機動する世界の狭間で:A Robot Meets a Girl Across Variable Worlds   作:るろうに2025

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ep.11-3 Kyoko

「ただいまぁ、春翔」

「お姉ちゃん!おかえり!」

 

 2日ぶりに家の戸を開けると、いつもと変わらない調子の弟が出迎えた。寂しさと嬉しさが表情に滲んでいる。

 

「昨日はごめんね、バイトが忙しくって」

「ううん!気にしないでよ」

 

 弟の声が狭い部屋の中で跳ねる。少し無理をしているような気がした。

 

「僕もお姉ちゃんのためならなんでもする!」

「ふふっ。頼もしいね、春翔は。でも大丈夫だよ」

 

 ――いつのまにか、大きくなったなあ。

 

 そんなことを思った。私と同じで、きっと春翔も無理して生きてきたんだろう。

 

 私はふと仏壇に目線を送った。写真の父さんと母さんは、いつだってニコニコ笑みを浮かべている。

 

 私たちの両親は、いたって普通の人間だった。2人とも東京都心の出版会社で働き、ひょんなことから社内結婚すると、そのまま私たちを産んだ。

 

 給料も普通、生活も普通。どこにでもいそうで、実はいなさそうな、絵に描いたような平均的な家庭だった。会社から東京タワーがよく見えるということで、よくタワーに連れていってもらっていた。

 

 そんな両親が亡くなったのは、私が小学6年、春翔が1年だった頃、まだ徐々に暑さが増してきた5月のことだ。

 

 いつも通り学校から帰宅し、家で2人して春翔の好きなアニメを観ていた。少し子供っぽかったけど、春翔が楽しそうに観ていたから私も付き合っていた。

 

 電話が鳴ったのは、確かその時だったと思う。私のスマホに見慣れない番号が表示されていた。取ると、警察からの電話だった。

 

 父さんと母さんが車の爆発事故に巻き込まれて亡くなった。即死だったという。

 

 私は泣いた。スマホを耳にあてながら、わんわん泣いた。涙がズボンを濡らし、床をびしょ濡れにした。春翔がその涙の意味を知ったのは、その3日後だったという。

 

「ねえ、春翔」

「うん?なに?」

「一緒に、手合わせない?」

 

 私の提案に、弟は困惑顔をした。小さな眉がほんの少しだけ下がる。

 

「ちょっとね……お父さんとお母さんに報告したくて」

 

 仏壇の前に正座する。木目の床の冷たさが膝に染み込む。返事はなかったが、弟も隣で正座していた。

 

「父さん、母さん」

 

 手をそっと合わせる。心の中に、笑顔の2人が浮かんだ。

 

 ――私、戦ってるよ。立派に、生きてるよ。

 

 守りたいものができたこと。迷って、泣いて、それでも前に進もうとしていること。全部、ちゃんと見ていてほしかった。

 

「私たちを育ててくれて、ありがとう」

 

 そう祈った時、視界が大きく開けた。

 

 瞑っている目の中に、光が広がる。

 

 ――えっ!?

 

 気づくと、私はなにかの上に座っていた。少し硬めのクッション、茶色の背もたれ、手前に広がる操縦レバー。

 

 ここは。

 

「白龍の……コックピット?」

 

 そうとしか思えなかった。どういうわけかはわからないけど、私の意識はコックピットの中にあった。

 

 私は胸に手を当てた。勾玉が首からぶら下げられている。

 

「あれ、いつのまに勾玉を……」

 

 すると、目の前にある光景が映し出された。

 

 車の中。それも、妙に懐かしい車の。

 

 その正体はすぐにわかった。

 

「これ、お父さんの車……」

 

 覚えてる。お父さんの紺のワンボックスカー。その車内。

 

 車窓に目を移す。ビルの灯りが窓の外を流れている。

 

 その中に、標識があった。

 

 甲州街道。事故のあった通り。

 

 ――ともすれば、これは……。

 

「事故の、記憶……?」

 

 おかしい。私は首を振った。ありえない。だって、私はその場にいなかったのに。知ってるはずがないのに。

 

『杏子の誕生日プレゼント、なににしようか』

『そうね……なにがいいかしらね』

 

「……!!」

 

 私は言葉を失った。声の主は、父さんと母さんだった。

 

『杏子のことですし、新しいゲーム機とかかしらね……』

『でも杏子、最近は春翔の面倒ばっかり見てるだろ?自分のことは後回しにしがちだしな』

 

 街頭に照らされ、運転席に父の横顔の輪郭が見えた。助手席の母がすかさず返す。

 

『なら、家族旅行とかはどう?最近はどこにも行けてないじゃない』

『旅行か……それはいいアイデアだな』

 

 私の胸が急に締め付けられる。

 

 ――やめて。

 

 私は叫ぼうとした。だけど、声が全く出ない。シートベルトが腰を縛るように、なにかが私を押さえ込もうとしているようだった。

 

『杏子はなんでも自分で抱え込むからな。そろそろ……』

 

 父がそこで言葉を切った。少しだけ前方に目を細める。

 

『……?』

 

 母も、窓の外を覗き込む。次の瞬間。

 

 夕暮れの空から、黒い"何か"が降ってきた。

 

 それは次第に膨れ上がった。私たちに向かうように。

 

 ――だめ。

 

 叫ぼうとした、だが声が出ない。

 

 ――だめ!

 

 何度繰り返しても同じだった。

 

 ――だめ!!

 

 それは、テレビ越しにアニメを観ているような感覚だった。

 

 そして、その時は訪れた。

 

『危ない!』

 

 車は急ハンドルをきったが、それを避けることはできなかった。

 

 衝撃、そして爆発。

 

 眩い光が車内を包み込み、炎が視界を覆い尽くす。

 

「やめて!!……やめてよ!!!!」

 

 ようやっと言葉が出た時には、既に遅かった。

 

 私は目を閉じた。あの瞬間の続きを見る覚悟がなかった。

 

 けれども、耳は否応なしに続きを叩きつけた。

 

『きょう……こ……は……ると……』

 

 母の言葉が途切れ途切れに聞こえる。

 

『しあわ……せに……なって……ね……』

 

「お母さん!!!!」

 

 それが、最後だった。

 

 音が消え、光が消えた。目を開けると、私は仏壇の前にいた。

 

「お姉ちゃん……?」

 

 弟の声がする。私を呼ぶ声。

 

「涙……こぼれてる……」

「……え?」

 

 私は視線を膝に落とした。静かな涙がそっと流れていた。

 

 ――なんで。

 

 私はポケットの中から勾玉を取り出した。案の定、淡く光っている。

 

 ――どうして。

 

 ――こんなものを私に見せたの……?

 

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