「了解、わかった!私強いよ?おじいちゃんピーちゃんの餌食になるよ!」
「面白いやつだな小娘、さあ、どうぞいつでもかかってこい」
一体何が始まるんです?
夜空を鮮やかに焦がした最後の大輪が消え、辺りには心地よい火薬の匂いと、夏の終わりを告げるような静寂が戻ってきた。
9人の少年少女は、火照った肌に夜風の涼しさを感じながら、家路につくために駅のホームへと辿り着いた。遠くで鳴く虫の声と、時折響くレールの唸りだけが、彼らの間に流れる穏やかな時間を彩っていた。
「……ふぅ。ここにはさ、実はみんなで毎年来てるんだけど……」
アカネが、夜空の名残を惜しむように満足げな溜息をつき、空を見上げたまま言葉を繋いだ。
「今年のは、本当にすごかったな。今まで見てきたどんな花火よりも……なんていうか、胸の奥まで熱くなるような、そんな光だった。最高の夏になったな、みんな」
その言葉に、ミサも、サキも、アオトたちも、深く、そして幸福そうに頷いた。
世界を救うための戦いでも、冷徹な任務でもない、ただ仲間と笑い合った一日。
彼らがこれまでの旅で失ってきたもの、あるいは見つけられずにいた「心の空白」を、あの打ち上げ花火の光が優しく埋めてくれたような、不思議な充足感が溢れていた。彼らの表情を包み込むのは、これまでにないほど穏やかで温かな笑みだった。
列車を待つ、静かで満たされた時間。
しかし、その幸福な空気は、改札近くのベンチに座る「ある人影」を認めた瞬間、音を立てて凍りついた。
「え……?」
ミサが小さく息を呑み、足が止まる。
9人の視線の先にいたのは、カードゲームの新弾を手に入れ、今頃自宅の涼しい部屋でカードを並べているはずのあなただった。
しかし、そこにいたあなたの姿は、彼らの想像を絶するほど「汚れて」いた。
涼しい部屋にいたはずのあなたの顔や手には、真っ黒なススやオイルの汚れがべったりと付着していた。
そして手に持った冷たい缶ジュースを、喉を鳴らして飲み干したあなたは、彼らの接近にも気づかないほど疲れ果て、ただ虚空を仰いでいた。
「……おい」
親友の、低く震えるような声が駅のホームに響いた。
充足感に満ちていた9人の瞳から一瞬で色が消え、驚愕、そして「理解」が混ざり合った、言葉にならない表情へと変わっていく。
あなたが吐いた「自分勝手な嘘」の真意。
自分たちを海へ送り出し、独りで火薬と熱気にまみれていたその理由。
そして、あの大輪の花火が、誰の献身によって打ち上げられたのか。
そのすべての答えが、ベンチでススに汚れ、疲れ果てたあなたの姿によって、残酷なまでに鮮明に暴かれてしまった。
「ブフォッ……!!」
不意に目の前に現れた9人の姿に、あなたは飲んでいたジュースを盛大に吹き出した。
「げほっ、ごほっ! ……な、なんだよお前ら、驚かせるなよ! ゲーセンの帰りだって言っただろ……?」
あなたは慌てて口元を拭い、顔のススを隠すように俯いたが、すでに手遅れだった。サキが無言のまま一歩詰め寄り、あなたの首元にスッと顔を近づける。続いて、ユカリも、幽霊のような静かさであなたの隣に立ち、微かに鼻を鳴らした。
「……嘘だね」
サキの冷徹な一言が駅のホームに響く。
「カードのインクの匂いじゃないね。……これは硫黄、およびマグネシウムの燃焼残渣(ざんさ)。それも、極めて純度の高いもの……」
ユカリも悲しげに、けれど確信を込めて頷いた。
「ええ、嘘だわ……。あなたの手からは、さっきまで夜空を照らしていた、あの優しい光の残り香がするもの……」
すると「そ、そんな、わざわざ僕たちのために……」とアオトが呟き、ヒカリはあなたを真っ直ぐに見つめて「えー、一人で勝手にそんなことしちゃダメだよー!」と頬を膨らませる。ギンジもあなたが成し遂げた「汚れ仕事」の正体を悟り、ふっと感心したように笑った。
「あ、いや……これはその、新作カードを激しい『レンコ』で手に入れた時の熱気がだな! 筐体の排熱を浴びすぎてススけただけなんだよ!」
あなたが必死に支離滅裂な言い訳で誤魔化そうとしたその時、カバンの中で眠っていたはずのハロが、パタパタと耳を動かして飛び出した。
「任務完了! 手作リハナビ大成功! 隠シ事、バレタ! バレタ! 嘘、ヘタクソ!」
「……っ、ハロ、お前……!!」
静まり返るホーム。
アカネが、夜空に消えたあの「今までで一番熱い花火」と、目の前で顔を汚して立ち尽くすあなたの姿を交互に見つめ、やがて顔をクシャッとさせて笑った。
「……なんだよ。カードゲームなんて、そんなつまんねぇ嘘吐きやがって。……カッコつけすぎなんだよ、お前は」
アカネはあなたの肩をガシッと掴むと、駅中に響き渡るような大きな声で、指を突き立てて宣言した。
「決定だ! 明日、お前を連れて、もう一回全員で海に行くぞ! 今度は俺たちが、お前を最高に楽しませてやる。……拒否権はなしだ、(あなたの名前)!!」
「ええっ!? 明日も!? いや、でも俺は体力が……」
「うるさーい! 私たちの『完璧な夏休み』を完成させる責任を取りなさい!」
ミサの弾けるような笑顔と、仲間の温かい視線に囲まれて、あなたの「一人きりの後処理」は、賑やかな「二日目の海」へと書き換えられていくのだった。
駅の喧騒から少し離れた暗がり、改札へ向かう階段の上から、その様子をじっと見つめている影があった。
つい先ほどまで、あなたを「ぼさっとするな!」と怒鳴りつけていた、あの花火師の師匠だ。
老人は、手に持った作業用の手袋をポケットにねじ込むと、10人の賑やかな笑い声が駅に響き渡るのを、どこか満足げに、そして微笑ましく見送っていた。
「……ふん、まったく不器用な弟子だ。嘘一つまともに吐けないとは...」
老人は短く呟くと、自分も帰路につくために背を向けた。
彼が教えたのは花火の作り方だけではなかった。一瞬で消える光に、一生消えない想いを込める術。それこそが花火師の真髄(しんずい)だと。
あの若者は身をもって証明してみせた。
若き「戦士」が泥にまみれて守り抜いた夏は、明日、本当の完成を迎える。
夜の闇に消えていく老人の足取りは、心なしか軽やかだった。そして老人の口元には、笑みが浮かんでいた。
老人の指先がパチリと鳴った。
老人の姿はかき消え─つむじ風がくるくると渦を巻いて夜空へと上っていった。