全日本ノービスが始まった。別に興味は無いのだがいるかちゃんに見てと言われたから見る事にした。会場まで行くのは面倒だしお金を出す気にもなれなかったので家でベッドに寝転がりながらスマホで見ている。
俺よりも小さい子達が重圧に耐えながら挑戦している所を見ると素直に応援したくなるが時々そんな感情が微塵も湧いてこない子も中にはいる。練習のときから分かっていたが狼嵜光だけは明らかに別格だ。途中まで1番だった子も中々印象的だったがそれが簡単に霞んでしまう程度には凄かった。慎一郎先生の家に行った時に数回だけ話したことがあるけど眼が怖いし苦手意識しかない。携帯の裏にある傷を見ながら過去を思い出しているといるかちゃんから連絡が入る。
『ちゃんと見てる?』
『光選手凄いね。普通にビックリした』
『見てるならいい。見て欲しいのは次のグループだから』
『前言ってた実叶ちゃんの妹だっけ?』
大正解と書かれた文字を抱える犬のスタンプがいるかちゃんから送られてくる。烏羽さんたちと一緒にいるらしい彼女は結束いのりの演技を俺に見て欲しいらしい。何か特別な意図があるのかそれとも共通の話題にしたいのか、どっちかと聞かれたら恐らく後者だろうが理由関係なく真剣に見るつもりでいる。
本番前の練習が行われている間にキッチンに行き昼飯に丁度いいものが無いか探す。パスタに袋麺、冷凍食品に昨日の残りのカレーと何でも選べるがどうも食指が動かない。そう思い冷蔵庫を漁っていると後ろから声をかけられる。
「そんな漁ってどうしたの沙地?」
「何かお腹を満たせるもの無いかなって」
振り返ると買い物から帰ってきたのか両手にレジ袋を持つ母親がいた。毎日少しずつ買い物に行けばいいのに相変わらず大量の食品を買い込んでいる。
「昨日のカレーでも食べれば良いんじゃないの?」
「なんか気分じゃ無いんだよね」
「そう?なら私がもらおうかしら」
何か良いものを買って来てくれてないかと思い母に代わって食品を冷蔵庫にしまう。人参や白菜、豚肉と色々な食品があるなかでこれといった物は思い浮かばない。もうすぐ始まっちゃうだろうしヨーグルトでいっかと思い冷蔵庫から取り出し自室に戻ろうとする。
「そういえば最近いるかちゃん全然来てないけど次はいつ来てくれるの?お母さん会いたいのだけど」
「来月はイタリア行っちゃうしそれが終わったあとぐらいじゃない?てか俺に聞かなくても母さん連絡先交換してるし直接聞きなよ」
「直接聞くのはちょっとはしたなくない?」
「いるかちゃんは気にしないと思うけど」
部屋に戻る前に引き止められているかちゃんの予定を聞かれる。確かに最近来てもらっていなかったし今度来ないか聞いてみようかな。次会ったら聞いとくねと母に告げ今度こそ部屋に戻る。
座ってヨーグルトを食べながら観戦するためにノートパソコンを開く。既に再開していたが結束いのりの滑走はまだ始まって無いようなので一安心する。なんとなく見ていると光選手の後の子たちよりもミスが少ない気がする。画面越しだと分からなかったがやっぱり会場だと凄いプレッシャーを感じたのだろうか。可哀想にも思えるが運も実力のうちとも言うし割り切るしか無いんだろう。
「この子が例の…」
そんな感想を抱きながら数人の滑走を見終えると結束いのりが出てくる。初めて見たが何となく顔に昔の結束実叶の雰囲気を感じる。音楽が始まって滑り始める。画面越しだと小6よりも幼く見えたが滑りは華奢なのに力強く感じる。助走に入ったのでどんなジャンプが来るのか注目する。3回転アクセルとかだと盛り上がりそうだなと思い見守っているうちに飛んだ。
「うわ四回転」
十分高く飛び回転も十分、ドキドキする間もなく着氷し思わず声が出てしまった。今のところこの大会で四回転を跳んだのは光選手だけ、もしかすると結束いのりなら勝てるかもしれないと会場中で思っているんだろうな。
そのままプログラムが続きすぐに2回目のジャンプ、何を跳ぶのかと期待していると連続で四回転を跳んだ。二連続での4回転に会場は盛り上がっているんだろうなと思いながら見る。今のはサルコウなのかループなのか流しで見てたから分からなかったけど勝つための選択だろうしきっと勝てる構成になってるんだろうな。
このまま行けば光選手に勝てるのかもしれない。きっと会場中の誰もがそう思い3回目のジャンプに期待しているのだろう。そうして迎えるジャンプ、着氷に失敗してしまった。その後すぐに笑顔で滑っていたが内心は悔しいだろうな。そうして滑りきった彼女は光選手には届かなかった。
『惜しかったね彼女』
『色々あるけどまぁ3回転ルッツを跳べなかかったのが決定的だった』
『四回転跳んだときは運を味方にしたと思ったけどな』
『私はそうは思えなかったけど』
『そう?』
終わってすぐいるかちゃんと連絡を取り合う。感想を言うがいるかちゃんとは違った見方だったらしい。俺は光選手に勝てると思って見てたんだけど選手からしたらそうでも無かったのかな。あんまり進まなかったヨーグルトを食べながら連絡を取り合う。
『なんか今日のを見たらいるかちゃんの滑る所を凄い見たくなった。今度のジュニア大会は会場まで絶対見に行くから』
『来たら絶対忘れられない記憶にするから』
少しスケートに対する意欲が出てきたので11月にあるジュニア大会が楽しみになる。烏羽さんもいるし紅熊さんもいるので見応えはあるだろう。まぁいるかちゃんが優勝するんだけど。とにかく今日のお陰で来月が楽しみになったから見ようと言ってくれたいるかちゃんに感謝である。