機動する世界の狭間で:A Robot Meets a Girl Across Variable Worlds   作:るろうに2025

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ep.20-6 犠牲

「はあっ……はあっ……」

 

 延々と続く暗闇の中。クレヨンで塗り潰したような雑な黒の中。

 

 私は全身を躍動させ、ただひたすらに走っていた。遠くに光る、ただ一点の光に向かって。

 

 今日見た夢もこんな内容だった。なにも見えない漆黒の中を走る夢。光の先にはフロンティアの荒廃した大地があった。

 

 ――なら、今回もそうなのだろうか。

 

 私は息を荒げながら腕を振った。ただひとつだけ、前回と違う点があった。

 

 それは、疲れだった。前回はいくら走っても疲れはなかったのに、今回は現実と同じだけの疲れが身体にのしかかる。

 

「これ……どれだけ……走れば!」

 

 足を止めようとした時、私の耳元で"私"の声が囁いた。

 

『私たちさあ、もっとこうしていたいよね』

 

 異世界の、私の声。そうとしか思えなかった。

 

『楽できたらいいのになあ』

『ここ、もっと作業効率アップさせて』

『残念ながら、助かりませんでした……』

 

 数多の"私"がノイズとして頭の中を流れる。まるで、『諦めろ』と言っているかのようだった。

 

 ――諦める、かあ。

 

 いま、諦めたらきっと私は呑み込まれる。"私"という大波に。無意識の闇の中へ。

 

 呑まれたら、会えなくなるのだろう。ユズたちにも、葵にも、春翔にも。

 

 そう考えたら、不思議と足の疲れが飛んでいった。

 

「なんだ……走れるじゃん!」

 

 私はもう一度足を動かした。声を振り切るように、真っ直ぐ前だけを見つめた。

 

 光は次第に大きくなっていく。ゴマ粒程の大きさから、親指、掌へと。

 

 そして、身体ほどになった時、私はダイブした。身を屈め、身体を丸め、光をぶち破る。

 

 その先にあったもの。それは。

 

「わっ……!ぶはっ!!」

 

 海だった。潮の匂いがなく、波も一つも立っていない、穏やかな海だった。

 

「ちょっと……!私泳げないのに!」

 

 溺れそうになる中、私は周りを見回した。どこまでも海が広がっているだけで、他にはなにも見えない。

 

「誰か……!助け……」

 

 手を伸ばすも、当然ながら誰も掴まない。

 

 でも、少し変な気がした。誰も見えないのに、そこに誰かいる気がした。

 

 誰かの、気配がした。

 

 ――頭を動かせ……!

 

 私は見方を変えた。そこに私が会いたい人がいるのではない。

 

 私"に"会いたい人がいるのだと。

 

「おーい……!」

 

 叫んだ。声が届くまで。その人が、私を必要とする人が、私に会えるまで。

 

「おーい!誰かー!」

「……るのか?」

「!」

 

 明らかに別の人の声がした。

 

「おーい!!」

「そこにいるのか!?」

 

 目を凝らす。なにかが見えた。

 

 私は手を振った。一生懸命振った。見つけてもらうまで振った。

 

 なにも無かった空間の中に、徐々に物体が形成されていく。物体は立方体から直方体へ、舟のような形になっていく。

 

 だが、舟の上に乗っていたのは、思ってもみない人物だった。

 

「おい!女の子が溺れてるぞ!!」

 

 そこにいたのは、神谷くんによく似た人物だった。

 

 

―――――

 

 

「あ、ありがとうございます……」

「大丈夫か?いまお湯持ってきてもらってるからな」

 

 舟の縁に腰掛ける私を横目に、神谷くん……によく似た人物は舟の奥に向かっていった。舟は思ったよりも大きいらしく、一般的な旅客船並みのサイズがあるらしかった。

 

 ――それにしても、ここ、どこなんだろう?

 

 やっぱり、周りにはなにもない。海しかない。どうやって生活しているのか、疑問に思う程だった。

 

 ただ、わかったことがある。

 

「……身体、濡れてますけど大丈夫ですか?」

 

 そう声をかけてきた少女の顔――ユズによく似た顔を見て、私は確信した。

 

 ここには、私に馴染みのある人しかいない。

 

「ユズ……じゃないよね」

「ユズ、とは誰でしょうか?」

「そう、だよね……。あなたの名前は?」

「な、まえ?」

「え?」

 

 予想外の返答が返ってきた。名前という言葉にユズらしき人物は首を傾げる。

 

「なまえ、がよくわかりません。食べ物ですか?」

「名前っていうのは……うーん……。一人ひとりを識別する言葉、みたいな感じかな?」

「そうなんですね」

 

 彼女は無関心そうにそう答えた。この世界ではどうやって人を見分けているのだろうか……?

 

 いや、それよりも。

 

「私、どうしてここに来たんだろ……」

 

 それが一番の疑問だった。ここはどういった世界で、何故私はここに居るのか。そんな肝心なことが全くわからない。

 

「どうして、ですか?」

「うん。私、実は別の世界に居たんだ。そこはもっとビルとかが建ってて、友達も沢山いて……」

「……よくわかりませんが、外から来たんですね」

「ねえ、この世界は……」

 

 その時だった。

 

 ――キィン。

 

 声がした。白龍の、もうひとりの"私"の。

 

「ここにも、いるの……?」

 

 瞬間、白龍の記憶が頭に流れ込む。戦争の記憶、争いの記憶、後悔の記憶。

 

 私たちと共に暮らした、楽しかった頃の記憶。

 

「……ここは、求めた存在が具現化する世界です」

 

 ユズに似た彼女は、私の目を直視しながらそっと言葉を漏らした。

 

「求めた物は、いつか見つかる世界。わたしたちは、あなたを求めていた」

「……どうして?」

「それは、わかりません。ですが、心の中で不思議と必要としていました。あなたのような……いいえ、あなたを」

 

 ――キィン。

 

 彼女の声と白龍の声がシンクロする。偶然とは思えなかった。

 

「……わかった」

 

 頭の中で点と点が結びつく。繋げられた直線が複雑な絵を描いていく。

 

 ここは、白龍の創り出した新たな世界なんだ。私たちしかいない、新しい世界。

 

 守りたいものが十分に守られている世界。私が、来たかった世界。

 

 だから、私はこの世界に来たんだ。

 

 ――キィン。

 

「……やっぱり」

 

 私の口角がゆっくり上がる。

 

「随分と可愛いことするじゃない」

「ようやく気づいたか」

 

 神谷くんに似た彼がしたり顔で呟く。わかってくれた、そんな安堵感も感じる。

 

 私は腰を持ち上げ、立ち上がった。

 

「ありがとう、気づかせてくれて。でも、私は戻らないといけないの」

「戻るって、どこにだ」

「決まってるじゃない!私が元居た世界だよ!白龍と一緒に居た世界だよ!」

 

 私は想像した。白龍の姿を。

 

 すると、海の上に立方体が積み重なった。数多の立方体は図となり、形となる。

 

 脚ができ、胴体ができ、腕ができ、そして頭ができた。

 

 白龍が、そこには居た。

 

「あれ?イメチェンした?」

 

 私は棒立ちの白龍を隅々まで眺めた。脚には新しいスラスターのような膨らみがあり、背中にはジェネレーターみたいな円錐状の突起があった。円錐の先端からは、背中から浮くように光の輪のようなものまで生えている。

 

 なによりも、所々にあった浅葱色や金色が消え、白と黒の2色だけになっていた。余計な装飾が外れ、より輪郭がよりスマートになった印象を受ける。

 

 それは、神というよりも"私が求めた白龍"そのもののように感じた。

 

「それじゃ、私はあのロボットに乗って……」

 

 そう言おうとした時、ユズに似た少女が私のパイロットスーツの袖を掴んだ。

 

「……怖くないんですか?」

「え?」

「あれに乗って、怖くないんですか?」

「怖いよ」

 

 私は即答した。胸にぶら下げた勾玉がじんわりと光る。

 

「怖いよ。いつも怖い。死ぬような思いもしたし、実際死にかけたこともある」

「なら、何故……!」

「私には、会いたい人がいるから」

「……わたしたちみたいに?」

「うん。たぶんもっと面倒で、もっと騒がしくて、でもすごく大事な人たち。だから」

 

 私は袖から彼女の手をそっと剥がすと、腰を深々と曲げお辞儀をした。

 

「私、行ってくる」

 

 刹那、私の意識は白龍のコックピットへと転送された。真新しくなったコックピットが私を出迎える。操縦レバーなどの類はなくなり、代わりにシートの左右に赤い球体のような物が浮かんでいた。

 

「あれ?レバーとかペダルは?」

 

 ――キィン。

 

「そっかあ。もう必要無くなったもんね。でも寂しい」

 

 ――キィン。

 

「そういえば、新しい名前なんにしよっか?元の白龍からだいぶ変わったし……。うーん……」

 

 悩む素ぶりを見せる。実は名前は決まっているんだけど。

 

「白龍タイプ2!タイプ2とかどう!?」

 

 ――キィン。

 

「よし!それで決まり!」

 

 私は球体を握った。予想通り、これで操縦するらしい。

 

「それじゃ、行こっか!!」

 

 スラスターを噴かせると、白龍は力強く上昇していった。

 

 この世界の住民を残して。

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