天才美少女ノンデリ老古学者先輩VS絶対先輩に勝てない俺VS世界   作:覚醒HYPER

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第3話

 

 

 勘違いから自警団に連行されたおれたちは、スレイマンの隊員たちに前後を挟まれ、護送馬車に揺られていた。 馬車の格子窓からは、先ほどまであれほど賑やかだった市場の活気がまるで嘘のように感じられた。追い打ちをかけるように人々の視線が馬車に突き刺さってくる。そのどれもが好奇心や侮蔑、あるいは、明日をも知れぬ不安に彩られているように見えた。

 

 

 

(先輩気に病んでないかな……まぁアレは不可避だったし、ちょっとフォロー入れてやるか……先輩はしょうがないな!)

 

 

 

 おれは努めて明るい声を作り、先輩の肩を軽く叩いた。

 

 

 

「先輩……あの、あんまり気に病まんでくださいね? たまたま先輩の口から出た言葉が原因だっただけで、ぶっちゃけ今のこの街の空気じゃ、おれがどっかで地雷踏み抜いてた世界線もありま……」

 

「リア、私は感動しました……!」

 

「……え?」

 

 リリ先輩はガタッと身を乗り出し、おれの殊勝な慰めを物理的に踏み越えて、檻の向こうの景色を食い入るように見つめていた。その目は、イカれていた。せ……先輩 変なクスリでもやってんのか? 

 

「『デイサイ』……この単語を知っているの世界で私と学会のジジイどもだけだと思ってました!! 専門書の中だけの死語だと考えていましたが、まさか現役のスラングとして生きているなんて! どういう成り立ちなんでしょうか……! リア! これは私の推測ですが、『波浪滉』の甚大な被害の後、当時の人々は絶望的な泥の中から立ち上がるために、あえてその『泥』を日常の言葉に組み込み、反骨と怒りを混ぜて昇華させた……というのはどうでしょうか!」

 

「………………」

 

「どのような成り立ちであれ! それが形を変えずに現在まで受け継がれているというのは、自分たちの歴史と文化を何よりも大切にする、この街独自の精神的な強さが現れていますよね! 私、ここに来てまだ半日も経ってませんが、もうこの街のことが大好きになってきましたよ! やはりここに来たのは正解でした! さすが私、市民の生の声を聞けたのは収穫でしたね!! ああ、早く、早くこの街のもっとディープな所にコンタクトしたい……!!」

 

「………………。スレイマン……沸いてないんすけど……いいんすか、これ」

 

 

 

 おれは目の前で座っているスレイマンの隊員の背中を見つめながら、深いため息を吐いた。  隊員の鎧は、市場で見た隊長のものと同じく、継ぎ目なく全身を覆う重厚なプレートアーマーだった。音もなく動くその姿は、まるでゲームの動く鎧のようで、なんとも不気味だ。

 

 

 

(……それにひても、この街、おかしい)

 

 

 

 市場での聞き込み調査の時から感じていた違和感は、スレイマンの隊長──あの鉄仮面の女性の声を聞いてから、確信へと変わっていた。  俺たちが連行されたあの時、命令を下した彼女の声は、その実、どこか疲弊しているようにも聞こえた。鋼鉄の鎧に身を包んでいても、結局中には人がいる。その奥にある「人間」が、妙に引っかかる。彼女だけじゃない。周囲の隊員たちも、どこか焦燥感のようなものが滲み出ているような気がした。 これは杞憂なのだろうか? だがどうにも、彼らに取り巻いている違和感が、単なる自警団の緊張感ではない。もっと根深い何かの混乱を隠蔽しようとしているような、そんな気がしてならない。

 

 

 

(おれらを軽蔑する街の住民も、視線は冷ややかだけど妙に慣れてる感じすんだよな……言動統制が激しいのか……? スレイマンの暴走の可能性もあるよな……。うーむ……現時点だと情報がなさすぎるか。あ、馬車止まった)

 

 

 

 馬車が止まり、一息つく間もなくスレイマンの拠点へと連行された。 スレイマンの拠点は、おおよそ予想通りといった感じだった。街の他の建物と同じく石造りで、壁は異常なほど厚く窓もほとんどない。堅牢な要塞といった趣だ。 入口は分厚い鉄の扉が二重になっており、それぞれに三人がかりで引くほどの重々しい門でぴっちりだった。これじゃ、攻め落とすどころか、内側から押し開けるだけでも一苦労だろう。にしても門開けてる人の顔すごいな、今日だけで何回開け閉めしたんだ? もう開けっぱにしてあげろよ……。

 

 

 

 促され中に入ると、これまた想像する通りの空間が広がっていた。息が詰まるほどの凄まじい閉塞感。天井は低く、石造りの壁にはところどころに松明が掲げられ、薄暗い通路を照らしている。空気はひんやりと冷たく、じめっとした生乾きの香りと、錆びた鉄の匂いが混じり合っていた。 換気しろよ。通路の奥からは、金属同士がぶつかるような音や、剣を振るうような唸り声が聞こえてくる。訓練場だろうか。 だが、その音はどこか規則性を欠いており、苛立ちや焦りを孕んでいるように感じた。

 

 

 

(やっぱなんらかの問題は抱えてそうだな……だが、これは考え方によってはチャンスだぞ……? 俺らに対応してる暇ないって可能性があるな……即解放の線もあるぞ? 先輩が余計なことしなければ)

 

 

 

 俺の微かな期待を裏付けるように、隊員たちが忙しなく行き交う。彼らの多くも全身を鎧で覆い、素顔を隠している。 ただ、その鎧の隙間から覗くわずかな肌の色や、歩き方、時折漏れる息遣いから様々な民族の人間が混じり合っていることがうかがえた。 彼らは互いに言葉を交わすこともなく任務に集中している。だがその雰囲気は一様に硬く疲弊の色が濃い。 時折、隊員同士がすれ違う際に短い単語を交わすのが聞こえる。それは命令のような、あるいは現状を憂うような、沈んだ声だった。

 

 

 

「──北門の監視は?」 「継続中。異常なし」 「──補給は間に合うのか?」 「……不明だ」

 

 

 

 沈んだ会話が、基地全体に漂う緊張感をさらに強めている。 部外者の俺たちの前で業務連絡とは……やはり余裕ないんだな。

 

 

 

 おれたちは、薄暗い通路を進み、やがて簡素な木製の扉の前に連れて行かれた。 扉の横には、小さな覗き窓があり、そこから中の様子がうかがえる。

 

 

 

「……取調室、です、か」

 

 

 

 部屋の中には、中央に鉄の机が一つと、左右に頑丈な椅子が二つ。壁には何も飾られておらず、無骨な石がそのまま剥き出しになっている。隊員の一人が扉を開け、おれたちを強引に中へと促した。部屋は薄暗く、わずかに灯るランプの光が鉄の机の表面に不気味な光沢を与えている。

 

 

 

「ここで待て」

 

 

 

 隊員はそう言い残すと扉を閉め、外から重々しい門の音が響いた。 残されたのははおれとリリ先輩、そして重苦しい沈黙だけだ。

 

「……先輩。どうします、これ」

 

「うーん、この石造りの壁、造られてから結構経ってますよね。石碑から街が復興したと仮定して……治安維持組織はランドマークの近くに配置するでしょうし……リア! ここは目的地にけっこう近いかもしれませんよ!」

 

「そういうことを聞いたんじゃないんですよ」

 

 

 

 おれは目の前の鉄の机に額を擦り付けた。  奴らの拠点に漂う異様な空気。明らかに疲弊している隊員たち。そして、何よりあの鉄仮面の隊長。この街は、ただクソみたいな治安なだけではない、もっと深い場所で何か巨大な問題に直面している。 そんな気がしてやまない。どうやらおれたちは、来るタイミングを完璧に間違えてしまったらしい。

 

 

 

「それに……リア、見ましたか? 護送車の窓からチラッと見えた、あの石碑」

 

「……いや。あの時はリア先輩をどうフォローするか考えてました」

 

「それはありがとうございます!! それで、護送車内でマッピングしていたんですけど……ありましたよ! 『波浪滉の大石碑!」

 

「やっぱ抜け目ないっすね先輩……さすがです。それで、どうでした? 石碑」

 

「想像以上ですよ! まさか街の中心部をあんなに巨大な石碑が貫いているなんて! アレだけの大きさ、人が移動させるのは不可能でしょう。津波で運ばれたものなのでしょうか? あぁ……民家の屋根越しに見えたあの一部だけでも、当時の津波がどれだけの規模だったか推測できるでしょうし……ああ、早く、早く近くで研究したい……! 捕まって正解でした、あの角度からの探す発想はは土地勘のない私たちじゃ無理ですよ!!」

 

「…………。さすが先輩。自他共に認めるラッキーガール」

 

 やはりこの女の抜け目のなさは、恐ろしさすら感じるな。俺が足りない頭を絞っていた間、先輩はツアーバスの特等席で観光を楽しんでいたようだ。こういうとこは俺も見習わなきゃな……ポジティブ!! 

 

 本気でキャラ変を考え始めたその時、重々しい門の音が響き、扉が開いた。

 

 だが入ってきたのは、あの隊長ではなく、彼女と同じく全身を無骨な鎧で固めた二人の大男だった。手には威圧感たっぷりの棍棒を握っている。

 

「静かにしろ、犯罪者共。今から尋問を始める」

 

 一人の男が鉄の机を叩いた。が、リリ先輩はひるまない。それどころか、身を乗り出して男に詰め寄った。何が先輩をそうさせるんだ! 

 

「犯罪者とは心外です! 私はただ、この街の文化……もとい、歴史の教訓を学びに来た高潔な老古学者ですよ! ほら、さっさとあの石碑まで案内してください! あんな素晴らしいものを放置しておくなんてあなた達怠慢ですよ!」

 

「黙れ! この状況で石碑だと!? 貴様ら、あの暴漢共の仲間ではないのか? さっき市場の奴らから聞いたぞ。お前らが不穏な単語を口にした途端、奴らが一斉に動いたとな!」

 

「それは文字通り言葉の綾というか……」

 

「言い訳は聞きたくない! 今のペンドラムがどういう状況か分かっているのか!?」

 

 男の叫びには、隠しきれない焦燥が混じっていた。

 

「前リーダーが死んでから、この街の連中は気が立ってんだ!! 雰囲気でわかんだろ!! お前ら……まさか暴動を引き起こすためにわざと挑発したんじゃねぇだろうな!?」

 

「暴動!? そんな面倒なこと誰がしますか! 私はただ、あのクソデカい石碑の表面を撫で回したいだけなんです!!」

 

 リリ先輩の主張は、真面目なのか変態なのか判別不能だが、勢いだけは負けてない。先輩! なんか押してるぞ! 得意のパッションでいけパッションで。

 

 しかし、スレイマン側も譲らない。

 

「そんなモン、誰が信じるか! この非常時に『観光です』で通ると思うな! ……とにかく貴様らの身元が割れるまで、ここから出すわけにはいかん。……おい、こいつらを地下へぶち込め!」

 

 男たちが踵で床を鳴らす。

 

 あー、終わった。これ、話が通じないタイプだ。安宿の後は牢のベットかよ……

 

 おれが半ば諦めて、腰の得物をどう隠し通すか考え始めた、その時。

 

 背後の通路から、あの「鉄の鳴る音」が聞こえてきた。

 

「──そこまでだ。下がっていろ」

 

 

 

 その声が響いた瞬間、尋問していた男たちが弾かれたように道を空けた。

 

 扉の向こうから現れたのは、取調べしたの闇を吸収し、鈍く光る武骨なフルプレートアーマーの騎士だった。

 

 重圧。ただ歩いてくるだけで、部屋の空気が物理的に押し潰されるような錯覚に陥る。

 

「はっ……ロゼ団長! しかし、この者たちは……」

 

「黙れ。不審者の尋問ごときに時間をかけすぎだ」

 

 鉄仮面の奥から響く声は、感情を一切削ぎ落とした氷のようだった。明らかにおれたちを「ペンドラムに必要ないモノ」として見下ろしている。まぁ現時点だとほぼ正解だろう。俺たち。

 

 

 

「──それで。地下へ送られる前に、何か申し開きはあるか?」

 

 

 

「すみません!! ロゼさんでよろしかったでしょうか!! 私たちは誓って怪しいものではありませんよ!! リアはともかく,私は高潔な老古学者でありまして、この街の平和を心から願ってます! なのでこの手錠を外してください!!」

 

「先輩?」

 

 リリ先輩は、太い鉄鎖で繋がれたまま、あろうことか団長であるロゼに向かって身を乗り出し、凄まじい勢いで捲し立てた。静まり返っていた拠点の通路に、先輩お得意の慎ましい抗議が反響する。

 

「……何だと?」

 

「言葉の通りですよ! 私のような知識の宝を、このような錆臭い場所に拘束しておくなんてもったいないです!! さあ、私たちを解放してください!! あとできたら石碑の前まで連れてってもらえたら助かります!!」

 

 ロゼの鉄仮面の奥から、低く、地を這うような威圧感が漏れ出した。だが、先輩は全く怯む様子もなく、期待に満ちた目でロゼを見つめている。

 

「……くだらん。が、いいだろう。連れて行け。こんな非常事態だからこそ、我々は利用価値を測る必要がある」

 

 ガシャリ、と重い音を立てて鎖が引かれる。おれたちはズルズルと、要塞のような拠点の奥深くへと引きずられていった。その道中、先輩はおれにだけ聞こえるような小声で、耳元に囁いてくる。

 

「(……ねえリア、見てください。この鎖、火の国によくみられる加工方式ですよ……表面の磨耗具合からして、少なくとも三十年は現役……スレイマンの用品管理能力は認めてあげてもいいかもしれません)」

 

「(……先輩、女の子がしちゃいけない体制になってますよ……)」

 

 立派に雑巾としての職務を全うし、廊下をピカピカにしながら辿り着いた地下訓練場。

 

 そこには、磨き上げられた軽やかな鎧を纏った男が一人、木の人形に背を預けて欠伸をしていた。彼は手にしたリンゴをナイフで器用に剥きながら、近づいてくるおれたちを薄笑いで眺める。

 

「あー……団長。またボランティアのゴミ拾いですか? 精が出ますね。僕は今、午後の休憩時間を有意義に過ごしていたところなんですけど」

 

「減らず口を叩くな,レオン」

 

「第四位の僕を呼び出すからには、せめてもう少し骨のある玩具を連れてきてくださいよ……僕だって暇じゃないんですよ?」

 

 

 

 どの口がほざいてんだよ……だが、団長……ロゼとかいったか、彼女の口調からはまだ微かな温かみを感じられたが、コイツ……完全におれらのことゴミ扱いしている……。おれはともかく先輩を玩具扱いとはな……クソガキが。

 

 

 

 レオンはリンゴの一片を口に放り込むと、ようやく立ち上がっておれを指差した。

 

「……で? その鎖に繋がれたネズミが、僕の貴重なサボり……じゃなくて、休憩時間を削るに値するんですか?」

 

 ロゼは無言で、おれたちを繋ぐ鎖の鍵をレオンへ放り投げた。

 

「模擬試合だ。レオン、この男を検分しろ。口だけの余所者か、調査に使える駒か……貴様が判断しろ」

 

「えー……面倒くさい。まあいいですけど。おい、ネズミくん。僕の服を汚したら、その場で首を撥ねるからね」

 

 おれは手首の手錠だけを残し、鎖から解放された。

 

 隣ではリリ先輩が、「リア、負けたらこの部屋のタイルを一生数えさせますからね!」なんて、とんでもない罰則を小声で飛ばしている。おれが負けたらあんたも地下暮らし決定なんですよ? 

 

 

 内心で毒づきながらも、俺はゆっくりと前を見据えた。

 周囲の喧騒が嘘のように消える。隣で熱を帯びた視線を送ってくる先輩を除けば、世界は水を打ったような静寂に支配されていた。

 視線が重圧となって肌を刺す。冷え切った空気の中で、自分の呼吸だけがひどく異質なものに感じられた。

 

 

 

「始めろ」

 

 ロゼの短く、一切の情を排した突き放すような号令。

 

 

 

 スレイマン随一の気性難、レオンが細剣を抜く。

 

 さて、どう落とし前つけさせるか……先輩への言動、泣いて後悔させてやる。

 

 

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