十月は
何をしているのかと思えば、彼らは縁結びの話し合いをしているとのこと。
つまりはマッチングアプリなのだが、困ったことに俺担当の神様が全く仕事をしないときている。
これがソシャゲなら詫び石を寄こして当然の事態だが、厄介なことに問い合わせ先がない。
誕生以来俺が交際歴ゼロなのも運営のせいであることは明らかであり、早急なアップデートを望むばかりだ。
十月二日の夕刻。俺は二年と三か月ぶりに引っ張り出したジャケットを羽織って、町民公園にいた。犬の糞を処理しない爺にイライラしながらベンチに座っていると、聞きなれた四気筒エンジンの音が近づいてくる。
和也だ。公園入口にバイクを停車した彼は、フルフェイスを脱ぐと髪を直しながら近づいてきて、
「急にどしたん?」と、昨晩のことなど忘れたかのように言った。
「直に香が遠藤紗季を連れてくるから、その足で遠藤家に行くぞ」
「ええ? なんで?」とマス●さんのような声を上げる和也。
イケメンは俺の横に座ると、無言で飴玉を差し出してくる。
舐める。なぜにグレープではなく薄荷はっかなのか。即座に噛み砕いていると和也が言った。
「……まあ、先輩だし? 無茶をするのはわかってたけどさ。俺はなんで呼ばれたの? まさか本気でトロイの木馬をやるつもり?」
俺は首を横に振った。
「心細いからに決まってるだろう」
「……そんなキャラじゃないでしょ。で? どうすんの?」
苦笑する和也に、俺は昨夜寝ずに考えた計画のあらましを説明する。
「……なるほど、かおちゃんを通じて相談を受けたってことにして、エロ本おじさんの存在はなかったことにする──いいんじゃないかな?」
和也は小さく笑うと続けた。
「かおちゃんも嬉しいと思うよ」
「なにがだ?」
「いや、先輩がさ。人のために一生懸命になるのを見れてさ」
俺が一生懸命なのは、徹頭徹尾のエロ本の安定供給のためなのだが、この後の展開を考えると勘違いさせたままにしておいたほうがいいだろう。
「でもさ? いくら相談を受けたからって直接家に乗り込むのはちょっとぶっ飛び過ぎじゃない? 筋としては通るけど、俺たちは学校や塾の先生でもないんだし、紗季ちゃんの進路に口を挟める立場じゃないでしょ?」
「そんなことはわかってる。だから、あくまでもお願いするだけだ──まあ、おまえは適当に話を合わせてくれ。良くも悪くも遠藤先生とも顔見知りなんだ。見ず知らずの俺が言っても説得力はないが、イケメンのおまえならなんとかなる」
「イケメンにそんなバフ効果はないよ」
キラッキラの笑顔で和也。無自覚イケメンはこれだから困る。
もしも和也が三国志の武将だったら、イケメン補正で趙雲か周瑜クラスの武将になっているのは間違いない。
つまり俺は劉備か孫策。堂々たる主役である。
そのままの流れで三国志最強武将について議論する俺たち。蒼天●路厨の和也が曹操を推すのに対して、横光派の俺が孔明を推しているところに、イエティが黒髪の少女を連れて現れた。
「……は、はじめまして遠藤紗季です」
黒髪の少女がぺこりと頭を下げた。三年生だというのに傷一つない学校指定の鞄。制服も着崩すことなくきちんと着ていることからも真面目な子のようだ。
「はじめまして。マイスターです。今日は突然呼び出してしまってごめんね」
俺が名乗ると、遠藤紗季が戸惑ったようにイエティを見る。
「今日、来てもらったのは、紗季さんの夢を応援してくれるようご両親にお願いするためなんだ」
「え? なんでそうなるんですか?」
なんでも糞も、俺がそうすると決めたからだが、夕食時はやはりまずかったか。だが、俺は最悪コロッケさえあればどんぶり飯が食えるし、和也の家で散々お呼ばれしていることもあって、他家での夕食には慣れている。
「先輩いきなりアクセル踏みすぎ。紗季ちゃんがびっくりしてるじゃん」
そう言った趙雲が、俺の代わりに説明すると遠藤紗季が「困ります」と言った。
「じゃあ、なんで相談してくれたの?」
俺は問うた。責めるつもりは微塵もなかったのだけれど、遠藤紗季は俯いた。
「ごめんなさい……」
「言い方が悪かったね。これは遠藤さんのためじゃなく俺のためなんだ。俺にも夢があったけど、残念ながらそれは実現不可能でさ。君みたいに夢がある人が羨ましくて、純粋に応援してあげたいって思っただけなんだよ」
俺も彼女の年頃までは明確な夢があった。
海賊王になりたかった。
でも、ネットの中の海賊はAK47をぶっ放しながらタンカーを乗っ取るならず者で──
俺は海賊王を諦め、ジャ●プも卒業した。
おかげで、領域展開などと言われても全くついていけないが、それが夢を諦めるということなのだと自分に言い聞かせている。
すると、未だジャ●プを手放せない小娘が言った。
「……紗季ちゃん。うちの兄貴は馬鹿なんだけど根は悪い奴じゃないの。今日も突然でめちゃくちゃだけど、紗季ちゃんのことを思って言ってるってことだけは信じてあげて」
趙雲も続いた。
「そうだね。先輩は確かにぶっ飛んでるし、一緒にいたら二時間に一回くらいはドン引きするけど、悪い人ではないよ」
イエティと趙雲から援護射撃を受けた俺は言った。
「そう、俺は悪い人じゃない。だから一緒に行こう」
これに遠藤紗季は明らかに動揺して、
「絶対に悪い人の手口ですよね?」
大きく後ろに後ずさる。
このままでは平和な町民公園で事案発生だ。
俺は趙雲に目配せすると、女子中学生に対して特攻となるイケメンを召喚してターンエンドする。
「えっと、紗季ちゃんは俺のこと知ってる?」
「……はい。和也先輩ですよね? 格好いいって有名でしたし」
「はは、照れるね。でも、俺って小学校の頃は今なんかとは比べ物にならないくらい太ってたし、暗くて……そのせいで苛められて不登校の引きこもりだったんだよ」
「……そうなんですか? 信じられませんけど」
和也は頷いて、俺を見た。
「そんな俺を連れ出してくれたのが先輩なんだ。一緒に空手をやろうって毎日俺の家に来てくれて──それが俺はすげえ嫌で、ずっと拒否ってたんだけど、先輩はこんな感じじゃん? 話しが通じないって言うか、まともに相手をするほうがよほど疲れてさ」
俺は首を傾げた。
「……和也。それ勘違いだぞ。俺がおまえの家に入り浸ってたのは横光三国──」
イエティに蹴られた。
「カー君もそれをわかって、いい話にしてくれてるんだろうが」
これに和也は苦笑いしながら言った。
「とにかく、俺は先輩を尊敬してる──これでも足りない?」
和也の特殊能力によって、遠藤紗季は魅了状態に陥ったのか、渋々ながら自宅への同行を許可する。
イエティが大まかな流れを遠藤紗季にインストールしていると、和也が声を細めて訊ねてきた。
「先輩、本当に大丈夫?」
「なにがだ?」
「紗季ちゃんだよ。思ってた以上にしっかりしてるしさ、先輩が出ていかなくても上手く収まるような気がするんだよね」
「かもな。でも、誰でもいいから傍にいてくれたほうが心強い、嬉しい時ってあるだろ?」
俺がそう言うと、和也は笑うだけで、それ以上は何も言わなかった。
その後、遠藤紗季から両親の帰りが遅いため、後ほど来てほしいとの申し出を受けたため、俺たちは和也の家へ移動。和也の父と一緒に、エビフライの尻尾を食わない和也をカス扱いしていると、イエティのスマホが鳴った。和也のばあちゃんから軍資金だと、ティッシュに包まった千円札を貰い、俺たちは遠藤家へと向かった。
十分ほどで到着した俺たちを緊張気味の遠藤紗季が出迎える。通されたのは、こざっぱりとしたリビングだった。馬鹿でかい壁掛けの液晶テレビとL字に配置されたソファ。突如としてスリープモードだった空気清浄機が動き出すが、イエティの獣臭が原因だと思われる。
時刻は八時を少し過ぎたあたり。いざ開戦となったものの、俺は早くも戦意喪失していた。
遠藤父ことエンガッチョがいかつすぎるのだ。生活指導とは聞いていたが、その姿はどう見ても平成の武闘派ヤクザ。しかしながら、突然の教え子の来訪に動揺した様子のエンガッチョ。強面が眼鏡をくいくいさせながら言った。
「宇都宮……どうしておまえが?」
激似である。見た目どころか声まで平成の大スター哀●翔とそっくりだった。
これに趙雲こと、宇都宮和也が首を傾げる。
「いや、自分もよくわかんないです」
早くも職務放棄する。
だが、問題はこちらではない。母親のほうだ。遠藤紗季がそのまま年をとったような、どこか幼くもキャリアウーマンといったアンバランスな風貌の彼女も眼鏡をくいくい。俺たちに食わせるメシはないと言わんばかりの眼光で言い放った。
「紗季。これはどういうこと? 説明しなさい」
手塩にかけて育てた娘が、イエティを連れてきたのだ。母親として娘を心配するのも無理はない。
無理もないが、俺は同時になるほどと思った。有無を言わせぬというか、圧力が強すぎるのだ。これでは遠藤紗季も委縮して相談どころではないだろう。
今夜の俺の目的は、遠藤家をぶっ壊すことではなく、彼女が両親ときちんと向き合える時間を作ることだ。遠藤紗季の話によれば、両親は娘の進路で揉めて離婚寸前となっている。そこで俺という外敵、遠藤家にとってのペルシャ帝国の投入だ。
俺はソファを立つと、絨毯の上で土下座した。
「このような夜分に突然押しかけてしまい、本当に申し訳ありません。私と私の妹、さらにこちらの宇都宮和也君の三人でお伺いしたのは、紗季さんから進路についての相談を受けたからです」
「……失礼ですが、どちら様ですか?」
俺は手短に名乗り、妹がイエティであることを伏せると、
「先日より、妹の香が、紗季さんから将来についての相談を受けており、私も一緒になって相談を受けておりました。そこで紗季さんが真剣な気持ちを打ち明けて下さり、また、ご両親が反対なさっているとお聞きしたので、どうにかして紗季さんの夢を応援していただけないものかと、こうしてお願いに上がった次第です」
寝ずに考えた嘘を吐く。すると、遠藤夫婦が困惑した様子で顔を見合わせた。いきなり娘が見ず知らずの連中を家に招きあげただけでも理解できないのに、さらには土下座までされたのだ。文脈を読み取れなくて当然だ。
母親は長々と溜息をこぼすと、困った顔で訊ねてきた。
「……ちょっとわからないんですが、あなたはどうしてそこまでなさるんですか? これまでの娘の交友関係からも、妹さんと娘はそこまで深い関係でもないですし、そのお兄さんであるあなたが……その……土下座までされる理由もないように思えますけど?」
来た。
俺はちらと和也を見る。そして母親に言った。
「私とここにいる宇都宮和也君が同性愛者だからです」
「え?」
全員の声が揃ったところで俺は続けた。
「紗季さんが志す漫画のジャンルは、一般的にはボーイズラブと呼ばれる男性同士の性愛を描くものです。そこには当然のように性的な描写を伴うものが含まれており、お父様お母様が心配なさるのも無理はありません。ですが、娘さんはとても真剣です。私と宇都宮和也君という身近な同性愛カップルを取材し、彼女なりに解釈することで、きちんとした物を世に出したいと仰ってくれました。私と彼がここにいますのも、そんな紗季さんの熱意に打たれたと同時、少しでも性の多様性に対する理解が深まればと考えた次第です」
隣に座ってきた和也が小さく微笑む。
さすがは趙雲。ちょっとだけ好きになる。
さて、大前提として無職と高校生の言うことに説得力などない。さらに言えば人様の家庭の事情に口を挟む権利などないわけだ。俺たちがやろうとしているのは、『ひのきのぼう』でラスボスを殴りに行くという無謀極まりない戦いなわけだが、そこは横光三国志を読破した俺だ。『ひのきのぼう』を『エクスカリバー』に仕立てるくらい造作もなかった。
BL文化、引いては性の多様性を馬鹿にするつもりはない。
だが、まだまだ偏見も多く、広く世の中に理解されているとは言い難いのが現状だ。加えて、女子中学生が過激な性描写を伴うBL作家になりたいと言い出せば、よほど理解のある親でない限り、反対されてもおかしくない。
そこで俺は卑怯だが、母親の逃げ道を塞がせてもらった。遠藤紗季がいかに真剣に性の多様性を描こうとしているかを示すだけでなく、俺たち偽装カップルを前にすることで『汚い物を見せないで』という言葉の暴力を封殺することにした。
塾講師とはいえ、彼女も一人の教育者。偽物とはいえ俺たちゲイカップルがいる以上、良識ある大人としての対応をせざるを得ないだろう。
俺は遠藤紗季に目配せした。あくまでも当事者は彼女であり、俺にできることはこの場を整えるだけ。夢も両親も手放したくないのなら、誰よりも彼女が立ち向かわなければならない。
すると彼女は俺の意を汲んでくれたのか、ソファから降りて絨毯の上に正座した。
「お母さん。私真剣なの。中途半端な気持ちじゃないってことは信じて」
「……何度言われても変わらないわ。ダメなものはダメ」
室温を下げそうな母親の冷たい声に、エンガッチョが口を挟むも「あなたは黙ってて」と一喝。ヤ●ザも黙らせる声の鋭さが、遠藤家が絶対王政によって統治されていることを教えてくれた。
そこから先は押し問答となったわけだが、何を言っても暖簾に腕押しの状況に遠藤紗季が間違えてしまった。
「もういい! 中学卒業したら出ていくから!」
感情を露わにした彼女を責めるつもりはないけれど、考え得る中でも最悪の手であることだけは明らかだった。俺はたまらず口を挟んだ。
「紗季さん。俺は言ったよね? きちんと納得してもらうまで説得するのが大人だよって」
これに押し黙る遠藤紗季。俺は話を引き取ると改めて母親と向かい合った。
「……俺は今の紗季さんと同じ中学三年の時、暴力事件を起こしました。俺は空手をやっていて、殴った相手の怪我はとても酷く、父はその責任をとって空手の道場を畳みました。けれど、俺はそれでも変わることなく自分は悪くないと意地を張り、振る舞いを改めようとはしませんでした。当然、周囲もそんな俺に愛想をつかして友人たちが去り、先生からも相手にされなくなりました。そんな時、今も四中にいる恩師が俺を救ってくれました。恩師は自暴自棄になっていた俺を厳しくも暖かく叱ってくれ、家族だけは君を信じているからもう一度頑張りなさいと、俺の背中を押してくれました」
人前で喋るようなことではないけれども、ここで黙っていれば俺は後悔する。
俺は香を見た。彼女は少しだけ涙目になっていた。
「両親もですが、今の俺があるのは妹のおかげです。当時はまだ幼かったですが、俺が暗い顔をしているのが大嫌いだと泣いて言ってくれたんです──ですからお父さんお母さん、紗季さんの言葉や想いと正面から向き合っていただけないでしょうか? 彼女にとってお二人は誰よりも信頼できる家族なんです」
俺は立ち上がると、遠藤紗季を見た。
「紗季さん。出ていくなんて言わずに、お父さんお母さんと最後まで話し合ってくれ。それが中学生の君にできる唯一のことだからね」
頷く遠藤紗季を見届けた俺は一礼すると、和也と香を連れて遠藤家を後にした。
「……先輩言ってよ。変な声出ちゃったじゃん」
町民公園までの道すがら、和也がそんなことを言った。
「おまえはイケメンすぎるからな。ホモだって噂になれば変な虫も寄り付かんだろ」
そう言ってイエティの頭を撫でると、ローキックが返ってくる。
「……馬鹿。紗季ちゃんの口が軽かったら、私は兄貴に彼氏を寝取られたってことになるんだぞ」
俺はイエティの首根っこを掴んで引き寄せ、下痢になるようにつむじをぐりぐりする。馬鹿な心配だが実際俺は和也の彼ピのようなものだし、七割、いや八割方はNTR済みだ。
「和也、今日は朝まで三国志だからな」
「また? 先週の勝ち分の金も貰ってないんだけど?」
「馬鹿野郎。先週のはノーカンだ。おまえの親父のせいで、俺の関羽と張飛が焼け死んだんだぞ。金なら親父から貰っとけ」
俺は笑った。和也と香も笑った。
夜風が気持ちいい夜だった。
※作中の歴史ネタやパロディは、うろ覚えで書いているので信じないでください。
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