青年には出会いがなかった。それも運命の出会いである。一生に一度起こり得るかそうでないか、起こればかなりの幸運である。彼の父と母はそれはもう運命的な出会いをしたという話を何度も聞かされているうちに、自然と彼もそのような出会いを求めてしまっているらしかった。いわゆるロマンチストという奴である。
友達はみんな十代の前半、早ければ年齢が一桁の時にそれをしているというのに、この青年は気づけば十代の後半になってしばらく経っていた。
「父さん、いつになったらいいんだよ」
「だから出会いが欲しいなら父さんのウインディを使って探しておいでと言っているじゃないか」
「それをしたら父さんのウインディが最初の一匹目になるじゃんか」
「ならないって何度も言っているだろう? そういうのは最初の一匹目は自分で捕まえたポケモンがそうなるんだよ。ていうかウインディはお父さんのポケモンだから」
「だとしてもヤダ。俺はポケモンがいなくても旅に出るから。俺は逃げることもできるし隠れることもできる」
この青年はかなり拗らせていた。彼の両親の出会い――父親の相棒のガーディと母親の相棒のロコンのそれぞれが経験した強い運命に憧れたあまり、どうやら彼は手持ちの一匹目に執着してしまっているらしい。何ともおかしな話である。その執着心はあまりにも強く、ポケモンを借りて相棒を探しにいくのさえも拒み、体一つで行くと言うのだ。ポケモンがかなり身近にいる現代で、生身というのは心許ないという次元ではなく、文字通り死に急いでると言える。故に父親はそれを頑なに拒んでいた。
「父さんがついて行ったらダメなんだろ?」
「もちろん。父さんとガーディみたいな出会いをしたいんだよ」
青年の父母のそれぞれの相棒との出会いは彼がそれにあこがるにふさわしいロマンに満ち満ちているものだった。曰く、幼い頃の父が親の注意も聞かずにポケモンのあまり出ない森で遊んでいた所、偶然大量発生していたスピアーの大群に襲われた所をひのこで助けてくれたのが今も相棒であるガーディ(現ウインディ)なのだと言う。お互い協力して対抗し、恐ろしい三本の針にあてられたものの奇跡的に毒にはかからず、どうしてかガーディも一緒に近くの町のポケモンセンターで家族に怒られ、それきりずっと二人でいるらしい。
そして母はと言うと、散歩していたところをロコンの群れに出くわし、おそらく周りと比べてしっぽが短くいじめられていたロコン(現キュウコン)をあろうことか徒手空拳で助け出し、そのままゲットしたらしい。両親で出会った時の立場がまるきり違うのが面白いところである。
ちなみに父親と母親の出会いは二人とも旅の途中で見かけた石屋でほのおのいしを買おうと伸ばした手がぶつかったのがそうらしく、一緒に相棒を進化させ、それから二人でしばらく旅を続け、こうして今はシンオウ地方に住居を構えて暮らしているそうだ。これが彼の幼心にかなりの憧れを抱かせてしまったらしい。
父親は悩んでいた。ポケモンを持たずに遊びに出かけることの恐ろしさを知っているからだ。未だにスピアーのどくばりが自分に飛んできた時のあの恐怖はこびりついて離れない。虫ポケモンが少ない冷涼な気候のシンオウ地方に住んでいるのも彼のトラウマが一つの要因である。それが旅ともなるとその危険性は大いに増すということは容易に分かることだ。この軽い親子喧嘩も何度も繰り返してきた。その度に我が子のこだわりの強さを体感している。認めてくれるまで絶対に諦めないという気概を感じ取っていた。
妻との話し合いも幾度もしている。ロコンを追い払ったこともあるし、その後の旅で幾度も体を張ってきたアクティブな妻はそれほど心配していないように見えたが、やはりポケモンを持たずに出ることが気がかりらしい。子供の旅立ちは笑って送り出したいのは二人とも希望ではあるが、彼のどこから来たのか分からない自信から危険な目にあうのを分かっていながらだとそうもいかない。親心は複雑である。
相棒に関しては一歩も引かない息子は幾度となく見てきたし、きっと今回も例には漏れないのだろう。こちらが諦める他なかった。一つ深呼吸をして、父親は両手をあげた。
「……分かったよ。降参だ。お前ももう年だもんな」
「え、ということは……!」
「ポケモンを持たないのは怖いけど、その情熱は認める。ただ、定期的に連絡は欲しい。それくらいの親孝行はしてくれ」
「あ、ああ、ありがとう!! やった!!」
青年は喜びの声をあげた。念願の相棒探しの旅に出ることが叶ったのだから。彼の胸には期待でいっぱいだった。
まずはどこに行こうか。生まれ育ったシンオウを歩き回るか、はたまた気候の全く違うアローラで島巡りでもしようか、ガラルのワイルドエリアに出会いを見つけようか。彼は旅立ちの日が我慢ならなかった。
〇
ついに旅に出る日である。柄にもなく早起きをしてしまった青年は普段していないにもかかわらず、朝の日差しを浴びるために庭に出る一階のベランダをガラッと開けた。
残雪の照り返しが眩しい。淡い陽光に包まれた庭先。冷たい風がリビングに吹き込んで、青年は思わず身震いをしてしまう。旅に出るには良すぎる天気である。きっとこれも運命なのだろう、彼は直感した。そして足元を見やる。そこにはポケモンが一匹いた。別に庭先にポケモンが訪れるのは珍しいことではない。
しかし、初めて訪れるポケモンだった。頭の中でポケモン図鑑で見た姿を思い出し、違和感を抱いてもう一度見つめる。
「え、ええええええ! 父さん! 母さん!」
これは偶然なのだろうか。それとも――
寝ぼけ眼を擦って青年の両親は寝室から揃って出てくる、ついでに一緒に寝ていたウインディとキュウコンも一緒である。彼の腕の中にはポケモンが抱きかかえられていた。藁で編んだ笠を纏っているようなそのポケモンはユキワラシ、各地方でユキワラシが訪れた家は裕福になるという言い伝えが残されているポケモンである。ホウエンを訪れたことがあり、シンオウに住まいを構えている二人が知らないはずはなく、珍しいとばかりにそのポケモンを眺め、違和感にお互いの顔を見合せて、もう一度そのポケモンを見る。
「ええっ!」「あらっ!」
青年程ではないが驚きの声をあげた。親の目はぱっちりと冴えた。ウインディとキュウコンが抱き合っている。ユキワラシが家に来たと言うだけでそりゃもう嬉しいことなのに、あまつさえ笠のような部分は藁を思わせる黄色でなく、水色なのである。それが普通の個体とはちょっと違う――色違いのポケモンであることは青年にも分かっていた。
「父さん、俺、決めた」
幸運をもたらすポケモンの来訪に手を取り合う両親に向かって、青年は語りかける。その目はまるで、運命の相手を見つけたようだった。
「このユキワラシと、旅に出るよ」
腕の中のユキワラシはシシシシっと笑った。
〇
ユキワラシがもたらしてくれるであろう幸運はたった今使い切ったように両親は思われた。一人旅が不安だった私たち夫婦に、頼れる相棒として色違いのユキワラシがやってきてくれたのである。もう春がすぐそこだろうというのに、わざわざユキワラシの生息地から離れたこんな所までやってくるとは本当に思いも寄らないものである。
もう十分なくらいの幸運だった。裕福な暮らしなんてどうでもいいとさえ思ってしまうくらいには、一人息子の安全が確保されたことを嬉しく思っているのが親心というものだ。
親が二人で喜んでいる間、息子は庭でユキワラシと、それからウインディとキュウコンを連れて家族紹介をしているようである。青年の興奮っぷりは彼の幼い子供時代を思わせた。こなゆきを顔に吹きかけられて真っ白に化粧をした青年をユキワラシはシシシシっと笑っている。
「ねぇお父さん、あれなかったっけ」
「あれってなんだ」
「進化の石よ石、あの子がメスだったら、めざめいしで進化できるじゃない」
「あぁ! めざめいしか、あるよあるある。あいつの持ち物に入れてくるよ」
そう言って父はいそいそと自室の書斎へと歩いていった。青年がユキワラシ達と追いかけっこをしているのを見て、母はほっと微笑んでいた。その目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。父親と息子の旅についての話し合いの際、本当は息子のことを心配していたのはお父さんよりもお母さんの方だった。
〇
「ボールには当分入れないでおこうかな。父さんもボールいらずでしばらく旅してたみたいだし」
宣言通り彼は旅をしてからしばらく――一ヶ月程はボールに入れることなく旅を楽しんでいた。父がそうしていたというのもあって、もう暫くは入れないつもりである。まずはユキワラシがこおりタイプなこともあって、地元のシンオウを行脚していた。ジムに挑戦する気はさらさらないが、名所を巡って各地に点在している町を巡っている。北はキッサキシティからテンガンざんを通りどんどんと南下して、ミオからまたテンガンざんを通ってナギサシティまで巡った。
ここまでの旅路はとっても楽しかった。どうやらこのユキワラシは随分と人懐こくやんちゃな子で、ことある事に青年にイタズラをしては簡単に持ち上げられて、懲らしめんとばかりにギューと抱きしめられていた。ユキワラシはこのハグが心地よくて、わざとイタズラをしている面もあった。
彼のユキワラシは見た目以上にバトルが上手いらしい。野良トレーナーとの戦闘も勝率は悪くなく、さらには躊躇なくトレーナーの命を狙ってくる野生のポケモンから青年を守るのも上手だった。もしかしたら青年の指示が上手いのもあるかもしれないが、なくても彼とユキワラシの息はピッタリだった。まさに相棒と呼ぶにふさわしいものだった。得意技はこおりのきばで、その小さな体からは想像できない威力で相手に噛みつき、こおりで相手の動きを鈍くするのが彼らの基本戦術だ。これで何度も自然をくぐり抜けてきた。
そんな彼らも気が付けばシンオウの離島、サバイバルエリアに着いていた。目指すはバトルフロンティア……ではなく、ハードマウンテンである。今も時折噴火を起こす活火山として有名で、シンオウの旅の終わりに一目見ようと立ち寄ったわけである。
地下深くを通るマグマが地表を温め、地表が空気を温め、熱風が吹きすさぶ。わざわざハードマウンテンに来るやつはバトル好きなのか、腕の立つトレーナーが山の中はもちろん、ふもとにもそれはもういまくった。バトルを主目的にしていない青年とユキワラシにとって、挑まれたら負けは必至、手持ちがユキワラシの一匹な彼にとって、避けなければいけない。
彼はこれを何とかするためにハードマウンテンの岩陰を最大限に利用した。トレーナーの目線に気をつけ、岩から岩を飛び移る。時にはユキワラシのつららおとしでトレーナー同士を誘導し別のトレーナーとバトルさせることもした。ユキワラシは彼の腕の中でじっと指示を待っている。山の熱気より彼の体温の方がいくばくかマシだった。
〇
「まずい、野生ポケモンだ。ユキワラシ、つららおとしできそうか?」
青年の問いかけにユキワラシは首、というか全身を左右に振る。ハードマウンテンの熱気がこおりタイプのユキワラシにはしんどいようで、随分な体調不良を起こしてしまっているらしかった。しかもつららおとしは雪国でない分大量のエネルギーを使うことになる。ましてや気温の高い活火山では比べ物にならない量を使うだろう。
彼の目の前にはゴルバットが青年に狙いをつけてホバリングしていた。青年はそうとは知らずにユキワラシの目の前に立った。ユキワラシが動けない分、自分で何とかしなくては、そう彼は考えた。
ゴルバットがこちら目掛けて急降下してくる。青年は拳を握り、近づいて来るのをじっと待っている。
今だ。
彼が拳を振り抜くと、それは空を切った。しかし彼には強い衝撃が加わっている。ゴルバットのつばさの方が素早く、そして彼の拳が遅すぎたのだ。一太刀で青年は後ろに飛ばされ、地面に倒れ伏した。立ち上がるのがやっとである。ゴルバットが一つ鳴き声をあげると、わらわらとほかのゴルバットやズバットが集まって、同じく青年に狙いをつけた。
野生ポケモンの恐ろしさを舐めていた。ユキワラシも自分もボロボロで、ピッピ人形も持っていない。青年は死を覚悟した。心臓は何かを求めるように強く早く鼓動し、呼吸は明確に酸素を求めて肩を大きく上下させた。恐怖で涙に視界が滲む。父親に啖呵を切って旅に出るとほざいていた自分が馬鹿だったことに、そして両親の心配に今になって気づいた。逃げることも、隠れることも今となっては出来やしない、野生ポケモンはこんなに恐ろしかったんだ。ゴルバット達がとどめを刺しに飛んでくるのを見て、目を瞑った。
「エアームド、ドリルくちばし」
〇
いくら待っても痛みを感じないのを不思議に思い、青年はおかしさに目を開けた。目の前には一匹のゴルバットがひんしになってのびている。
「君、大丈夫か」
これの方を見やると、そこにはポケモントレーナーが立っていた。なぜトレーナーだと分かるのかというと、ここには自分も含めてポケモントレーナーしかいないからである。
「一応立って歩けます。このゴルバットはあなたが」
「人の死に目を黙って見とけへんし。見たところ君のユキワラシも戦えなさそうやし……うん。ちょうどええ、僕が下山ついでに近所のポケモンセンターに送ったるわ」
「あ、ありがとうございます」
青年は眠っているユキワラシを抱きかかえ、名も知らぬトレーナーと山をおりていく。その間色々なことを話した。テンガンざんでヒンバスを釣ろうとしてミロカロスを釣った話、バッジがないといけないファイトエリアにふなのりをポケモンバトルで倒して連れて来てもらった話、ハードマウンテンをステルスで進んで行った話、それから相棒のポケモンの話、トレーナーの相棒は青年達を救ったエアームドだった。その他シンオウを旅した各地での話をする度にそのトレーナーはすごいな君はと驚いてばかりだった。
「なんや、ハードマウンテンなのにつららがある思たら君やのん……ほいで、ユキワラシはボールに入れやんでええんか?」
「あー、こいつはまだボールで捕まえてないんです」
「そうなんや。それは君とユキワラシが決めることやしな」
「いえ、でも一応ボールで捕まえておこうかなって」
「それはどうして」
「ここに来て決めました。こおりタイプって、暑いところが苦手じゃないですか。そしたらこいつとどこにでもって訳にはいかなくなっちゃう。こいつとは全部見に行きたいんです」
なるほどそういうことか、とトレーナーは納得がいったようだった。青年も口にしてようやく決心がついたようだった。
「じゃあ何ボールに入れるん」
「何ボールって、ボールにたくさん種類あるんですか」
にやりとトレーナーは笑ってみせた。待ってましたと言わんばかりに男は肩からさげたバッグを開けてみせる。
「ボールにも色々あるねん。例えば俺の相棒のエアームド、こいつはヘビーボールに入れとる。ボールには色々な性能があってやな、ヘビーボールは重いポケモンを捕まえやすくて、重いポケモンに投げるのが普通やねんけど、俺はちゃうで。エアームドは軽いけどヘビーボールが似合うからヘビーボールで捕まえてん。そのポケモン一匹一匹に似合うデザインでボールを決めるんや。君の相棒って言うんならボールもこだわってみいや。イロチのユキワラシなら……うん、ダイブボールとか――」
青年の頭はこんらんした。手負いの体にマシンガントークをぶつけられても何を言ってるかてんで分からない。話が途中から聞こえなくなって、ふらふらと歩いてだけいると途端に体から力が抜けていく。さっきまでは話をして紛れていた疲れが襲いかかってきたようで、青年は力なく倒れ込んだ。トレーナーの男は自分の世界でぶつぶつと考えこんでいた。青年は遥か後方にいる。
「いや、ちょっと待って、ユキワラシは将来的に進化するやろ。もしオニゴーリに進化するならヘビーボールもいいけど、いかんせんイロチのオニゴーリを見たことないから分からんな。いや待て、仮にユキメノコになるいうことを考えると進化条件的に色にかかわらずラブラブボールが似合うかもしれへん……君、ユキワラシはどっちに進化を――ってエアームド、どうしてん……ああっ、まずい! エアームド、それと出てきてボスゴドラ、こいつら運ぶんを手伝ってくれ!」
〇
どうやら気を失ってしまっていたらしい、と目覚めた青年は背中のベッドの感触と窓から覗く月から直観した。きっとハードマウンテン麓のポケセンなのだろう。それからお腹に何かが乗っている感覚から顔を向けると、そこにユキワラシが立っていた。主が目覚めた嬉しさからか、ユキワラシはその場でぴょんぴょん跳ねた。お腹を押されて情けない声が出る。何とか相棒を止めると、体を起こしてユキワラシに抱きついた。
「ユキワラシ、ありがとう」
ハードマウンテンでの出来事は青年を反省させるのに十分たりえた。それから彼は心の中に両親にも感謝した。もし両親が自分の言うことに反発することなく送り出していたとしたら、きっとテンガンざんで、いやそれどころかキッサキシティを出た所で狡猾なニューラ達にやられておしまいだっただろう。だからこそ出てきた感謝の言葉なのである。暑い中を辛抱強く進んでくれた相棒への感謝だった。ユキワラシはシシシシっと笑った。
次に彼をゴルバットから助けてくれたトレーナーにお礼を言おうとして、周りを見るが自分たち以外に誰もいない。まもなく、脇の机の上に書き置きと、見慣れないボールがいくつかあるのに気がついた。
『こんなの書いたことないから何を書けばいいか分かりませんが、自己紹介をしておくと、あなたを助けたトレーナーです。目が覚めましたら、快気祝いにいくつかボールを置いておきます。波模様なのがダイブボール、黒いヒメグマみたいなのがヘビーボール、ラブカスみたいなのがラブラブボールです。ユキワラシがどちらに進化するか分からないので三つ置いておきます』
気を失う直前にボールの話をしていたことから、あの人だとわかった。あなたを助けたトレーナーという自己紹介に苦笑しつつ、三つのボールを手に取る。あの人はポケモンに合わせてボールを選ぶと言っていたから自分もそうしようと、どれにするか考えはじめた。
考えはじめたが、全く決まらない。青年はこういうのは自分が決めるべきでないと結論づけて、ユキワラシに決めさせることにした。結果、ノータイムでダイブボールに頭突きして、そのままボールの中に収まった。青年がボールを握って腕を伸ばすと、ユキワラシがまた出てくる。青年にはそれがなんだか嬉しかった。何も言わなくてもユキワラシがボールから出てくる。阿吽の呼吸というか、以心伝心というか。
もう一度ユキワラシをボールにしまって、布団の中に潜り込むと、すぐに睡魔がやってきた。ハードマウンテンの疲れが抜けきっていないようだった。
月は煌々とダイブボールを照らしていた。
〇
朝日に目が覚めた。見回りのラッキーとジョーイさんに二人の朝ごはんをもらい、体を動かすためにカバンをしょって、お盆にダイブボールを乗せてポケセン横の庭に出る。そこには既に色んなポケセントレーナーがいた。自分と同じく相棒と朝ごはんを食べるための組もいれば、一緒に体操をしている組もいる。青年はエアームドの人を探したが、どうやらここにはいないらしい。思い切って声をかけることにした。
「あの、おはようございます」
「ん、ああおはよう。君は色違いのユキワラシの子か」
「俺を知ってるんですか」
「そりゃもう。エアームドとボスゴドラが気絶してるトレーナーとその手持ちを大慌てで連れてくればさすがに目立つさ」
なんだか恥ずかしかった。ここにいる人達は同じハードマウンテンにやられた人かと思っていたが、どうやらただの宿泊施設として利用していたらしい。
「あはは、そうですか……それでその、僕を連れてきてくれた人は?」
「君にボールをあげてヘビーボールが無くなったから補充しやんととかボヤいてたかな。ジョウトの方にいいボール職人がいるらしくて、そこに行かんといかんとかなんとか」
「ジョウト……ありがとうございます。次の目的地が決まりました」
「君、旅の人か。手持ちはもう元気か? ここにいる人とはもうやり合ったんだ。どうだ、一戦」
目の前のトレーナーの誘いに、僕はボールを手に取った。地面にかざすと、中からユキワラシが出てくる。
「バトルしようって言ってるけど、どうだ?」
ユキワラシはいつもより威勢よくシシシシっと笑った。乗り気の合図だ。
「あはは、気合十分だな! 随分やんちゃなユキワラシじゃないか、手持ちはいくつだい」
「一です」
それでようここに来たねと目の前のトレーナーは驚く。恩人と話した時のように来た経緯を教えると、もう一度驚いた。
ポケモントレーナーはバトルが好きだ。それもハードマウンテンにまで足を伸ばすようであれば尚更である。専らバトルタワーでいい結果を残すための特訓であろう。したがってバトルの起きそうな雰囲気には敏感で、気がついたらギャラリーがぞろぞろとポケセンの壁の方に移動していき、開けた場所に青年と親切なトレーナーのおじさんが向かい合っていた。
「そんなら僕も一匹でいこう。手抜きはしない、相棒でいかせてもらう」
「俺とユキワラシ、意外と強いですよ」
「君、本当に旅をしてるだけかい? その目はトレーナーの目だけど」
「生憎ジム巡りはするつもりないですよ」
今の所はね、そう付け足すと青年は肩から提げたバッグを脇に放り投げた。その拍子に口が開いていたそれから色々と道具やらがこぼれる。その中には綺麗な石があった。
軽口を叩き合うのはトレーナーの性である。挑発したりただの雑談だったり、対戦相手に意識を向けて闘気を高めていく。青年は旅先で出会った数多くの戦闘からそれを勝手に真似していた。
その間にボールから出ているユキワラシはカバンの行先を目で追っていた。そして、カバンからこぼれたものにも。ユキワラシはその綺麗な石の正体を知っていた。直感的にその石のもとに走り、頭をぶつける。瞬間、ユキワラシの体が眩い光に包まれていく。進化だった。
〇
「おい! 進化するぞ!」
カバンの近くにいた見物人が声を張り上げたのを聞いて、ようやくユキワラシが近くにいないのに気がついた。そしてこれの方を向くと、本当にポケモンが進化しそうである。対戦相手のおじさんも、というか庭先の全員が驚いて、その進化を見守っていた。そして全員があまりの眩しさに目を細めてしまう。
「誰が進化するんですか!」
「あんたのユキワラシだよ!」
「ええ!?」
「あんた、石持ってたじゃないか!」
そんなはずはないと叫んだ。もちろんユキワラシがめざめいしで進化することは知っていた。しかし、その石を手に入れた記憶はない。であれば、カバンに最初から入っていたに違いない。両親が入れたのを忘れていたか黙っていたのだろうと考えた。そして二人を軽く恨んだ。こんな偶然で進化してしまうなんて!
やがて眩しくなくなり、細めていた目をゆっくりと開いていく。視線の先には、ユキワラシとは大きく姿を変えたポケモンが浮遊している。
「ゆ、ユキメノコだ!」
どこからかその名前があがり、それから周囲から感嘆の声があがった。
ユキメノコ。メスのユキワラシがめざめいしに触る事で進化するポケモンとして知られている。浴衣を想起させる見た目をしているが、ユキメノコの胴体に思える部分は実はただの空洞で、実際には顔と顔の横から垂れ下がる腕のような部分しか動かさない。本質的にはオニゴーリに装飾がついた感じである。
青年は見とれていた。ただでさえ運命的な出会いをしたユキワラシが、実はメスで、サプライズみたいな形でユキメノコに進化したのだ。急な進化とはいえ相棒は相棒のまま、今までの旅の記憶はちゃんとある。
「ユキメノコ、ユキメノコだ!」
駆け寄るとユキメノコはこなゆきを青年に吹きかけた。彼の顔は真っ白に化粧をして、その場に立ちすくむ。ユキメノコは手を口にあてて笑ってみせる。やんちゃ部分もしっかりそのままユキワラシである。
青年は肩を震わせてやったなこのと言わんばかりにユキメノコを抱きしめた、ユキワラシの頃と同じように。
「ユキメノコ、お前強くなったのか?」
青年の問にユキメノコは鳴き声をあげてみせる。青年はうなずいて、青年とユキメノコの感動的シーンにじーんときていた優しいおじさんに向き直した。彼の真面目な視線にはっとすると、一つ咳払いをして、その眼差しを真剣なものに変えた。
「おじさん、ユキメノコとバトルしてください」
「待ってたよ。しかしいつ見てもいいものだね、ポケモンの進化は」
しばらくの無言である。観衆も黙り込んだ。対戦相手のおじさんはしばらくボールを握りしめてから、それを放り投げる。
「しゃあ、やろう。出てきな、オニゴーリ」
「ユキメノコ、行っておいで」
バトル、開幕。ユキメノコと青年の初陣だった。
〇
「そういえばお前、色違いだったよな。どこが違うんだ?」
青年がユキメノコに問うと、彼女はくるりと後ろを向いて見せた。どうやら背中の帯の部分が赤紫になっているらしい。ユキワラシの時と違って小さな違いだが、青年はめちゃくちゃいいじゃんとべた褒めで、ユキメノコは照れくさそうに口元を手で隠した。
「いやー、そうかー、進化かあ。こんなに早くするとは思わなかったな。まさかシンオウ出る前に進化するなんてな」
ぼやいたようにつぶやくが、その後にこれも運命だなと付け足した。
「ユキメノコ、次はジョウトに行くぞ。俺たちを助けてくれた恩人がそこに行ったらしい」
ユキメノコは青年の周りを一周してみせる。主を助けてくれた人に会いに行くと聞いて、嬉しそうだった。
「向こうでも挑まれたバトルは全部受けて、いつかあのオニゴーリのおじさんにリベンジしようぜ」
ユキメノコはフフフっと笑って見せる。おじさんと青年のバトルは青年の負けだった。さすがにハードマウンテンにこおりタイプを持ち込むトレーナーの実力は折り紙付きである。大差ではないにしろ、明確に強さを見せつけられての敗北だったが、青年はさっぱりと負けを受け入れた。なぜなら彼はポケモントレーナーを志しているわけではなく、挑まれた勝負に受けただけなのだから。
「よし、ユキメノコ。またふなのり倒してサバイバルエリアからおさらばするぞ」
彼がダイブボールをかざすと、ユキメノコはその中に入った。腰に備えたボールホルダーにしまうと、ポケモンセンターから出る。
もしもジョウトでコガネ弁のあの人に会えたら、俺とあの人は運命で結ばれているんだろう。そんな事を考えながらファイトエリアを後にした。
幸運なユキワラシを抱えていた彼のことだから、きっと恩人にも会えるだろう。青年とバトルをしたおじさんはそんな事を思った。しかも色違いだし、とおじさんは心の中で咥える。地面が揺れた気がして、彼はハードマウンテンの方を向いた。
ハードマウンテンは噴火をしている様子はない。いつものようにもくもくと火山灰を含んだ灰色の煙を吐き出していた。まるでその火山が、彼の旅路を応援しているみたいだった。