Divine Gate Multi   作:観測神ミンスキー

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ゼッツじゃないよ


苛む

夏休みが明け、秋の気配が漂い始めたある日の放課後のことだった。

あなたはアカネとミドリの二人と共に、賑わう繁華街を歩いていた。

 

「でさ! 今度の連休はあそこの新作パンケーキ食べに行こうぜ! 奢りだ、奢り!」

 

アカネがあなたの背中をバンバンと叩きながら、上機嫌に笑う。

 

「もう、アカネったら。(あなたの名前)さんは昨日まで補習だったんだから、少しは休ませてあげなきゃ……でも、パンケーキは賛成かな」

 

ミドリもニコニコと笑い、あなたの腕に軽く触れながら歩幅を合わせていた。

街の喧騒、信号機のメロディ、溢れる笑い声。

それらが永遠に続くと思われた、その一瞬の隙間だった。

 

『……ミツケタヨ……』

 

また、あの「声」が脳裏に直接響いた。以前に聞いた時よりも明確に、そして至近距離で。

あなたが足を止めた瞬間、鼓膜をつんざくような高周波音と共に、世界は強烈な紫色に反転した。

 

目の前で歩いていたはずのアカネとミドリの姿が、まるでテレビの電源を切るようにプツンと消滅する。

 

「アカネ!? ミドリ!?」

 

慌てて手を伸ばしたが、指先は虚空を掴むだけだった。

いや、消えたのは彼らではない。あなただけが、日常から切り離され、突如として起動した「限定領域(ゾーン)」の内部に引きずり込まれてしまったのだ。

 

空は赤黒く淀み、ビル群はノイズのかかった灰色に染まっている。通行人も車も消え去り、聞こえるのは自分の心臓の音と、不気味なデータの流動音だけ。

 

「……嘘だろ。俺だけ、閉じ込められたのか……?」

 

無人の交差点の向こうから空間が歪み、黒い霧のようなものが集まり始めた。

 

『……ココなら……邪魔者ハ、イナイ……』

『……ボクらの「王」ノタメニ……キミヲ、解析スル……』

 

黒い霧は濃密な殺意を放ちながら、逃げ場のないあなたに狙いを定めていた。MSも、仲間もいない、生身のあなた。絶体絶命の孤立無援だ。

 

一方、現実世界では、アカネが隣を見て愕然としていた。

 

「……は? おい、(あなたの名前)?」

 

つい一瞬前まで会話していたはずのあなたが、忽然と姿を消していたのだ。

 

「え……? どこに行ったの……?」

 

ミドリが青ざめた顔で周囲を見渡すが、あなたの気配さえ感じ取れない。ただ、あなたが立っていた空間にだけ、蜃気楼のようなデジタルの歪みが揺らめいていた。

 

 

絶望的な領域の中で、あなたのカバンに入っていたハロが激しく明滅した。

 

「救援信号、発信! 座標特定、急ゲ! (あなたの名前)、守ル! (あなたの名前)、守――」

 

しかし、その頼もしい電子音声は唐突に途切れた。

影から伸びた不可視のデータ干渉が、ハロのシステムを強制終了させたのだ。光を失ったハロが、ただの鉄球となって地面に転がった。

 

『……ジャマ……』

 

黒い霧が人の形をとり、あなたの一歩手前まで滑るように近づいてきた。

 

『……コレハ……最高ノ、プレゼント……』

『……ボクらの「願い」ヲ……キミに、アゲル……』

 

冷たい指先が、あなたの額に触れた。その瞬間、あなたの脳内に「あなたの知らない誰かの記憶」が濁流となって流れ込んできた。

 

(――燃え落ちる空)

(――冷たい宇宙の果てで、置き去りにされた絶望)

(――助けて、痛い、寒い、なんで僕たちを捨てたの)

(――人間、憎い、憎い、憎い、ニクイニクイニクイ!!)

 

「あ……あぁ……あっ、あああああああ!!!」

 

それは、廃棄された機械たちの怨念か、あるいはもっと別の何かの慟哭か。自分のものではない強烈な「悲しみ」と「怒り」が脳を焼き尽くし、あなたは涙を流しながら頭を抱えて絶叫した。

理性が砕け散るほどの情報の洪水。あなたは発狂寸前まで追い詰められていった。

 

その時、赤黒く染まった領域の空に、巨大な亀裂が走った。

現実世界にいるはずのアカネの声が、次元を超えて響いてくる。

 

「……こんのぉ……ふざけんなぁぁぁぁッ!!」

 

パリーンッ!!

 

空間そのものがガラスのように砕け散った。物理法則を無視した、アカネの渾身の「拳」による強引な空間突破。現実世界からの光と共に、二人の友達が領域内へと飛び込んできた。

 

「(あなたの名前)!!」

「しっかりして!!」

 

アカネとミドリは着地するなり、のたうち回るあなたの姿を見て血相を変えた。

 

「おい! どうしたんだ、しっかりしろ!」

 

アカネが抱き起こそうとするが、あなたの瞳は焦点を結ばず、ただ悲鳴を上げ続けている。

 

「酷い……精神に直接干渉してるの……!?」

 

ミドリはあなたの額にこびりつく「黒い霧の残滓」を見て、戦慄した。

 

5. 物理無効の絶望

「くっ……これならどうだッ!!」

 

アカネとミドリのドライバが激しく輝き、二人は瞬時に戦闘形態へと変身した。

アカネは紅蓮の炎を纏った拳を、ミドリは鋭い疾風の蹴りを影へと叩き込む。

 

スカァッ……!!

 

しかし、二人の渾身の一撃は、まるで煙を払うかのように影の身体をすり抜けた。

 

「なっ……!? 手応えがない!?」

「物理干渉が無効……実体が存在しないの!?」

 

『……ジャマダ……』

 

暗黒の中から無数の黒い棘が飛び出し、二人を襲う。

 

「危ないっ!」

 

咄嗟に回避した二人の表情には、明らかな焦燥が滲んでいた。

 

 

影は追撃することなく、苦しみ続けるあなたを見下ろした。

 

『……おやおや。なんと、またキミたちか……』

 

影はまるで旧知の仲であるかのように二人を嘲笑うと、満足げに頷いた。

 

『……素晴らしい。器は満たされた。ボクらの「絶望」が、よく馴染んでいる……』

 

「あんた、(あなたの名前)に何をしたのッ!!」

 

ミドリが怒号を飛ばすが、影は聞く耳を持たない。

 

『……これで、第一段階(フェーズ・ワン)はクリアした……』

『……ふふふ、また会おうね……』

 

影は不気味な笑い声を残し、霧散するように消滅した。同時に領域の空気が薄れ、元の街の景色が戻り始める。

 

敵の気配が消えた後、残されたのは静寂と、あなたの荒い呼吸音だけだった。

アカネは影が消えた空間を凝視したまま、震える声で呟いた。

 

「……待てよ。今の声、今の気配……嘘だろ。あいつ、まさか……『〇〇』……か?」

 

その言葉に、あなたの介抱をしていたミドリが、雷に打たれたように硬直した。

 

「え……? 『〇〇』!? ……そんなの嘘。だってあの人は……あの時、死んだはずでしょ……!!」

 

(……〇……〇……?)

 

あなたの耳には、二人が口にした「その名前」が確かに届いていた。しかし、脳内を荒れ狂う情報の奔流が、思考する力を奪い去る。

 

「あ、ぐ……がはッ……!!」

 

限界を超えた負荷に、あなたの両目は真っ赤に充血し、激しく嘔吐した。

 

(痛い、頭が割れる……誰だ、俺の中にいるのは……なんなんだ……)

 

「(あなたの名前)!! しっかりして!!」

「ダメだ、意識が……! 救急車! いや、アーサーに連絡をッ!!」

 

遠のく意識の中でアカネとミドリの悲痛な叫びを聞きながら、あなたの世界は暗転した。あなたは深い、深い闇の底へと落ちていった。

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