天才美少女ノンデリ老古学者先輩VS絶対先輩に勝てない俺VS世界 作:覚醒HYPER
結論から言えば、宿は取れた。ただし、取れたのは「宿」というより「寝床がある物置」に近い代物だった。
ペンドラムの夜は、昼の熱気がそのまま腐敗して煮詰まったような、独特の重みがある。おれたちが潜り込んだのは、人種も宗教もぐちゃぐちゃに混ざり合った『混合区』にある安宿だ。
窓の外からは、聞いたこともない言語の怒号や、何かが割れる音、そしてスパイスを焼き付けたような鼻を突く匂いが絶え間なく流れ込んでくる。
「……先輩。一応確認ですけど、ここ、変な虫とか大丈夫っすよね?」
「リア、老古学を志す者がそんな細かいことを気にしてはいけません。過去の遺物にはもっとエグい虫がついてることもありますからね!」
「おれは志してないんで。あと、その手帳に挟まってる乾燥した何かの脚、早く捨ててください」
リリ先輩は「失礼な。これは貴重な資料ですよ」と膨れっ面で手帳を抱え込み、あろうことかその脚の横で日記をつけ始めた。クソほどきめぇ栞だな。もっと美少女としての自覚を持って欲しい。
おれは呆れながら部屋の唯一の設備と言っていい、ギシリと鳴る古びたベッドを見つめる。
「……で、部屋一つしか取れなかったし、ベッドもこれ一つしかないんですけど、どうします?」
「何言ってるんですか? 一緒に寝ればいいじゃないですか」
「……まぁそれもそうですね」
おれは特に深く考えず、重い身体をベットに放り出した。5歳からの付き合いだ。旅を始めてからも同じテントで夜を明かしてるし、今更同じベッドで寝ることに照れもクソもない。むしろ、この不気味な宿で一人になる方がよっぽど寝つきが悪そうだ。
「リリっち先輩、明日の朝は早いですからね。落ち年の石碑調査、おれも付き合わされるんですから」
「わかってますよ。リアはたまに、私のお父さんみたいですね」
「はいはい。おやすみなさい」
(にしてもすごい街だな……ペンドラム)
先輩と朝食のパンをかじりながらふと考える。思うに、この街、ペンドラムの文化は「ごった煮」そのものだ。
例えば、今おれらが食べているパン。これは西方の穀物特有の酸味を感じる。の割には食感は南方の蒸し技法で作られたものだ。そしてどうやら現地人はこれを東方の激辛スープにに浸して食べるらしい。彼らに倣って一口食べてみると、口の中で大陸全土が戦争を始めるような味がする。
外に目をやると、クソほど多い宗教的シンボルが軒先に並んでいる。宗教がバトルロワイヤルをしているようなソレは、先輩の推測によるとどの神様が一番効くか分からないから「全部吊るしておけ」という、この街特有の合理的かつ投げやりな信仰心の現れだそうだ。
……どうやら先輩が食事を済ませたようだ。
「よし、リア! 腹ごしらえも済みましたし、朝一番で例の大石碑を拝みに行きますよ! 落ち年の爪痕が私を呼んでいます! れっつー?」
「はいはい、れったごー」
おれたちは市場の喧騒を突き進んでいた。石碑があるという『中央区』へ向かうには、この巨大な胃袋のような商業地を横切る必要がある。
リリ先輩は勇敢にも道の両脇に並ぶ露店や、行き交う人々に片っ端から声をかけていた。
「すみません、そこのおじ様! この街にある『波浪滉』の石碑について、何か古い伝承をご存知ありませんか?」
「ああん? 石碑? そんなもん拝んでる暇があったら、この護身用の護符でも買っていきな。今この街を歩くなら、先代様の加護より今の武装の方がよっぽど役に立つぜ」
魚人…か?店の主人が吐き捨てるように言った。
おれは一歩後ろから、そんなやり取りを観察する。ペンドラムの人々は、一見すると活気にあふれているが、意外なことに「他者を容易には信じない」という強い警戒心が張り付いているようだった。……これは正攻法じゃムリだな……おれはその主人の手元に銀貨を一枚置く。
「……先代様の加護って? 昨日の門番もそうでしたが、なんだかピリついてません? この街」
主人はおれの出した銀貨を素早く懐に収めると、周囲を警戒するように声を潜めた。
「坊主、よそ者か。……いいぜ。話が早いやつは好きだ。……一ヶ月前だよ。この街を纏めてた長が急にポックリ逝っちまってから、街のバランスが崩れたんだ。今は各区の代表共が、次のリーダーの座を狙って互いの首を絞め合ってる。昨日も隣の区で小競り合いがあったばかりだ。スレイマンが睨みを利かせてなきゃ、とっくに火の海よ」
なるほど。前リーダーが亡くなって以来の政治的混乱。それが、この街全体を覆う猜疑心とトゲトゲしい空気の正体か。本当にタイミングが悪いな。くそ……
異なる民族が隣り合わせで暮らすこの街では、どうやら共通の文化が何よりも優先される……らしい。相手がどの神を信じ、どの風習を重んじているかを値踏みし合うような、ヒリついた空気。
(観光客には優しくないな……特に俺たちみたいな一目でわかる余所者は)
「なんの話してたんですか?」
「……いや? 旨い飯屋を聞いてただけですよ」
「もう! お昼は石碑を調査してからですよ!! 全く……リアは食いしん坊ですね!!」
「どの口が言うんだか……」
「この可愛いくちです!!それにしても、彼らにとって石碑は『教訓』ではなく、単なる『縁起の悪いガラクタ』なんですね」
リリ先輩は手帳にペンを走らせる。
「リア、見ましたか? あの魚屋のおじさん、私の質問を聞いた瞬間、左手を組みました。ハンドサインは、南方の水害避難民がよく使うものです。つまり、この市場の物流は今──」
(なんでそんなニッチなとこまで知ってんだ……?)
先輩がいつものように鋭い洞察を発揮しようとした、その時だった。
彼女の目が、市場の片隅に無造作に積み上げられた古い石材の山に釘付けになった。それはかつての『波浪滉』で海から押し流されてきたという遺構の一部で、波に削られた不規則な形をしていた。
(なんかイヤな予感が……こう言う時は大体……)
「ふむ……見てくださいリア! この風化の具合、この質感……これは空々期に作られたものですかね!! あの年代のものが波浪滉に耐えて現存しているなんて……まさに『泥滓』の極致ですね! 素晴らしい!」
先輩のいつもの悪癖が始まったな……なんて思ったその瞬間。
周囲の喧騒が、示し合わせたようにピタリと止まった。
近くで荷を運んでいた、額に太くねじれた一本角、そして立派なキバをを持った種族の男たちが、持っていた樽を地面に叩きつけた。彼らの目は、明らかに怒りに燃えている。
「……おい、小娘。今、なんて言った?」
男たちがじりじりと距離を詰めてくる。
咄嗟にリリ先輩の前に出る。なんだこいつ急に……なんでこんな怒ってんだ? 『泥滓』って……まぁ俺も初めて聞いた表現で何言いたいかさっぱりだけどそんな変な単語じゃないぞ?
「あ、いや……何がお気に障ったかは分かりませんが…。先輩は別に悪気があるわけじゃなくて、その、学術的な……」
「関係ねえよ。ここじゃその単語は『波に攫われてヘドロにまみれたクズ』だ、ガキでも知ってる。この街じゃ、口を滑らせた代償は高くつく」
有無を言わさない様子の角男が、鼻息を荒くしながら奇妙な動作を始めた。
右足で地面を激しく蹴り、先輩のことを凝視している。
……コイツはアレだな、先輩に技使う気だな
こんな往来で決め技使うのかよ……頭湧いてんのか?
男の角が赤黒く発光し、大気がビリビリと震え出す。
「リア、危ない! なんか来ますよ!」
「俺じゃなく先輩狙ってんだろ!」
「いいからなんとかしてくださいよ荒事はリアの担当でしょほらきますよたすけ」
「漫才はあの世でやるんだなぁ!! 食いやがれっ! 『ホーンチャージ』!!」
(使う技見た目どうりすぎだろ)
決め技:『ホーンチャージ』。かなりありきたりで身体に突起があるなら虫でも使えるこの技の効果は、文字通り肉体を弾丸へと変える超加速の突進。異世界でも重さは正義である。ぱっと見100は超えてそうな体重のバカ、まともに食らえば大怪我は必至であろう攻撃を前におれは腰の剣の柄に手をかけ──、そして、指を離した。
確かに、決め技は強力だ、強力な物だと5秒もただずに戦いを終わらせることができるだろう。だが発動の瞬間、使用者は『ルーティーン』によってまるでリプレイのように定められた単調な動きを強いられる。この理不尽な世界において、スキルを使うということは、同時にその「手順」の奴隷になることと同義なのだ。
「死ねやぁッ!」
轟音。石畳を削る火花と共に、角男が文字通りの弾丸となって突っ込んでくる。
対しておれは、ルーティーンを組まない。決め技を使おうともしない。
ただの反射神経と、三日間休みなく歩き通してパンパンに張ったふくらはぎの踏ん張りのみ。
文字通り猪突猛進だな? バカが
おれは心中で毒づきながら、角がおれの鼻先を掠めるコンマ数秒前、最小限の予備動作で体を真横に開いた。
──ドォォォォンッ!!
目標を失った男の巨体は、制御不能のまま広場の中心にある頑丈な石柱へと深々と突き刺さった。耳を打つ凄まじい衝撃音。派手な粉塵が舞い、石の破片がパラパラと降ってくる。
(……来世はマタドールにでも就職しよ)
「なっ……避け……!? てめぇ、ズルしたか!?」
「悪いな。おれそういうの億劫でさ。あと先輩がが7割くらい悪いしこっちが暴力ってのも、ねぇ?」
おれは無防備に壁へ埋まった男の背後に、音もなく回り込む。
この世界において、決め技の発動には必ず、「手順は正しかったか?」を精査される、そして無理に手順をキャンセルしようとすると数秒間の独特な『硬直時間』が生まれる。神様が採点している間、人間は動くことができないのだ。
おれはその隙を逃さず、男のスネをおもっくそ蹴り抜いた。
「がはっ!?」
崩れ落ちる巨体。うわ痛そー……まぁ街中でいきなり暴力振るったんだし……自業自得と思ってくれ。
そしてそのまま男の利き腕を背後にひねり上げ、関節を極めて地面に組み伏せた。
仲間の敗北に、残りの角男たちが一斉に色めき立つ。
「野郎! 囲め! ぶっ殺せ!」
一触即発。おれが剣を抜こうとした、その時。
市場の喧騒を力技で黙らせるような、統制された重い足音が響いた。
「……そこまでだ。ペンドラムの恥さらし共」
群衆を割って現れたのは、あの独特の外套を翻した一団──うっわやっべスレイマンじゃん。
その先頭を歩く人物を見て、思わず眉をひそめた。
整った隊列の中心に立つのは、全身を鈍色(にびいろ)のプレートアーマーで固めた、一際威圧感を放つ人物だった。
頭部を完全に覆うフルフェイスの兜。関節の隙間すら見せない重厚な装甲。外套の下の肉体がどのようなものか、外見からは一切判別できない。
その隙のない立ち振る舞いと、兜の奥から響く鈴の鳴るような、しかし底冷えのする「女の声」から推測するに彼女がスレイマンの隊長だろうか。
「隊長、状況は?」
「見ればわかる。低俗な喧嘩、および公共物の損壊だ」
彼女は刺さったままの男を一瞥もせず、真っ直ぐにおれたちの前に立った。
鉄の手甲が触れ合う冷たい音が鳴る。
「ペンドラム内での喧騒、および暴力行為。不当な差別発言。すべてスレイマンが処理する。……異論はないな、よそ者」
「あ、いや、これは正当防衛っていうか、言葉の誤解で……」
「言い訳は向こうで聞く。暴漢どももろとも、全員連行しろ」
隊長の短い命令で、隊員たちが流れるような動きでおれたちを包囲する。
はぁ…………
どうすんだよこれ……もゔ!!!! いっつもいっつも先輩は余計なこと言って!! 先輩! ……先輩? マジかよあいつ逃げたのか?!
遊び盛りのガキみたいな先輩を必死で探す。チビだった時俺もこんな感じでチョロチョロしてたのかな……ごめん父さん母さん。
俺の懺悔を尻目に悪意のない気の抜けた声が響く。
「リア! 見てください!!」
いた。しかも一番あり得ないところに。
「この隊長さんの鎧の継ぎ目! やはり百年前の『波浪滉』を踏まえた耐水技術を応用した、特殊な油引き加工が施されています! しかもこの胸当ての紋章、外では見たことがない鋳造方法ですよ! やっぱりこの街は落ち年から立ち直って生きているんですよ!! ちょっとリア! 何ボーッと突っ立ってんですか! メモを! メモを取ってください!」
リリ先輩は恐怖に震えるどころか、あろうことか隊長の全身を包む鎧に触れんばかりの距離まで顔を近づけていた。
「……先輩、今はメモより命の心配をしてください。胴体と頭がオサラバしても知りませんよ」
鉄仮面の隊長は、先輩の異様な食いつきにわずかに沈黙したが、兜の奥で小さく息をつく気配がした。
「……変わった女だ」
おれは三度目になるため息をつき、天を仰いだ。
入町してまだ半日。色々な観光地があるであろうこの町で、石碑に辿り着くどころか、最初に向かうのが取調室になるとは。お祓い行くべきか?神社もありそうだなこの町。
潮風に混じって、新たなトラブルの匂いが濃厚に漂ってくる。
港湾都市ペンドラム。この街での調査は、想像以上に泥臭いものになりそうだった。