正月を京都で過ごすのは幼い頃からの恒例だが楽しいと思った事は全20回のうち一度もない。いるかちゃんと会えないのもそうだし無駄に格式ばった行事に参加する必要があるからだ。今日だって三ヶ日なのにわざわざ着物を来て大きなお屋敷までやって来ている。一度でいいから寝正月を過ごしたい。
「おーおー相変わらずしけた顔してんねぇ」
「お久しぶりです紅熊さん。そちらこそ相変わらずお元気そうで何より」
集まりの格付けし合う空気感が嫌になったので隙を伺って外に出ると声をかけられた。この集まりに似つかわしくない明るい雰囲気を放つお団子を2つ付けた女性だ。幼い頃から関わりのある紅熊寧々子だ、いるかちゃんと出会うより前の集まりが初対面だったので付き合いの長さだけで言えばいるかちゃんよりも長い。
「何度も言ってますけど俺なんかに構わないで良いですって。紅熊さんにとってもっと有意義な事があるでしょ」
「なら紅熊さんなんて他人行儀な呼び方じゃなくて昔みたいにネネちゃんって呼べよぉ」
「それは流石に無理です。それにあの時はきっと気が狂ってたんですよ」
「ヒドイ!なんでじゃ!!あんなに一緒に遊んだのに!!!」
「マジな話いるかちゃんが怖いんで嫌です。前に烏羽さんの事を名前で呼んだら一週間ぐらい口聞いて貰えなかったんでホントに無理です」
「しけた顔だけじゃなくて岡崎への愛も相変わらずだな」
「筋金入りなんで早々変わらないですよ」
紅熊さんは今日は着物を着ているがいるかちゃんと同じジュニア世代のトップ選手だ。なので勿論いるかちゃんとも面識がある。当時紅熊さんの岡崎いるかという人間のイメージが俺からの知識だけで構成されていた。なので初めているかちゃんと会ったとき話に聞いていた人物像と違いすぎてビビったらしい。回を重ねるごとイメージに近づいているらしいが初対面のとき刺々しさは忘れられないと言っていた。
「そんだけ仲が良いならクリスマスも岡崎と過ごしたのか。羨ましいもんだよ」
「そんなの当たり前ですよ。俺の眼にはいるかちゃんしか写って無いんだから」
「毎度のことだけどよく真顔でそんなこと言えるよね。」
「恥ずかしがる事なんて何一つも無いんでね。まぁいるかちゃんの笑顔を直接食らったりしたら動揺しますよ」
「へー全然想像つかないや」
俺の言葉に雑な返事をする紅熊さん。多分俺がいるかちゃんにデレる話はあんまり興味がなかったんだろうな、申し訳ないとは思うが自語りさせる隙を少しでも与えた紅熊さんが悪い。
「気分転換もできたし早めに戻りますか」
「そうだそうだ誰かに気づかれたら雷を落とされてしまうからな。早く戻ろう」
誰にもバレない様にこっそりと抜け出してきたので見つかったらやばい。しかも年頃の娘と一緒にいるなんて変な疑いをかけられかねない、それだけは嫌なので急ぎ足で来た道を戻る。
「よし誰にも見つからなかったな沙地」
「勘違いされたら困るからホントに良かったです」
「なんだとぉ」
堂々と正面の入り口から行ったら何も言われること無く入ることが出来た。正直紅熊さんも一緒だったし何か言われると思って言い訳を考えていたが無駄だった。後ろでプリプリ怒っている紅熊さんを放置して両親を探す。
「やぁ久しぶりだね沙地くん」
「沙地くんは凄いわねぇ元日本代表だなんて」
「沙地さんは婚約者はいるかしら?家の娘とかどう?」
「アイツサッカーだけが取り柄なのに辞めたんだって…」
広い会場内を少しの間歩いているだけでこれだけで話しかけられる。殆どの奴が俺じゃなくて家の財産を見ているのが透けているのが気持ち悪い。まぁ直接話しかけて来るだけマシで聞こえるように陰口を言われるのが一番面倒くさい。何かこちらからアクションを取ることが難しいのがたちが悪い。俺が動いたら被害者面するのは今までの経験上分かっているので無視するのが一番だ。
「父さんもう帰っていい?」
「駄目だ、最後までいなさい。将来のために必要だと分かっているだろう沙地。いるかちゃんの為だと思えば苦ではないだろう?」
「そんなの分かってるよ。聞いてみただけだから」
何とか両親を見つけ出したので一応帰っても良いか聞いてみるが許されなかった。今日の集まりはコネを広げるのに大事な会なのは分かっているつもりなので変にゴネたりせずに居残った。
『やっと終わった。紅熊さんにも会ったよ』
『正月なのに大変だよね。寧々子はなんか言ってた?』
『相変わらず仲いいねって褒めてたよ』
集まりが終わって一息つける状態になったのでいるかちゃんと連絡を取る。着物から着替えないといけないのに優先してしまっている。何ともないメッセージのやり取りだがこれだけで心が癒やされる。
『早くいるかちゃんに会いたい』
『こっちに帰ってきたら初詣行こ』
『いく』
明日も朝から神社に行って儀式に参加しないといけない。なので早めに寝る必要があるのだがやり取りに熱中してしまう。恵まれた身分であることは自覚しているけどいるかちゃんと一時も離れず一緒にいたいなと思った。