世界中のウマ娘が一度は夢見る舞台、凱旋門賞。そんな舞台に立つ一人のウマ娘がいた。
それは黒い、黒い、黒い。燦然と輝く太陽の光を喰らい尽くすような漆黒の勝負服に身を包む、日本からやってきた新たなチャレンジャー……ではなく、前年度の凱旋門を圧倒したウマ娘だった。
軽いストレッチをしながら歩く姿は威風堂々としており、周囲から向けられる視線を全く気にしていなかった。
(ヒィィィ!? なんでこんなにみんな見てくるんだよぉ!)
否、気にしまくっていた。
ポーカーフェイスだけは得意な彼女はそんな内心を表に出さず、心の中で己のトレーナーへ救難信号を発する。
(ヘルプミー!)
(このお電話は電波が届かない場所にあるか電源が入っていません。ピーッという発信音の後にお名前とご用件をお伝えください)
(聞こえとるやろがい!)
観客席の最前列で仏頂面で腕を組む自身のトレーナーへツッコミながらもストレッチは欠かさない。
(そもそも! どうしてオレたちは2回も凱旋門賞に出てるんだよ!)
(そりゃ周囲からの要望が多くてなぁ。やっぱみんな見たいんすね。日本から凱旋門を2回もとるウマ娘が出る瞬間)
(負けたら大バッシング確定じゃんか! 見てよこの冷や汗の量!)
(今日は日差しが強いですね。熱中症にご注意ください)
(日差しだけのせいじゃないんだよなぁ!)
この二人だけで繋がっている脳内電波で会話をしながら、続々と入場していくウマ娘の頭の上に表示されるステータスを確認していく。
(いけるいける。ステータスは勝ってるんだからステ差の暴力で殴ろうぜ)
(無理無理無理! 金スキル盛り盛りな奴いるじゃん! 普通に負ける可能性あるって!)
(凱旋門賞を勝ってるウマ娘のくせに
(言っちゃならないこと言いやがったな!? 終わったらそこで待ってろ! その綺麗なツラを吹き飛ばしてやる!)
なお、謎の脳内電波による会話でも二人の表情は変わることなく、片や澄まし顔でストレッチを続けており、片や仏頂面のままパドックを眺めていた。
くだらない脳内会話を繰り広げる二人だが、周囲の反応は違う。
(相変わらず調子を崩さないな……。こんなウマ娘をよく育てたものだ)
そのトレーナーは、前年度の凱旋門を2番目に潜ったウマ娘のトレーナーだった。
1バ身差での2着。周囲は惜しかったと言っていたが、実際に相対した二人だけはその差が数字以上であることを痛感していた。
彼は自分の担当バが浮かべた絶望の表情を今でも覚えている。そして、汗だくで俯く彼女の前で人差し指を天高く突き立てる日本から来た挑戦者の姿を。
(だが問題ない。今年は我々が勝つ。わざわざ日本で開かれた彼女の出場レースを全て見て、研究とトレーニングを重ねたのだ)
今年は勝つ。そう考えているのは、この壮年のトレーナーだけではなかった。
アメリカの、イギリスの、そして同じくフランスのウマ娘とトレーナーが同じことを思いながら、日本から二度目の挑戦をしに来た二人を見る。
——勝つのは俺だ!
——勝つのは私だ!
全ての熱意を、戦意を、敵意を向けられながら彼女はゲートに入る。
(あ゛〜。レースの時間がやってまいりましたぁ)
(ガンバガンバ。解説実況は任せろ)
(野次を飛ばすだけなら猿でもできるんだよなぁ)
(何言ってんだ? 猿が野次を飛ばせるほど知能あるわけないだろ)
(よーし決めた。ゴールした勢いのままお前を蹴り飛ばしてやるからな。ゴルシのドロップキックをやってやるから逃げんなよ)
(あれは担当からされるから嬉しいのであってお前からされても……)
(いいんか? お前の担当バがやる気最低になっちまったぞ? あーあ! 最下位になってやろうかなぁ! 歴史に名を残すくらいの大敗をやってやろうかなぁ!)
そうは言いながらも、彼女の闘争本能は手を緩めることを許さない。
それはランク戦という呪縛に囚われ続けてきたゲーマーだったが故の負けず嫌いが、闘争本能となって現れているだけかもしれない。だが、その程度の闘争本能でも彼女のやる気は最高潮に達する。
(今日の晩御飯何がいい?)
(お前が日本から持ってきたどん兵衛)
(鬼かき揚げはやらんぞ)
(きつね派なんでいらないです)
スタートする直前まで繰り広げられるくだらない会話。それが途切れた瞬間、甲高い音と共にゲートが開き凱旋門賞が始まるのだった——。
*
「「カンパーイ」」
王室も利用する高級ホテルのスイートルーム。趣味だけでは消費しきれない金額を貯金している二人がなんとなくでとったその部屋で、二度目の栄冠を勝ち取った彼らは出来上がったどん兵衛で乾杯した。
まさか日清もこんな部屋でどん兵衛を乾杯に使われるとは思わなかっただろう。
ずるずるとどん兵衛を啜りながら、二度目の栄冠を被ったウマ娘がどんよりと雲を背負う。
「な〜んでオレは
「ステは限界突破してんのにな。信じられるか? 他のウマ娘が展開した
「知らん。血筋も特に特別なモンないし。一般家庭の一般ヒトミミの間から産まれただけなんだよなぁ」
「シンプルに暴の者なのどうにかしろよマジで。プリティー要素が不足してんだよお前のレース。シングレみたいな雰囲気になってんだよ」
「よく考えろ。新時代の扉もプリティー要素はなかったぞ」
この場に第三者がいたら首を傾げるような会話をしながら、同時に2杯目のどん兵衛の封を開けてお湯を注ぐ。
基本的に紅茶やコーヒーのために使われているであろうお湯がこんなことに使われるとは誰も思わなかっただろう。支配人は泣いていい。
「オレのステが限界突破してるのってさぁ。転生者が二人もいる影響じゃね?」
「あー。なんかバグってるとか?」
「そうそう。出会ってはいけないNPCが出会ってステータスの限界値が変な数値になるとか」
ちなみにこの件を3女神に尋ねた二人だったが、解答は「わからん」の一点張りだった。だけど新しい可能性を見れたことに喜んでいるので、まぁいいやと気にしないことにしてその日の夕飯は高級焼肉にした。なお食べ過ぎて翌日に地獄を見たもよう。
「まぁ結局、お前は
「くっそ。オレも使いたいよぉ。やっぱ自分だけの必殺技って憧れるじゃんよぉ。絶対に3女神に抗議してやるぅ」
「ついでに因子継承とかできないか聞いてみようぜ。固有スキル継承できたら型落ちだけど使えるじゃん」
「いやぁ。流石に未来の後輩の
やがてトレセン学園に訪れるであろう未来の後輩たちの姿を思い出しながら、彼女は微妙な表情で2杯目のどん兵衛を啜り始める。
「びっくりだよな。生徒会長がシンザンだし、生徒会のメンバーにテンポイントとかいるし」
「アプリ時空ってやっぱ時間がめちゃくちゃだよなぁ。サザエさんかよ」
「ちなみに例の話どうするんだ? 次期生徒会長さん」
「めんどいし断る」
2杯目のどん兵衛を同時に食べ終えた。汁までちゃんと飲み干している。
ご馳走様でした。と手を合わせて挨拶すると、今後の進展を話し合う。
「帰ったら取材地獄だぞ〜。しばらくはゲームをする暇はないと思っとけよ」
「うげ。逃げちゃダメ?」
「ダメです。俺だけあの地獄に行きたくないからお前も道連れ」
「ふざけやがって」
先ほどまで二度目の凱旋門賞を蹂躙したペアとは思えないほどくだらない会話をしながら、仲良く歯を磨いてふかふかのベッドで就寝するのであった。