貞操逆転世界ならコミュ症でもクール系病弱美少年でいけるらしい 〜あっ!隠してやってた裏垢のエロ自撮りがバレたぁ!?〜 作:しゃふ
……遅刻した。
人っこ一人いない校門前、半笑いで僕に手を振る姉に目をやりながら、車から降りる。
……まったく、誰のせいで遅れたと思ってるんだ。
朝、時間になってもまったく起きてこない姉とベッドで格闘していたせいで、一時間も遅れてしまった。
……まぁ、別に授業があるわけじゃないから、遅刻したところでなんともないといえばないんだけど。
でも、最近。保健室の先生の僕を見る目がだんだん駄目な子を見る目に変わってきている。
この前なんて寝ようとしたら「一人で寝れる?」って聞いてきたくらいだ。
……僕のことを小学生とでも勘違いしてるんだろうか。
――流石にこれ以上イメージを下げるわけにはいかない。僕は小走りで廊下を駆け抜けて、保健室へと向かう。
幸い、今は授業中。誰かとすれ違うことはないだろう。
そうして保健室にたどり着くと、ふと違和感に気づいた。
「っひゅっ、けほっ、んっ」
――咳払い?
呻くような、小さな声。
保健室の分厚いドアのせいでほとんど聞きとれなかったけど、それは確かに聞こえた。
……誰かが、いる。
先生じゃない。
聞こえた声は先生よりも明らかに若かったし、ドアの前にある『不在』と書かれた白いボードには乱雑にデカい丸が書かれていた。
じゃあ、そこにいるのは……。
僕は意を決してドアに手をかける。保健室のドアはスライド式、少しだけなら、開けても気づかれない可能性が高い。
僕はそっと、ドアの隙間から保健室を覗く。
――そして、見た。
僕がいつも使っているベッド。
その隣に、その子はいた。
小柄で、だけど髪は床につくほど長い。
夏だというのに、真っ黒なパーカーに身を包み、ネコ耳のついたカバンを枕代わりに寝転がっている。
手に持っているのは本。
アンティーク、というのだろうか。
まるで魔法の呪文でも書かれているのかというほど豪華な装丁で着飾っている本の中身は、僕の貧弱な頭ではまるで想像がつかない。
その姿に、思わず立ちすくんでしまった僕は、
「あ、あの」
反射的に声を漏らしてしまった。
少女と目が合う。
――瞬間、僕と彼女の間に静寂が流れた。
その沈黙がいつまで続いたのかは分からない。
一瞬だったような気もするし、ずっと長い時間だったようにも思える。
その沈黙は、彼女が持っていた本をベッドに落としたことによって破られる。
「……今日は、珍しいお客さんがいるみたい」
保健室の静寂を一瞬で味方につける、透き通った、甘い声。でも、その声には微かに冷たい息が混ざっていた。
――まさか、この子。
「あまり、騒がしいのは好きじゃないんだけど」
儚さをまとった小さな少女。
首をかしげながら、少し微笑む彼女の笑みは、まるで風に吹かれたら消えてしまいそうなほど、希薄だ。
……間違いない。
この話し方、声、顔立ち、どこをとってもそうとしか思えない。
「――貴方、名前は?」
そう、この子は――
……クール系清楚病弱美少女だ!!!
やばいっ、テンションが上がっている!
実在したのか、本物のクール系清楚病弱美少女が!
い、いや。落ち着け。落ち着くんだ僕。
……まずは彼女との会話をやり過ごさなければならない。
柏木さん以外、まともに学校で人と話したことがない僕にとって一番の難関はソレだ。
僕はゆっくりと息を吸った後、精一杯の声を作って、喉から言葉を絞り出す。
「日浦渚、渚って呼んで。
……上の名前は好きじゃないから」
「……そうなんだ」
「……そう、さ」
「……」
「……」
――まずい!
キャラが渋滞しすぎてまともに会話ができない。
……というかっ、もうちょっと歩み寄ってくれてもいいんじゃないかな! クール系清楚病弱美少女ちゃん!
僕のそんな視線を受けても、目の前の少女はまるで気にしていないように、窓辺に顔を向けている。
……ぐ、やはり本物には敵わないのか。
仕方ない……ここは僕が譲ってやろう。
こういうとき、どちらかが歩み寄らないと進まないのは長年のコミュ症経験で理解してある。
「――キミ、名前は?」
「……宮野志穂」
なにその国民的名探偵アニメに出てきそうな名前。羨ましい。
宮野さんはぽつりと名前を呟いた後、またもや窓辺に顔を向ける。
……うぅ、全然こっち見てくれないこの子。
「――よろしくね、志穂ちゃん」
僕は彼女に右手を差し出す。無視されるかも、とも思ったが、意外に彼女の反応は良かった。
真っ白な細い手が僕の手のひらを薄くなぞった後、ぎゅっと、握られる。
「……うん」
彼女のかすれた淡い声が聞こえると同時
――目が合った。
宮野さんは僕の方を見て、薄い笑みを浮かべている。
少し伏せた綺麗な目は細やかな細いまつ毛で彩られていて、思わず目を奪われてしまう。
……どうしようみんな、この子、可愛すぎる。
そもそも僕のこのキャラはゲームで好きだったキャラを真似したものなのだ。
それとそっくりな子が現実に現れるなんて、こんなの抗いようがないだろう!
「し、志穂ちゃんはなんでここに?」
「……知る必要はない。私たちはここで会う運命だった、ただ、それだけ」
良い、すごく良いっ!
こういうミステリアスで多くは語らない感じ――凄く良い!
若干、いやだいぶ中二病というか電波な感じもあるけど、それはそれで良い!
美少女であれば、どんなに意味分かんない発言であっても雰囲気で許されるのだ。
「志穂ちゃん!」
僕は思わずベッドから立ち上がり、彼女の隣に座っていた。
この子を逃すわけにはいかない。僕がこのキャラで生きていく参考にするためにも、彼女とは何としてでもお近づきにならないといけないっ!
「――僕と友達になってっ!」
「……えっ?」
「会ったばかりだけどっ、僕志穂ちゃんのこともっと知りたいっ!
ね、ね、お願い!」
保健室の白い壁に腕を突き立て、志穂ちゃんの顔を覗き見る。
――いわゆる、壁ドンというやつだが、そんなことに意識が向かないほど今の僕の頭は興奮していた。
パーカーを被って顔を隠そうとする志穂ちゃんの手を両手で握る。……逃がすわけにはいかない。
「……は、はえっ」
……おっと、まずい。困惑させてしまったか。
僕は彼女の手を握る力を少し弱め、耳元でもう一度「志穂ちゃん」と囁く。
「……ともだち、だめかな?」
「――だめじゃ、ない」
よしっ、言質を取った!
これで僕らは友達、マイメン、ベストフレンドを超えた大親友だ。
彼女からの言葉を聞いた僕は、脳から送られてくるありったけの言葉を伝えようと、彼女に向き合う。
「ね、君って僕と同じ学年? その服はどうしたの? 今日は何で保健室に? さっき読んでた本は? そこのカバン可愛いね――」
「……ま、まって。そんな、いっぱい。
わ、わかんない」
「あ、えっと、それなら――」
聞きたいことはいくらでもある。何か邪魔が入る前に聞けるだけ聞いてしまおう。
そしてそのまま僕は志穂ちゃんを質問攻めにし続けた。
……まぁ、基本的によく分かんないことではぐらかされてばっかりだったけど。
でも、最後の方は心を開いてくれたのか、何個かの質問には答えてくれた。
彼女は僕と同じ一年生らしい。クラスも教えてもらったけど、あいにく僕は自分のクラスを覚えてないから、参考にはならなかった。
趣味は読書。
まぁ、本読んでたし、そんな感じはしてた。
僕も本は結構読むし、どんなのが好みなのか聞きたかったけど、残念ながら、教えてくれなかった。
どうやらまだ好感度が足りないらしい。
「――ごめん、その、興奮しちゃって」
「……だ、だいじょうぶ」
……それにしても、流石にやりすぎた。
初対面の女の子にする対応じゃないのは間違いない。
……うっ、引かれてないだろうか。
頭に浮かぶ不安、でもそれは、彼女の次に放った言葉で消え去ることになる。
「久しぶりに、人と話せて嬉しかった、から」
「また、明日も、あいにきていい?」
「――うん、うんうんもちろんっ!」
友達が増えるのは嬉しい。それがクール系清楚病弱文学ロリ美少女だったらもっと嬉しい。
そう彼女に伝えようと前を向いたとき、志穂ちゃんはすでにベッドに寝転んでいた。
「……私、寝る。ちょっと、疲れた」
どうやらおねむらしい。……そりゃそうか、保健室に来てるってことは休みに来てるってことだもんな。
「あ、うん。……ごめんね、付き合わさせちゃって」
「き、きにしないで、いい、から」
そう言って、彼女は目を瞑った。
……スースーという吐息がときどき聞こえて、そのたびに心が熱くなるのを感じる。
「……かわいい」
思わず、そんなことを口にしてしまう。
「――んん」
すると、志穂ちゃんは瞼を擦りながら、ゆっくりと目を開き出して――
「んっ、あっ!? どうかしたの?」
「ここ、日差しで、暑い」
……あぶない、聞かれたのかと思った。
僕は焦る心を見せないよう、平然を装いながら言葉を吐き出す。
「だったらこっち側きたら?」
ドア側のベッドをトントンと叩く。日差しが原因なら窓側から離れれば問題ないだろう。
それにしても、暑いのはそのパーカーのせいだと思うんだけど……寝るときも脱がないのかな。
「ん、そっち、いく」
そんな僕の疑問はよそに、彼女がベッドから降りて歩きだしたときだった。
「あっ――」
足元に置いてあった僕の荷物。それに気づかずこちらに来ようとした彼女は――
バタン、と引っ掛けた足を起点に身体が崩れだす。
――っ!?
僕は慌てて彼女の身体を受け止める。
下はベッドとはいえ、顔からぶつかるのは危険だ。
小柄ということもあって、僕の体格でもなんとか受け取ることに成功――いや、正確にいうと、受け止めたんじゃなくて、下敷きだけど。
「――だいじょうぶ!? 志穂ちゃん!」
「だ、だいじょうぶ」
良かった、怪我はないようだ。その安心からホッと息をついたとき、僕は気づく。
……ところで、下敷きということは、だ。
当然、僕の身体の上に彼女が来ることになる。
……これは、まずい。
色々と、まずい
僕がどうにか身体を動かそうとすると、彼女の長い髪が顔にかかり、一瞬ふわりとした暖かい匂いがした。
――その瞬間、
「は、はえ」
まるで聞いたことのないような、溶けた声が保健室に響いた。
……え、なに今のふやけた声。誰の?
「え?」
……志穂ちゃんの?
え、ほんとに?
「え、え、え、え」
そのとき、志穂ちゃんが立ち上がろうと、僕の身体の上で暴れだす。ブンブンと足を振る彼女から「まずい」と逃げ出そうとしたとき。
互いに立ちあがろうとぶつかり合った僕たちは、保健室の床に向かって、揃って落下する。
「……あ」
その体勢は、運命の悪戯か。
今度は、僕の方が上で。
まずい。
まるで、これじゃ――
……僕が、押し倒したみたいじゃないか。
「え、えっち――」
その瞬間、志穂ちゃんの声が僕の耳が入った。
「いやっ、そういうつもりじゃなくて!」
僕は慌てて弁明しようと、横に向いた彼女の頬を両手でぎゅっと挟んで、目を合わせようとする。
「――へっ」
彼女の目を見て、どうにか言い訳の言葉を紡ごうと考えつづける。
でもそのとき、あることに気がつく。
……なんで目瞑ってるの? この子。
目を閉じたまま動かない志穂ちゃんと、完全に困惑して、固まってしまった僕。
――先に正気に戻ったのは、志穂ちゃんの方だった。
「あ、あ、あっ。――さ、さよならっ」
彼女はまるで逃げ帰るように、保健室のドアに突進し、数秒転がり回った後、僕を置いて、廊下へと出ていき――
残された僕は、何とも言えない気持ちに包まれながら、ベッドに潜り込むのだった。