岡崎いるかに選ばれたい   作:姉小路

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岡崎いるかに選ばれたい

 

『やったぁ!!』

 

短い髪をした少女がこちらに向けて笑みを浮かべている。

もう何年も昔、物心もついていない頃の記憶。

両親から幼い頃に北海道に行ったや海外へ行った等言われてもそんな事は全く思い出すことが出来ないがその瞬間だけは今でも鮮明に思い出せる。

初めて成功した跳躍に感情を爆発させたその表情は俺の全てを奪い去り今尚脳裏に焼き付いている。

 

 

 

 

 

「フィギュアスケート」は氷上で舞う優雅なスポーツだがその一方でかなり苛烈な戦いを強いられる競技でもある。

「フィギュアスケート」を知った人は美しい見た目とのギャップに驚く者も多いが案外そういった理想とのギャップのあるスポーツは少なくない。

だが目の前で舞う彼女の姿を見ると「フィギュアスケート」が一番熾烈なんじゃないかと思ってしまう。

 

プログラムを終え点数が発表されると会場が大歓声に包まれる。そんな状況に自分の事ではないが鼻高々になりながら席を立つ。走者はまだ残っているがあまり興味がない。一本連絡を入れパッパとその場を離れて食べそびれた昼食をとりに車を走らせた。

 

今や全国展開しているコメダ珈琲の発祥はココ名古屋が発祥の地となっている。他の子のことは分からないが高校時代結構な頻度で部活終わりに寄り道した記憶がある。

そんなコメダ珈琲で珈琲とカツサンドを頬張りながら速報を眺めているとメッセージに返信がくる。

 

『いま なにしてる?』

 

『コメダでカツサンド食べてる』

 

カツサンドの写真を添付して送信する。もうそろそろ行く時間かなと思いながらカツサンドを食べ進めていると数分も経たない間に怒涛の返信がやって来る。

 

『は?』

『勝手に何食ってんの?』

『こっちは死ぬ気で滑ってたんですけど?』

『何回目だよ』

『殺す』

『さっさと来て』

 

了解とだけ送り会計を済ませてやって来た道をそのまま戻り元いたスケートリンクへと向かう。

数時間ぶりに帰って来た会場はさっきいた時よりも人数が減っているような気がする。もう走者も終盤に入っているし特定の選手にしか興味のない俺みたいな人は帰っていったのだろう。

 

俺は観客席を眺めて目的の人を探す。今日は烏羽さんも参加しているから一緒にいるのではないかと思いキラキラした人を探していたが案外見つからない。仕方がないので呼んだ本人にどこにいるかメッセージで聞いてみる

 

『どこにいるの?』

 

『アンタの後ろ』

 

何を言っているんだと思いながら後ろを振り向くとそこにいたのはバチバチにピアスを空けた美しいよりもカッコいいが似合う容姿を女性、探していた人物だ。

 

「いるかちゃん!合流できて良かった」

 

隣には烏羽さんの姿はないので一人でここまで来たのだろう。道理で気付かなかったのだろうか?そんな事を考えたが一瞬で頭の中から消え去りただ会えたことに嬉しくなって近寄っていく。そうして小走りで近づくと手を掴まれてそのまま壁に叩きつけられ俺の顔の横に肘を起き壁ドンの状態に持っていかれる。

 

「ずっとアンタの後ろつけてたんだけどさ、何でダリアのことを探していたワケ?一人でご飯食べてたのはまだ良いけど流石にダリアのことは何で?」

 

顔と顔が触れ合いそうなぐらいの距離しかない状態で眼を合わせているこの状況に心臓が割れそうなぐらいドキドキするのに凄い剣幕で詰められている状況が心臓が止まってしまいそうなぐらい冷めている気がする。だが今は壁ドンされているこの状況も心臓の事も気にしている余裕はない。いるかちゃんの質問に誠意を持って返答する。

 

「烏羽さんを探してたのはいつもいるかちゃんが一緒にいるからだよ。彼女はデッカイリボンを付けてて目立つからね」

 

「....あっそ」

 

俺の言い分に納得してくれたのか腕をどかして自由にしてくれる。今までの経験が生きた感じだ、やっぱり嘘はつかなければつかないだけ良い。

 

いるかちゃんに手を取られ横を歩きながらさっきの壁ドンについて思い出す。俺といるかちゃんの身長差は多分だけど20cmぐらい、そんな自分より小さい子に壁ドンされてしまった。年下でもある事実は長年一緒にいるからか気にならない。だけどどうしても自分より小さいしかも女の子に壁ドンされた事実に心臓がドキドキする。いつか絶対やり返してやると思いながら隣のいるかちゃんを見ると自然にニヤリと笑みが浮かんだ。

 

「今日このあと何か食べ行く?」

 

「行かない」

 

「じゃぁ誠二先生と二人で焼肉行ってくる」

 

「そんな報告いちいち私にすんな」

 

でも一週間ぐらい前にに内緒で誠二先生と二人で寿司行ったときは凄い怒ってたじゃん、と言いたくなるが暫定1位に君臨している彼女は他の選手に追い上げられる現状にプレッシャーを感じておりそのストレスで当たりやすい俺に強く当たっているのだろうと勝手に納得し言葉を引っ込める。

 

「何その顔?絶対バカにしてるでしょ」

 

「イエイエソンナコトナイヨ」

 

温かい視線を彼女に送っているとそれを感じ取ったのか言い当てられる。謝るからいるかちゃん耳引っ張るの止めて、メッチャ痛い。

 

他選手の滑走が始まってからは2人して静かに見ていた。スケートを俺は幼い頃に少しやってただけなのでジャンプやステップの種類や難易度は分かるがPCSを始めとした細かい所まではあんまり分かっていない。だから岡崎いるかの隣に座りながらもそこら辺の人と同じぐらいの反応しかできない。こうして隣で座っている彼女の表情を見ても何を感じたのかあんまり分からない。きっと烏羽さんの方が理解できるのだろう。

 

少し感傷に浸っているとあっという間に進んでいきいるかちゃんも誠二先生のとこに行ってしまった。この大会での優勝は前評判通りいるかちゃんだった。表彰台に立つ姿は何度も見てきたけどいつ見ても心にくるものだ。

 

「サチ家まで送って」

 

「え、俺誠二先生と焼肉行くんだけど」

 

「まぁ俺のことは最悪忘れていいからいるかを家まで送ってくれないか?」

 

五里誠二先生、ガタイがよく体育教師のような風貌をしているがいるかちゃんのコーチだ。優しい人で昔から良くしてもらっている頼れる大人だ。俺も一瞬教えてもらった事があったので誠二先生と勝手に今でも呼んでいる。

 

「なんか嫌なことでもあった?」

 

「別に」

 

「けど何か怒ってんじゃん」

 

「別に怒ってなんかない」

 

一通りの言い合いをしてこれ以上聞いても無駄だなと思い無言で運転する。人によっては沈黙に耐えられないという人がいるが俺は嫌いじゃない。いるかちゃんはイヤホンをして音楽を聴いているからどう感じているかは分からない。

 

彼女の生活する五里邸に到着した。時間帯が時間帯だったので渋滞にハマるかと思ったがスルスルと道を進み予想よりずっと早い到着となった。彼女の荷物を家まで運び込みまた連絡するねと別れの挨拶をして去ろうとすると腕を掴まれて歩みを止められた。

 

「ゴメン、今日ダリアの名前がサチの口から出てまた私から人が離れていくのかと思った。勝手に嫉妬して強く当たったゴメン」

 

あぁそういう事か。いるかちゃんに向き合って目線を合わせるために少ししゃがむ。

 

「大丈夫だよいるかちゃん。俺はいるかちゃんに強く当たられても平気だしなんならもっと雑に使ってくれても良いと思う。俺の心の機微なんて気にしなくたって良い。あの日からずっと俺はいるかちゃんの近くにいれることが幸せだから」

 

一通り言いたいことが言えたのでコレで少しでも安心いてくれると良いなと思って彼女の整った顔を眺めていると少し俺を蔑む様な眼をしている気がする。

 

「え!?俺なんかおかしいこと言った?」

 

「いや普通に真顔でそんなクサいセリフをよく言えるよねって。聞いてるこっちが恥ずかしくなった」

 

「本心で言ったのにそんなに?」

 

「本心なら尚更恥ずい」

 

そう言って笑った顔を見せてくれるいるかちゃんはもう大丈夫そうだ。改めて別れの挨拶をして誠二先生との約束の店へと車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の存在はいるかちゃんの事を絶対に弱くしている。初めてそう言われたのはいるかちゃんが中学に上がった時だ。ノービスで光選手が台頭し始めてからは徐々に直接言われるようになり始めた。誠二先生は気にするなと言ってくれていたが俺は正しいと思っているので否定した事は一度もない。果たして許されるのはあとどのぐらいの間だろうか?彼女がメダリストになるまでは贅沢多すぎなのかもしれない。けれどもし許されるのであれば一生彼女の事を一番近くで見届けていたい。

 

許されないなら俺は岡崎いるかの全てを自分の物にしたい。トラウマも両親も先生も全部全部全部全部捨てて最後にはアイデンティティの「フィギュアスケート」をも捨てて俺だけを選んで欲しい。この感情は恋愛感情と言うにはあまりにも黒く濁ってしまっている。それでも俺、斯波沙地は全てを捨てた岡崎いるかに選ばれたい。

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