健全妄想倶楽部   作:空耳そら豆

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エロ本おじさんと俺

 俺はマルクス主義者ではないが、資本主義の矛盾が激化する今日において、労働者階級は革命を起こさねばならないと考えている。

 朝から晩まで最低賃金で働かされた挙句、いきなりクビを宣告されたのだ。これを搾取と言わずになんとする。

 悔しいから時価総額にして四十万円分の電子タバコを盗んでやったがこれも階級闘争の一つの形だ。

 

 純然たるプロレタリアート(無産階級)の俺だが、だからといって資本主義の犬になるつもりはない。

 しかしながら、現実問題として家賃の支払い期限が迫っている。

 

 ここで、金がないなら働けばいいなどと言ってはならない。

 

 それはマリーアントワネットである。

 

 働きたくても面接に落ち続ける俺のような人間が世の中にはいるのだ。気安く使っていい言葉では断じてないのである。

 

 さて、これ以上は気が滅入るので、俺の英雄的活躍に目を向けるとしよう。

 

 その日、俺はコルシカ島を脱出したナポレオン・ボナパルトのごとく勇躍した。

 パチンコ屋で奮闘した結果、見事、三千円を四千円にすることに成功。三日ぶりに具無しパスタからの解放、牛丼を(むさぼ)るという快挙に至っている。

 誤解してほしくはないのだが、俺は決してパスタが嫌いなわけではない。大親友の彼女の友人(つれ)が作った家庭的なパスタなら三食でも構わないが、そのためにはまず大親友が必要であり、高校時代「はい」か「いいえ」しか言葉を発していない俺には少々ハードルが高い。

 

 文字通り勝利の美酒であるストロングな酎ハイをちびちびとやりながら、既に二百回は読んだであろう三年前の週刊漫画雑誌を眺める。

 

 窓を開けて盗んだ電子タバコを吹いていると、全く世代でないにもかかわらず尾●豊の歌が脳内で鳴り響く。彼もきっと、俺と同じような夜を幾つも超えて大スターになったのだと感慨に耽っていると、壁の穴を塞ぐカレンダーに目が行く。

 

 そこで俺は失念していたことに気付いた。

 

 今日は二十九日。肉の日、つまりはエロ本の日だったのだ。

 

 四十秒で支度を済ませた俺は、愛車である原付ブケパロス号に跨った。さすがはアレクサンドロス大王の愛馬。その豪脚は多分ディー●●ンパクトよりも凄い。

 

 五分程度で町民公園へと到着した俺は、夜も更けた公園をウォーキングするふりして、トイレ脇のベンチへ。ベンチ下の段ボールを開けてブツを確認する。

 

 普通に買える素人の投稿物から、自動販売機専用の胡散臭い熟女物、さらにはオーパーツにも等しい昭和のビニ本と呼ばれる無修正まで──今夜のブツもかなりのものだ。

 俺は可愛らしいサン●オのキャラクターがでかでかとプリントされたエコバッグにエロ本を詰めると、来月に向けての要望を記したメモ書きを段ボールに投下──

 

 その時だった。

 

 段ボールの底に別のメモ書きがあることに気付いたのだ。

 

 はてなと首を傾げる俺。中学時代から続くエロ本おじさんとの交流だが、第三者のリクエストなど見たこともない。

 

 俺はメモ書きを手に取った。ここはひとつ、四中(よんちゅう)のエロソムリエ、あるいは道なき道を行く先駆者として、リクエストの質を品定めしてやろうというものだ。

 

 

 ──お父さんとお母さんが離婚しそうなんです。どうすればいいですか?

 

 

 街灯の下、急に夜気を冷たく感じた。言葉を失った俺は思わず夜空を見上げていた。アレガ、デネブ、アルタイル、ベガ。どれが夏の大三角形かわからないし、どうして三角形なのに星が四つあるのかもわからないが、今はそれどころではない。

 

 違う。断じて違う。それをエロ本おじさんに相談するのは絶対に違う。

 

 しかもメモ書きには続きがあり、直接会って相談に乗って欲しいとメッセージアプリのIDまで綴られているのだ。

 

 これはまずい。エロ本おじさんがロビンフッドや石川五右衛門に勝るとも劣らぬ義賊であることに疑いの余地はないが、やっていることはエロ本の不法投棄。つまりはダークサイドに堕ちた人間だ。暗黒面に墜ちそうなアナ●ンを心配するオビ●ンの気持ちが痛いほどわかる。

 

 俺はベンチに腰掛けると、そのまましばし思案した。

 

 実際問題、不審者と中坊の遭遇は危険であり、エロ本おじさんが逮捕されることも十分にあり得る。

 

 現状、エロ本の転売が唯一の収入源である俺にとってこれを見過ごすことはできない。

 

 エロ本の供給が停止すれば、街亭の戦いで山上に布陣した馬謖(ばしょく)のように、俺はたちどころに枯渇(こかつ)してしまうだろう。

 泣いた孔明から斬られないためにも、まずはメッセージアプリで連絡を──

 

 いや危険だ。下手にこちらから連絡を取れば、いざという時に言い逃れができない。

 

 町民公園という地元の人間以外寄り付かない場所であること、ブツがエロ本であることからもリクエストを出したのは多感な中坊、つまりは俺の母校でもある四中の男子生徒だと推測する。少子化の影響で全校生徒二百人にも満たない四中だが、男子はおよそ半数の百人。特定するにも対象が広すぎる。

 

 俺は改めてメモ書きを見た。現状、手掛かりはこれだけ。俺が何かしらのエージェントならば指紋採取や筆跡鑑定ですぐにでも割り出せるのだが──

 

 閃く俺。慌ててブケパロス号を走らせる。

 

 その際、ノーヘルであること、さらには飲酒運転であることにも気付いたが、もともと無免許のためノーダメージだ。

 向かった先は、四中からほど近くの住宅街にひっそりと佇む実家だった。

 

 深夜二時。二階の窓に投石を繰り返していると、電気がついて妖怪のような色白の女が現れる。

 

 妹の(かおり)だ。産まれる際、将棋の駒である香車(きょうしゃ)のごとく、真っすぐに出てきた超安産だったことを名の由来としている。そこには当然のように真っすぐに育って欲しいとの願いが込められているわけだが、どこで間違えたのかつい先日も俺のことを「殺人が許される世界だったら殺している」などと口汚く罵ったばかりだ。 

 

 俺が家に入れてくれとアピールするも、香は「死ね」と呪詛を吐くばかり。

 

 そこで俺は西国無双の力を解放した。雨どいを伝って外壁をよじ登り、嫌がる香の部屋に侵入する。

 

「うぜえな。帰れよ」

 もこもこしたパジャマ姿の香が言った。

 可愛いと勘違いしているようだが、ビッグフッドかイエティにしか見えない。

 

 生意気な妹のベッドに上がり、食べかけのポテチをわざとこぼしつつバリボリと貪る。

 

 香に言って、冷蔵庫から親父のビールを盗んでこさせると、メモ書きを見せつつ、俺はビールをプシュッと開缶。グビグビと喉を鳴らして言った。

「このIDの男子生徒を明日の昼までに探せ。多分四中だ」

 

「は? 知らねえよ」

 

 口の聞き方を知らない香は四中の三年生であり、校内カースト最上位の陽キャを自称しているが、所詮は井の中の蛙、ただの雑魚だ。

 

 深夜ということもあり格ゲーでしばしボコる。相変わらず弱い。この程度が偉そうにできる今の四中のレベルに呆れる。

 

 すると、眉毛がない妖怪改めイエティが恨めしそうに言った。

「……昼までは無理。ていうか明日中は無理。せめて三日は欲しい」

 

 悔しいのか、再戦を条件に俺の命令をあっさりと了承する香。

 

 その後も、ザン●エフを使って徹底的に痛めつけていると、深夜四時にも関わらずイエティのスマホに着信。

 

「もしもし」

 電話に出る俺。

 

「……あれ? 先輩? どしたん?」

「おまえこそ、こんな時間になんだよ? 非常識だぞ」

 

「いや、かおちゃん受験生じゃん? で、勉強するなら朝がいいって教えてあげたらさ、起こしてって言うから電話したんだよ」

 

 電話の相手は、香の彼氏であり、俺の後輩でもある和也だった。イエティが電話を寄こせと殴りかかってくる。エルボーでこれを制圧した俺は丁度いい機会だと、エロ本おじさんの件を相談した。

 

「……あちゃあ、それはまずいかもね。でもエロ本おじさんもさすがにリアル中学生と直接は会ったりはしないんじゃ──あ、だったらさ。先輩がなりすませばいいじゃん?」

 

 なるほど一理ある。ビールを煽った俺はポテチをむさぼりながら思考する。

「……いや、最悪エロ本おじさんを逮捕するための釣りってこともあるんじゃねえか?」

 

「ええ? 警察もそこまで暇じゃないでしょ。でも、それならそれで先輩もちょっとした有名人になるし、それでよくない?」

 なにもよくない。

 

 ここでもし前科者にでもなったら、もう二度と働けない──いや、それはそれでありか。

 

 俺とエロ本おじさんは長年交流を続けてきた、いわば戦友だ。おじさんは、二次元をリクエストすれば劇画のみで構成された大人のエロ漫画を段ボールに入れてくれたし、人気AV女優のDVDをリクエストすれば、擦り切れてろくに再生できないVHSを──

 やっぱり逮捕されてもいいのかもしれない。

 

「よし、和也。おまえがエロ本おじさん──」

 

 香から鈍器で殴られる。

 鈍器の正体は、香の十四歳の誕プレにネットショップで買ったドゴン族の仮面だった。

 

「カー君になにさせようとしてんだ! 死ね!」

 家では空手は使うなという掟を無視した香が、かかと落としを見舞ってくる。

 

 その後、騒ぎに起きてきた親父によって発見された俺は逃げた。裸足で逃げた。

 

 夜が明けて九月三十日。その日が俺の二十一の誕生日であったことを思い出したのは、カセットコンロで具無しパスタを茹でている時だった。




※作中の歴史ネタやパロディは、うろ覚えで書いているので信じないでください。
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