機動する世界の狭間で:A Robot Meets a Girl Across Variable Worlds   作:るろうに2025

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ep.4-1 Buddy

「離せ!俺に触れるな!」

 

 優月に連れられるまま医務室に足を踏み入れた途端、若い男の怒声が耳をつんざいた。怒りというより、追い詰められた獣の悲鳴に近いまでの興奮ぶりに、少し恐怖すら感じる。

 

 室内では、複数の白衣姿のスタッフが忙しなく往来していた。その中のひとり、茶封筒を脇に抱えた女が、私たちに気がついた。女は優月を一瞥し、軽く腰を曲げる。

 

「ああ、聖堂さん!それに橘さん!来てくれましたか。少し手こずってまして」

「何事かしら?」

「それが、さっき件の男が覚醒したんですが、拘束具を外せと暴れ始めまして……」

 

 女は壁に埋め込まれたセンサーに職員証を当てた。ピピッという音が鳴り、白の扉が重々しく開く。

 

 その瞬間に目に飛び込んだもの。それは、落ち着いた紫色の髪の青年とそれを取り押さえるスタッフの姿だった。金属製のベッド柵と青年の手足がひっきりなしにぶつかり合い、服とシーツや布団が擦れる音が聞こえる。

 

 ――しかし。

 

 青年は、ふいにこちらを見た。

 

 私を視界に捉えた途端、暴れていた身体が、まるで糸を断たれた人形のように静止する。

 

 不思議な時間が流れた。私たちも彼もなにかを口に出すこともなく、身動きひとつしなかった。

 

 だが、そんな膠着状態は彼の一言で崩れた。

 

「お前か」

 

 青年は私を鋭く指さした。白衣の群れが急に開け、彼の全身が見える。左胸に紋章のようなものを携えた黒いローブの袖が、ベッドから垂れる。

 

「お前が我が魔物を倒した、白き操者か」

 

 その言葉に、胸の奥が微かに震えた。

 

「あなたは……ラグール……」

 

 考えるよりも早く、その名が口をついて出る。

 

「お前……なぜその名を知っている」

「教えてもらったんです……あなたの仲間から」

 

 青年は私の目をじっと見据える。私の実力を測るみたいに。

 

「そうか、アイツも退けたのか。大した操者だ」

 

 一拍置いて、口元にわずかな笑みが浮かぶ。その表情には、どこか威圧感があった。

 

「ならば……いいことを教えてやろう。これはまだ第1段階にすぎない。我々の攻撃はまだ……いや、より一層苛烈になるだろう。生き残りたくば……」

 

 青年の言葉が唐突に途切れる。青年は背を起こし、再び強い眼光を私に向けた。なにかを確かめるように、探るように見つめている。

 

「ひ……め……?」

 

 ――ひめ?

 

 思いもよらぬ言葉に、思考が一瞬、真白になる。青年の口元がわずかに震える。

 

「お前が……あなたが……そうだった……のか……」

 

 言葉は次第に掠れ、息に溶けるように途切れていく。

 

 その声音には、敵意でも威圧でもない、別の感情――畏れにも、確信にも似た色が混じっていた。

 

「血圧低下!」

 

 医療スタッフが再び彼を取り囲む。医療機器が次々と接続し直され、場の緊張感が高まる。

 

 ――いまのは、なんだったの?

 

 私の頭の中で、答えのない疑問が波風を立てた。

 

 

 

「今日はありがとう〜」

「私こそありがとうだよ、いろいろ教えてくれて」

 

 来た時から一転して人気の少ないエントランスに、鈴を転がすような声が響く。優月は深く腰を曲げ、1日分の感謝をその姿勢に詰め込んだ。帰宅用のワンボックスカーの窓に、レモンイエローの髪が映り込む。

 

「ユズは帰らないの?」

「わたし?わたしはこの近くに住んでるの」

「へえ、そうなんだ」

 

 私の手を優月がぎゅっと握る。

 

「わたしさぁ、今日がずっと楽しみだったんだよねぇ。ずーっとひとりで戦ってきたから……」

「ユズ……」

 

 私が名前を呼ぶと、優月は強く首を横に振った。

 

「あっ、でもそんなに苦しくはなかったよ?これまでも楽しいこといーっぱいあったし、iARTSの人たちもみんな親切だし……」

 

 優月がアハハと小さく笑ってみせる。どことなく、空元気のような、軽い笑い。

 

 ――やっぱり、無理してる。

 

 胸の奥に、確信めいた思いが静かに沈んでいく。

 

 私だって、戦ってる時は不安だった。怖かった。

 

 ならば、優月の恐怖心は、孤独感はそれ以上だったのだろう。

 

「それじゃあ、またこん……」

「ユズ!」

 

 私は意を決して声を張り上げた。優月が目を丸くする。

 

「な、なぁに?」

「私のうち……来てもいいよ。学校にも来てもいい。私、もっとユズと話したい……!」

 

 やがて、優月の瞳に、そっと光が滲んだ。

 

 こぼれそうで、必死に堪えているような、小さな涙だった。

 

「……うん!分かった!」

 

 優月の声には、言葉では抱えきれない喜びが満ちていた。

 

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