突破しましょう。なるべく顔は見られない方がいいですが、そこは運次第ですね」

「うん。いざとなればガーちゃん使うし」

「さて、これも致し方ありませんが」

 シャロンは《ARCUS》を操作する。通信先はアリサだった。リィンと合流しているかは不明だが、彼女にも状況を伝える必要がある。

「悪いタイミングでなければいいのですが」

 

 

 ダクトを抜け、東館の外に降り立つ。同時に響く警笛の音。

「侵入者はこっちにいるぞー!」

 そして集まってくる警備兵の群れ。もう身を隠しながら進むなんてレベルじゃない。シャロンのせいよ、シャロンの。収まらない怒りを胸に、囮となったサラは逃走を開始した。

 集団に追われながら、庭園の端を駆け抜ける。玄関口に繋がる正面棟はすぐだった。

 屋内に入る為の扉は施錠されているようだが、そんなものは関係ない。憤懣を引き受けた右足が、ドアノブごと扉を破壊する。

 問答無用でエントランスホールに突入。

 血相を変えた使用人。逃げ惑うメイド。向かってくる警備兵。

 顔もばっちり見られた。ここまで来てしまえば、中途半端に立ち回る方がかえってやりにくい。もういい。構わない。シャロンへの鬱憤をここで晴らさせてもらうから。

「やってやるわよ、囮役。癪だけどね!」

 サラは導力銃を構え、天井に向かって発砲した。

 シャンデリアの吊り鎖を撃ち抜く。ガラス細工の照明が大理石の床に落下して、けたたましい音と精巧な装飾を飛び散らせた。

 立て続けに発砲。計四つのシャンデリアを墜落させる。

 それでも警備兵が怯んだのは一瞬だった。こちらの所持した武器を視認するや、彼らも銃と警棒を取り出す。階級が上らしい何人かは剣も持っていた。

「上等!」

 サラはブレードを抜いた。自分用にカスタマイズされた強化片手剣。ワインレッドの刀身に稲妻がほとばしる。

 紫電一閃。歪に錯綜する雷の爪が、警備兵たちを捉えた。

 感電してくずおれていく彼らの背を飛び越え、ホールから玄関庭園へ。色彩豊かな景色の向こうに、貴族街に繋がる正門が見えた。

 門兵がゲートを閉じようとしている。させない。走りながら射撃。柵の開閉を操作する制御盤に着弾。

 ギリギリと軋んで、上から降りてきた柵が途中で止まる。

「お邪魔しました!」

 その隙間から、サラは敷地外に飛び出した。

 当然それで逃がしてくれるはずもなく、数えるのも馬鹿馬鹿しい程の追っ手がかかる。

 さすがの自分でも、この人数から逃げ遂せるだろうか?

「……あそこまでいければ何とかなるわね」

 当てがあったことを思い出した。状況によっては、もう一度戻って来る必要も出てきそうだが。

 路地裏を抜け、民家の塀をよじ登り、屋根の上を全力疾走。

 自分を追う喧騒が近付いてくる中、サラは悪態をついた。

「とんだ家庭訪問だわ!」

 

 ● ● ●

 

「俺が……混じっている?」

 気だるげな男は、自分に対してそう言った。

 混ざる。不穏な響きを胸中に反芻し、リィンは警戒をさらに強くする。相手の素性がまったく読めない。

「どういう意味だ?」

「意味って言われてもな。そのままだ。お前が使ったんだろ。力の匂いが残ってる」

「………!?」

 判然としない物言いだが、なぜかリィンは直感した。

 この男は自分に巣食うあの力のことを言っていると。

 完全ではないにせよ、確かに使った。先のアルゼイド邸。カスパルを助ける為に、オーレリア将軍に対して。

 男の眠たげな目に、興味の色が浮いている。

「どうしてそれを知ってる。そっちこそ何者だ?」

「ああ?」

 突然、《ARCUS》の受信音が鳴る。腰元に手を伸ばすが、自分ではなかった。リィンの背に隠れるアリサだ。

「ちょっ……!? どうしたらいいのよ?」

「正面は俺が見てるから通信に応じてくれ。このまま音が鳴り続けるのはまずい」

「え、ええ。わかったわ」

 戸惑いながらも、アリサは応答する。

「あ、シャロン? 今ちょっと――緊急? え、本当なの? こっちは一応リィンと合流できたんだけど……」

 状況報告を受けているアリサを守るように、リィンは男と対峙する。端々の会話を聞く限り、ミリアムとガイウスも敷地内に入ってしまっているようだ。

 俺たちを助ける為だろう。つくづく仲間たちに心配をかけてしまった。

 その折、男は首を傾げていた。

「お前らの容姿……。それにシャロン……? ひょっとしてシャロン・クルーガーか?」

「え?」

 いきなり男が歩み寄ってきた。虚を突かれたせいで、リィンの反応が遅れる。

「と、止まれ!」

「そいつを貸しな」

 制止など意に介さず、アリサの《ARCUS》を指さした。

 この男はシャロンさんを知っているのか? 以前からの知り合い? 以前――まさか。

「奪って壊したりはしねえよ」

 言いながらリィンを押し退け、アリサの手から無造作に《ARCUS》を取る。「あ!」と彼女が反応するより早く、男は通話口に声を吹き込んでいた。

「よお、久しぶりだな。ナンバーⅨ」

 シャロンをナンバーで呼んだ。やはり間違いない。《身喰らう蛇》の一員だ。この場にいるのは貴族連合の協力者としてか。相手の実力は未知数だが、もし戦闘となった場合、たったの二人で切り抜けることができるだろうか。

 旧知の会話を、男は楽しんでいるようだった。

「へえ……じゃあこいつが灰の起動者か。だとしてもなんだって城館の中に――まあ、そんなことはどうでもいいんだけどよ」

 ちらりとリィンとアリサを見て、彼は低く笑う。

「――そう威嚇するなよ。別に今回はこいつらが目的ってわけじゃねえし」

 ひとしきりの話をしたらしい男は、生あくびをしながら《ARCUS》をアリサに投げ返した。慌ててキャッチしたアリサは、繋がったままの通信をスピーカーモードに変える。シャロンの声が拡声された。

『リィン様、聞こえますか』

「シャロンさん、彼は一体……結社の人間なのは分かりましたが」

『今の状態で絶対に戦ってはいけません。絶対にです』

 余談を許さない声音に、リィンは太刀の柄に添えていた手を離した。攻勢の気も発さない方がいいようだった。

 そしてシャロンは告げる。

『彼の名はマクバーン。《劫炎》を冠する執行者のナンバーⅠです』

「ナンバーⅠ……!?」

『ナンバーは序列を表すものではありませんが、彼の力は間違いなく執行者最強。ですが大丈夫です。ここで戦うことにはなりません。そうですわね?』

 最後の確認はマクバーンに向けられていた。距離を無視して殺気が伝わるような、冷気をまとう声音。アリサは《ARCUS》を取り落としそうになっていた。

「今回はな。《死線》を怒らしたら面倒そうだし、何より場所が悪い。相方なら問答無用で襲いかかってたかもしれねえが」

「相方?」

 どうやら複数で来ているらしい。

 偶然に出くわした自分たちが、主たる目的でないというのは納得できる。その上でシャロンも釘を刺してくれているから、どうにか戦闘は回避できるようだ。

 訊きたいことはあった。自分の力について。彼はそれを――その正体を知っているのかもしれない。

 しかし質問をする前に、マクバーンはさっさと踵を返した。

「ま、待って」

 呼び止めたのはアリサだった。

「本当に私たちを見逃がすの?」

「見逃すも何もねえよ。少なくとも今のところ、カイエン公からお前らのことを潰せなんていう依頼は受けてないんでな。そっちの黒髪には少々興味が出てきたが――やり合うにしても、やっぱり場所が悪い」

「場所?」

 聞き返すと、マクバーンは首をめぐらせた。

「もしこの場で俺が戦ったら、ここにいる人間は屋敷諸共、半刻と経たずにまとめて消し炭になるぜ」

 なんら気負うことなく、当然のように言う。そしてそれが、誇張でも冗談などでもないと二人は理解した。

 続く言葉は発せられず、体中に冷たい物を感じながら、ただ立ち尽くす。

「楽しみは次の機会に取っておくとするか。まあ……お前らが楽しめるほどの相手かは知らねえが」

 赤いコートを翻して、マクバーンはリィンたちから離れていく。無防備な背中だったが、それを隙だと感じる頭はなかった。

 これが執行者のナンバーⅠ。

 遠ざかる彼の姿は、終始気だるげなままだった。

 

 

「みんなのことは心配だが、一度ユーシスの部屋に戻ろう」

「そうね。ひとまずは安全な場所だし」

 アリサを連れて、リィンは本館の一階に入る。

 シャロンからの通信で、概ね各個人の動向を把握できた。そこに自分の知る情報を加えて、今の状況を整理するとこうなる。

 エマ、セリーヌ、エリゼはユーシスの部屋にて待機。彼女たちにもシャロンが連絡をすると言っていたから、もう事情は分かっているはずだ。

 ラウラは西館で――詳細不明だが――来訪者と交戦中。もしマクバーンのいう“相方”がその人物なら、結社関係の相手と戦っていることになる。状況を収拾するため、彼女のいる西館にはユーシスが向かっている。

 シャロン、ミリアムは偶然に合流。隠密行動が不可能となったので、早々の撤退を提案しているが、彼女たちもひとまずはユーシスの部屋を目指すこととなった。はぐれたガイウスを見つけ次第、本館へと移動する。

 サラは大量の警備兵を引きつけて逃げ回っている。もしかしたら敷地の外に出ているかもしれない。

 ざっとこんなところである。

「ややこしい事になってきたな」

「誰かさんのせいでね」

「う……」

 アリサの視線が痛い。

 総じて考えてみれば、状況を打開する展望がまったくないわけではない。

 現在、アルバレア警備側に侵入者という認識を持たれているのは二人。ラウラとサラだけだ。

 自分たちがこのまま見つからず、ユーシスが西館のトラブルを収め、ラウラをかくまうことができ、サラが無事逃げ遂せることができれば。

 厳重な警備体制が解かれることはないにしても、とりあえず現状を凌ぐことができる。あとは当初の予定通り、頃合いを見て、ユーシスに脱出の手引きをしてもらえばいい。

 だが懸念事項が一つ。

 先ほど遭遇した《劫炎》のマクバーン。もし彼が自分たちと出会ったことを誰かにもらせば、再び捜索の手がかかる。こちらの素性は割れていたようだから、そうなるとユーシスの部屋でも安全とは言い切れない。

 あの口ぶりからして、わざわざ報告にいくとも思えないが――しかし、その保証はどこにもないのだ。

 不意にぴくりと反応し、リィンは顔を上げた。

「まずい」

「え、なに? どうしたの?」

「警備兵が来る……!」

 通路の奥からだ。

 思考に没入していたせいで、気配の感知が遅れた。ユーシスは可能な範囲で人払いをしてくれたが、それでも警備の人間は複数が本館に残っている。当たり前だ。迂闊だった。

「アリサ、戻るぞ」

「ちょっと!」

 彼女の腕をつかみ、来た道を引き返す。確か反対側にも階段はあった気がする。とにかく別のフロアへ。

 上に続く階段はすぐ見つかった。しかしリィンは足を止める。

「くそっ!」

 上からも気配。誰かが降りてきている。警備か使用人かは知らないが、どっちにしても同じことだ。

 アリサが袖を引っ張る。

「こっちにも階段があるわ。下階にしか行けないみたいだけど……入らないように柵がつけてあるわね」

「ここは一階だ。地下があるのか?」

 厨房に潜入する為にサラが見ていた竣工図は、リィンも目にしていた。そこには地下フロアの存在など記載されていなかった。だとするなら、後年に増築されたのか?

 いや、そんなことはどうでもいい。

「行くしかない」

「地下なんて余計に逃げ場がないわ」

「ここにいたって見つかるだけだ。どこかでやり過ごしてから、ユーシスの部屋を目指そう」

 柵を乗り越え、二人はその階段を急いで降りる。

 廻り階段を何度も折り返し、下へ下へと向かった。

「どこまで続くの、この階段……」

「ああ、妙だな」

 ワンフロア下が地下だと思っていたが、どうも違うようだ。すでに何層も降りている。

 明らかに途中から、壁面と床の造りが上層とは異なっていた。真新しい感じもするし、やはり最近造られた区画らしい。

 ようやく階段を終えると、鉄製の扉が待ち構えていた。鍵らしきものは見えない。ノブに手をかけ、慎重に押してみる。重い音を立てて、扉は開いた。

 扉の先はまたしても通路だった。

「一本道……あまり進みたくないわね。ここでしばらく隠れましょう」

 アリサが言うが、リィンは首を横に振った。

「誰かが階段を降りてきてる」

「も、もしかして私たち気付かれてる?」

「歩調から察するに俺たちを追ってきたわけじゃなさそうだが、巡回の人間には間違いなさそうだ。ここで止まっているのはよくない」

 やむなく二人は通路を進む。

 長い通路。分かれ道もあったが、それは勘で選ぶしかなかった。

「どこに繋がっているんだ? それにこの距離だと……」

「ええ、絶対本館の外よね」

 自分たちが走っているのは、おおよそだが中央庭園の下あたりだろう。緊急の避難経路というわけではなさそうだ。

「止まれ、アリサ」

 角を曲がる直前、リィンは制止をかけた。

 人の気配だ。そっと様子をうかがうと、大きなゲートが見える。その前には二人、警備兵が立っていた。

 ここの突破は無理だ。引き返すか。しかしまだ遠いが、後方から近付いてくる気配は消えていない。袋小路とは、まさにこのことだった。

 せめてどこか身を潜められる場所は――

『あ』

 リィンとアリサは同時に気付いた。その視線は通路壁面、足元の一角に注がれている。

 困った時のダクトだった。

 

 

「前見たら本当の本当に承知しないわよ! もし見たら絶交よ。学院に戻れたらホームルームで裁判するわよ。実刑判決確定だからね」

「わ、分かってる」

「女神と私とエリゼちゃんに誓いなさい」

「なんでエリゼが関係あるんだ……誓うけど」

 アリサを先にダクトに入らせたのは、大きなミスだった。彼女が嫌がっていた理由を、リィンは自身もダクトに入る段になって思い至ったが、時すでに遅し。

 蹴られまくって、顔面は靴跡だらけになってしまった。

 不本意ながらアリサを先頭にして、ダクトの中を這い進む。ダクトは先程のゲートの奥へと続いていた。

 金網越しにその空間を確認するなり、アリサは息を呑んだ。

「ここ……機甲兵の建造ドックだわ」

「地下にか? 規模は?」

 リィンからその光景は見えない。見る為に顔を上げようものなら、別の物が映り込み、顔面の靴跡が増えることになる。

「かなり広いわ。百アージュ四方のスペースに機甲兵が並んでる。見える限りでは量産機(ドラッケン)が七、隊長機(シュピーゲル)が二。あと見たことのない機体があるわね。新型だと思う」

「新型……そんなものを造っていたのか」

 アリサが見た限りでは、通路とドックの構造には高低差があって、この通風口は床から三アージュほどの高さに位置しているそうだ。

 広大な地下ドックに、機甲兵の製造。アルバレア家の財力があればこそだろう。新型の情報は気になるところだが、だからといって今はどうすることもできない。

「アリサ、そろそろ引き返そう。さっきの警備兵の気配も遠退いた」

「待って。装甲車もあるみたい。機材運搬用みたいだけど、何台くらい配備しているのかしら――あっ!?」

 もう少し奥を見ようと身を乗り出した時、アリサの手掛けていた金網が枠ごと外れた。ネジ止め式ではなく、はめ込み式だったようだ。それが向こう側へと落ちていく。

「だ、ダメっ!」

 枠網を掴もうとアリサはさらに身を乗り出すも、結局キャッチできなかった。さらに悪いことに、体を戻すこともできなかった。リィンは言いつけ通りずっと下を向いていたので、その事態に気付くのが遅れた。

 その結果。アリサはドック側に転落してしまった。

 ガシャンと大きな音が鳴り響く。

「い、いたた……」

「大丈夫か!?」

 急いでリィンも飛び降りる。

「ご、ごめんなさい。私のせいだわ」

「そんなことはいい。ケガはないか」

 アリサを立ち上がらせた時には、何人もの警備兵たちが走ってきていた。最悪の展開だ。リィンは太刀に手をかける。

「もう強行突破しかない」

「でも……!」

 それをすると全員の行動に影響が出る。変更を重ねてきた作戦が、ここにきて全て台無しになってしまう。

 しかしそれ以外に方法は見つからなかった。

「だったら……」とアリサはドックの奥を指さした。そこには例の新型機甲兵があった。

「ノルドでやったみたいに、あれを奪って私が動かすわ」

「む、無茶だろ」

「警備が何人いると思ってるのよ。二人だけで突破する方がよほど無茶よ」

「だけどな……」

「本当は一度操縦してるドラッケンの方がいいんだけど。今オーバルエンジンが駆動してるのは、あの新型しかないみたいだから」

 機甲兵はパスコードがなければ動かない。奪って使うなら、起動中のものを狙うしかないのだ。動作試験中なのか、確かに今動いているのは新型だけだった。

 悩む時間もない。警備兵がやってくる。

「わかった、援護する。走れ、アリサ!」

「ええ!」

 弾かれたように二人は床を蹴る。警備兵はすぐそこまで迫っていた。

 リィンは振り返り様に、太刀を一閃。一番接近していた一人の警棒を切り飛ばす。

 続けて襲ってきた警備兵は剣を持っていた。相手の攻撃を刀身で受け流し、体勢が崩れた首筋に柄頭をめり込ませる。低くうめいて、男は倒れた。金属板が多いドック内での跳弾を嫌ってか、誰も銃は使ってこない。

 先行するアリサに向き直ると、機甲兵にまもなくたどり着くところだった。コックピットハッチは開いている。

(いけるか?)

 そう思った直後、突然現れた黒い人影がアリサの前に立ちはだかる。手際良く彼女の腕をひねると、容易く後ろ手に拘束した。

「うっ!」

「アリサ!」

「動かないで頂きたい」

 折り目正しく姿勢を伸ばし、アルバレア家の執事――アルノーは静かに告げた。

「まずは剣を捨ててもらいましょう」

 

 ● ● ●

 

 どうもおかしい。

 配膳台車を押しながら西館へと向かうガイウスは、中央庭園に差し掛かった辺りでそう思った。

 やたらと庭園に警備が多いのだ。普通は館内に人手を割き、このような場所は庭師を配置する程度ではないのだろうか。

 とはいえ、ここまでの大邸宅。自分の感覚が間違っている可能性もあると彼は考え直した。

 ガイウスにはこの大量の警備兵がエマの暗示テロによって、ことごとく送り込まれたものだということは知る由もない。

「西館はあれか。……ん?」

 距離はあったが、見覚えのある人影が視界に映り込む。急いだ様子で、西館へと向かうユーシスだった。

「ミリアム聞こえるか。ユーシスを見つけた。リィンも探さなければならないが、先に声をかけておくべきだろうか?」

 寸胴鍋からの返事はない。その時、

「おい、お前」

 数人の警備兵に呼び止められる。

「見たところ業者のようだが、どこに行こうとしている」

「《ソルシエラ》の使いの者だ。西館に向かうところだが」

「確かにその給仕服は《ソルシエラ》のものだな。しかし厨房があるのは西館ではないぞ」

 堂々と答えれば何とかなるかと思ったが、失策だった。進行方向的に東館側から来ているルートを通っているから、迷ったという理由も不自然なものになる。

「先ほどから不穏な報告も入っている。まずは身分証の提示だ。《ソルシエラ》の従業員であることを証明しろ」

「身分証?」

 そんなものはない。ハモンドもさすがにそれは用意していなかった。動こうとしないガイウスに、男の一人が声を荒げた。

「早くしろ! その鍋の中も確認させてもらうぞ」

 もはやこれまでか。話をはぐらかすことなど、とても無理だ。ガイウスは覚悟を決めた。

「ふっ」

「貴様っ、何がおかしい!」

 隠密の内にリィンを救出するのは失敗だ。しかしここで捕まっては本末転倒。ミリアムが――アガートラムがいれば、脱出自体は容易なのだ。

 自分たちを侵入者という形にして、警備を引きつけるという手もある。騒ぎを起こせば、逆にリィンたちが逃げやすくなるかもしれない。もちろん大事にはしたくなかったのだが――

 状況は把握しているな? 力を貸してもらうぞ、ミリアム。

「俺が何者か、だったな。いいだろう、教えてやる」

「な、なに!? こいつやはり……!」

 ガイウスは寸胴鍋に手をかけ、勢いよくふたをあける。

 おいしそうなポトフが姿をみせた。

 

 ● ● ●

 

「なんとなくですが、普通の侵入者ではないと思っていました」

 リィンが床に剣を置くと、アリサを離さないまま、執事服の男は言った。

「あなた方のお顔は存じております。ユーシス様のご学友ですね。私はアルバレア家執事のアルノーと申します」

 俺たちのことを知っている。手配されているなら当然か。そういえば以前のバリアハート実習で会ったような気もする。会話らしい会話をした覚えはないが。

 追いついた警備兵が、リィンを包囲していた。

「念の為、一番守らねばならない場所で待機していたのですが、どうやら正解だったようです」

「不躾な方法で敷地に立ち入ったことはお詫びします。ですが元々ここまで来るつもりも、無用な騒ぎを起こすつもりもありませんでした」

「そうでしょうね」

「え?」

 なぜかアルノーは信じてくれたようだった。

「しかし何であろうとも、侵入者には違いありません。屋敷の安全を預かる立場として、あなたがたの身柄を拘束させて頂きます」

「こちらに非があることは承知しています。その上で、やはり捕まるわけにはいきません」

「主張は自由。抵抗も結構。ただ、それがまかり通るかは別の話でしょう」

「………」

 状況を覆す方法はある。ヴァリマールを呼ぶことだ。

 とっさの判断とはいえ、あの新型を奪取してこの場を突破しようとしていたのだ。それが騎神に変わったところで同じ――いや、突破力でいえば遥かに騎神が上だろう。

(だけど……)

 リィンは迷っていた。

 ここで騎神を使うのがまずい理由。今までヴァリマールに頼ってきた局面と、決定的に違うことがある。それが分かっていたからだ。

 背後で重い駆動音がした。待機状態だった機甲兵が次々と立ち上がっている。

「侵入者があなた方だけということもないはず。おそらくは西館のトラブルもそう。他にも敷地内に隠れている輩がいるかもしれませんし、手荒なやり方ですが炙り出させてもらいますよ」

 歩兵だけなら万が一発見されても逃げられるかもしれないが、機甲兵まで出されては、その可能性がほとんどなくなる。

 今一度考えてみたが、選べる道は限られていた。

 全てのリスクを呑み込んだ上で、リィンは決断した。

 

 ● ● ●

 

 ユーシスが西館に足を踏み入れた時、館内は散々たる有様だった。

 調度品は砕け散り、壁には無数の傷が走り、あらゆるものが破壊されていた。最初は止めようとしていた使用人たちも、巻き添えを避けてか、あちらこちらに退避しているようだ。

 通路の奥から剣戟の音が聞こえてきた。

「いたか……」

 メイド服のラウラと甲冑の女が、報告にあった通りおたまで戦っている。

 おたまだけでここまで惨禍を降り撒いたというのが驚愕だ。

「人の屋敷でずいぶん好き放題やってくれたようだな」

 剣を手に、二人の間に割って入る。彼女たちは束の間、戦闘を止めた。

 おたまを引いて、ラウラが言う。

「ユーシスか。騒々しい再会になったな。どこから説明すればいいのやら」

「おおよその事情は聞いている。リィンも今のところは無事だ。アリサと合流して、俺の部屋に戻っている頃だろう。それで、そちらが客人とやらか?」

 甲冑の女に視線を移す。彼女は得意気に胸をそらした。

「ふふん。教えて差し上げましょう。わたくしは――」

「彼女はデュバリィ。《身喰らう蛇》の人間だ」

「ひ、人の名乗りを横取りするとはっ!」

 先にラウラが説明すると、デュバリィはじだんだを踏んで怒りをあらわにする。

「父上の客人とは聞いていたが、まさか結社とはな。まあ、ありえん話ではないか……。それでお前はなぜ戦っているのだ?」

「それは――」

「その娘が毒入りサラダをわたくしに食べさせたからです! 他にも色々ありますけど、まずはそれですわ!」

 今度はデュバリィが先に言った。ラウラは嘆息をつく。

「まったく、まだそんなことを。そなたがむせ込んだだけだと何度言えば分かるのだ?」

「こ、の、小娘~!」

 やれやれとラウラが心底困ったように肩をすくめると、デュバリィはまたそれが気に入らないらしく、さらに怒りボルテージを上昇させる。

「なるほどな」

 毒入りサラダではなく毒そのものサラダだと訂正しようかと思ったが、それは話がややこしくなりそうだったのでやめた。

 冷静に考えれば、素性も分からない相手に毒を盛りにいくわけもないのだが、今のデュバリィにそんな説得をしたところで効果があるとも思えない。

「邪魔立てするなら、あなたが誰であっても容赦しませんよ!」

 デュバリィの持つおたまが炎をまとう。

「いかん! ユーシス、よけろ!」

 身をそらすと同時、鼻先を火の粉がかすめた。今のは何だ。アーツか?

 体勢を戻して、剣を構える。

「右に跳べ!」

 間合いの外にも関わらず、ラウラが叫んだ。切迫した声に押され、ユーシスは反射的に右へと体を移動させる。

 振り下ろされた相手のおたまから疾風が放たれた。風の刃が足元の絨毯を縦一直線に切り裂く。

「な……!?」

「気をつけるがいい。彼女は様々な属性を武器に宿すことができるようだ」

「それをよくおたまで凌いでいたな」

 ぱりぱりと弾けるような音。デュバリィのおたまに、今度は電気の帯がかかっている。

 こんな攻撃を続けられたら、屋敷がもたない。

「待て」

「なんですの、今さら話し合いでも?」

「被害額の請求だ。お前も、ラウラも」

『は?』

 二人は顔を見合した。

「は? ではあるまい。これだけ派手にやらかしてくれたのだ。客人とはいえ咎め無しのわけがなかろう。一点物の調度品の数々に設備修繕費。一千万ミラは覚悟しておけ」

「ふむ。中々の額だ」と腕を組むラウラに対し、「い、いっせんまん~!?」とデュバリィは青ざめた顔で絶叫していた。折半だとして、一人五百万ミラである。

 ラウラが挙手する。

「壺やら絵画やらを壊したのはデュバリィの方が多いぞ」

「そ、それはあなたがちょこまかと逃げるからでしょうが!」

「負担分は7:3が妥当だと思うが」

「卑怯な! せめて6:4に……ってそうじゃありませんわ!」

 わざとらしく咳払いして、デュバリィはおたまを下げた。

「ま、まあ。今日はこの辺で勘弁してあげましょう」

 じりじりと足を引いて、彼女は遠ざかる。

「次に会った時はおたまなどではなく、剣での勝負。この《神速》の力を目の当たりにして、泣いしまえばいいのです」

 一歩、一歩と撤退の速度が上がる。回れ右。デュバリィは逃げ出した。おそらくは請求書から。

「覚えてやがれですわー!」

 そんな捨て台詞を残して、彼女は姿を消した。

 

 

 香り立つ湯気。味の染み込んだポトフ。堂々たるガイウス。困惑する警備兵。

「そのポトフが《ソルシエラ》の証だというのか? 分かったような分からんような……」

「む?」

 反応に困っている警備兵たちを見て、ガイウスはようやく鍋の中身に視線を転じる。

 そこにミリアムはいなかった。あるのはスープに浸かった彩り豊かな野菜のみである。

 事態は呑み込めなかった。果たして彼女はどこに消えたのか。すぐに答えは出て来ない。一つずつ自身の行動を振り返って、どうやら厨房で取り違えたらしいと気付く。

 そうだ。あの時だ。そこしか考えられない。ということはミリアムは厨房に置き去りか。まさかそのまま火にくべられたりはしていないだろうな。

 警備兵たちはガイウスに詰め寄った。

「やはり怪しいな。《ソルシエラ》に確認を取った方がいいかもしれん。それまでは念の為、拘束させてもらうぞ」

 逃げるべきか? しかしミリアムを置いたままでは。ちなみに自分の槍はアガートラムに収納させているから、彼女と合流しないと武器も手にできない。

「早く両手を上げろ!」

「それは……」

 大気が轟き、風を切る音がした。飛来した何かが頭上を過ぎ去り、一瞬太陽の光を遮る。

 霊力(マナ)の輝きを散らす灰白の鎧が、逆光の中に巨大な人型のシルエットを浮かび上がらせていた。

 

 

 物資搬入用の巨大スロープ。機甲兵用の大型昇降機。

 地下ドックから地上に出るルートは、ざっと見たところその二つだ。しかし、そのどちらも使うつもりはない。

 ずずんと天井――すなわち庭園に何かが着地した。

 直後、メキメキと鋼鉄の屋根が悲鳴をあげる。押し拉げられ、めくり上がるように天井が裂けていった。

 歪に拡張した破孔から、ヴァリマールがドックに降り立つ。

「う、うわああ!」

「ひいい!?」

 それだけで警備兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「灰色の騎士人形……!? どうしてここに」

 さしものアルノーも驚いていた。手配こそされていても、リィンが騎神の起動者であることは公にされていない。

「いいかげん離しなさいよ!」

 ヴァリマールに気を取られた隙を突いて、アリサが拘束から抜け出す。アルノーの手が再び伸びる前に、彼女はリィンの元へと戻った。

 アルノーは喉をうならした。

「なるほど。あなたが操縦者でしたか。さすがに予想外でしたが、一学生に対する異常な手配の厳しさと言い、納得できる節はある。しかし、これでますます城館の外へ出すわけにいかなくなりました」

「……できれば戦いたくありませんが」

「そんなものを呼び出しておいて、何を仰るのかと思えば。アルバレア家は貴族連合の一角。見逃す道理はありません」

 アルノーが腕を掲げると、先に起動したドラッケンが背後に移動してきた。鋼の地響きが腹の底を痺れさせる。床には鉄板が敷かれているから、足音も振動も桁違いだ。耳がわんわんと反響する。

 到底生身では退けられない。

「アリサは下がっていてくれ」

 戦う意思を胸に固める。光がリィンを包み、核へと(いざな)った。

 騎神の動きの質が変わる。起動者の意識をトレースしたからだ。

 機械仕掛けの人形とは一線を画すなめらかな挙動で、ヴァリマールは身を返した。

 ドラッケンの肩に組み付き、力づくで膝を折らせる。相手は無理に抗おうとしたせいで、脚部関節が圧壊した。この機体を歩行させることは、もうできない。

 次々に機甲兵が動き出す。百アージュ四方の広さとはいえ、ドック内には細かな設備や機材が多くて戦いづらい。

「ヴァリマールの手のひらに乗るんだ。外に出るぞ」

「て、手に?」

 身をかがめ、手を差し出す。そこにアリサがおそるおそる乗る。

 彼女を抱えたまま飛翔したヴァリマールは、自らが開けた破孔を抜けて地上へと舞い戻った。

 そこは敷地の中央を占める大庭園。手入れが行き届き、均整の取れた草花の並びが視界に広がる。それらに目を留めている時間はなかったが。

 花壇の合間にアリサを降ろす。モニターの中の彼女が言った。

「確かにヴァリマールを呼ぶしかなかったとは思うけど、かなり危うい状況よ。収拾のつけようがないわ」

「ああ、わかってる」

 これまでヴァリマールを呼んだ局面というのは、回避できない不利な戦闘に直面した時だ。

 さっきもそうだと言えなくはないが、しかし根本の原因が違う。

 なぜなら今回、アルバレア家は何もしていない。こちらから押し入り、騒ぎを起こし、その結果自衛行動を取られたに過ぎない。

 ヴァリマールは街の上を飛んできた。バリアハートの人々にも、その姿は見られている。この一連の騒動は必ず取りざたされ、帝国時報の紙面を飾るだろう。

 客観的な事実だけを述べるなら、『アルバレア城館に灰色の騎士人形が襲来。保有する機甲兵部隊と交戦』となる。当然、目的も経緯も不明。大貴族の威信もあるから、アルバレア側も無用の言及は避けるはずだ。

 何にせよ四大名門に弓を引いた事実は覆らない。正規軍に組していないにしても、灰の騎神は貴族連合に敵対する存在と認識される。

 この世論の動きは、現在の情勢に間違いなく影響を与えてしまう。

「――! アリサ、巻き込まれないように離れてくれ」

「え?」

 庭園の一部がスライドして、地下ドックへのスロープがあらわになる。そこから機甲兵が出撃してきた。何機かは昇降機を使って、敷地の離れた場所にも出現している。

『準契約者ト同行者達ノ波長ヲ検索……捕捉シタ』

「みんなを? 映してくれ」

 ヴァリマールが左モニターに小さな枠を重ねて表示する。

 本館三階ではエリゼ、エマ、セリーヌが廊下に出てきて、窓からこちらを見ている。

 ユーシスとラウラは西館から外に出てきたところだ。

 なぜか給仕服を着たガイウスは警備兵に囲まれているが、たった今、背後からシャロンとミリアムが駆け付けた。

 全員、驚いたようにヴァリマールを見ている。

「一応みんな無事みたいだな。サラ教官の姿は敷地内にないみたいだが」

 ヴァリマールがまだ彼女を同行者と認定していないか、本当に城館の外に出ているのか、どちらかだろう。

 本館のエマたちを除けば、それ以外のメンバーの位置はそれなりに近い。リィンは足元のアリサに言った。

「庭園内の仲間の位置を伝える。ここからだとガイウスたちに近いから、アリサはそこに向かってくれ。警備兵が囲んでいるから注意した方がいい。多分、戦闘になる」

「了解よ。合流次第、事情は私から説明するわ」

「俺は機甲兵を押さえる。隙を見て脱出できるようなら先に逃げろ。それからのことは、それからのことだ」

「なんだか開き直ってない?」

 ヴァリマールの霊力残量は十分だ。先の幻獣戦でほとんど使い切ったのだが、ローエングリン城に待機させていたおかげか、かなり回復している。

『右方ヨリ敵機接近』

 ヴァリマールの警告。その直後に衝撃が襲う。防御はぎりぎりで間に合っていた。敵の体当たり。正面モニターに映し出された機体は――

「新型か!」

 ドラッケンと比較して、各部の装甲が重厚になっている印象を受けた。上半身は重火器を備え、それを支える下半身は腰部から脚部にかけてフレームの肥大増強化を図っているようだ。

 しかし今の体当たりの速度を見る限り、決して鈍重というわけではない。

『この機体の名は《ヘクトル》。私には分かりかねますが、業の深い名だそうです』

 新型機甲兵の外部スピーカーから声がした。この落ち着いた声は。

「まさか……アルノーさん!?」

『もちろん正規の操縦兵ではありませんがね。一通りの操作は習得しております。緊急時の為、私が搭乗しました』

「……何でもできるんですね」

『執事の嗜みと思って頂きましょう』

 小さな笑い声。ユーモアのように感じた。

『なっ、何だ! これは!?』

 集音センサーが別の声を拾い上げる。本館の四階。ちょうどエマたちがいる上のフロア。

 その窓際に身を乗り出し、口をあんぐりとあけているのはヘルムート・アルバレア公爵だった。

 庭園の騒動を聞きつけたのだろう。理解し難い事態に思考が追いついていないようだったが、そこに立つヴァリマールを見て、たちまちにその表情を憤怒にゆがめた。

『どういうことだ! なぜ騎士人形がそこにいる!?』

『ヘルムート様、これは――』

 アルノーがヘルムートにかいつまんだ経緯を説明する。彼はリィンたちが城館に侵入した経路や目的までは知らないから、多分に予測を交えた説明だった。

 しかしヘルムートに経緯は重要でなかったらしく、

『そいつを破壊しろ。必ずだ。これでカイエンの思惑を潰してやれる!』

 ヒステリックに叫び、窓枠を叩いていた。

 ヘクトルがヴァリマールに向き直る。

『申し訳ありませんが、そういうことになりました。捕縛も考えておりましたが、公爵閣下のご命令は絶対です』

「俺も戦う以上、何もせずにやられるつもりはありません」

『先ほども申し上げました。主張は自由。抵抗も結構。それがまかり通るかは別の話だと』

 ヘクトルの両肩にマウントされているウェポンパックが展開する。

 せり出た連射型機関砲が一斉に弾丸を吐き出した。攻撃モーションが早く、回避が間に合わない。

 突然、騎神の核が強く輝く。前面に顕現された黄金の障壁が、敵の銃撃の全てを弾いてくれた。この感覚は――

「ミリアムか! 助かった」

 マスタークオーツ《イージス》の特性であるオートガード。

 モニターの端に《ARCUS》を掲げた彼女の姿が映し出される。ヘクトルの攻撃を読んで、咄嗟にリンクを繋いでくれたのだ。

 煙る土埃を突っ切って、ヘクトルが肉薄。両腕で組み合う。

『噂に違わぬ力! ヘクトルの初陣相手には申し分ない!』

「この……っ!」

 出力も量産機とは比べ物にならない。リィンは足払いを仕掛ける。アルノーは巧みに機体を操作し、ヴァリマールから距離を取った。

 左右からドラッケンとシュピーゲルが剣を振り下ろしてきた。敵はヘクトルだけではない。斬撃の軌道を見切って回避。しかしシュピーゲルの一撃がかすめ、肩部装甲に鋭い傷が刻まれた。

 花壇のいくつかを踏み潰しながら姿勢を戻し、リィンは無手の構えを取った。

 まだ地下ドックからは後続の敵機が上がってくる。

「敵が多いな。こんな場所ではアリサとリンクしての広範囲アーツも使えない」

 それにこちらには剣もない。幻獣戦で落としてしまったから、今頃はエベル湖の底だろう。

 ガレリア要塞でやったみたいに、また無刀取りで奪えればいいが、こう乱戦になるとそれも難しい。

 敵の猛攻は続く。

 

 

「ふふーん。ボクが気付いてなかったら、今のリィン危なかったよね」

 腰に手を当てたミリアムが得意気に胸をそらした。その後ろでアガートラムも同じポーズを決めている。

「ええ、ファインプレイでしたわ」

 言いながらシャロンは腕を振る。鋼糸が宙を踊り、ミリアムに迫っていた警備兵の銃を切り落とした。

「――というわけなんだけど! というか聞いてる!?」

 回避に専念しつつ、こちらに合流したアリサは事情を説明。その彼女を守るように、ガイウスはアガートラムから返してもらった槍を振るう。

「了解した。俺たちも隙を見て逃げたいが……肝心の隙がない」

 警備兵の数は機甲兵より遥かに多い。屋敷中から制圧部隊が集まってくる。

 突破は到底無理な物量だ。中央庭園の白兵戦も激化の一途をたどっていた。

 

 

「なんだ、この有様は!?」

 西館から出たユーシスとラウラの目に飛び込んできたのは、庭園の中で激しくぶつかり合うヴァリマールとヘクトルの姿だった。

 今のところ建物に損害は出ていないが、地面はえぐれ、花壇という花壇が蹴散らされていた。

「そなたは状況を把握しているのではないのか?」

 ラウラが言うが、ユーシスが知っているのは本館でリィンと分かれたところまでだ。そこから先、何が起こってこうなったのかは、彼にもわからない。

「……あの新型から聞こえた声。まさかアルノーが乗っているのか?」

 一体どうなっている。当惑するユーシスに、横からラウラが言った。

「向こうに警備兵が集中している。皆がいるのかも知れない。もしそうなら私は加勢するつもりだが、そなたはどうする?」

「俺は……?」

 その質問に、ユーシスは即答できなかった。

 自分の言葉なら兵を引かせることができる。事後処理もできる。形はどうあれ、ひとまず彼らを助けられる。

 ……本当にそれでいいのか?

 リィンたちを逃がす手引きをすると言ったのは、内密に実行できそうだったからだ。

 全員の前に立ち、正面切ってそれをすることは自分の立場ではできないし、してはいけない。

 アルバレア家の立場。Ⅶ組の仲間。どちらかを選択すれば、どちらかは失われる。

 どうすればいい。自分の選ぶべきは――。

 

 

 本館三階の廊下から、エマたちはその戦闘を見ていた。

 警備兵は出払っているから、部屋の外に出ていてもほとんど関係ない。

 エリゼが言った。

「兄様はアリサさんを迎えに行ったのに、どうしてヴァリマールと機甲兵の戦闘になるんでしょう……」

「巡回に見つかるとか、どうせなにか失敗したんでしょ。で、アタシたちはどうする?」

 セリーヌはエマを見上げた。

「……どう考えてもこれは偶発的な事態。ここで騎神を呼ぶリスクはリィンさんだって分かっているはず。とりあえずみんなのところに向かいましょう。助力は確実に必要だわ」

 エリゼの身が強張った。

「あ、あの戦闘の中に飛び込むということですよね」

「ごめんなさい、でもエリゼちゃんは私が守ります。セリーヌもサポートをお願い」

「世話が焼けるわね」

 エリゼはかぶりを振り、レイピアを引き抜いた。

「私も戦えます。私こそエマさんのサポートをさせて下さい」

「な、何だかたくましくなりましたね?」

「色々ありましたから……色々と」

 その場から移動しようとした矢先、エマが足を止め、再び窓の外に目を向ける。何かに気付いたようだった。

「いけない……! リィンさん、そっちに向かってはダメです!」

 

 

 機甲兵部隊は銃を使うのに消極的だった。流れ弾が屋敷に当たるのを避けているようだ。

 しかしヘクトルだけは違う。うまく立ち回り、狙えるところでは迷わず銃を撃ってくる。操縦もさることながら、アルノーは戦術にも長けていた。

「劣勢だな……」

 助言してくれるセリーヌは隣にいない。今さらになってありがたみを感じる。

 誰かとリンクしたかったが、各々が必死の戦闘中でそんな余裕はなさそうだ。

 ドラッケンがブレードを縦一閃に振ってくる。いい間合いだ。リィンは無刀取りを試みた。

 相手の持ち手に腕を絡め、距離を詰めつつ――

『背後ニ敵機接近』

「くっ!」

 別のドラッケンが後ろに回っていた。背部ブースターをやられると機動力が激減してしまう。無刀取りの途中で構えを解き、ヴァリマールはサイドステップ。前後の敵から瞬時に離れた。

 一対一なら負けないのに。思った以上に連携の取れた波状攻撃が、リィンを追い詰める。

「包囲陣が厄介だな。一度相手の配置を崩せれば……」

 機甲兵部隊を殲滅する必要はない。仲間の脱出ルートがあればいいのだ。やりたくはないが、最終手段として外塀を壊す方法もある。

 だとしても、もう少し数を減らさなければ、みんなが逃げきれない。

 ふと大きな建物が目に入る。あれは東館だ。

 敵は建物への被害を嫌っている。あれを遮蔽物にして迂回すれば、相手の陣形を乱せるかもしれない。

 スラスター全開で、東館に向かう。追ってくるが、ドラッケンやシュピーゲルでは追いつけない。

「そういえば、あの新型は――」

 ヘクトルがいない。いつの間に姿をくらました?

 《ARCUS》が鳴る。拡声モードで応答。

『リィンさん、そっちはダメです!』

 エマの焦った声。悪寒が走り、機体に急制止をかける。

 間に合わなかった。

 こちらの行動を読んでいたヘクトルが、待ち構えていたように東館の陰から現れる。

 背に装備された巨大な二門の砲塔。それが両肩の上から突き出され、まっすぐにこちらを捉えている。

 至近距離。回避不可能。

「しまっ……!」

 ミリアムともう一度リンクを。

 ダメだ。《イージス》のオートガードは回数制限付き。現状では一度きり。それを、もう使ってしまっている。

『やれ、アルノー!』

『やめろ、アルノー!』

 アルバレア公爵の声とユーシスの声が重なって聞こえた。

 ヘクトルの動きがわずかに惑ったように見えたが、ほんの一瞬のことだった。砲口が火を噴く。

 直撃。爆ぜる視界。

 発射された二つの砲弾は、灰色の装甲を突き破り、リィンが収まる核ごとヴァリマールを貫いた。

 

 

 ~続く~

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。