「……ブロッケン・ドイツ統一――魔法、学院?」
マティアスの頭のでは、数えきれないほどのクエスチョンマークが浮かんでいた。
目を白黒させ、書類とそれを持ってきた役人を交互に見る。
「ブロッケンは――魔法使いの子供たちに、魔法を教えるための学校です」ミュラーが答えた。
「魔法使い? 魔法を教える学校?」
マティアスは目を閉じ、何度かうーんと小さく唸った。
二人が差し出した書類の内容を、何度も何度も咀嚼する。
しばらくして、考えがまとまり――マティアスは、ゆっくりと目を開けた。
そのオリーブグリーンの瞳は、きらきらと輝いている。
「――じゃあ、僕も――魔法使い、ってことですか?」
マティアスが尋ねると、シュミットが答えた。
「その通りです」
マティアスは息を呑んだ。
「ベッカーさん、あなたは魔法使いです。だから、こうして迎えに来ました」
「それなら、お姉さんたちも魔法使い? それから、その――ブロッケン! ブロッケンからきたってことは、お姉さんはブロッケンの先生なんですか?」
マティアスは、畳み掛けるように質問をした。
興奮を抑えきれず、顔には満面の笑みを浮かべている。
そんな彼の後ろで、両親は不安な表情をしていた。
「――もちろん、私も魔法使いです。先生ではありませんが」
シュミットが答え、ミュラーも頷く。
「シュミットさん、ミュラーさん――よろしくおねがいします!」
マティアスは、白い歯を見せて笑った。
それから、二人のことをまじまじと見つめ、「魔法使いって、本当にいたんだ……」と呟いた。
さて――マティアスには、この役人に聞きたいことが山ほどあった。
ブロッケンはどこにあるのか、そこにはどうやって行くのか、それから魔法使いはどんなことを勉強するのか。
いくら質問しても、彼の疑問は尽きないだろう。
――でも、最初に尋ねたのは、やはりこれだった。
「――あの、ミュラーさんは、魔法が使えるんですか?」
「もちろんです。魔法を見たら、もっと驚くと思いますよ」
ミュラーはそう言って――スーツの内ポケットから、金具付きの短い棒を抜き取った。
先端を軽く捻ると――「カチ、カチ」と二度鳴り、棒は瞬く間に人差し指の三倍ほどの長さに伸びる。
――間違いなく、立派な魔法省の杖だ。
マティアスはその一挙手一頭足を、見逃してたまるかというように見つめた。
ミュラーは周りを見回し、水切りラックにある皿に目をやる。
マルティナに許可をもらってから、ミュラーは杖を皿に向けた。
「では――
ミュラーが唱えると、皿がふわっと浮かび上がった。
彼がもう一度杖を振れば、皿はくるくると飛び回る。
最後にもう一度縦向きに揃え、水切りラックの中にしまった。
――マティアスは、感動のあまり言葉を失っていた。
「――ベッカーさん、これが魔法です」
11歳の少年は、お世辞にもかっこいいとは言えない中年の魔法使いを、尊敬のまなざしで見上げていた。
「……しかし」クラウスが、低い声で唸った。
「俺たちは、そのブロッケンなどという場所を見たことも、聞いたこともない。
そんなよくわからない学校に、俺たちの大切なマティアスを通わせる気にはなれない」
マティアスの顔が曇る。
クラウスはそんなマティアスに目も向けず、思いっきり言いやった。
「――統一魔法省? ――聞こえはいいが、結局は東の魔法シュタージと同じだろ!?」
クラウスはマティアスに目をやり、「……やってしまった」という表情になった。
「――違います」シュミットが答えた。
「シュタージの魔法課は解体されました。
かつて、国家に仕える魔術師を強制的に集め、訓練していた組織です。
幼い子を『適性あり』と判じれば、泣き叫ぶ親の腕から引き剥がし、二度と親のもとへ帰らぬよう、記録を抹消する。
……あなたが恐れているのは、それでしょう?」
クラウスは頷いた。
「あれは国家による監視と支配の道具。ですが、ブロッケンは『教育』です。国家が子を奪うのではなく、子を守るための仕組みなのです」
「……!」
クラウスは目を伏せた。
「――クラウスさん」ミュラーさんが、割って入った。
「あなたがたが、これまでマティアスを守ってきたことは承知しています。
我々が来るまで、彼を誰にも知られず育ててきた勇気を。
ですが、これ以上は隠し続けることはできない。
今度は――我々があなたに代わって、彼を守る番です」
クラウスは、テーブルに視線を落とした。
その間に、マティアスは自分の意見を言う。
「――僕、ブロッケンに行きたい」
両親を見る目は、期待に満ちていた。
普通なら、怯えておかしくない状況――それでも、期待の方が大きかった。
クラウスの心が、ポキっと折れた。
「……本当に、あいつらとは関係ないんだな?」
「断言します。あれは過去の亡霊です」シュミットが答えた。
「では、入学準備に必要なものを揃えましょう。ドレスデンのツィーゲル横丁に案内します」
ミュラーさんが立ち上がり、「車を回します」と言った。
マティアスは両親と顔を見合わせる。
こうして、本当に――知らない世界への、扉が開き始めた。
【あとがき】
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