全米魔法学園物語   作:輝城蒼空

2 / 3
2 魔法省の役人

 

家に帰ってからの数日、ずっとふわふわしてる感じだった。夢の中にいるみたいで。

 

雨は夜が明ける前にすっかり止んでた。

あのドームみたいなやつも、もう跡形もなかった。

なのに、うちのテントのまわりだけは、ぜんぜん濡れてなくて。まるで最初から雨なんて降ってなかったみたいに。

 

他のキャンプの人たちも、「あそこだけ変じゃなかった?」とか「地面、乾いてるよな」なんて言ってたけど、それだけ。誰も本気で気にしてないみたいだった。

 

チェックアウトして、車で帰る。

パパもママも、ドームのことは何も言わなかった。

 

……でも私だけは、どうしても忘れられなかった。

雨の音と雷のひびき。ドームの内側にいたときの、あの変な静けさ。

目を閉じると、今でも耳の奥に残ってる気がする。

 

▽ ▽ ▽

 

数日たって。

今日はパパとママが大きな注文を抱えていて、朝からずっと作業場がガチャンガチャンとうるさい。

うちの仕事は印刷とデザイン。作業場は家の奥にあるけど、ドアを閉めても機械音が家中に響いてくる。

 

私はリビングのソファで雑誌を膝に置いて、スプーンでアイスをすくっていた。

気づけばアイスは半分溶けて、雑誌のページもほとんど進んでなかった。

 

――ピンポーン。

 

インターホンが鳴った。

ガチャンガチャンという音にまぎれて、ママの声が飛んでくる。

 

「エミリー、出てくれる? 今手が離せないの!」

「はーい」

 

立ち上がって玄関へ向かう。どうせ宅配だろうと思ってドアを開けたら――

そこには、見慣れないスーツ姿の男女が立っていた。

 

「こんにちは。合衆国魔法省、ミズーリ州支局の者です」

 

男性が胸ポケットから革のケースを出して、身分証をぱっと広げて見せた。

 

……魔法省?

頭の中が一瞬で真っ白になる。足が玄関マットに貼りついたみたいに動かない。

 

「あの……ちょっと待ってください!」

 

慌ててリビングに走り、作業場のドアを開けて叫んだ。

 

「パパー! ママー! なんか変な人来た!」

 

印刷機の音が止まって、インクの匂いと一緒に二人が出てくる。

玄関の様子をひと目見るなり、パパもママも少し表情を引き締めた。

 

「失礼します。合衆国魔法省、ミズーリ州支局の者です。本日は――娘さんにお話がありまして」

 

「娘に?」パパの眉がぴくりと動く。

ママと短く目を合わせてから、「……わかりました。どうぞ」と答えた。

 

二人の役人が、靴を拭いて家に上がる。

私はなんとなく、その後ろについていった。

 

▽ ▽ ▽

 

応接スペース。

うちでお客さんと打ち合わせするときに使う部屋で、私は普段「邪魔だから」って入れてもらえない場所。

 

壁の時計は、午前十時を少し過ぎていた。

テーブルには紙サンプルと色見本帳がきれいに積まれていて、壁にはパパとママが手がけたポスターやチラシが飾られている。

見慣れたデザインばかりなのに、こうして並んでるとやけに立派に見えた。

 

私はパパの隣に座り、ママはその反対側。

向かい側のソファに、魔法省の二人が並んで腰を下ろす。

 

テーブルはガラスの天板で、その下にはいろんな紙やインクの見本がずらり。

厚みや手触りが違う紙が分類されていて、まるで小さな展示ケースみたいだった。

入口から覗くだけのときは気づかなかったけど――こうして座ると、ちょっと宝物みたいに見える。

 

「今日は暑いですね。外を歩いただけで汗が出ます」

女性のほうがにこやかに言う。

「ええ、冷房と一緒に換気もしてますから」ママが答える。

女性は笑って、「このインクの匂い、外から来ると涼しく感じますね」と続けた。

 

そこで男性が黒いフォルダを膝に置き、背筋をぴんと伸ばした。

 

「改めまして、私はトーマス・ヘインズ、合衆国魔法省ミズーリ州支局の者です。こちらは同僚のキャサリン・モリスです」

 

モリスさんと呼ばれた女性がうなずいて言った。

 

「今日は――エミリー・ウォーカーさんについて、お話があって参りました」

 

心臓がどくんと跳ねた。

まっすぐ私に向けられた視線を、はっきり感じる。

 

ヘインズさんがフォルダを開いて、一枚の書類を取り出した。

 

「数日前、ミズーリ州の魔法相談ダイアルに通報がありました。『キャンプ場で、一部だけ地面が不自然に乾いている場所があった』というものです」

 

モリスさんが続ける。

 

「私たちは現地を調査し、中心があなたのテント周辺だったことを確認しました」

「――エミリーさん」ヘインズさんが言った。

「そのとき、なにを願いましたか?」

 

「……雨が、やんでほしいって」

「やはり」

 

モリスさんが小さくうなずいた。

 

「本来なら精密な適性検査を受けてもらうのですが……なにせ、時間が足りませんので」

 

ヘインズさんはフォルダを閉じ、真っ直ぐこちらを見つめた。

 

「エミリー・ウォーカーさん。あなたは魔法使いです。そして、九月からリバーサイド魔法学校に通っていただきます」

 

――頭の中で、何かが弾けた。

 

「魔法学校……?」

私の声は、かすかに震えていた。

パパは低い声で「そんな話、いきなり言われても」と言い、ママは私の肩にそっと手を置いた。

 

「リバーサイド魔法学校は、ミズーリ州で唯一の公認魔法学校です。授業料は州から支給されますし、卒業すれば魔法を公式に使う資格も得られます」

 

モリスさんは落ち着いた声で言った。

パパは色見本帳を見つめたまま黙り込み、ママは小さく息をついて私を見る。

 

「……本当に安全なんでしょうね?」

パパが低く問う。

 

「もちろんです」ヘインズさんが即座に答える。

「安全管理には最大限の配慮をしています。リバーサイドは事故率の低さでも全米上位に入っています」

 

その言葉に、ママがようやく小さく息をついた。

私を見て「……やってみる?」と聞く。

 

胸の奥がふっと熱くなる。

 

「……うん」

 

モリスさんがにっこり笑った。

 

「では、入学準備に必要なものを揃えましょう。セントルイスのランタン通りにご案内します」

 

ヘインズさんが立ち上がり、「車を回します」と言った。

私は、パパと顔を見合わせる。

 

こうして、本当に――知らない世界への扉が開き始めた。




【あとがき】

ここまでお読みいただきありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」と思ったなら、作品のフォローと星での評価をお願いします!

設定資料wiki始めました。
よかったらみてってください。
https://walkerpedia.miraheze.org/wiki/
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。