夏の陽気が残る海辺の街とは対照的に、そこには凍てつくような冷徹な空気が張り詰めていた。
かつての統治機構に代わり設立された、世界の治安維持を担う「新組織」の本部指令室。無数のホログラムモニターが浮かぶ薄暗い室内では、オペレーターたちの悲鳴に近い報告が飛び交っている。
「報告! 北米、東南アジア、および欧州の特定ポイントにて、局所的な『空間歪曲』、および『精神干渉』と思われる数値を観測!」
「被害状況は不明ですが、住民からの『奇妙な声が聞こえる』『影を見た』という通報が急増しています!」
中央の巨大な戦術テーブルを見下ろしているのは、アーサーだった。彼は腕を組み、地図上に次々と浮かび上がる「血のような赤い警告灯」を、険しい瞳で見つめている。
「……奇妙だな。これらの発生地点、バラバラに見えて規則性がある」
アーサーの隣で、グラハムが流れてくるデータを精査しながら口を開いた。
「ああ。座標を照合してみたが……笑えない冗談だ。これらはすべて、先の戦いで撃墜された『衛星』の破片が落下した地点と完全に一致している」
「ですが、それはあり得ません!」
報告を担当していたベディヴィアが声を荒らげた。
「落下した破片は、回収部隊と現地協力者(あなたたち)によって、すでに全数回収・廃棄処分が完了しています! 物理的な残骸は、この地上にはもう一グラムたりとも残っていないはずなのに……!」
モニターに表示されるデータは、残酷な矛盾を示していた。
【原因物質(デブリ):排除済み】
【現状:高エネルギー反応・継続中】
物理的な「モノ」は消え去った。にもかかわらず、まるでその場所に染み付いた「怨念」や「電子の幽霊」だけが、実体を持たぬまま暴れ出しているかのようだ。
アーサーは眉間に深い皺を刻んだ。かつてあなたの手によって衛星の中枢は処理され、浄化されたはずだった。
「……物質としての破片は消えた。だが、もし破片そのものが『器』に過ぎなかったとしたら?」
アーサーの呟きに、グラハムが鋭い視線を向ける。
「……中身(データ)が流出したというのか? 器を失った亡霊たちが、新たな『宿主』を求めて彷徨っていると?」
アーサーは答えず、拡散予測図を睨みつけた。
「直ちに調査部隊を派遣しろ。……それと、場合によっては『彼ら』にも動いてもらわねばならんかもしれん」
アーサーの脳裏に、平和な夏を楽しんでいるはずの少年少女、そして不器用なあなたの顔が浮かぶ。世界に残された傷跡は、彼らが考えていたよりもずっと深く、静かに膿み始めていたのだ。
常界の指令室でアーサーたちが驚愕していた、まさにその時。
世界各地の「旧落下地点」へ向かっていた調査班の身に、悪夢が降りかかっていた。
ポイントD-9:北米・廃工場地帯
「異常なし……いや、待て! 瓦礫が……浮いている!?」
ライトが照らした先で、廃棄された鉄骨やドラム缶が、磁石に吸い寄せられるように空中で結合を始めた。
ギギギ、ガシャン!!
耳障りな金属音と共に組み上がったのは、全長5メートルを超える「機械仕掛けの巨人」。その双眸には、禍々しい赤紫色の光が宿っていた。
「撃てッ! 撃てェッ!!」
銃声が響くが、巨人は痛みを感じる様子もなく、鉄塊の腕を無慈悲に振り下ろした。
ポイントE-3:欧州・森林地帯
「隊長、霧が……濃くなって……うわあっ!?」
静寂な森の中で、隊員たちが次々と悲鳴を上げる。彼らを襲ったのは、実体のない「黒い霧の化け物」だった。銃弾はすべて透過し、霧に触れた装備が瞬く間にデータレベルで侵食され、火花を散らしてショートしていく。
「通信不能!? 機器が、言うことを聞かない!」
ポイントA-0:東南アジア・沿岸部
海中から現れたのは、沈没船や漂着ゴミを取り込んで肥大化した「異形の怪物」だった。その姿は、かつてあなたたちが倒した敵を模倣し、よりおぞましい「何か」に変貌させたものだった。
世界同時多発的に発生した、正体不明の存在による一方的な蹂躙。
現場の通信機、そして本部のスピーカーから、ノイズ混じりの「あの声」がハッキリと響き渡った。
『……もう、スグだ……』
ザザッ……ザザザッ……。
『……もう少しで、揃う……。ボクらの「王」の「神の」パーツが、器が、絶望が……』
「ふふふ……ふふふふふっ……!!」
子供のような、それでいて底知れない悪意を含んだ嘲笑が、炎上する現場と凍りつく指令室にこだました。
それは、物理的な「ハードウェア」を失った彼らが、この世界そのものを「ソフトウェア」として乗っ取り、散らばったパーツを集めてさらなる絶望を起動させようとする、宣戦布告の合図だったのだ。