独逸魔法学園物語   作:輝城蒼空

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3 猫レンガ(カッテンツィーゲル)

 

――マティアスは、クラウスと一緒に行くことになった。

 

魔法省では「一人で行く」のが規則らしいが、どうしてもクラウスが譲らない。

結局二人が折れ、クラウスの同行を許可したのだ。

 

家の前に停まっていたのは、どこからどう見てもオンボロの国民車(トラバント)だった。

外の塗装は剥げ、錆が浮き、どっからどう見ても廃車寸前である。

同じクラウスのトラバントと並べても、クラウスのほうがまだましに見えた。

 

「……我々の車より、よほど新しく見えますね」シュミットが苦笑した。

 

ミュラーがキーを取り出し、ドアロックを開ける。

恐る恐る中を覗くと――驚くべき光景が、そこには広がっていた。

 

ソファはふかふかの白色で、アームレストは木目がついた茶色。

クラウスがかがむぐらいだった天井は、マティアスが中で背伸びできるぐらい高い。

 

「――これが魔法か」クラウスが呟いた。

「俺の車も、これぐらいほしいもんだ……」

「無理ですね。魔法工学の知識が必要です」ミュラーが苦笑した。

 

話を終え、早速車に乗り込んだ。

ミュラーがキーを回すと、ガタガタいうくせに音もなく滑り出す。

 

助手席のシュミットが、ダッシュボードの水晶玉をぽんと叩いた。

 

「ツィーゲル横丁まで頼みます、ヴェーゲフェー」

 

球の中に小さな羽影が揺らぎ、甲高い声が響いた。

「――了解。でも今日は気分がいいから、湖を見に行こうよ!」

「寄り道はだめだ、ヴェーゲフェー」ミュラーが苦笑する。

「ぶー……つまんないの」光がしゅんと曇った。

 

マティアスは目を輝かせる。

 

「――これ、何?」

「これは道案内妖精(ヴェーゲフェー)です。ドイツ中の地図を知ってますよ」

「ほしい!」

 

マティアスの頼み事に、シュミットが即座に答えた。

 

「――これは魔力がないと動きません。魔力注入は大人になってからですよ」

「えー!」

 

マティアスがソファに沈み込むと、妖精がケラケラと笑った。

 

「まあでも、そんな便利とは言えないな」ミュラーが苦笑した。

「なんで?」

「――こいつ、結構拗ねるんだよ。前なんか、一週間も口を利かなかったんだぞ?」

 

クラウスは苦い顔をしていたが、息子のはしゃぎぶりを見て、やはり口を閉ざした。

 

▽ ▽ ▽

 

ドレスデンまでは、家から車で1時間ほど。

マティアスも一度だけ行ったことがあるけど、それももう5歳ぐらいの話。

今となっては、もう遠い記憶だ。

 

車が市街地に入ると、マティアスの目は窓に釘付けになった。

灰色の石造りの建物は、幼い頃に見たまま。

だがその間に、赤や黄色の鮮やかな看板が並んでいる。

 

「……なに、あれ」

 

指差した先には、黄色い大きな「M」の文字。

ヴェーゲフェーが言った。

 

「あれはマクドナルド! 西から来た、食べ物の店よ」

「まく……どなるど?」

 

マティアスは首を傾げる。

 

「ハンバーガーを売ってるんです」シュミットが補足した。

「はん……バーガー?」

「パンに肉を挟んで食べる、簡単な料理です」

「パンに……肉?」

 

マティアスの目がさらに丸くなる。

クラウスが鼻を鳴らした。

 

「くだらんジャンクフードだ」

 

それでもマティアスは、その看板から目を離せなかった。

 

▽ ▽ ▽

 

車はしばらく通りを走り、少しそれた道に入り――脇道で、ぴたっと止まった。

ミュラーがエンジンを止め、キーを鍵穴から抜く。

 

「――さあ、降りますよ」シュミットが言った。

「……なんで?」

 

マティアスには、ここで降りる理由がピンとこなかった。

なにせここはただの裏通り。

灰色の家屋と店が数件あるだけで、その先に広がっているはずの魔法界の景色さえ見えない。

ヴェーゲフェーが答えた。

 

「――ツィーゲル横丁には駐車場がないの! だからみんな歩くか路駐!」

「――駐禁取られるだろ」クラウスが尋ねた。

 

「大丈夫――留守番がいるからな」

 

ミュラーがそう言って、水晶玉をポンポンと叩いた。

 

「ヴェーゲフェー、留守番を頼む」

「ふんっ、また私に頼るのね? ――まあ、いいけど」

 

妖精が鼻を鳴らすと、ダッシュボードの上に分厚い紙が現れた。

深緑の紙に金の鷲章――どうやら、許可証のようである。

 

「――こういうのは、やっぱり妖精に限るな」ミュラーが言った。

 

▽ ▽ ▽

 

しばらく歩いて行くと、一つの酒場が見えてきた。

 

「『猫レンガ(カッテンツィーゲル)』――ツィーゲル横丁の入口です」

 

そう言われても、マティアスには意味がわからなかった。

なにせそこはただの酒場なのだ。

荘厳なゲートもなければ、杖や魔導書を売る店もない。

 

マティアスが考えるうちに、シュミットが店の中に入る。

クラウスに肩をポンポンと叩かれ、マティアスも中に入った。

 

店の中には、もう何人かの客がいた。

タバコをふかしてたり、朝っぱらからビールを飲んだりしていて、店主らしき人と話している人もいる。

どこにでもある酒場、どこにでもある日常だった。

 

「やぁ、ミュラーさん――今日もブロッケンですかい?」

 

店主らしき人が、こちらに話しかけてきた。

かなりの老齢で、「空襲を生き延びた」と言われてもおかしくない風貌である。

店主はミュラーに目を向けながら、器用にグラスを拭いていた。

 

「ええ、そうです」シュミットが答えた。

「そうかい、そうかい――いやはや、いい時代になりましたわ」店主は続ける。

シュタージ(あいつら)に『ただの酒場だ』って言ってたのが――」

「おい、またその話か?」ミュラーが言った。

「いやいや、考えてみろよ」すぐそばの客が割り込んだ。

「親父はツィーゲル横丁の魔法使いを、30年も守ってきたんだぜ? お前みたいな西の役人とは、格が違うんだよ」

「まあまあ」

 

シュミットが客をなだめる間に、ミュラーが言った。

 

「私達は先に行く。ゲート前で待ち合わせだ」

 

▽ ▽ ▽

 

マティアスとクラウスは、ミュラーに連れられて店の奥へと向かった。

店の奥には、ボロっちい木の扉があった。

開けても物置があるだけで、魔法の商店街はどこにも見えない。

 

「――ツィーゲル横丁は、もともと闇市だったんだ」

 

ミュラーの発言に、クラウスがうなった。

 

「そんなところに、息子を行かせるわけには――」

「闇市とはいえど、今は真っ当な市場です。それに闇市だった理由も、魔法シュタージから逃れるためですよ」

 

クラウスは黙った。

その間に、ミュラーは杖を取り出す。

折りたたみを解除し、扉の角をコツコツと叩く。

 

「見ててください」

 

ミュラーが最後にドアノブを叩くと、扉の先から光が漏れ出た。

 

「開けてください」

 

マティアスがドアを開けると、そこには石畳の通りが広がっていた。

両脇は店で埋まり、一本道の通りになっている。

――さっきまでただの物置だったそこは、魔法の通りになっていた。

 

「――ツィーゲル横丁へようこそ」

 

ミュラーは困惑とした表情のマティアスを見て、にっこりと笑った。




【あとがき】

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