天才美少女ノンデリ老古学者先輩VS絶対先輩に勝てない俺VS世界   作:覚醒HYPER

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4話

 第四話

 

 石造りの床から、底冷えするような冷気が足裏を伝ってくる。

 

 手首に残った手錠を軽く振り、その重さを馴染ませる。鎖がなくなった分動きは取れるが、それでもまぁ、両手を繋がれたまま戦うのは相当なハンデだ。

 

 目の前の男──レオンは、食い終わったリンゴの芯を弄び空中で串刺しにすると、優雅に細剣の切っ先でおれを指した。

 

「一応言っておくけど、さっき言った通り僕は忙しいんだ。あんまり失望させないでくれよ? 無駄なことは嫌いなんだ」

 

 

 

 こう言う気性のやつは無理にレスバする必要がない……無駄だ。おれは無言のまま、レオンの立ち姿を網膜に焼き付ける。

 

 重心はやや後ろ。刺突に特化した歩法。歩幅と刺剣の長さから導き出される有効リーチは、おれの剣のそれよりも1回りほど長い。

 

 

 

 ……やはりコイツ。暴漢や市民への鎮圧、拘束の経験は豊富だろうが、立ち会いはまだビギナーってクチだな。

 

 

 

 腰の得物には手をかけない。こいつには、最も屈辱的な形で落とし前をつけてもらう。

 

 

 

 思考リセットのため深呼吸をする。

 

 

 

 刹那、視界が銀色に染まった。

 

 おれの予想どおりの……初手の突き。だがやはりそれは急所ではない。おれの右肩──後遺症が残りやすい関節の隙間を、いたぶるように、正確に狙い撃ってきた。

 

(速い!)

 

 おれは咄嗟に身を捩ったが、わずかに剣先が伸びた。布地が裂ける音。

 

 この男、ただ口だけじゃない。刺突の瞬間、わずか踏み込みを深くしてリーチを稼いでやがる。今までの歩様はブラフか! 

 

「おっと。ずいぶん目がいいんだね? 避けたつもりだろうけど、次で君の右腕は役に立たなくなるよ」

 

 レオンが口角を上げる。連撃。二撃、三撃。すべてが肩や膝の皿、神経が通る箇所を絶妙に外した、陰湿な一点狙い。

 

 おれは奥歯を噛み締め、両手の手錠に意識を集中させる。そしてその「鉄の盾」に、飛来する針のような切先を無理やり誘い込み、受け流す。

 

 キィィン! キンッ! と硬い音が連続して響く。

 

(これは……ッ、結構,効くな……!)

 

 手首がだるい。どうやらヤツの突きは重みにプラスして、筋肉を解放する際にに切先をしならせることで、衝撃をダイレクトに与えてくるらしい。受け流したはずの衝撃が、腕の芯まで痺れさせてくる。

 

「……っ!」

 

「あはは! そうそう、その顔だよ。天才の技術ってのはね、防御しただけで身体を壊すんだ」

 

 執拗な嫌がらせのような攻撃。あいつは自分が優位に立っているとでも思ってるんだろう。

 

 だが、そのその慢心で死んできた奴らをおれは何人も見てきた。

 

(こんなふうに……!)

 

 おれはわざと、左足の動きを少しだけ遅らせた。

 

「終わりだ、ネズミくん!」

 

 天才は、相手のミスを見逃さない。見逃せない。おれの動きを好気と見たレオンが、一気に勝負を決めようと最大速度の踏み込みを見せる。

 

 狙いは喉元。刺剣使いが、相手の息の根を止めるために放つ虎の子の真っ直ぐな一撃。

 

(──才能が裏目に出たな)

 

 今正におれを戦闘不能にせんとするヤツの──レオンの一番の強み……重さとしなやかさを兼ね備えた突き。受ければ防御は不可能な切り札には、いくつか弱点がある。ヤツの突きはヘビーかつ素早い。だが、その素早さは筋肉をフル活用して生み出されたモノだ。当然。突きの瞬間にはわかりやすい筋肉の反応が起こる。また一点攻撃というのは、得てして読みやすいモノだ。こういうふうに!! 

 

 突っ込んできた刺剣の横面に、鉄の枷を斜めに当てる。

 

 

 

 キン、という澄んだ音と共に、レオンの剣先が虚空へと逸れた。

 

 空を切ったレオンの懐は、今、無防備な空白と化している。

 

 

 

「な……っ!?」

 

 おれは一歩踏み込み、がら空きになったレオンの軸足へ、容赦のない足払いを叩き込んだ。

 

 

 

「──がっ!? あぎっ!?」

 

 石造りの床に、レオンの顎が激突する。

 

 うつ伏せに地に伏したレオン。だが、おれの手はまだ止まらない。

 

 

 

 すぐ脇の支柱を蹴り、その反発で高く跳躍する。

 

 おれの視界の中で、這いつくばったままのレオンが、恐怖に染まった瞳でこちらを仰ぎ見る。

 

 レオンの首筋。

 

 そこへ、おれの全体重を乗せたジャンピングエルボーをおもっくそ垂直に……叩き落とす!! 

 

 

 

「リア! そのままです! 重力加速度は歴史上、あらゆる権威を平等に地に這わせてきました! いけー!!」

 

 

 

 ──ドォォン!! 

 

 鈍く重い衝撃音が訓練場全体に響き渡る。

 

 レオンは悲鳴を上げる暇もなく、そのままガクンと全身の力を失い、完全に伸びた。

 

「…………」

 

 おれは無言で立ち上がり、手錠を小さく鳴らした。

 

 ピクリとも動かなくなった「天才」を見下ろす。

 

(ジャンプは無駄だったが、あんたの言う無駄なことが、一番効いただろ?)

 

 

 

 静まり返る場内に、鋭い声が響く。

 

「──そこまでだ」

 

 ロゼの声には、先ほどまでの冷徹さとは違う、わずかな「熱」のようなものが混じったような気がした。

 

 

 

「レオン様! 団長、これは……!」

 

「構わん。医務室へ放り込んでおけ。……情けない。下がれ」

 

 ロゼの短い言葉と共に、数人の隊員がレオンを引きずっていく。本日2回目の雑巾掛けだな。

 

 静まり返った訓練場。残されたのは、鉄の匂いと、おれたちを見つめるロゼの刺すような視線だけだった。

 

「リア……へし折るなら首じゃなくて鼻にしてくださいよ!!」

 

 リリ先輩が鎖をガシャガシャ言わせながら駆け寄ってくる。ロゼはそんなおれたちを一瞥すると、鉄仮面の奥から重苦しい溜息を吐き出した。

 

「いいだろう……認めよう。貴様たちのその、研ぎ澄まされた剣のような佇まい。そして、針の筵にたっても減らぬその口。……今のペンドラムには必要なものかもしれない」

 

 ロゼは何か想うようなそぶりを見せると、声を一段と落とした。

 

「……この街を救うために、貴様たちの力を貸して欲しい」

 

 

 

 ──────────────────────────

 

 

 

 ロゼの言葉に、おれは冷めた視線を返した。

 

 手首に残った手錠の跡が、ジンジンと熱を持って主張している。

 

「助ける? ……あんたらを? 無視が良すぎる。今まで散々おれたちを犯罪者扱いし、先輩を侮辱しておいて……今度は助けろ。です、か」

 

 おれはロゼの目を真正面から見据える。スレイマンの団長だろうが関係ない。辻褄が合わないし、先輩への無礼を、この一言で水に流すつもりはなかった。

 

「……謝罪が必要ならば、いくらでも詫びよう。事態は一刻を争う」

 

「……話にならないな、先輩、行きましょう。こんな街早く去るべきですよ」

 

 

 

 おれが突き放し、先輩の腕を引いて歩き出そうとしたその時。先輩が鎖でおれの首を絞めた。

 

 

 

「リア、ちょっと待ってください」

 

 

 

 先輩が小声で喋る。見れば、先輩はいつになく真剣な、それこそ研究のネタを見つけた時のような真剣な目をしている。

 

 

 

「ロゼさん。その事情、詳しく聞かせてもらえますか? この街の平穏を願う学者として、無視はできませんので」

 

 

 

 先輩は鎖をジャラジャラと鳴らしながら、ロゼへ説明を促す。ロゼは短く頷くと、重い口を開いた。

 

 

 

 前代のリーダー・ヤハールの急逝以来、ペンドラムの均衡は崩れた。獣人、リザードマン、角族、魚人。かつてはヤハールの元で手を取り合っていた各種族が、今や次代のリーダーの座を巡り、泥沼の権力争いを繰り広げているという。

 

 

 

「話し合いは堂々巡り、各種族の不満は限界に近い。だが、我々が直接介入すれば、それこそが『弾圧』と見なされ、内乱の引き金になる。我々は動けんのだ」

 

 

 

 ロゼの拳が、自身の鎧を強く叩いた。

 

 

 

「だからこそ、どこの部族にも属さない『余所者』である貴様たちに、各部族の懐へ潜り込んでほしい。対立を煽っている真の理由……その根源を、内側から探るために」

 

 

 

「なるほど……わかりました。いいでしょう! 私たちもこの街を守るために一肌脱ぎます!」

 

 

 

「……いいんですか? 先輩」

 

 

 

「この街に来た以上私も当事者のうちの一人です。このまま見過ごすわけには行きません!」

 

 

 

 

 

 おれは不覚にも、熱いものが込み上げるのを感じていた。この人に、自分たちの安全よりも、この街に暮らす人々の平穏を優先する優しさがあったなんて……本当は学者の探究心なんて建前で、本当は傷ついた街を放っておけない、高潔な慈愛の心を持っているのかもしれない。評価を改める必要があるな。

 

 

 

「(これはチャンスですよ、リア!!)」

 

 話を聞き終えた先輩が、俺にだけ聞こえる声量で囁いてくる。何か嫌な予感がする。

 

「(公式に調査の便宜を図ってもらえるなら、この街の深いところまで踏み込めます!! これなら、次の学術発表会で、私の論文を散々こき下ろしてくれたあの鼻持ちならない教授を完膚なきまでにボコボコにできます!! これぞ、あいつらの残り少ない人生を敗北の2文字で染めてやりましょう!!)」

 

 

 

 ……おれの感動を今すぐ返してくれ。

 

 結局、先輩は一ミリもブレない。先輩の底なしの図々しさに、おれは膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。

 

 

 

 おれは大きく息を吐き、視線をロゼに戻す。

 

「……先輩がいいって言うなら、おれが言うことは何もない」

 

 ロゼは小さく頷くと、おれたちの手錠に手をかけた。

 

「決まりだ。……ひとまずは歓迎しよう。これからは『客人』だ」

 

 手錠の外れる硬い音が、新しい契約の合図のように訓練場に響き渡った。

 

 ロゼは傍らに控えていた一人の男を呼び寄せた。

 

「ノータス、例のものを。彼らにはこれから、我々の『目』として動いてもらう」

 

 現れたのは、整った身なりに眼鏡をかけた知的な風貌の男だった。 真っ白な手袋をピッチリと嵌めていて、事務仕事をするには不自由そうだが、潔癖症か何かなのかもしれない。

 

「お初にお目にかかります。スレイマンで事務方を務めております、ノータスと申します。お二人の身分を証明する品を用意いたしました」

 

 ノータスは丁寧な所作で、二つの黒鉄のプレートを差し出した。

 

「あいにく我々自警団には、街全体の公式な通行許可証を発行するほどの権限はありません。ですのでこれを、このプレートはスレイマンが身元を保証し、協力を要請しているという『鉄の手形』です。これがあれば、各種族のリーダーたちも…………まぁ、少なくとも門前払いはしないでしょう」

 

 おれはそのプレートを受け取る。ずっしりとした重み。

 

 

 

「物資の補給が必要な際は、いつでも私に声をかけてください。……では、ご武運を」

 

 ノータスは深々と頭を下げた。その物腰は極めて穏やかで、理想的な事務官そのものに見えた。

 

「さあ行きますよ、リア!! まずは東の獣人街、ジャックさんのところからです!! 獣人! ルーツによってその姿は様々ですが、彼は一体どんな姿をしているのでしょう! モフモフでしょうか、ソレとも案外スベスベとしているかもしれませんね!! ちなみにリア、歴史的には血気盛んな種族ですから、気を引き締めてください!! さあ!! ほら行きましょう!」

 

 先輩に袖を強引に引かれ、おれは拠点を後にした。

 

 拠点の外へ出ると、ペンドラムの街は夕刻の赤い光に包まれていた。一見すれば活気ある市場。だが、道行く者たちの間に流れる空気は、どこか刺々しく冷え切っている。

 

「……早めに終わらせよう、先輩。この街、長く居る場所じゃない」

 

 おれたちは、静かに発火を待つ火薬庫のような街へと、最初の一歩を踏み出した。

 

 

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