ラインハルト転生   作:パワーワード大好きおじさん

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うつし世は夢。


12. ビューティフルドリーマー

夢を見ている。

 

 

意識がぼやけて、視界が歪んでいる。

すぐに悟った。これは、悪夢だ。それも、俺の深層心理に刻まれた「前世の記憶」が、最悪な形に変異して形を成した……いわゆるトラウマの具現化だ。

 

 

「リーフ様! 見てくだせえ、生きのいいラインハルトを捕らえましたぜ!」

 

 

下品なダミ声が、赤茶けた荒野に響き渡る。

俺を取り囲んでいるのは、リーフ軍……もとい、通称「葉っぱ盗賊団」の面々だ。

なぜか全員が、飢えた獣のようなギラついた目つきで俺を値踏みしている。

 

「くっ……」

 

俺は腰のダイムサンダに手を伸ばそうとしたが、そこには空虚な感触しかなかった。

すでに武器は奪い取られ、俺の持ち物はすべて彼らの懐へと収まっている。

彼らの目的は、殺すことじゃない。俺を経験値の供給源として利用し尽くすことだ。

これから、粗末な武器を無理矢理に手渡され、抵抗を余儀なくされる。

死なない程度に何度も、何度も、何度も……「チクチク」の刑に処される未来が確定している。

 

その時、地響きのような足音が近づいてきた。

 

 

「道を開けろ! 王子のお通りだ!」

 

 

二人の人影が、重厚な玉座を担ぎ上げながら、悠然と歩いてくるのが見えた。

俺はその光景に、思考がフリーズした。

 

(……ナンナ? それに、ミランダか?)

 

かつての記憶の中では可憐なイメージだったはずの存在が、そこにいた。

 

 

それは少女と言うにはあまりにも大きすぎた。

 

大きく。

 

分厚く。

 

重く。

 

そして大雑把すぎた。

 

それはまさに肉塊だった。その姿はあまりに異様だった。

二人の細い腕は、岩山を粉砕できそうなほどの筋肉の塊へと変貌しており、隆起した上腕二頭筋が服の袖を今にも引きちぎらんばかりに主張している。

育成を極めると人はこうなるのか。ムッキムキやないかい。

 

そして、その山のように盛り上がった筋肉に支えられた玉座の上。

悠然と腰を下ろしているのは、亡国の王子リーフだった。

 

 

「ラインハルト……あなたの捕縛優先レベルは高い。ぼくたちの良質な糧になってもらう」

 

 

リーフが、まるで市場で新鮮な肉でも選ぶかのような冷徹な眼差しでオレを見下ろす。

背後では、誰かが「とりあえず鉄の剣でおねがいしまーす!」と景気のいい声を上げていた。

 

 

混沌としている。

整合性もクソもない、攻略に狂ったプレイヤーの執念が産み出した地獄絵図だ。

オレは周囲を取り囲まれ、屈強すぎる少女たちの視線に怯えながら、ただ愕然と天を仰ぐしかなかった。

 

(……夢だ。これは夢だ……。誰か、オルエン……助けてくれ……ッ!)

 

オレの悲痛な心の叫びは、筋肉質な少女たちが玉座を置く「ドスン」という凄まじい衝撃音にかき消された。

 

軍師のハゲがリーフに歩み寄り、その耳元で邪悪な囁きを交わすのが見える。

リーフは極めて事務的な動作で顎に手をやり、一考した後、無機質な動作で頷いた。

オレの背筋を、現実ではあり得ないほどの冷たい戦慄が走り抜ける。

 

リーフは、オレを取り囲んでいた「葉っぱ盗賊団」……もとい、リーフ軍の面々に、まるで追い立てるような無造作な手振りで指示を送った。

 

すると、鉄壁と思われた包囲網の一画が、潮が引くように脇へと退いていく。

そこに現れたのは、どこまでも続く荒野へと繋がる一本の逃走経路だ。

 

(……今だッ!)

 

罠かもしれない、いや罠に決まっている。だが、このまま「チクチク」と経験値を吸い取られる木偶として生涯を終えるよりは、一縷の望みに賭けるしかなかった。

 

 

オレはいつの間にか馬に乗って、地面を蹴って走らせていた。

 

「軍師殿から助言だ。一度逃がしてから、また囲んだほうが『効率』がいいんだとよ」

 

兵たちが背後で交わすそんな声が聞こえるが、振り返る余裕なんてない。

 

風を切り、筋肉ダルマの少女たちが担ぐ玉座を横目に、オレは全力で疾走した。

横を通り過ぎる瞬間、ナンナとミランダの隆起した上腕二頭筋が「ピクッ」と動いた気がして心臓が跳ね上がる。

 

「はぁぁ!! せやぁ!! 」

 

(走れ、走れ! この悪夢の射程圏内から脱出するんだ!)

 

一歩、また一歩と、あの混沌とした包囲網が背後へと遠ざかっていく。

 

ついに、オレは敵の手勢を突破した。

目前に広がるのは、セピア色に染まった果てしない荒野。

オレは無我夢中で、ただひたすらに、救いを求めて駆け続けた。

 

 

荒野の砂塵の向こう側に、救いの光——「武器屋」の看板が、陽炎のように揺らめいて見えた。

 

 

(あそこだ……! あそこにさえ辿り着けば、反撃の牙が手に入る!)

 

オレは転がるようにして店に飛び込み、カウンターを激しく叩いた。

 

「オヤジ、銀の剣をくれ……! 金ならある、早くしてくれ!」

 

奥から現れた店主は、感情の欠落したような顔で、淡々と首を振った。

 

「……生憎だが、うちにはキルソードしか置いてないよ。それでいいかい?」

 

「なんでもいい! 早く、それを一本くれ!!」

 

背後からは、すでに追手の足音が迫っている。オレは投げ出すように金を払い、手渡されたばかりの、禍々しく反り返ったキルソードをひったくるように受け取った。

掌に伝わる鋼鉄の冷たさ。これで戦える。

あの筋肉だるまの少女たちや、冷酷な王子に一矢報いてやれる!

 

勝利を確信し、剣を正眼に構えて振り返った、その瞬間だった。

 

 

「ほい、おつかれさん」

 

 

軽薄な声と共に、どこか見覚えのある男——葉っぱ盗賊団のシーフが、風のような速さでオレの懐に潜り込んでいた。こいつもムッキムキだ。

反射的に剣を振り下ろそうとしたが、腕が動かない。

気がついたときには、右手にあったはずのキルソードの重みが、霧のように消えていた。

 

「よし、確保。……おい、次!」

 

盗賊は盗んだばかりの剣を、すぐ隣に控えていた仲間に放り投げた。

受け取った仲間は、そのまま一歩も動かずに武器屋のカウンターへ剣を差し出す。

 

「おやじ、これ売るわ」

「まいど。半額で買い取りだ」

 

ジャラリ、と硬貨の触れ合う冷酷な音が店内に響く。

そして、彼らは再びニヤニヤしながらオレの前に並び直した。

 

「……あ」

 

オレは愕然として立ち尽くした。

理解してしまった。これは戦いではない。ましてや追いかけっこですらない。

武器を買わせ、それを盗み、その場で売り払い、また買わせる。

あの逃走経路さえも、オレを効率よく「武器屋」という換金所へ誘導するための、計算されたルートに過ぎなかったのだ。

 

 

ゲームシステムの裏をかいた、無限資金稼ぎ。

 

誇り高き騎士としての尊厳も、転生者としての自負も、すべては彼らの軍資金を増やすための「効率的なサイクル」の中に飲み込まれていく。

 

「……お、オレを、殺せ……いっそ殺してくれ……っ!」

 

オレの絶望的な叫びを他所に、葉っぱ強盗団たちは、オレを効率よく「チクチク」するための布陣を整えて、その包囲を縮めてくるのだった……。

 

 

 

 

グラン歴 762年

 

 

ひっでえ夢を見た。

 

……夢か。そうか、夢だったんだな。

悪夢の根源は、前世の知識やら人格にある。

自分にいわれのない過去が追ってくるのって、ひどくない?

 

すぐそばで見つめてるじゃない……夢で終わらせたいラインハルトだよ。

 

ようやく意識の底から這い上がってきた。冷や汗でシャツが背中に張り付いている。

慌てて周囲を見回したが、そこには筋肉隆々の少女たちも、ニヤつく盗賊もいない。

あるのは、午後の柔らかな陽光が差し込む、いつもの平和な執務室だった。

 

大きく一つ息を吐き、バキバキに固まった体をゆっくりと伸ばす。

どうやら、執務机で変な体勢のまま居眠りしちゃってたらしい。腕が痺れて感覚がない。

あの、武器を延々と盗まれ続ける絶望感は、この変な寝相のせいで血行が悪くなってたのが原因なのかな。だとしたら、オレの深層心理は一体どうなってるんだろう?

トラウマが深すぎる。

 

窓の外に目をやれば、春の風が木々を揺らし、心地よい暖かさが部屋に満ちている。

よかった、葉っぱ盗賊団はいなかったんだ……。

 

そうだ、たぶんフレッドが報告に来たのが悪夢の原因だな。

体をほぐしながら、居眠りする前に交わした会話を思い出す。

 

 

オレの頼れる仲間であり、オルエンの特命護衛代行補佐にも任命したフレッドくんが、軍務でしばらくアグストリア方面へ遠征に出ることになったそうだ。

なんでも、ヴェルダンから性質の悪い盗賊団が流れ込んでいて、治安が悪化しているらしい。

あの国は森の蛮族って感じだから……いまだに残党でもいるのだろうか?

 

さすがに、葉っぱ盗賊団のような凶悪な連中はいないだろう。

フレッドはこれが初陣となるな。

頑張れよ! オレはオルエンと兄妹水入らずだ!

 

 

背筋を伸ばして気分を入れ替える。

 

 

オレは若くして家督を継いだため、すでに叙勲している。ロプトの連中と実戦も済ませているが、本来はフレッドのように十六歳くらいで叙勲してから、軍に所属しての初陣となる。

叙勲という通過儀礼と、実戦を通して自覚を促すことは本来セットなのだ。

そこには単なる最初の戦闘という事実以上の、騎士における重い意味が込められている。

 

オレは自分がラインハルトだと自覚してから、前世の知識が妙な感じで働いたせいか、驚くほどすんなりと受け入れてしまっていたな。別に葛藤などもなかった。

 

 

現在、わがフリージ軍の編制は十二の軍団に集約されている。

兵の人数は全部で二万人ほど。

公国の中枢、精鋭である第一軍団「ゲルプリッター」は、先の戦いでその数を大きく減らしてしまったが、国境・領土防衛や街道警備、兵站等を担う各軍団は健在だ。

フレッドもそのいずれかに所属して、任務に向かうことになるのだろう。

 

オレも年齢を満たせば軍に振り分けられ、イシュタル様の守役と兼任していくことになる。

たぶん、所属することになるのは第一軍団のゲルプリッター。

いまは亡き父も、ここに所属していた。

 

グランベル帝国となってからのフリージ軍は、二十六軍団という肥大化した組織になる。

それに比べれば、今の「十二」という数字は、まだしも人間的な体温を感じさせる規模だ。

目の届く限り、めぼしい人材を知っておきたいところだ。

 

 

そうだ、そろそろ現代チートなるものの取っ掛かりを探してみようかな。

 

 

前世の記憶の断片に、「雷が多い年は豊作になる」という言い伝えがあった。

空中の窒素が雷の超高温によって酸化され、雨に溶けて天然の肥料となる……だったっけ?

雷が落ちるとキノコがモリモリ生えるとかも聞いた。これを魔法で再現できないだろうか。

ダイムサンダを畑にぶちこめばいいのかな。苗とか種とか根こそぎ焼けちゃわない?

 

まあ、慎重に行動していこう。

 

 

後は、雷魔法を直接放つのではなく、「磁場」を発生させる媒体として利用するとか。

なんか雷で磁石とかも作れたよね。

自身の鎧や剣、靴などに特殊な魔力回路を刻み、瞬間的に強力な磁界を発生させる。

反発力、あるいは吸引力を利用して、人間の反射神経を凌駕する超高速移動を実現する。

まあ、妄想の域は出ないけど、すごいロマンある。何よりカッコいい。

魔道の深淵を極めればワンチャン……流石に無理か……?

 

いや、こういうのは発想と気持ちの問題だったりするのだ。

頑張れ頑張れできるできる絶対出来る頑張れもっとやれるって!

 

よし、暇を見て検証していこう。実利を兼ねるかもしれない趣味だよ、趣味。

 

 

さて、オルエンは何をしてるかなー。そろそろ、半ズボンのデザインを相談するか。

小さいとはいえ、オルエンも立派な女の子。自分の好みとかこだわりがあるだろうしね。

オレはラインハルト、気配りの出来る男なのだ!

 

 

 

 

軍務による遠征を控えたフレッドはその準備に追われていた。

 

ラインハルトへの報告は済ませたが、まだ他の者には伝えていないのだ。

軍靴の音が、石造りの廊下に硬く響く。

 

フレッドは、自らの戦闘の師であり、歴戦の傭兵としてラインハルトが招聘しているヴォルツの元を訪れていた。ヴォルツは今では一線を退き、隻腕の身ではあるが、その眼光の鋭さは少しも衰えていない。

 

「ヴォルツ師。アグストリアへの遠征、行ってまいります」

 

フレッドは真っ直ぐな姿勢で一礼した。

初陣を前にした緊張を隠しきれないのか、その声にはわずかな硬さがある。

 

「教えを受けた身として、出発のご報告を。……あわせて、戦場での心構えについて、改めて助言をいただければと」

 

日当たりのいいベンチで、使い古された革の端切れを弄んでいたヴォルツは、面倒くさそうに片眉を上げた。深く刻まれた眉間の皺が、彼の歩んできた修羅場の多さを物語っている。

 

「……報告だの助言だの、相変わらず堅苦しい野郎だな、お前は」

 

ヴォルツは鼻を鳴らし、呆れたように続けた。

 

「まあ、心配すんな。オレが教えた戦場の基礎は、嫌というほど体に叩き込んだはずだ。それに、あのラインハルト様の化け物じみた訓練に、お前はそれなりに食らいついてきてたじゃねーか」

 

ヴォルツの視線が、フレッドの引き締まった体躯を上から下まで値踏みするように眺める。

 

「あいつの魔法を避け続け、あいつが想定する『クソみたいな戦局』を何度も乗り越えてきたんだ。そこらの盗賊なんぞに、そう簡単に遅れを取るような鍛え方はしてねえよ」

 

「……ヴォルツ師」

 

「滅多なことじゃやられやしねえさ。だがな、フレッド」

 

ヴォルツは革の端切れを手放すと、その空いた手でフレッドの胸元を軽く叩いた。

その拳は岩のように硬かった。

 

「油断だけはするな。戦場で死ぬのは、弱い奴じゃねえ。……『自分は大丈夫だ』と慢心した奴から消えていく。それだけは忘れるなよ」

 

ぶっきらぼうだが、確かな信頼がこもった言葉。

フレッドは深く頷き、師の言葉をその胸に深く刻み込んだ。

ラインハルトのあの訓練に比べれば、現実の戦場の方がいくらか理性的かもしれない……

そんな不思議な自信が、彼の心に静かに湧き上がっていた。

 

「はっ! 肝に銘じます」

 

再び背筋を伸ばし、返事を返すフレッド。

ヴォルツはその姿をしばらく眺めていたが、やがて興味を失ったように、再び春の陽光の中であくびを一つ漏らした。

 

 

石造りの廊下に、パタパタと軽快な足音が響き渡る。

 

ヴォルツとフレッドが話し合っていた所へ、春風のような勢いでオルエンが駆け寄ってきた。

 

「フレッド! それにヴォルツ先生も! 二人で内緒のお話?」

 

オルエンは二人の間に割って入るようにして、大きな瞳を輝かせた。

フレッドは膝をついて視線を合わせると、少しだけ寂しげに、けれど誇らしげな微笑を浮かべて彼女に告げる。

 

「内緒ではありませんよ、オルエン様。……実は、軍の仕事でしばらく遠征に出ることになりました。アグストリアの方まで、悪い盗賊を追い払いに行ってまいります」

 

「えっ、フレッドいなくなっちゃうの?」

 

一瞬、オルエンの顔に不安がよぎったが、彼女はすぐに小さな拳を握りしめて頷いた。

 

「わかったわ。お仕事ですものね。フレッド、怪我をしないように気をつけて、悪いヤツらをいっぱい退治してきてね!」

 

「……はっ。必ずや、ご期待に応えてみせます」

 

その無邪気で力強い励ましに、フレッドの背筋が一段と伸びる。

傍らでその様子を眺めていたヴォルツは、ふんと鼻を鳴らし、隻腕で顎をさすった。

 

(相変わらず、物怖じしねえ嬢ちゃんだ。ラインハルトが溺愛するのも無理ねえな……)

 

ヴォルツがそんなことを考えていると、オルエンがくるりと向き直り、まっすぐに彼を見上げた。何かを言い淀むような、それでいて決意を秘めたような表情。

 

「……オルエンお嬢様。俺に何かご用かい?」

 

ヴォルツが低く、けれど努めて穏やかな声で尋ねる。

オルエンは意を決したように、小さな胸を張って問いかけた。

 

「あのね、ヴォルツ先生。……バロンって、知ってる? お友達のエリウのお父様がバロンなの。それでね、バロンになるには魔法だけじゃなくて、剣とかも上手に使えないといけないって聞いたの」

 

 

その言葉が出た瞬間、ヴォルツとフレッドは無言で顔を見合わせた。

 

 

二人の脳裏には、先年の御前試合でラインハルトを打ち倒したという話にあった、正体不明の「漆黒のバロン」なる存在が浮かんでいた。

重厚な鎧に身を包み、魔法を無力化し、圧倒的な剣技で天才ラインハルトを圧倒した怪物。

 

なぜ、まだ六歳の少女がそんな兵種の、それも技術的な要件に興味を持ったのか。

フレッドは、彼女が兄の敗北を自分なりに分析し、その強さの秘密を突き止めようとしているのだと悟り、胸が熱くなるのを感じた。

 

「……ほう、バロンかい」

 

ヴォルツが、ニヤリと野性味のある笑みを浮かべた。

 

「嬢ちゃん、そいつはまた、えらく硬いところに目をつけたな。確かにバロンってのは、魔法と武芸、両方を極めた鉄壁の戦士だ。だがな、ただ剣が使えるだけじゃなれねえ。……並の男じゃ歩くことすらできねえような重い鎧を、軽々と扱える根性が必要なんだぜ?」

 

「重い鎧……。ねえ、ヴォルツ先生。私にも、出来るかな?」

 

オルエンの瞳には、かつてないほど真剣な、そして負けず嫌いな光が宿っていた。

お兄様を負かした「バロン」という存在。それを知ることは、彼女にとって「お兄様を守れるくらい強くなる」ための、新たな目標になっていたのだ。

 

そんな二人の様子を、フレッドは頼もしさと、ほんの少しの心配を混ぜたような複雑な心境で見守るのだった。

 

「……女の嬢ちゃんが、あのクソ重い鎧を着て立ち回るってのは、正直、並大抵の苦労じゃねえぞ」

 

ヴォルツはわざとらしく肩をすくめて見せたが、その目は真剣だった。

片腕を失い、戦場の酸いも甘いも噛み分けてきた男の言葉には、独特の重みがある。

 

「いいかい。大人の男だって、全身を鉄で固めて動くのは難しい。身体中の関節は痛むし、夏場は蒸し風呂、冬は氷を抱えてるようなもんだからな。だがな……」

 

ヴォルツは一度言葉を切り、オルエンの真っ直ぐな瞳を覗き込んだ。

 

「今やってる魔道を頑張ることも、剣の振り方を覚えることも、決して無駄にはならねえよ。嬢ちゃんがバロンになれるかはわからねえが……そうだな。自分の身を守るための『体の動かし方』くらいなら、俺が教えてやってもいい」

 

口にしてから、ヴォルツは自分らしくない殊勝なセリフに、内心で少し面食らった。

傭兵崩れの自分が、フリージの令嬢に稽古をつけるなど、本来なら分不相応も甚だしい。

 

「本当!? それじゃ今度、絶対に教えてね! お兄様には内緒よ、びっくりさせたいから……『秘密の特訓』なんだから!」

 

オルエンは花が綻ぶような笑顔を見せると、約束の指切りさえ待たずに、春風のような勢いで廊下の向こうへと去っていった。

その足取りには、新しい目標を見つけた少女特有の、瑞々しいまでの活気が溢れている。

 

残されたフレッドは、遠ざかる小さな背中を見送りながら、複雑な表情で顎に手をやった。

 

(……オルエン様。まさかバロンを目指されるとは。ラインハルト様には、そろそろ武芸よりも淑女教育の必要性を進言すべきではないだろうか……)

 

騎士としての忠義と、少女の将来を案じる親心が、フレッドの中で激しく火花を散らす。

彼はヴォルツに短く一礼を捧げると、遠征の準備を整えるべくその場を後にした。

 

 

再び、静寂が戻る。

 

ヴォルツは一人、中庭の木々が芽吹く様子を眺めながら、自嘲気味な笑みを漏らした。

 

(へっ……見ていて飽きねえ連中だ。まったく、何で俺はこんな場所に居座ってんだろうな)

 

かつては金のためだけに剣を振るい、戦場を渡り歩いてきた。

それが今や、立派な騎士様たちの教師になり、その妹に何かを教える約束までしている。

あの時に死んでいった同僚たちが今の自分を見たら、果たしてどう思うだろうか。

 

自分を笑い飛ばすような、どこか居心地の良さを諦めたような、そんなため息が一つ。

 

フリージの春は、不器用な男たちの心にも、静かに波紋を広げていた。




銀の装備が売ってるマップでやると効率良く稼げます。
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