誰かがふと思った。
「神様転生するなら、カッコいいキャラがいいよな」
ラインハルトと言う名前が思い浮かぶ。
ラインハルトという名前は、ドイツ系の高潔で力強い響きを持つため、多くの創作物で
「強大」「カリスマ」「騎士・貴族」といった属性を持つキャラクターに採用されている。
有名なところでは、宇宙艦隊を率いる『金髪の孺子(きんぱつのこぞう)』。
あの世界は生きるのが大変そうだが、仲間たちといっしょに己の才覚で皇帝にまでのぼりつめるのはロマンがある。イケメンだし。銀河の歴史を書きなぐりたい。
他には、ゼロからループする物語の中で最強と位置づけられている『剣聖』。
あの世界も生きるのが大変そうだが、名門に生まれついて、特技なし(何をやってもできる)など、一生に一度は口にしてみたい。イケメンだし。作中のメイドの子カワイイし。
もっと攻めるならば、魔術結社「聖槍十三騎士団」を率いる『黄金の獣』。
あの世界は生きるのがすっごく大変……なんだか生きるって大変なことばかりだな?
傲岸不遜で謙虚という、一見矛盾した存在だがカリスマ性にあふれている。
さすが完璧超人は格が違った! イケメンだし。オレも駄菓子のように食い散らかしてえなあ。
とにかく、ラインハルトとはカッコいい存在なのだ。
嗚呼、憧れのラインハルトになりたいなあ……ならなくちゃ……絶対になって……
ラインハルトに、おれはなる!!!!(ドン!!)
✳ オッケー!
欠けた夢を見た気がした。
グラン歴 749年
グランベルの北西、アグストリアと隣接するフリージ公国の領地の片隅。
冷たい風が吹き抜ける石造りの屋敷の一室で、一人の幼子が産声を上げた。
その名はラインハルト。後に「雷神の再誕」と称えられ、大陸全土にその名を轟かせることになる男の、これが二度目の生の始まりであった。
グラン歴 757年
窓の外には、重く垂れ込めた雲が空を覆い、遠くで雷鳴が低く響いている。
室内には微かに羊皮紙と古い魔道書の匂いが漂い、壁に掛けられた燭台の炎が、幼いラインハルトの瞳に小さく揺らめいていた。
子供としての不自由な身体。しかし、その瞳の奥に宿る知性は、明らかに周囲の人間が抱く期待や慈しみとは異なる色を帯びていた。
前世という名の、あるいは異世界の知識という名の、形なき重圧が彼の魂を浸食している。
傍らには、まだ幼い妹、オルエンが眠っている。
彼女の柔らかな寝息を聞きながら、ラインハルトは己の掌を見つめた。
白く、小さく、今はまだ何も掴むことのできないこの手が、いずれはラインハルトの象徴である「ダイムサンダ」を操り、多くの命を刈り取り、そして悲劇的な運命へと突き進むことを、彼は知識として知っていた。
乳母や侍従たちの足音が廊下に響く。彼らの会話からは、フリージ家への忠誠と、この地に根付く厳格な階級社会の断片が読み取れた。
ラインハルトは、己が置かれた状況を静かに整理し始める。
ここはユグドラル大陸。フリージ公国。
グランベル王国の最北西、アグストリア諸侯連合に最も近い場所に位置している。
大陸中央部を占める大陸一の大国グランベル王国はいずれ滅びて、帝国と解放軍の戦いが巻き起こる。
目の前で揺れるカーテンの隙間から、わずかに差し込む光が、床に置かれた一冊の魔道書を照らし出した。まだ文字を読むことすら叶わぬ年齢でありながら、彼はその書に刻まれた魔力の胎動を感じ取っていた。
そして、懐かしい夢を見た……ひっでえ夢を。
経験値稼ぎのため、装備をすべて奪われ、囲まれてチクチクと小突かれる自分の姿。
代わりにナマクラを渡されて、必死で反撃するが、それすらも回避して稼ぐ手段とされる。
やがて少しずつ傷つき、悪夢が終わろうとしたその瞬間、傷薬が装備に放り込まれて。
身体は逆らえずに回復を行い、相手が稼ぎに満足するまで終わらないという……地獄。
まあ、全部自分がやったことなんですがね。
脳裏を焼くのは、この時代の誰も知り得ぬはずの、残酷な光景であった。
それは騎士としての名誉ある戦死などではない。
戦場の片隅で、あるいは城砦の奥深くで繰り広げられる、家畜以下の扱い。
敵兵たちに取り囲まれ、身に纏った豪奢な魔道騎士の甲冑も、誇り高き聖戦士の血を引く証もすべて剥ぎ取られた無残な姿。手元に残されたのは、「壊れた剣」何本かのみ。
周囲の兵たちは冷笑を浮かべながら、致命傷を避け、経験値を貪るためだけに武器を振るう。
肌を裂き、肉を削る痛みが、逃げ場のない輪の中で延々と繰り返される。
死という唯一の救済さえ、彼らは許さない。
意識が遠のきかけたその時、無理やり口にねじ込まれるのは苦い傷薬の味だ。
あるいは、誘導した癒やし手による強制的な生命の繋ぎ止め。
細胞が強引に活性化し、傷口が塞がる。
それは慈悲ではなく、再び「いたぶる対象」として再生させられたに過ぎない。
自分がゲームという枠組みの中で、他者に対して行ってきた効率的な育成の手段。
その因果が、今、子供の身体に宿った精神を激しく苛む。
視界が歪む。子供の脆弱な心臓が、恐怖と自己嫌悪で早鐘を打つ。
今、この揺り籠を取り囲んでいる優しい眼差しの侍従たち。
彼らもいつか、自分を効率よく処理するための駒へと豹変するのではないか。
窓の外で光った稲妻が、一瞬だけ室内を白く染め上げる。
その閃光の中に、未来の自分が絶望の表情でうずくまっているのが見えた気がした。
隣で眠る妹、オルエンの無垢な寝顔が、今はただひたすらに痛々しい。
彼女もまた、この不条理な世界の仕組みに組み込まれ、誰かの指先一つで、あるいは自分の不甲斐なさゆえに、同じような地獄へ突き落とされるかもしれない。
ラインハルトの小さな拳が、産着をぎゅっと握りしめる。
冷や汗が背中を伝い、言葉にならない叫びが喉の奥で震えていた。
そういえば、今は幼いこの妹も、経験値稼ぎに加わるんだよなあ……
兄との会話イベントで特別な武器を入手したあとは、取って返す手で斬りかかってきたり。
思い出の剣で本人を試し斬りって、人の心とかないんか?
まあ、全部自分がやったことなんですがね……!
脳内に広がる地獄絵図は、自身の無残な姿に留まらなかった。
記憶の中のオルエン――今まさに隣で安らかな寝息を立てているこの愛らしい妹は、あろうことか兄を「狩る側」として戦場に立っていた。
兄妹の情愛などという言葉を嘲笑うかのように、彼女は再会の対話を済ませるや否や、受け取ったばかりの「聖なる剣」を振りかざす。
兄から妹へ、身を案じて託したはずの思い出の品が、兄の喉元を貫く牙へと変わる。
それは、かつての「自分」が、効率という名の神に捧げるために構築した、完璧で非道な戦略の形であった。
「人の心などないのか?」
自問自答は、虚しく室内の静寂に吸い込まれていく。
ないはずがない。それを作ったのも、操作していたのも、他ならぬ自分自身なのだから。
彼女に肉親を殺させ、その返り血で成長させるという、悪魔の所業を美徳として積み重ねてきた報いが、今、この小さな身体を震わせている。
ラインハルトは、隣に横たわるオルエンの細い指先を凝視する。
この指がいつか重い剣を握り、自分に向けられる未来。
その時、彼女はどのような顔をしているのか。悲しみに暮れているのか、あるいは自分(プレイヤー)がさせたように、ただ淡々と、数値の上昇だけを求めて剣を振るうのか。
逃れられぬ運命という名の、最悪な台本。
彼は、己の記憶にある「ラインハルト」としての最期を思い出す。
それは帝国の忠臣として、愛する者を守るために散る誇り高き死……であったはずだ。
しかし、今の彼には、それが単なる効率的な処理の果てに用意された、予定調和の舞台装置にしか見えない。
窓の外では、雨が激しく降り始めた。石造りの屋敷を叩く雨音は、まるであの地獄のような光景……「チクチク」という打突音を再現しているかのようだった。
やってやろうじゃねえかよ、この野郎!
まあオレはラインハルトですから!?!?!?
8秒で全員ぶっ飛ばしてやりますよ!!!!!!!
唐突に、キレた。
静寂に包まれていた揺籃の間に、場違いなまでの殺気と熱量が充満した。
子供の身でありながら、その魂は激昂し、己を縛り付ける理不尽な運命と、かつての自分が築き上げた非道なシステムに対して、真っ向から中指を立てた。
「ラインハルト」という男が持つ天賦の才、そして「雷神」とまで称されたその圧倒的な武威。
それが異世界の記憶と混ざり合い、爆発的な反骨心へと変貌を遂げる。
ラインハルトの小さな瞳に、青白い火花が宿ったかのように鋭い光が走る。
8秒。
それは、彼が全盛期に放つ「ダイムサンダ」の連撃が、敵を塵に帰すまでの時間か。
あるいは、戦場を制圧し、すべての策謀を無に帰すための最短の刻限か。
「やられる前に、やる」
その単純かつ明快な答えが、混濁していた彼の意識を鮮明に研ぎ澄ませた。
チクチクと小突かれる地獄も、妹に試し斬りされる悲劇も、すべては自分が「弱い」からこそ成立する結末だ。ならば、システムが追いつけないほどの、ゲームバランスを根底から破壊するほどの絶対的な強さを手に入れればいい。
彼は、震える手を天井へと伸ばした。
まだ魔力を練るための回路も未熟な子供の身体。
しかし、その内側に眠る魔道騎士としての資質が、主の激しい感情に呼応して疼き始める。
窓の外で、一際大きな雷鳴が轟いた。
それは偶然か、あるいは彼の怒りに共鳴した空の咆哮か。
隣で眠っていたオルエンが、兄から発せられる尋常ならざる気配に、薄らと目を開けようとしている。
ラインハルトは歯を食いしばり、必死に子供としての「無力な演技」を維持しながらも、その心根には鋼のような決意を刻み込んだ。
自分を育成の道具にするつもりなら、その指ごと焼き尽くしてやる。
自分を悲劇の駒にするつもりなら、その盤面ごと雷撃で粉砕してやる。
グラン歴 777年
ダンツヒ砦をこえ、マンスターへの道をひた進む『解放軍』。
その目の前に、トラキア半島最大の川トラキア大河が広大なその姿をあらわす。
これまで、その豊かな水で北トラキア地方に多くのめぐみを与えてきたトラキア大河。
このトラキア大河をこえればマンスターは目の前である。
「トラキアの大河か……いつ見てもこの広大さには心を奪われる」
軍の指導者と思われる少年が、後ろに控える軍師らしき男に語りかける。
「この水の清らかさはどうだ。まさに大地母神エスニャのおめぐみだな?」
少年は遠い目で大河を眺めながら、この時だけは、戦乱の行く末が自分達の手にかかっていることを忘れて感慨にふけっているかのようだった。
その姿に、男は皮肉をまじえた言葉を返そうとする。
「そうですかな? 私には真っ赤な血の川に見えますが……」
突如として轟音が鳴り響き、会話をたちきった。
一瞬の静寂。
続いて、慌てふためき騒然となる部隊のもとへ、ただ一騎の馬蹄が響き渡った。
軍勢を背負うこともなく、供も連れず、白馬に跨った男が悠然と姿を現す。
その手には、不気味に青白い放電を繰り返す一冊の魔道書。
男がただそこに佇むだけで、周囲の空気は帯電し、肌を焼くような緊張感が辺りを包む。
「お、おいあれを見ろ! あの男はまさか!」
「あの雷の魔法は間違いない。へっ、そういうことかよ」
「お兄様……?」
「ウホッ! いい男……」
彼が静かに魔道書を開くと、天を覆う暗雲が激しく渦巻き始める。
次の瞬間、空間そのものを引き裂くような落雷が轟いた。
「突然のダイムサンダ、どうかお許しいただきたい」
男が歩みを進め、精悍な顔立ちを周囲へと向ける。
「私はラインハルト、こちらに運命への反逆の挨拶に伺った――!」
みんなも囲んで叩いたよな! な!?
幼いラインハルトくんは人格が統合されていません。かわいいね。