ラインハルト転生   作:パワーワード大好きおじさん

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思い出したように続きます。


14. 遠き山に日は落ちて

グラン歴 762年

 

 

「天高く馬肥ゆる秋」という言葉がある。

 

秋の澄み渡った空は、人の精神を高みへと誘い、生命の営みに確かな充足を与える。

万物が冬の静寂に備えてエネルギーを蓄積し、内なる質量を増していく。

それが自然の摂理であり、エントロピーの法則に抗う生命の力強い鼓動と言えるだろう。

 

……何を言ってるか自分でもわからなくなってきた!

 

まあ、そんな含蓄のある言葉を考えながら、オレはフリージの厩舎へと足を運んでいた。

愛馬の状態を確認し、秋の恵みがその馬体にどれほどの肥沃さを与えたか知るためだ。

 

だが、オレがそこで目にした光景は……

 

 

肥えるどころか、増えてなあい?

 

 

オレの愛馬の足元で、見慣れない三匹の黒い塊が跳ね回っていた。

つややかな漆黒の毛並みを持つ、小柄な子馬たちが三匹。

 

おかしい。

 

オレの黒王号(白馬)は去勢された牡馬だ。つまりは男の子だったはず。

「本当は女の子でした」という古典ラブコメ的な大どんでん返しを期待するには、この世界のリアリティがそれを許さない。

ましてや、昨日まで影も形もなかった三匹が、一晩で分裂したと考えるには、ユグドラル大陸の魔法体系はあまりにも物理法則に忠実すぎる。

 

どこの馬の骨ともしれない——文字通り「どこの馬の子」かもわからない黒い三連星は、オレの愛馬の鼻面に甘えるように擦り寄っている。

対するオレの愛馬も、まるで聖母のような慈愛に満ちた眼差しで、彼らの面倒を見ていた。

 

母親は女の子だけの特権じゃない……か。

 

オレは腕を組み、数秒間、脳内で情報処理を試みる。

この子馬たちがどこから来たのか。

近隣の牧場からの脱走か、あるいはしっこくバロンの捨て子か。

いや、しっこくバロンは今は関係ないな。

養子縁組か? それとも、秋の夜長のミステリーか?

 

一瞬、真面目に捜索願を出すべきか悩んだが、幸せそうに子馬をあやす愛馬の姿を見て、オレは思考を放棄することにした。

 

……まあ、いっか!

 

オレは爽やかな秋空を仰ぎ、深く考えるのをやめ、彼らのために追加の飼い葉を注文してから厩舎を後にした。

 

 

 

はあ……。最近、急にオルエンがお姉さんっぽくなって、気分が沈みがちなラインハルトだ。

 

ついこの間まで「雪遊びしましょう!」なんて言って雪原に突撃していた、あの子犬のような愛くるしい野生児はどこへ行ってしまったんだ?

 

昨日なんて、侍女をつれて執務室にやってきたオルエンが、こう言ったんだ。

 

 

「お兄様、お仕事中失礼いたします。お茶でもいかがですか」

 

 

……???。

 

思わず言葉を失ってしまったぞ、言葉を!

まだ七歳だぞ? 七歳といったら、泥団子を作って「これ、ダイムサンダ!」とか言って投げつけてくる年頃じゃないのか? なんだその、熟練の侍女も顔負けのティーサーブは。

カップを置く所作がエレガントすぎる。

 

「女の子は成長が早い」とは前世の格言でも聞いていたが、これは早すぎる。

なんかパラメーター上昇のドーピングアイテムを使ってない?

以前、フレッドと「そろそろ淑女教育を……」なんて悩んでいた自分を、ダイムサンダの雷撃で消し飛ばしてやりたい気分だ。

いざ「淑女」な成長を遂げられると、兄としては嬉しさ半分、猛烈な寂しさが半分。

いや、寂しさが七割五分くらい占拠している。

 

『オルエン……そんなに急いで大きくなろうとしなくてもいいんだよ?』

 

精一杯の、かつキモくならない程度の余裕を持ってそう提案してみたのだが、オルエンは上品に微笑んで、「いいえ、お兄様。わたしも、淑女の端くれですから」なんて返してきた。

 

淑女。

 

……誰だ。 誰がそんなことを言った……?

誰だ……?

あ……オレだった……!

 

その時は、いれてくれたお茶を飲んで心を落ち着かせたけどさ。

茶葉の量も温度も問題なく、普通に美味しかったよ。

かつての味を思いだし、その成長に涙が出そうになった。

 

とりあえず、今度フレッドを見かけたら、あいつを捕まえて小一時「妹の成長と兄の孤独」について語り合おうと思う。

……あいつは普通にオルエンの成長を喜ぶだけな気がするな。

 

はぁ……難しいな、兄心っていうのも。

 

オレは再び、秋の空を仰いだ。

立派に育ってほしい。それは本心だ。

だが、その成長のスピードが俺の想定を超えていくのは勘弁してほしいなって。

 

オルエンの成長に思いを馳せながら、オレはふらりと屋敷の正門の方へと足を向ける。

すると、西日に照らされた門柱の傍らに、一人の少年がたたずんでいるのが目に入った。

 

 

燃えるような赤髪。古びた、しかし手入れの行き届いた聖職者のような装束。

そして、すべてを見透かすような、静かな眼差し。

 

 

サイアスやんけ!!

 

あれ、なんでフリージにいるの!?

 

 

手には旅の埃を被った杖が握られ、その立ち姿は一年という月日を経て、より一層、しなやかな力強さを帯びているように見えた。

向こうもこちらに気づいたのか、ゆっくりとこちらへ顔を向けて黙礼する。

オレは再会の喜びをあらわにして、彼を屋敷へと招き入れるのだった。

 

なんだよ、遊びに来たの? ゆっくりしていってね!!!

 

 

 

 

秋の陽光がフリージの街並みを黄金色に染め、冷涼な風が枯葉を踊らせる季節。

 

サイアスは、教会の巡礼団という役割を与えられ、大陸の現在をその目に焼き付けていた。

彼の前を行くのは、一年前の王都バーハラで鮮烈な印象を残した少年騎士、ラインハルトである。

 

「急な訪問で申し訳ありません、ラインハルト卿。今は教会の巡礼団の一員として、各地を回っている最中なのです。この地を離れる前に、貴方と知見を交わしておきたかった」

 

屋敷の応接室に招かれたサイアスは、差し出された茶の香りを静かに愉しみながら、対面に座る少年に視線を向けた。

ラインハルトの姿は、記憶にあるよりも洗練された、非の打ち所のない礼節を保っている。

その物腰は慇懃でありながら、内に秘めた魔力の高まりがサイアスには感じとれた。

 

「巡礼の旅とは、随分と壮大ですね。アグストリアからヴェルダン、そしてミレトスですか」

 

ラインハルトの問いに、サイアスは穏やかに頷いた。

アグストリアは大陸の北西部、ヴェルダンは大陸の南西部を占める場所に位置する。

ミレトスは大陸南部にあるので、実にユグドラル大陸全土を半周する旅路となるのだった。

 

「ええ。各地の教会を巡り、現地の人々が何を求めているのかをこの目で見届けるつもりです。おそらくヴェルダンで冬を越すことになるでしょう。春の訪れと共にミレトスへ渡り、エッダを経由して王都へ戻る……それが、私に与えられた道筋です」

 

ラインハルトは茶器を置くと、わずかに思案して続けた。

 

「ヴェルダン、ですか。……半年ほど前、アグストリア方面へ我がフリージの騎士団が遠征しました。ヴェルダン国境付近から、統制を失った大規模な賊の集団が流れ込んだという報告があったのです」

 

サイアスの目に、わずかに鋭い光が宿る。

 

「賊の流入……。空白が生じれば、毒はそこへ流れると言うことでしょうか。ラインハルト卿、その遠征軍の規模と動向を伺っても?」

 

「当家の騎士も遠征に参加しておりました。たしか、騎兵だけでも百騎ほどが派遣されたとか。秩序を乱す不心得者の掃討と国境警備が主な任務だったそうですが、賊の規模としてはかなり大きかったようですね。背後に何らかの思惑があったとも思えませんが……」

 

二人はそれからも様々な意見を交わしあった。

それはまるで、目の前の盤面――ユグドラル大陸という巨大なチェス盤の動きを読み解こうとしているかのようだった。

窓の外では、秋の深まりを告げる風が鳴っている。

 

 

静かな語らいの場に、軽やかな足音が重なった。

 

扉が開くと、そこには盆を抱えた少女――オルエンが立っていた。

以前にラインハルトが話していた、妹のオルエンと言う少女だろう。

その年齢以上に落ち着いた、それでいて幼子特有の瑞々しさをまとった雰囲気だ。

 

「お兄様、サイアス様。お茶のおかわりをお持ちいたしましたわ」

 

丁寧に、かつ淀みのない動作で茶を注ぐ妹の姿を見つめるラインハルトの瞳は、騎士としての鋭さを霧散させ、深い慈愛の色に染まっていた。

 

「私の妹、オルエンです。……オルエン、こちらが以前に話したサイアス卿だ」

 

ラインハルトの声には、隠しきれない誇らしさが響いている。

紹介された少女は、わずかに頬を染めて照れながらも、優雅な所作でサイアスへと一礼した。

 

「はじめまして、サイアス様。兄からお噂はかねがね伺っております。フリージへようこそ」

 

「ご丁寧にありがとうございます、オルエン様。素晴らしいお茶を感謝いたします」

 

サイアスが穏やかに微笑み返すと、彼女は嬉しそうに微笑み、風のように部屋を後にした。

その微笑ましい光景を眺めながら、サイアスの胸の奥には、淡い羨望と切なさが混じった感情が過った。

 

(弟と、妹……)

 

自分にも、血を分けた弟妹がいる。

だが彼らと、このように陽だまりの中で、仲良く茶をくみ交わす日は来るのだろうか。

ヴェルトマーの複雑な血統の糸に絡め取られた自身の境遇を思い、サイアスは一瞬だけ視線を落とした。

 

そんな彼の心中を察してか、あるいは単なる話題の転換か。

ラインハルトが少し声を潜めて切り出した。

 

「そういえば、サイアス卿。少々風変わりな話をしてもよろしいでしょうか。……実は最近、雷の魔道を用いた『土壌の改良』について検証を行っているのです」

 

「……土壌の、改良ですか?」

 

意外な話題に、サイアスは顔を上げた。

 

「ええ。古い伝承に『雷が多い年は豊作になる』という話がありましてね。試しに、自領の農地に微弱なサンダーを放ってみたのです。すると、驚くべきことに放電した区画の作物は、他よりも格段に発育が良くなった」

 

ラインハルトは熱心に語る。

破壊の象徴であるはずの雷を、生命を育む糧として利用する。

その発想はサイアスにとっても極めて新鮮なものだった。

 

「ただ、やはり魔力の加減は難しい。一度、別の術式で……そう、少し強い魔法での雷撃を試したのですが、その区画だけは、なぜか今も草一本生えぬほどに沈黙してしまいまして。……いえ、これ以上は口にするのもはばかられます」

 

ラインハルトは気まずそうに視線を逸らし、茶を飲んで言葉を濁した。

おそらく、なんらかの失敗を招いてしまったのだろう。

 

サイアスは思わず笑いそうになるのを堪えた。

 

「素晴らしい発想です、ラインハルト卿。魔道とは常に破壊の術として磨かれてきましたが、それを耕作に転用しようなどという試みは、少なくともバーハラの魔道院でも聞いたことがありません。古き言い伝えを実証し、実利へと変えようとするその志……あなたは真に、民を想う騎士なのですね」

 

「……買い被りですよ。ただの好奇心です」

 

謙遜するラインハルトだったが、その表情にはどこか晴れやかなものがあった。

黄昏時の柔らかな光が、応接室の窓から差し込み、二人の少年の影を長く畳みかけていた。

 

サイアスは、目の前に座るラインハルトという男の底知れなさに、静かな感銘を覚えていた。

先に言った通り、魔道とは、このユグドラル大陸においては「力」の象徴であり、敵を討ち、国を守るための「破壊」の術だ。だが、ラインハルトの発想はその枠組みを軽々と飛び越え、大地に根ざした生命の営みへと向けられている。

 

(……この柔軟な考え方は、私にはなかったものですね)

 

サイアスは自らの胸中に、温かな知的好奇心が広がるのを感じた。

 

彼が所属する教会と農耕は、本来分かちがたく結びついている。

特にエッダ教団が奉じるブラギの教えは、この世界に古くから伝わる自然崇拝を土台としており、神ブラギ自身、運命のみならず「生命の循環」を司る存在として崇められてきた。

 

ラインハルトが試みた「恵みの雷」は、図らずも古代の神話が持っていた、自然の荒ぶる力と豊穣の繋がりを現代に蘇らせる行為でもあったのかもしれない。

 

 

「ラインハルト卿。その検証の内容を、教会へと伝えてもよろしいでしょうか?」

 

 

サイアスは、至宝を扱うような真剣な心持ちで問いかけた。

ラインハルトは一瞬、拍子抜けしたような表情を見せたが、すぐに深く頷いた。

 

「ええ、構いませんよ。私の個人的な興味で行った拙い実験ですから。もし教会の方で、より深く、体系的に検証してくれるというのならば、私としても非常に助かります」

 

ラインハルトは穏やかに微笑み、窓の外に広がる豊かな田園風景へと視線をやった。

 

「私が一人でできることなど、高が知れています。もし教会がそれを公のものとして広めてくれるなら、この地の民だけでなく、飢えに苦しむ多くの人々が救われることになるでしょう。……それこそが、魔道を持つ者が果たすべき真の役割なのかもしれません」

 

その言葉には、功名心など微塵も感じられなかった。

ただ、より良い未来を願う一人の人間としての、誠実さがそこにはあった。

 

 

サイアスは、この話が歴史の転換点になるかもしれないという予感に静かに震えた。

破壊を司るはずの魔法が、やがて大陸全土を豊かにする「黄金の穂先」へと変わる日。

その種火が今、この静かな部屋で灯されたのだ。

 

「感謝します。貴方のその寛大な志、必ずやしかるべき場所へ届けましょう」

 

サイアスは深く一礼した。

二人が交わした約束は、やがて暗黒時代が訪れるユグドラル大陸においては、数少ない、希望の光となったのかもしれない。

 

 

 

「貴重なお話を感謝します、ラインハルト卿」

 

空が深い赤に染まる頃、サイアスは静かに席を立った。

 

引き留めようとするラインハルトの言葉を丁重な謝辞で制し、サイアスは屋敷の扉の外まで見送りに出てくれた二人を見る。

そこには、凛々しく立つ若き騎士と、その傍らで花のように微笑む妹の姿がある。

 

 

「またお会いしましょう。次にお会いする時は、今日よりもさらによき話ができますよう」

 

 

サイアスは再会の誓いを残し、フリージの街並みへと歩み出した。

 

巡礼団が待つ教会への帰路、彼の思考は先ほどラインハルトから聞いた「雷の魔道による農耕」の話で占められていた。破壊の権化である魔道を、民の皿を潤すための糧に変える。

その試みを体系化し、教会の知見として昇華させることができれば、どれほど多くの命が救われるだろうか。

 

(教会の者たちにも相談してみよう。私が中心となってこの調査を進めるという形を取れば、上層部も異を唱えはしないはずだ)

 

新秩序の構築に追われる王国において、このような生産的な研究は、教団の宣伝工作としても都合が良い。サイアスは、自らの学んだ知略が争いごとを離れ、豊かな穂先を揺らす風のために使われる未来を想像して、微かな高揚感を覚えた。

 

不意に、強い夕陽がサイアスの横顔を射抜いた。

 

普段の彼にとって、この燃えるような赤い色は、自らの複雑な血筋や、逃れられぬ宿命の炎を想起させる、いささか感傷的な色であった。

落日は常に、一日の終わりと共に、拭い去れぬ孤独を連れてくるものだと思っていた。

 

だが、今日の赤は違っていた。

 

背後に残してきたラインハルトの屋敷の灯火や、そこに満ちていた茶の香り。

そして何より、未来を語り合った少年の熱意が、この色に新たな意味を与えている。

 

(……温かいな)

 

冬を前にしたフリージの秋の風は確かに冷たいはずなのに、サイアスの胸の奥には、消えることのない熾火のような温もりが灯っていた。

 

彼はもう一度だけ、赤く染まった空を仰いだ。

明日から始まるアグストリア、そしてヴェルダンへの過酷な巡礼の旅路も、今の自分ならば、この温かさを道標にして歩んでいける気がした。




子世代の聖戦って二年間くらいで終結しちゃうのね。はえー。
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