機動する世界の狭間で:A Robot Meets a Girl Across Variable Worlds   作:るろうに2025

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ep.16-2 神裂き

『杏子ちゃん』

『会いたいなぁ会えないかなぁ?』

『またクレープたべたい!』

 

 LINEに流れてくる優月のチャットを指でスクロールする。おそらくiARTSの医務室で撮られたであろう写真も定期的に送られてくる。

 

 ――私も会いたいなぁ……。

 

 そんな希望に似た雑念が頭を掠める。

 

「返信よしっと」

 

 スタンプと軽めの返信を投稿する。なにかやっているのか、既読は付かない。

 

「はあ……」

 

 狭いアパートの一室で、壁に背をもたれぼーっとテレビを眺める。特に面白くもないがつまらなくもない芸人と専門家の掛け合いが、頭を左から右へとスルーしていく。

 

 高校自体はとっくに再開しているし、春翔も小学校に行ってしまった。それなのにこうして私が真っ昼間も家にいるのは、私の症状が悪化しないようにという、ひとえにiARTSの取り計らいのおかげだった。

 

 自分にとっても、それは正解のように思えた。ヘリコプターの飛行音だけであそこまで取り乱したのならば、学校でなにがあってもおかしくない。葵には悪いけど……。

 

 こんな生活をいつまでも続けるわけにはいかないのは、私がいちばんわかっている。

 

 いずれは登校しないといけないし、白龍にも乗らないといけない。

 

 ――でも、私にそれができるだろうか……。

 

「であるからして、小田首相は全国、特に首都圏にシェルターの増設を急いでいるわけです。いつまたロボット災害が起きるかわかりませんからね」

「でも、法律面でも追いついていないのが現実ですよね?生物ではないので自衛隊による駆除も期待できませんし」

 

 ――法律、自衛隊、シェルター。

 

 現実的なワードが流れるたびに、私の表情が険しくなるのを感じた。もはや、この戦いが私たちのものではなくなってしまった気がした。

 

 だけど、こんな流れも悪くはないな、そんな感じもした。民間人への犠牲が出てしまった以上、法整備や避難体制を急がせるのは当然と言える。

 

 そんな風に思った時だった。

 

「現に東京タワーの件では犠牲者が350名を超えていて……」

 

 専門家が数字を並べた途端、画面が暗転した。上部にはこう書かれている。

 

『国民保護に関する情報』

 

『巨大不明物体出現。巨大不明物体出現。頑丈な建物や地下に避難してください』

『対象地域:埼玉県 東京都 千葉県 神奈川県』

 

 その意味がわかった瞬間、私の背筋を冷たいものが走った。

 

「ロボット……!」

 

 窓の外からサイレンが聞こえる。私は耳を塞ぎたくなる心を必死に抑え込み、テレビの情報を見た。

 

 オレンジのロボットが館山沖に出現したこと、首都圏に向かって侵攻していることが、キャスターの口から淡々と告げられる。右上の『避難!!いそいで!!』の赤字がより事態の深刻さを物語る。

 

「春翔……」

 

 脳内に弟の姿が浮かぶ。

 

 春翔は?春翔は大丈夫なんだろうか……?

 

 私は衝動的に身支度を進めていた。これが正しい行動かどうかは、いまの私にはわからなかった。

 

 

―――――

 

 

 街中は騒然としていた。ロボットを見るべくベランダから身を乗り出している人、家から飛び出し地下へと避難しようとする人が入り乱れる。大通りも車とクラクションで満たされている。

 

 私は走った。一心不乱に走った。小学校は目と鼻の先なのに、随分と遠くに思えた。

 

 ――春翔……!

 

 頭の中にはそれしかない。とにかく弟のそばに居たかった。支えになりたかった。白龍で戦えないいま、できることはそれぐらいしかない。

 

 小学校の校門をくぐり校庭に入ると、子供の他に避難してきたのであろう人々の姿が目に入った。

 

「春翔ー!どこー!?」

 

 口に手を当て名前を叫ぶ。いくら弟とは言え、300人はいるであろう中では一目ではわからなかった。

 

「春翔ー!返事して!」

 

 サイレンに負けじと声を何度か張り上げた時、群衆の中から伸びる手が見えた。

 

「春翔!」

 

 私はその手の主、春翔に駆け寄った。厚着姿の春翔に抱きつくと、「痛いってお姉ちゃん」と聞こえた。

 

「春翔……無事でよかった……」

「お姉ちゃん……また、行くの?」

「ううん……今日は一緒にいるよ……」

 

 校庭の地面にしゃがみ込む。尻に砂の触感が伝わる。

 

「お姉ちゃんの仲間が頑張ってくれてるからね……大丈夫、大丈夫だから……」

 

 私は弟の頭を撫でた。きっと今頃、神谷くんたちが頑張っているのだろう。

 

 自分ひとりだけこうして逃げていることに、もちろん罪悪感はあった。だが、それ以上に感じていたのは無力化だった。

 

 ――私、どうしたら……。

 

 そう考えていると、どこからか悲鳴が上がった。

 

「ベイブリッジが……」

「横浜が燃えてるぞ!」

「そんな……!」

 

 ――横浜が……燃えてる?

 

 私の手が瞬時にスマホに伸びる。SNSを開き、タイムラインを指で流す。

 

 そこに写っていたのは、衝撃的な画だった。

 

 オレンジのロボットによって切断され、海に垂れている横浜ベイブリッジ。

 

 中央部からひしゃげるようにして倒壊している大観覧車。

 

 ロボットの脚が突き刺さった展示場。

 

 みなとみらいのあちこちから、火の手と黒煙が噴き上がっていた。

 

 ――これが、いまの横浜……?

 

 想像の何倍、何十倍も酷い光景がそこには広がっていた。

 

「私……私……」

 

 ――こんなところで、なにしてるんだろ。

 

 私はスカートのポケットに手を突っ込んだ。掌にゴロッとした感触が広がる。

 

 勾玉。

 

「お姉ちゃん、それって……」

「うん、春翔が京都で拾ってくれたもの。これで……ロボットが呼び出せるんだ」

「お姉ちゃん、今日はいるって……」

「……」

 

 言葉が出ない。戦っちゃいけないって言われてるのに。戦えるかどうかすらわからないのに。

 

 それなのに。

 

 なのに。

 

「お姉ちゃん……もう見たくないんだ。街が、人が傷つくの……。もう、一つも見たくないんだ」

「お姉ちゃん……」

「だからさ、ごめん。行かせて、ほしいんだ……」

 

 身勝手な話なのは理解している。弟を置いていく自分が責められるべきなのも。

 

 でも、なにもしないでいることは、できなかった。

 

「……うん」

「え……?」

「お姉ちゃん、困ってる人を無視できないもんね」

 

 弟の顔を直視する。微かな笑みが浮かんでいる。その意味は、言葉にしなくてもわかった。

 

「……ありがとう、ほんとに、ありがとう……」

 

 私は立ち上がった。なにができるかはわからない。もしかしたら、足を引っ張るだけかもしれない。

 

 それでも。

 

 私は、校庭の空いている方へと振り向いた。勾玉が握られた左手を天高く掲げる。

 

「来い!!白龍!!」

 

 晴れている空から、雷が音もなく落ちる。しばらくして眩しさが消え、目を開いた時、そこに1体のロボットが立っていた。

 

 白い装甲。

 

 鋭い双眸。

 

 空気を震わせるほどの気配。

 

 白龍だ。

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