健全妄想倶楽部   作:空耳そら豆

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健全妄想倶楽部

 

 

 十月三日。俺は和也の家のキッチンで遅い朝食を取っていた。

 和也は学校へ行き、和也の父は宇都宮家に隣接する自動車整備工場で仕事中。

 

 テーブル越しに和也のばあちゃんと向かい合った俺は、よくわからない韓流ドラマの話題に相槌を打ちながら、きんぴらごぼうをエンドレスに食っていた。

 

 ばあちゃんの「ごはんを焚こうか?」という提案を速やかに了承した俺は冷蔵庫から取り出したビールをプシュ。

 

 羊羹をつまみにキレのある辛口を味わっていると、俺のスマホが鳴った。

 

 ──紗季ちゃんが、昨日と同じ時間に町民公園に来てほしいって。

 

 それはイエティからのメッセージだった。

 

 俺は了解と返すと、ごはんが炊きあがるまでの間、ばあちゃんに寄生してスマホのバトルロイヤルTPSをプレイ。並外れた読みとエイム力で圧倒するモンスターばあちゃんにトレインされて勝者となる。以前から思っていたことだが、ばあちゃんが何れかの組織に改造された実験体なのは明らかであり、彼女が日に三本は飲むエナドリにはやばいブツが間違いなく入っている。

 

 その後、腹を膨らませた俺は昼寝。

 起き抜けに風呂に入っていると、パートに出ていた和也の母が帰宅する。

 和也母が持ち帰った甘辛の手羽先をつまみに風呂上がりのビールをプシュ。

 手羽先屋で行われる愛憎入り混じった男女関係を愚痴る和也母とビールを煽る。

 

 やがて、テーブルの上にビールの空き缶が並んだ頃にようやく和也が帰ってきた。

 ふと時計を見れば、イエティとの待ち合わせ時間を十五分ほど過ぎている。

 

 和也と二人、町民公園まで歩いた。昨夜の三国志では、俺率いる袁紹軍が勝利したわけだが、その最大の要因となった猛将郭図について語るうちに町民公園に到着。

 

 俺たちを見るなり、遠藤紗季が言った。

「私、BL作家にはなりません」

 そこには毒気も諦めもなかった。彼女がそう決めたのなら、俺たちに口を挟む余地はない。しかしながら、昨晩までの彼女はどこに行ってしまったのか。

 

 そんな純粋な疑問が俺の舌を動かした。

「えっと? 良かったらどういう経緯でそうなったのか聞かせてもらえる?」

 

 遠藤紗季は大きく頷いた。

「私の勘違いだったんです。私がBL作家になりたいと言ったせいで、両親が離婚しそうになっていると思ってたんですけど、昨夜皆さんが帰った後に母が教えてくれました。離婚しそうになっている原因は父の浮気だったんです」

 

 なるほどだが、エンガッチョの不倫と遠藤紗季が夢を捨てることが繋がらない。

 

 すると八割方俺の恋人である和也の脳裏にも同じ疑問が浮かんだのだろう。間抜け面で事態を呑み込めないイエティを置き去りにして、和也が言った。

「……それはわかったけど、なんで紗季ちゃんが夢を諦めるって結末になるの? お父さんの浮気は残念だけど、紗季ちゃんの夢には関係なくない?」

 もっともな和也の疑問に、遠藤紗季は迷いなく言った。

 

「浮気相手っていうのが、私たちの、四中の校長先生だったんです」

 

 

 その瞬間、俺の脳味噌がフリーズする。

「……ごめん。よく聞こえなかった。もう一度言ってもらっていい?」

 

「父は校長先生、つまり男と浮気してたんです。だから、事情を知ってる母が『汚い物を見せないで』って言うのも当然だったんです」

 

「……それって確かなの?」

 

「はい。母が興信所を使って証拠を突きつけたこと、父がその際に認めたことを、昨夜二人の口からはっきりと聞きましたし、両親が私の中学卒業を待って正式に離婚することで、もう話もついてるそうです」

 

 大坂夏の陣で、味方から撃たれた神保相茂(じんぼすけしげ)のような気分だった。

 校長先生は、中学時代、自暴自棄になった俺を救ってくれた恩師であり──

 俺はスマホを取り出すと、教育委員会の公益通報制度を検索。直ちに校長先生がエロ本を不法投棄する犯罪者であったことを長文で密告する。

 

 さらばエロ本おじさん。

 

 

 俺は遠藤紗季に言った。

「……でも、それで夢を諦めていいの?」

 

「はい。お兄さんも仰っていたように、母は大切な家族ですし、父……あの人の浮気には私も大きなショックを受けましたから。それに、母の傷を抉るような真似は家族としてしたくありません」

 

 どうやら父親は完全に家族から除外されてしまったようだ。

 遠藤紗季は晴れ晴れとした笑顔で言った。

「でも、どうしてもBLを描きたいと思ったのなら、誰にも頼ることなく自分自身の力で実現させます。今回は本当にありがとうございました」

 

 深々と頭を下げる姿を見せられては、もう何も言えなかった。言葉に困った俺たちがごまかし笑いをしていると、顔を上げた遠藤紗季がイエティのことを羨ましいと言う。

 

「一人っ子なんで、優しいお兄さんがいるって憧れちゃうな」

 

 俺がナイスガイであることに疑いの余地はないものの、面と向かって言われるのは少しだけ照れくさい。

 

「出来たらでいいけど、今後とも香と仲良くしてやってくれ」

「はい」と遠藤紗季が笑顔を見せた。

 

 その後、異種族交流を始める中学生二人を遠目に見ていると、

「……大丈夫、先輩?」

 隣に立った和也がメス顔で、彼ピである俺を心配する。

 

「俺のことはいいからさ。今は彼女に友達が増えたことを喜んでやれよ」

 そう言うと、和也は何も言わずに微笑んだ──

 

 

 十月二十四日。ついに組織の手が俺にまで回った。

 

 事の発端は、和也の父がくれた魚だった。

 

 俺はさか●クンのような選ばれし存在ではないので、魚の種類を判別する特殊能力を有していない。

 

 だがその魚は九割九分生体兵器で間違いなかった。なぜなら俺は昨晩から嘔吐下痢が止まらず、胃を引き裂かんばかりの痛みに襲われているのだ。

 

 間違いなくバイオテロ。そのうちヘリも墜落するはずだ。ばあちゃんだけでなく、和也の父まで組織に懐柔されていたのは予想外だったが、何よりも恐ろしいのは俺が健康保険に未加入であることを承知で攻撃してくる非人道性だ。

 

 刺身の美味さで惹きつけてからの一網打尽。まるで島津家の固有必殺技、捨てがまりだが──

 

 トイレに駆け込んだ俺がカプ●ンの打倒を心に誓っていると、何者かがアパートに侵入してくる。

「……先輩、トイレの扉くらい閉めてよ」

 

 用を足す俺の背中に、そんな和也の声が聞こえてきた。だが上から下からナイアガラの大瀑布のごとく流れ出る命の輝きは止まらない。お願いだから止めてくれ。

 

 背後で扉が閉まり、

「……病院行く?」

 和也が問うてくるが、ひっくり返ってもそんな金は出てこない。

 

 その後、アン●レラ社の思惑通り、ほとんどゾンビになった俺がトイレから這い出ると、ローテーブルの上には新鮮なスポーツドリンクと茶色い小瓶の下痢止めが置いてあった。

 

「……おまえの親父はなんともないのか?」

 弱々しくも俺が訊ねると、和也が肩をすくめて言った。

「ピンピンしてるよ。先輩のことを言ったら、『馬鹿が風邪を引くな』ってさ」

 

「……馬鹿はどっちだ。どう考えても風邪じゃねえだろ」

 

 手早く薬を飲みつつ水分補給を果たした俺は万年床に潜り込む。

 

 すると和也が俺にマウントを取るためだけに買ったお高いリュックからA4大の茶封筒を取り出した。

 

「紗季ちゃんから、先輩に渡してくれってさ」

 

「ああ? なんだよそれ?」

 

「知らないよ。俺も昨日かおちゃんから預かっただけだし、先輩のほうこそ何も聞いてないの?」

 

「馬鹿野郎。なんで俺が中学生と連絡を取らなきゃいけねえんだ」

 

 動きたくない俺は頭から布団を被ると、和也に開封させたのだが──

「……先輩、これナマモノだ」

 

 和也が信じられないことを言う。布団から顔を出した俺は言った。

「茶封筒にナマモノ入れるとかやばすぎだろ」

 

 思いのほか、遠藤紗季の頭が温かいことに驚いていると、和也が首を横に振りつつ、

「そうじゃないって。紗季ちゃん、俺と先輩のBLコミックを描いてるんだよ」

 

 意味のわからぬことを言う。

「……なんのために?」

 

「わかんない。でもお礼だって。素敵な御二人へって書いてるし」

 

 その後、和也から、ナマモノとは実在の人物を題材にした二次創作のジャンルの一つであることを聞かされた俺は色々な意味で吐き気を覚えた。

 

 そして今回の一件が、全て遠藤紗季の背後にある巨大な組織によって仕組まれたと理解する──

 

 俺は布団を被り直すと、一寸法師のように小さくなって、胃の中の痛みを退治する冒険へと旅立った。

 

 その際、どうやって自分の胃の中に入るのかという致命的な矛盾に気が付くが、所詮は取るに足らない妄想──

 

 遠藤紗季のように不健全な妄想を暴走させることなく、今日も今日とて俺は健全かつ柔軟に妄想の翼を広げるのであった。

 

 

                    〈了〉

 




※作中の歴史ネタやパロディは、うろ覚えで書いているので信じないでください。
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