タイトル未定   作:Ray May

1 / 1
introduction①

 

 

 

 

 

『リュート、お前はクビだ!』

 

 

 

 

 

 男は海を漂っている。

 

『いつも後ろでコソコソやってるヤツなんざ、S級ギルドには要らねぇんだよ』……

 

 言うまでもなく、それは記憶の海である。

 

『考え直せ███、リュートはいつも我々の役に』……

 

 流れのままに漂う中で、いくつもの記憶が浮かんでは消えていく。

 

『無理だよ██████、アイツは言っても聞かないんだからさ』……

 

 栄光から挫折。天国から地獄。

 

『あぁぁぁごめんなさいごめんなさいごめんなさい、わたしがもっと、もっとしっかりしていればぁ』……

 

 胸を突き刺し蝕む、煩悶と懊悩の記憶。

 

『救いようがないですね』……

 

 二度と見たくもないものでさえ、容赦なく彼の頭を侵して止まなかった。

 

『解散じゃ、

 

 

 

 ████は、今日で解散じゃ』……

 

 

 

「……」

 

 男は海を漂っている。

 

 水を打つような声を最後に、水底へと沈んでいく。

 

 意識は混濁し、視界が暗転する。

 

 

 

最後に聞こえるのは、囁くようなさざ波の音だけである。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 酒場に通じるスイングドアを開けると、相変わらずの暴力的な喧騒が、あたしを乱暴に歓迎していた。

 見慣れた面子が酒瓶を煽り、つまみを突き、有り触れた世間話で盛り上がる。目の前の馬鹿騒ぎに夢中な彼らは、ちっぽけなあたしの存在になんて気付いてすらいない。

 ――いつも通りで何よりよ。心の中で毒づいて、足をクエストカウンターへと向ける。

 

「――あぁ、どうも。お疲れ様です」

 

 受付嬢の柔らかい眼差しが、眼鏡の奥から優しく向けられる。うん、とそれに短く返事をする。

 

依頼(クエスト)の報告ですね。お怪我はありませんでしたか?」

「ん」

「何よりです。では、依頼品をご提示ください」

 

 手のひらサイズの麻袋を懐から取り出して、カウンターの上に置く。失礼します、とひと言告げて、彼女はその中身を検め始めるけれど、しかしこの古典的な方法をいつまで続けるつもりなんだろうか。もっと効率的なやり方は、他にいくらでもありそうなもんだけど。

 

「はい、問題ないですね」

 

 あたしの疑問もいざ知らず、受付嬢は微笑む。そのまま麻袋は背後の棚へ。代わりに手に持ってくるのは、渡したものとはまた別の麻袋だ。

 

「報酬になります。お疲れ様でした」

「ん」

 

 それを受け取って、そのまま隣のカウンター席に移動する。一息吐いてフードを取り去ると、母親譲りの、クセのある赤黒い毛が揺れた。何も手を加えなければ、目元に掛かるくらいには伸びた前髪……そろそろ整えてもいいかもしれない。今度こそ、そこら辺の美容室にでもお願いしてみようかな……

 

「――おぉぉいッ!! マスタァー!!」

 

 その時――酒場の喧騒に負けないくらいの大声が、カウンター席の隅の方から聞こえてきていた。

 ここに来るのが初めての人なら、一体何事かと驚くことだろう。けどあたしは――『あたしたち』にとっては、もはや慣れたものだ。ジトっと瞳が湿るのを自覚しながら、ちらとそちらへ目を向ける。

 

「もぉ一杯、追加で持ってこぉぉーいッ!!」

「おいおい……あんたいくらなんでも飲み過ぎだって。いくら金あるからって……」

「あァん!? 俺がぁ、俺のカネでいくら呑もうがぁ、俺の勝手だろぉがぁ!!」

「そうかもしんねぇけどなぁ……」

 

 ……うわぁ。

 今日もいるんだ……あの『鎧の男』。

 短い金髪に無精ひげ。薄汚れた鎧に酒気を帯びた顔。誰がどう見てもそれとわかるくらいの、典型的な『酔っ払い』。今やこの酒場名物と化した彼は、今日も今日とて、『豪快に』酒を呷っているようである。

 

 彼と関わったことのないあたしには、当然彼の身の上など知らない。けれど毎日のように酒を浴びれる生活は、度を越し過ぎて想像に難くないってもんだ。

 いい御身分なことで――皮肉たっぷりに考えながら、手元の呼び鈴を鳴らす。

 

 対応に追われていたマスターがこちらに振り向き、歩み寄ってくる。その表情は、救いの女神でも見たかのようだった。

 

「おぉナーシャ。精が出るな」

「うん……あのさ。いい加減出禁にでもした方が良くない? アレ」

「そりゃあ無理な相談だ。これも客商売の常ってな」

 

 それもそうか。彼は特別暴れ回っているわけでもなければ、タダ酒を喰っているわけでもない。無理矢理追い出すのは無理筋だ。

 ならば『いつものように』、正当に追い出せるタイミングを待つしかない。

 

()()()()でいいか?」

「あ。うん。お願い」

 

 マスターの言葉に返すと、彼は手早く準備をする。少しの待ち時間の後、出てきたのは、あまり大きくはないサンドイッチのセットだ。

 量はあまり多いとは言えないけれど、あたしにとっては、この上ないご馳走。目が輝く――のを必死に引っ込めながら、ぼそりと呟く。

 

「……いただきます」

 

 食器で小さく切り分けながら口に運ぶ。周囲に満ちる喧騒が、いやに大きく聞こえる。半分くらいまで食べ進めたところで、目の前に立つマスターが息を吸ったのが分かった。

 

「ナーシャ、」

「ん」

「お前さん、育ち盛りだろうし……もう少し食うもん食った方がいいんじゃねぇか?」

「余計なお世話よ」

 

 確かに少量だし、栄養バランス的にも良好とは言えない。あたしの今の年齢を考えれば、もっと量を摂るべきだと思う。でも――そもそもの『容量』が多くなければ、求めるものは詰め込めない。

 

「あたしは、これで十分なの」

 

 あたしは、少食なのだ。

 

「ん~……」

 

 でもマスターは、あたしの返事に納得がいかないみたいだ。難しそうに唸ると、

 

「そうは言ってもなぁ……」

 

 と、更に言葉を続けようとした。

 

「――いやっ! おやっさんの言う通りだ!!」

 

 その時だった。聞き慣れない男の声が、突然そこに飛び込んできたのは。

 

 え、とあたしが反応するより早く、隣に誰かが押しかけてくる。それは見慣れない青年。年齢もそんなに離れていなさそうな、逆立った赤髪の特徴的な男だった。

 高そうには見えないが、しっかりと鎧を着こんでいる辺り――『勇者』であることは、一目でわかった。

 

「あんたにも色々事情あるんだろうが、身体は資本だ! それで病気にでもなっちまったら、元も子もないぜ!」

「……誰よアンタ」

「おっと! オレとしたことが! 自己紹介を忘れちまってたぜ!」

 

 ()()()()、な挙動で応じる青年。その大袈裟な動作は、人によってはいいウケをもらえたろうが、生憎とあたしの印象はあまりいいものじゃない。

 ――なんだコイツ。率直に言えばそれだった。

 

「俺はエドガーっつーんだ! こっちのエルヴィンと……ここにはいねぇけど、あと一人の三人でギルドを組んでる」

「……」

 

 ご丁寧に、そのもう一人――エルヴィンとやらが、彼――エドガーの傍に姿を現す。ターバンみたいな帽子に金髪、尖った耳――エルフか。コイツと違って、割と聡明そうに見えるけど。

 だからといって、あたしが信用するかどうかとは別問題だ。

 

「……そのギルドの二人が、一体何の用?」

 

 問いかけると、エドガーは、いやぁ、と恥ずかしそうに後頭部を掻いた。

 

「実はな……割の良さそうな依頼を見つけたはいいんだが、受けるには人数が足りなくてなぁ……」

「別に……受注人数に下限はないでしょ。勝手に受けたらいいじゃない」

「いやいや! 依頼はいつ、何が起きるかわかんねーんだぞ!? 『規定人数』は満たすに越したことねーだろ!」

 

 コイツの理論はわからないでもないけど。ならすっぱり諦めればいいだけの話では。それとあたしの小食っぷりに、一体どんな関係があるっていうのか。

 

「アリもアリ! 大アリだろ! 節制するんなら、まず食費から削るのが常だからな!」

 

 あたしの疑問に、彼は答えながら依頼票を差し出すことで応じる。言うまでもなく、彼の言う『割のいい依頼』というやつだろう。半信半疑で受け取ったそれの内容は……どうやら、『ゴブリン集団』の撃退。

 近場の洞窟に巣食っているゴブリンを追い払え……とのことで。それ自体はあまり難しそうには思えない――にも関わらず。

 

「……!」

 

 報酬額に、思わず目を見開いた。うそ――ゴブリンと言えば、魔物の中でも最下位レベルの魔物のはずなのに。

 この額――相場の二、三倍は高いじゃない!

 

「な、」

 

 口から漏れた声は、困惑に塗れていた。

 

「何かの間違いじゃないの? こんな額……」

「ところがどっこい、マジなんだなこれが。なんでもそこが、依頼人にとっての憩いの場所? だか思い出の場所? だかでな。何としてでも、一刻も早く追っ払いたいって話らしい」

 

 信じ難い話だけれど、依頼というのは、『協会』の何重もの確認と精査で受領されるものだ。依頼票にもちゃんと押印がされているし……まぁ、間違いがない、とは言い切れないけれど、信用に足るのは『間違いない』。

 ってことは……本気でこの額で、あたしたちに依頼を……

 

「もちろん、外部の人に協力させるんだ。報酬は弾むぜ」

 

 畳み掛けるみたいに、エドガーは言う。

 

「報酬は山分けになるけどな。あんたの取り分は……全体の5割、でどうだ!」

「――!」

 

 ――思わず立ち上がる。

 彼の発言のひとつひとつが、確実に信用のおけるものとは確信出来ない。

 それでも、毎日の生活に困窮するあたしにとって、彼の提案は、大変に魅力的だった。

 依頼する側が取り分を遠慮するのは、別に奇妙なことではないけれど――

 ――半分。この少なくない報酬を、それだけ。しかも一人ではなく、仲間がいる任務でもらえるなら……

 

 ……正直、ここまで旨い話もない。

 

「あんた、魔導士だろ?」

 

 彼は続ける。

 

「これでうちは『近距離職』が一人、『遠距離職』が一人、『全距離職』が一人だ。バランスもちょうどいいし……」

 

 彼の視線がこちらに向く。にやり、とちょっと悪者っぽい笑みが口元に灯った。

 

「やる気満々みたいだし、問題はねぇな!」

「……うっさいわね」

「じゃあ決まりだな!」

 

 ぱん、とエドガーは手を叩く。早速、出立と行くらしい――あたしは依頼票をエドガーに返した。

 

「そんじゃ、改めて」

 

 彼は、あたしに手を差し出す。

 

「短い間になるだろうけど、くれぐれも――」

 

 よろしくな――と、続くはずだったろう彼の言葉は。

 

「――ちょっと、」

 

 盛大な邪魔によって、遮られていた。

 

「待ったぁぁぁぁぁッ!!」

 

 がしゃーん、ごろごろ、どてーんっ!

 ……擬音で表現するなら、そんな感じだろうか。

 創作のように荒々しく、コミカルに、そして突然に、その場に割り込んできたのは――アルコールの匂いを纏った大柄な男。

 金髪に、薄汚れた鎧。わかりやすい見てくれを、見間違えるはずもない。

 

「……!」

 

 それは間違いなく。

間違いなく、あたしの正反対の位置、カウンター席の隅で酔い潰れていた、例の男。

 あの、飲んだくれだった。

 

「――んなっ」

 

 一瞬の静寂――

 締結した契約書を破かれたように、しばし硬直していたエドガーは、ハッと我に返ると、床に倒れ伏した男を見て言った。

 

「なんだこのおっさん!? いきなり何――ってクサッ! 臭すぎだろあんた何杯飲んでんだ、臭いで人殺す気か!?」

「お前らぁ、黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがってぇ~~……」

「せめてちゃんと立ち上がってから言えっての! つーか呂律もろくに回ってねぇし! せめて一杯水飲め! ほら!」

「うぷっ……」

「吐くな!! えずくな! 邪魔するつもりなら他所行け他所!!」

「……」

 

 ――何この状況。さっきまでの空気が嘘みたいだ。

 一応、さぁ行くぞ、って気を引き締めたつもりだったんだけど。酔っ払いに間に入りこまれたんじゃあ、エドガーの方も面子丸潰れに……

 

「こんな、こんななぁ……!!」

 

 嘔吐は避けたものの、依然として足元も覚束ない状態で、男は話を続ける。

 

「幼気な女の子にぃ、寄ってたかってアブねー取引持ちかけるなんざ、勇者の名が廃れるってもんだぜぇ~~~??」

「いや……こんな昼前から飲んでる奴に言われたくねーんだけど」

「俺も!! 一緒に行くっ!!」

 

 ――再び、一瞬の静寂。

 あたしたち三人とも、ぽかん、と呆然とするけれど、何とか言葉を理解したらしいエドガーが、ぎょっと目をひん剥いていた。

 

「は――はぁ!? あんたも!? いや、っつーか別に頼んでねーっつーの!! 俺たちの分け前が減っちまうじゃねぇか!!」

「ワケマエ? なんだそりゃ新種の魔物かぁ? そんなら任せろ! この俺が、ぜぇんぶぶっ倒してやるからよぉ!」

「魔物じゃねぇ! ルールの話だルールの話!! 人数増えたらその分もらえる金も減るんだぞ! お前、それだけちゃんと働けんのか!?」

「モラエル……あぁあの辺境の国かぁ!! あそこはいい国だったよなぁ、田舎だけど穏やかで、飯がうまくてなぁ!!」

「んな名前の国ねぇよ!! わかった、わかったからまず水飲んで来い! このままじゃまともに話も出来ねぇだろ! なぁ!」

「――うぷっ」

「定期的にえずくなっ!! 外行けっての外!! あぁクソ、これだから酔っ払いの相手は……!!」

「……エド」

 

 埒が明かない会話の最中――冷静な声は、エルヴィンによるもの。

 振り返ったエドガーは、何やら小声で話し合いをする。それを見て、地に足が着き、ぞわっと忘れ去ったはずの感覚が蘇る。

 

 ――なんか。

 バシバシ、嫌な予感がする……

 

「――オッケイ、わかった」

 

 でもどうやら、事態は既に断れる地点を逸してしまったようだった。

 

「オッサン、アンタの同行も認めてやる!」

「え……いいの?」

「おう。取り分が減っても仕方ねぇ、それだけ楽に仕事出来るって考えようぜ」

 

 それとも、考える時間さえ無駄と思ったか。

 再度ひとつ、拍手をしたエドガーは、気を取り直して……と、あたしたちを一瞥した。

 

「そういうわけだ、お二人さん! 至らねぇこともあるだろうが、依頼の達成目指して、頑張ろうぜ!」

 

 改めて、差し出される手。

 

「よろしくな!」

「……」

 

 一瞬、躊躇い――

 でも、今更逃げるのも無理だと、あたしも覚悟を決めた。

 

「……よろしく」

 

 挨拶もほどほどに――

 薄っぺらそうな鎧に包まれた手を、軽く握った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。