健全妄想倶楽部   作:空耳そら豆

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中学生と俺

 十月一日。今日も今日とて俺は極小スペースのキッチンでパスタを茹でていた。

 

 食育という言葉があるように、食事は身体を育むだけでなく、命を頂くという感謝の気持ちやマナー、さらにはアイデンティティーを確立させるうえでも非常に重要なものだ。

 

 この観点から言えば、俺は三割、いや四割方イタリア人ではなかろうか。一人暮らし三年目。キロ四百円の激安パスタを主食としているせいだろうが、最近胸毛の子供のような産毛が生えてきた。アレッサンドロ・デル●エロと名付けておく。

 

 パスタをすくうアレ、正しくはパスタレードルをマイクに見立てた俺は、ワールドカップ優勝メンバーとしてインタビューを受けようとするが、どういうわけかまったくイタリア語が出てこない。ローマは一日にして成らずとはよく言ったもので、少なくとも今しばらくは、パスタ中心の食生活を続ける必要がありそうだ。

 

 すっかり手持無沙汰となった俺は、ここ最近マイブームのバンドマンになる。天才的なギターヒーローとイケメンベースの出会いによって結成されたブラックシャウトのリーダーこと俺はテレビのインタビューを受ける。

「ええ。夢が叶いましたよ。『ここ』でライブをするって決めてましたし」

 

 デビュー三年目にして武道館ライブを成功させたことを当然のように語る──

 

 いや、違うな。どうせなら、タ●リさんの隣で足を組んで軽く気だるげに。

「そっすね。やっぱ? 夢でしたからね?」

 

 徹子●部屋という線もあったが、やはりミュージシャンは音楽番組だ。

 

 女子アナを交えての軽快なトークを終えた俺は、低音が効いたギターリフから始まる新曲を熱唱──

 

 ドンッ!

「ナンドモイワセルナ! ウルサイヨ!」

 オーディエンスのノリも最高だ。

 

 ドンッ!

 壁を殴りつつ熱唱する俺。その後もやたらとノリがいいオーディエンス。ばんばん壁を叩いてくるが、アリーナ席からでは何を言っているのかわからない。

 

「先輩、いつもこんなことやってんの? やばすぎでしょ?」

 

 学ランを脱いでシャツ姿のイケメン、ベース担当のKこと和也が言った。ヴィジュアル担当として加入させたが、ようやく俺の音楽の〝やばさ〟がわかってきたようだ。

 

「終わったら~微塵切りな~」

 包丁の平の部分でニンニクを潰し終えた和也に、文字通り唄うように指示する。

 

 ニンニクの豊潤な男臭さがキッチンを抱きしめる中、和也のスマホから通知音が鳴った。

 

「ライブ中だぞ。バイブにしとけ」

「ごめんごめん。あ、先輩かおちゃんだよ」

 

 それは俺の妹、イエティ香からのメッセージだった。奴には童貞中坊の調査を命じたものの、俺は親父がいる実家には近寄れない。

 

 そのため、彼氏兼調教師の和也に協力を依頼していたのだが──

 

「先輩、かおちゃんがIDの子見つけたって」

「グロリアス!」

 

 茹で上がったパスタをざるにあげた俺は、フライパンにサラダ油を適量投入。刻まれたニンニク、千切ったベーコン、その辺で採ってきた雑草とパスタを絡ませていく。五百グラムとあってかなりの量だが、学校帰りの和也にひもじい思いはさせられない。

 

 料理の師匠である速水●こみち氏も真っ青になるほどのフライパン捌きを見せつける。

 

「──それで? どこの童貞……うるせえな」

 近所迷惑という概念がないのか、隣人がうるさくて仕方ない。

 壁に後ろ回し蹴りを入れて黙らせる。

 

 改めて訊ねると、和也が苦笑混じりに言った。

「……いや、どうも女の子みたい」

 

 和也がスマホの画面を見せてくる。そこにはイエティとの異種族チャット欄が表示されており、IDと遠藤紗季という文字列が並んでいた。

 

 遠藤紗季(えんどうさき)──その刹那、俺の思考速度がギガを超えた。

 

「えんど●けんいち……俺の脳内人名データだと遠藤は憲一だけだ」

「先輩。さすがにそれは無理があるって」

 無理がアルデンテ──アウステルリッツ三帝会戦と同じくらい、声に出して言いたい日本語に思わず口が開きかける。

 

 だが俺はブラックシャウトのリーダーであると同時にギターヒーローでもあるのだ。さすがの俺でも子供たちの夢を壊せない。行き場を失った衝動を押し殺していると、

「もうさ。無視しちゃえば? この遠藤紗季ちゃん? がどこまで本気なのかもわかんないし、録音とかされて脅迫に使われることだって十分あり得るんだからさ」

 そんなことを言う和也ことK。結成三分で解散の危機だが、これを音楽性の違いで片づけてはいけない。

 

「馬鹿野郎。誰にも相談できなかったから、困り果ててエロ本おじさんを頼ったんだろうが。次、そんなこと言ったら香と別れさせるぞ」

 

 和也は笑った。

「冗談だって。俺と先輩の付き合いだよ? で、どうする? お節介を焼くのは構わないけどさ、マジでリスクはあるし危ない橋を渡ることになるかもよ?」

 

「……和也。金持ってるか?」

「いいよ。幾らでも貸すよ」

 

 俺たちはパスタを食った。思いのほか雑草が苦くて残した。

 

 和也のバイクの後ろに乗った俺は、和也の金でスマホの料金を払い、和也の金で缶コーヒーを飲み、和也の金でアイスを食った。ちなみにアイスは当たりを引けなかった。

 

 その後、コンビニの駐車場の車止めに腰かけた俺は、復旧したスマホで遠藤紗季にメッセージを送った。

 

 ──町民公園にメモ書きを残してくれた人ですか?

 

 義を見てせざるは勇無きなり──

 

 和也の懸念はもっともだし、俺だって前科者にはなりたくない。けれども、俺を救ってくれた恩師の言葉を裏切るわけにはいかなかった。

 

 返信を待つ間、和也と色々なことを話した。英仏百年戦争が本当は百年以上だったと和也がマウントを取ってくるから、俺はお返しとばかりに南米の水晶どくろが最近造られた物であることを教えてやる。すると和也が、武田四天王の高坂弾正が武田信玄の愛人だったなどとガセネタを掴ませてきた。勝機だ。俺はツタンカーメンのナイフが隕石で造られていたという驚天動地の真実を告げてフィニッシュ。勝利の雄叫びを上げていたところで、スマホが震えた。遠藤紗季からの返信だ。

 

 ──マイスターですか?

 

 即座に検索する俺。マイスターとはドイツ語で『巨匠』『名人』『親方』を意味し、卓越した専門知識と技術、経験を持つ熟練者を指す──

 

 ──はい。私がマイスターです。

 

 ──良かった。突然、あんなメッセージを入れてしまって本当にごめんなさい。でも、どうしても誰かに相談に乗って欲しかったんです。

 

 秒で返ってくるメッセージに、俺は和也と顔を見合わせる。あまり待たせても不審に思われるかもしれない。俺は相談について切り出そうとスマホを叩いたのだが──

 

 ──すみません。マイスターとお話できるのが嬉しくてお礼が遅れました。私の夢を馬鹿にすることなく真摯に向き合ってくださっただけでなく、沢山の資料まで頂いて、本当にありがとうございました。

 

 追撃のメッセージに俺は固まる。エロ本おじさんと女子中学生の夢がリンクしないのだ。

 そこで俺は探りを入れることにした。

 

 ──それは良かったです。他にも必要なものがあれば言ってください。

 

 これに遠藤紗季は遠慮したものの、何度かのやり取りを経て、

 

 ──では、お言葉に甘えて、糖質オフ先生の『午前零時の警備室は恋愛禁止』をお願いします。

 

 礼儀正しいメッセージが俺のスマホに届く。即座に和也が検索。

 それは世で言うところのボーイズラブ。つまりはBLコミックの題名だった。

 ナルカミを自らの脳味噌に落とした俺はキ●ア並みの高速思考で全てを把握。BLコミックを資料として要望したことからも、遠藤紗季の夢はBL作家──そう断定してもいいだろう。俺は物凄い試し読みに度肝を抜かれつつメッセージを送った。

 

 ──わかりました。調べておきます。それでは相談の方をお聞かせ下さい。

 

 ──中学卒業と同時に夢に打ち込みたいってお父さんとお母さんに話したんです。BLって聞いてお父さんは苦笑いしたんですけど最終的には認めてくれました。でも、お母さんがどうしてもだめだって。それでお父さんとお母さんが喧嘩になって、私が知らない間に離婚って話になってるみたいで。ご迷惑だとは思いましたが、誰にも話せなくて。本当にごめんなさ

 

 そこで文章が途切れていた。

 言葉を失った。無職と高校二年生の俺たちには、正直言って荷が重すぎた。漫画家のことはよくわからないものの、母親が反対する気持ちもわからないではない。

 

 ──厳しい言い方になりますが、どんな世界でも、プロとして食べていくのはとても厳しいものです。そしてそれは漫画を描くことだけではありません。進学ではなく社会人となる道を選ぶのであれば、ご両親をきちんと説得して納得してもらうのも社会人としての責任だと私は思います。

 

 ──私も何度も説得しようとしたんですけど、お母さんは『汚い物を見せないで』と取り合ってくれなくて。ごめんなさい。言い訳でした。

 

 俺はイエティに電話した。

 

「俺だ。遠藤紗季ってどんな子だ?」

「……教えない。どうせまた馬鹿なこと考えてるだろ」

 小癪にも人の言葉を喋る。

 

「俺の画像フォルダには、おまえが目を開けて寝てる写真が二千枚ほどあるわけだが」

「……てめえ。殺すぞ」

「で、どうする?」

「……クラス一緒になったことないからよくわからないけど、凄い真面目で頭がめっちゃいい子」

 めっちゃ頭が悪いイエティに続きを促す。

「……あとは……お母さんが塾の先生で、お父さんが確か西高の先生をしてるって──」

「サンキューイエティ」

 騒ぐUMA(未確認生物)を無視して電話をぶち切った俺は、和也に言った。

「遠藤って先生、おまえの学校にいるな?」

 

 和也がしばし沈黙。スマホ片手にアイスの棒を咥えてるだけなのにイケメンだ。

 

「……もしかして、エンガッチョの娘が紗季ちゃん?」

 遠藤から転じてエンガッチョ──壊滅的なあだ名のセンスだが、生徒から忌避されていることは存分に伝わってくる。詳しく聞いたところ、遠藤先生は生活指導を担当しているとのこと。無断でバイク通学をしている和也にとっては目の上のたんこぶだが、ここが攻めどころだ。アイスの棒をぐにゃぐにゃと噛みながら思考をまとめた俺は言った。

 

「トロイの木馬で行く」

 ククク……オデュッセウスのごとき智の煌めきに我ながら身震いする。

 すると、隣で和也が怪訝な顔をした。

「……先輩。かおちゃんの顔を潰したら、今度こそ家に帰れなくなるよ?」

「大丈夫だ。最悪おまえが停学になるだけだし」

「は? なに言ってんの?」

「いいか? まずは、おまえのバイクがうるさいと俺が苦情を言いに遠藤家に乗り込む。そして自然と夢へと話題を誘導。これなら俺がエロ本おじさんだと気付かれずに済む」

「色々とおかしいけど、なんで自分だけ助かろうとしてんの?」

「総大将ってのは安全な位置にいるもんだろうが。漫画の見過ぎだぞ和也」

「それは先輩だって。大体、トロイの木馬って言うんなら、先輩がまず動かなきゃ。オデュッセウスは自分も木馬の中に入ったんだぜ?」

 

「……マジか?」

 大きく頷く和也。俺はスマホで検索──

 

「……よし。バイクの騒音でうるさいのは俺で行く」

「いや、それだと行き先はエンガッチョの家じゃなく警察だって」

 余罪だらけの俺だ。さすがに警察の厄介にはなれない。

 絶望した俺は、和也と別れるとアパートへ戻り、電気から吊るした紐に向かって日課のシャドウボクシングをして布団に入った。

 

 網戸の破れから侵入したカメムシの臭いが漂う暗闇の中、俺はなかなか寝付けずにいた。

 

『汚い物を見せないで』と言った遠藤紗季の母親は、一体どんなつもりで娘の夢にそんな言葉をぶつけたのだろうと、散々妄想を働かせてみたが、それはやっぱり残酷で──

 ただただ嫌な気分になるだけだった。

 




※作中の歴史ネタやパロディは、うろ覚えで書いているので信じないでください。
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