機動する世界の狭間で:A Robot Meets a Girl Across Variable Worlds   作:るろうに2025

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ep.3-1 Contact

「こちら、iARTS立川本部の施設案内図です」

「あっ、ありがとうございます」

 

 ワンボックスカーの後部座席で、私は中津川さんから手渡された封筒を受け取った。車は長いトンネルを走行している最中で、外の景色は闇そのものだ。だが、車内灯が柔らかく灯り、資料を読むには十分だった。

 

 封筒から取り出した案内図を開くと、私は思わず息を呑んだ。

 

「昭和記念公園の真下に……こんな施設が」

 

 整備ドック、司令所、シミュレーター区画、科学解析棟――地下都市と言っても過言ではない広さだ。頭の中の“秘密基地”のイメージがあまりに簡単すぎたのだと思い知らされる。

 

「それに、このトンネルだって施設のものなんですよね?」

「はい」

 

 中津川さんは軽く顎を引いた。

 

「正式には、東京都心から立川広域防災基地へ緊急移動するためのルートとして整備されたものです。戦時・災害時の“最後の動脈”ですね」

 

 その言葉を聞き、私は車窓に映る自分の姿に視線を移した。制服姿の自分が、暗いガラスに薄く反射している。胸元のリボンの結び目が少し曲がっていた。

 

 ……せめて着替える時間くらい欲しかった。そんな小さな不満が胸の奥に沈む。

 

「あの」

「は、はい!なんでしょうか?」

 

 中津川さんが、心配そうに身を乗り出した。こんな風に近くで顔を覗き込まれると、少しだけ気まずい。

 

「ありがとうございます、こんな……無茶な提案に乗ってくれて」

「いえいえ、私も東京を守りたい気持ちは同じですし……」

「もしかしたら戦闘で命を落とすかもしれないのに……」

「それはそうですけど……でも、私以外にいなかったんですよね?」

 

 中津川さんからは車に乗る前にいくつか説明を受けていた。白龍は適正パイロットが長らくいなかったこと。私が乗れたことはまさに奇跡だったこと。私にはパイロットとしての素質があること……。

 

 それでも、怖くないと言ったら全くの嘘であった。

 

 中津川さんは一瞬だけ言葉を選ぶように間を置き、それから静かに頷いた。

 

「……大丈夫です。あなたが不安なら、私たちが支えます。全部をひとりで背負わせたりしません」

 

 その丁寧で確かな声に、少しだけ呼吸が楽になる。

 

 だが同時に、はっきりと理解してしまった。

 

 ――私はもう、戻れないところに立っている。

 

 この暗闇のトンネルが、日常と非日常の境界線なのだと。

 

 

 

 やがて車は減速し、滑るように停車した。

 

 『iARTS立川本部・地下エントランス』と記された発光サインが、白い光を淡く周囲に散らしている。エンジンが止まり、静寂が訪れた。スライドドアがゆっくりと横に開く。

 

「さ、どうぞ」

 

 中津川さんに手で促され、私は深呼吸してから車外へ足を下ろした。

 

 その瞬間――。

 

 万雷の拍手が、私を出迎えた。 

 

 低く反響する音が、まるで波のように押し寄せてくる。驚いて顔を上げると、白衣、整備服、スーツ――実に多彩な服装の人々が半円を描くように並び、私を歓迎していた。

 

「あなたが橘杏子さん、ですか」

 

 声を掛けたのは、見覚えのある中年の男だった。初戦で私の名前を聞いてきた男。

 

「ああ、申し遅れた。私は戸塚宗次郎(とつかそうじろう)だ。白龍を含めた機体開発の総指揮を執っている」

 

 白衣の袖から差し出された手を、私は少し緊張しながらも恐る恐る握り返す。不思議な温かみを感じる。

 

「……は、初めまして。橘杏子です」

「うむ、こうして顔を合わせるのは初めてだな、そしてこっちが――」

「渡辺未来です。白龍のメイン担当よ」

 

 並んで立ったのは、緑のメッシュが入った黒髪ロングの女性だった。20代後半か30代前半だろうか。鋭利な美貌に、芯の強さが漂う。

 

「あなたの操縦センス、見事なものだったわ。コツを教えてほしいくらい」

「あ……ありがとうございます」

 

 褒め言葉なのにどこか素っ気ない。私は気圧され、控えめに返すしかなかった。

 

「そんなに萎縮しなくてもいいのよ。ここ数日はもうあなたの話題で持ちきり。ようやく“2人目”が来たって。それも白龍なんて、とびきりピーキーな機体のパイロットがね」

「2人目……?」

 

 不意に告げられた言葉に、思わず聞き返す。

 

「2人目って?」

「あれ? さくらっち、言ってなかったの?」

「あっ、忘れてました。すみません」

 

 中津川さんはそう言うと、顔を左右に振ってなにかを探した。しかし、お目当てのものは見つからなかったみたいで、

 

「どこにもいませんね」

 

 と、ポツリと呟いた。

 

「まったく、どうせ忘れてただけでしょ」

「まあ、あの子らしいといえば、らしいですけどね」

 

 軽く笑い合う2人。

 

 『あの子』って誰のことだろう――そう口を開こうとした、その時だった。

 

「ああーーっ!!」

 

 甲高い声が、地下エントランスの奥から跳ね返るように響いた。

 

「すみませんっ!通してください、通ります!!」

 

 ざわつく人垣をかき分け、鮮やかな“黄色”が飛び込んでくる。蛍光にも似たレモンイエローの髪。

 

 同年代の少女が、全力疾走でこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。

 

 彼女はその勢いのまま、私の手をガシッと掴んだ。

 

「やっと!やっと会えたぁぁぁ!!」

 

 ぱあっと花火が弾けたみたいな笑顔で、目の前に飛びつく勢いだ。

 

「ずっと!ずーーっと待ってたんだから!!」

 

 はしゃぐその姿は、まるで子供のようだった。

 

 私は呆然と立ち尽くすしかなかった。

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