カンピオーネ!~Another Tales~   作:緑葉 青

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第六話

 激しい雨音が、新の歩く廊下に設置された窓に響き続けている。

 時折彼と廊下を照らす稲光は、新の姿を一瞬だけ浮かび上がらせる。

 彼の歩く城がもしも絶海の孤島に建てられたものだったら、そこでは殺人事件の1つや2つが起こってそうな雰囲気だった。

 先程、新は正面玄関の方角から轟音が聞こえてきたことを思い出す。

 

(お~~、やってるやってる)

 

 新はサルバトーレがちゃんとヴォバン侯爵に喧嘩を売っているようだと判断して、安心した。

 でないと、儀式場の破壊工作に大苦戦するどころか失敗してしまう可能性も十分ある。それだけは今後予想される展開上、何としても防いでおかなければならなかった。

 

(この近く……中庭か何かかな?)

 

 新が感知した儀式場は、どうやら屋外に設置されているようだった。

 新が歩いている5階からは直接そこに向かえる階段の類は無い様で、中庭に向かうには1階に降りるしか手段がないと思われる。

 

(どんな庭なんだろ…………お)

 

 新が窓から中庭を除くと、そこの箇所全体が暗闇に閉ざされている訳ではなく、人工の光によって照らされた箇所が目立って見えた。

 光源は松明だろうか?真っ赤に燃えるいくつもの炎の傍には、複数の人影が見える。

 その少なくとも20は下らない人影は全て女性のようだった。その中には新よりも若いであろう少女たちも多くいた。

 ならば彼女たちが十中八九、神の招来の為に呼び寄せられた巫女たちだろう。まず間違いなく、その中にカティの妹のスティーナがいる筈だ。

 

「それじゃ、とっとと儀式場を破壊しますかね」

 

 新はそう呟き、呪力を体に行きわたらせる。

 破壊するのは儀式場だけだ。そのくらいならここからで十分達成できる。

 

「暁の鳥よ、我に応えよ―――――誘いし汝はわが敵を討たん!」

 

 魔力の澱みの中心部、儀式場の真上に黒き神獣が出現する。

 中庭の大気をビリビリと振動させて、翼を存分に広げ現れたのは3本の足を持つ巨大な烏だった。

 ヴォバン侯爵の手勢と思われる魔術師達が、何やら魔術で攻撃しているのがわかる――――が、無駄だ。

 攻撃のことごとくは神獣に到達する前に、黒の炎に完全に防がれてしまう。

 黒色の炎を揺らめかせながら、周りの攻撃を気にした様子を全く見せずに全長10メートルほどの神獣である「八咫烏」はその身に纏う炎を集中させ、真下の儀式場に叩き付けた。

 

 炸裂する。

 

 黒色の光が煌めき、拡散した。

 ここからでも、巫女たちの悲鳴が聞こえてくる。

 新は耳に入ってくるその声に内心(悪い)と謝りながら、クロの攻撃の成果を確認に目を凝らす。

 炎が消え去った後には、儀式場だった残骸がそこら中に転がっているだけだった。

 

(よし、これで儀式は行われないな)

 

 これで神の招来の儀式の実行は当分の間、不可能になったはずだ。

 新は今も魔術師たちの攻撃を適当にあしらっているクロに、今の所は消えておくように指示した。クロの活躍の場所は、まだまだこれからたくさんあるだろう。

 クロはその指示に従い、消えていく。

 ありがとうと呟くと、クロがわずかに頷いたように見えた。

 

(これで大体第1段階終了ってとこかな)

 

 新がほっと息を吐いた直後。

 自分の身に降りかかる複数の殺気を感じた。

 

(ッッ!!)

 

 振り返った先にいたのは死者だった。

 それも複数、数十人はいるだろうか。

 新はそれが、『死せる従僕の檻』によって生み出された死人たちだと直感した。

 

(へえ……意外と強そうだな。死体なのに)

 

 新は殺気を向けてくる死体たちについて考えているが、彼らはその猶予を待とうとしない。

 そのまま、新を斬りかからんと同時に襲いかかった。

 

 

 死者達に斬りかかられながら、新は思い出す。

 頭の中にふと思い出されるのは春休み、神殺しの魔王になった時のこと。

 久しぶりにした釣りが上手くいかないで、げんなりしていた時に出会った壮年の男性。

 そして、体中を打ち砕かれ、全身を覆う熱さに朦朧としていた意識の中で何故か明確に頭に響き渡った”彼”の惜別の言葉。

 

「君なら、私から簒奪した力を十全に振るい敵に打ち勝ち、人々を護ることもできるだろう…………………ではさらばだ。その力を以て、世界に君の名を示すといい、南条新よ」

 

 脳内で繰り返される言葉に、新は目を細める。

 

(貴方の願い通りに力を今使えているのかな………俺)

 

 神殺しになって5か月、今まで誰かを護るために力を使ったことは無かった。

 唯一全力で使ったのは第2の権能を得た時だけだったし、それは誰にも気づかれることのない戦いだった筈。

 だから、自分は“彼”の望みを叶えることができるんだろうかと思ったこともあった。

 

 だから。

 カティに神の招来の儀式の話を聞いた時には少し高揚してしまったことは否めなかった。

 魔王に攫われたお姫様を助けるなんてもはやRPGでも使われない程ありきたりなエピソードだ。最も、助けるのが勇者ではなく同族の魔王というのが本来とは異なるものではあったが。

 そして、そんな話を聞いて飛び出して行けるのを自重できる程、新は大人になりきれていなかったと言える。

 

 新は嬉しかった。

 誰かを助けるためにこの力を振るえるかもしれないと思っていたから。

 “彼”の望みを叶えられると思ったから。

 

(それじゃあ、やろっか)

 

 まさに斬りかかられるその瞬間、新は権能を行使する。

 その権能は、新が最初に得た力。

 あの時、微笑みながら消えていった神から簒奪した第一の権能だった。

 

「…………加速、20倍速」

 

 新が呟いた瞬間。

 世界の全てが減速した。

 新を襲いかからんとする剣の動きがまるで強烈な空気抵抗にかかったかのように動きを遅くする。更に、外を見れば窓を叩き続けている雨の動きもはっきり1つ1つが目視できるほどに減速してしまっている。

 が、本当はそれらが遅くなった訳ではない。正確には、新の体感、移動速度が劇的に速くなったのだ。

 

(別にこいつ等達人って訳では無いしな。この位で十分だ)

 

 新が見ているのはノロノロと自分に迫る幾つもの剣。その全てを避け、早歩き程度のスピードで死人たちの後ろに回り込む。

 しかし、彼らから見た新の動きは完全に異常だった。

 走っているようには見えない。何か特別な歩行術を使っている様でもない。でも、彼ら自身の対応速度を超えた速さで完全に避けられた。

 

「……加速解除」

 

 死人達の後ろに回り込んだ新は元の速さに戻る。

 攻撃を避けられた死人たちだったが、それに臆した様子もなく再び新に斬りかかってくる。

 新は次、また避けようと思っていなかった。

 

「…………加速、10倍速×25」

 

 瞬間。

 全ての死人たちの上半身と下半身が分断された。

 正確には、彼らの上半身だけが時速数百キロの速さになり、そのまま前に動いた下半身だけが上半身との移動速度の差に耐えきれず引き千切られてしまったのだ。

 

 これが新の持つ第一の権能。その力は、指定した対象の内部時間の操作。

 新が指定した対象は、それが体感する時間と実際に動く時間が変化する。例えば、時速4キロメートルで歩いている人が新によって10倍に加速された場合、その人を見る人々は時速40キロメートルで移動しているように見える。そして、その人自身は自分が速くなった自覚を覚えることは無いという具合だ。

 この権能は非常に汎用性が高い。新が限界まで加速させればそのスピードは神速にも匹敵し、相手を減速させれば攻撃はほぼ苦労なく避けることが可能になる。

 更に、敵の一部分の内部時間を変化させることで速さの差を利用し、相手を2つに分断することもできる。『貪る群狼』や死せる従僕を撃破したのはこの権能の応用によるものだった。

 

 新の前に死人たちの上半身が幾つも転がってきて、倒された死人たちはそのまま消えていく。

 新はそれを見届けた後踵を返し、儀式場跡に向かう為に歩き出した。

 

 と、思っていたのだが。

 突如、轟音が響き渡りながら窓ガラスを揺らす。正面玄関の方角から爆発が起こったようだった。

 屋根が吹き飛び、雨が降っているにもかかわらず土煙が舞い上がる。巫女たちも悲鳴を上げているのかもしれないが、こちらからではよく聞こえなかった。

 

(おいおい…………ちょっとはっちゃけすぎじゃないの?あいつ等)

 

 あの方角ではサルバトーレ・ドニとヴォバン侯爵が戦っているのだろうが、少しやりすぎな気がしないでもない。

 

(このままじゃ、彼女たちに被害が出るかも)

 

 元々、新は儀式場を破壊した後にクロたちを動員してハルシュタットの町に巫女達を避難させる心算だった。が、今の状況ではそれができる時間を確保することができないかもしれない。

 クロたちが巫女たちを運ぼうとしている途中で戦いの巻き添えを食らったら目も当てられないことになってしまう。

 

(まずは、あそこを何とかすることが先決かな)

 

 目的地を修正した新は正面玄関の方角に向かって走り出した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 正面玄関の方角から轟音が聞こえてきたとき、スティーナ・ルフタサーリは何か莫大な力が湧き出るのを感じた。

 このことは神の招来の儀式と関係があるとは思えない。顔を少ししかめながら、思わず身構えてしまう。

ふと横を見ると、先程会話を交わしたリリアナ・クラニチャールも険しい顔を見せていた。

 

「ねえ、リリアナさん。あれ、何なんだろう?」

「分かりませんが、何か侯爵閣下とは別の何かが起こしたものではないでしょうか?あの音は儀式に関することとは考えにくいですし」

「うん。しかもあの魔力は人間が抱えられる量をはるかに超えていたし、もしかしたら顕現した神……なのかな」

 

 スティーナはあの轟音の原因を考察するが、その可能性は1%もないと思っていた。その言葉に、リリアナも案の定というべきか渋い顔を示す。

 

「いえ………まだ儀式は始まっていません。にもかかわらず神が降臨したというのは偶然にしてはあり得ないことかと」

「だよね……この儀式に反応して顕現したのかもしれないけど、そしたらその神はこの儀式場にやってくるはず。あそこで暴れるなんてあり得ない……か」

 

 二人は考えるが、今自分たちが得ている情報量で原因を突き止めるのは不可能に近い。危険を承知で轟音の起こった方角に向かってみることも考慮に入れてみるべきかと、スティーナが考えたその時。

 

 魔力が不意に増大したかと思うと、自分たちのいるほぼ真上――儀式場の上空に突如として巨大な鳥が現れた。

 その体長が10mはあろうかという鳥の色は黒く、体の周りには黒の炎が立ち上っている。しかも、その鳥の足は3本あった。普通の鳥がとるべき姿を完全に逸脱している。まつろわぬ神とはいかないまでも、神獣と言って差し支えない姿だった。

 

 驚愕に目を見開くスティーナに、突如として霊視が舞い降りる。

 

(輝く太陽の化身…………………英雄を導く聖なる烏…………)

「八咫烏………?」

 

 霊視から導かれた神獣の名前には全く聞き覚えがない。しかし、非常に強大な力を保有する鳥だというのには違いが無かった。

 スティーナの背筋が凍る。

 不意に、鳥の纏う炎が収束を始めたからだ。周囲にいた魔術師たちが、あの黒鳥に攻撃を行っているが効果がある様子がない。

 

「ってやばっ!!」

 

 スティーナは収束を続ける炎が理由は分からないにしろ、儀式場を攻撃するのだと直感した。彼女と同じ危機感を持ったのかは分からないが、周囲にいた巫女たちが悲鳴を上げながら一斉に逃げ始める。

 もちろん、スティーナと隣にいたリリアナも全速力で逃げ出す。あの鳥をどうにかしようとは微塵も思わなかった。自分達みたいな子供がどうにかできる範囲を完全に逸している。

 雨に濡れながら走っていると、突如として轟音と共に背中に爆風が叩き付けられた。

 幸い、自分のいる位置からでは数m飛ばされただけで済んだ。スティーナのいたところは巫女たちの後ろ側だったために怪我をしている人は皆無だったように見える。

 

「全く……いったい何なのよあのヘンテコな鳥は!?」

 

 儀式場を完全に破壊してしまった黒鳥は、そのまま消えていった。これではもう神の招来を行うことは不可能と言っていい。

 リリアナも、スティーナの隣で息を荒らげていた。

 

「はあはあ………どうやら怪我人はいないようですが、周りは酷い状況ですね」

「うん、でもこりゃどうなるんだろうね、これから」

「分かりません。ですが儀式の実施が絶望的となった以上もうここにいる必要はないと思います」

「おお。結構ドライだったんだね、リリアナさん」

「私の役割はもうここにはありませんので。では、次はここから無事に脱出することを考えましょうか」

「うん。そうだね、賛成」

 

 正面玄関の方角には、先程から断続的な爆音と土煙が上がってきている。そこに向かうのは自殺行為といえよう。ならば、避難するためにはその反対側の方向に走るのが定石だ。

 そこで、スティーナとリリアナは正面玄関とは反対の、裏口の方へ向かう為に他の巫女たちの誘導を行った。彼女たちは思いの外素直に従う。儀式場が破壊されてしまったことで、ここにはもう居たくなくなったのだろう。

 どうやら、ここにいる巫女たちはほぼ全員元々のモチベーションは少なかったようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 スティーナはリリアナに先導を任せて殿を務めていた。

 巫女たちが避難をしている間、彼女たちは各々に儀式場を破壊した神獣の事について意見を交わしていた。

 流石は優れた巫女揃いだったという事だろう。それが太陽の属性を持つ神獣という事までは皆霊視できていたようだった。

 

(おそらくあの鳥は烏……でも3本の足を持つ烏なんて聞いたことがない。いったいどこの神話から出てきたものなのかしら)

 

 少なくともスティーナの住んでいる所の北欧系の神話には登場していない鳥の筈。太陽の神格が霊視されたというのは烏が元々太陽神アポロンの使いだったという事もあって説明も付く。

 が、肝心の3本の足を持つ烏については全く知識がなかった。近くで話している彼女らも同様のようで、どうやらヨーロッパ系の神話には登場しない鳥のようだった。

 

「あの………」

 

 スティーナが周囲の警戒をしつつ城の廊下をひた走っていると自分の一つ前、おそらく東洋人と思われる茶髪の少女が何か言いたそうにしていた。が、その少女は会話に口をはさむのが苦手なのか言い出せないでいるようだった。

 

「どうしたの?何か言いたいことでもあった?」

 

 スティーナは少女に話しかける。

 すると彼女は「ビクッ」と体を振るわせた後、少し言いにくそうに

 

「えっと………あれは恐らく八咫烏だと思います」

 

 と答えた。

 スティーナは気付く。そういえばあの時霊視した神獣の名前もそうだったはず。

 

「………!え、あの神獣の名前知ってるの?」

「はい。あれは日本神話の神の化身ですから、皆さんが知らないのも無理はないと思います」

「日本神話の……ってなんでそんなのがここにいるのかしら」

「申し訳ありません。そこまでは……」

 

 心底すまなさそうに謝られた。

 

「わ、いやいや!君が謝ることじゃ絶対ないし!というか、誰が謝ることでもないよ、これ!」

「は、はい。そうですか」

 

 思わず叫んでしまうと、少し引かれてしまったようだった。少しショック。

 

「ってことは、君は日本人だったりするの?」

 

 スティーナは尋ねてみた。良く聞く日本人の特徴は黒髪の筈だったが、彼女は茶髪だったからだ。

 

「はい。家族と一緒に父親の知人の家を訪れていたのですが……その時にここへ」

 

 少し彼女の表情に影が出てきてしまった。不味い、地雷を踏んでしまったか。

 

「だ、大丈夫だって!儀式が行われる心配ももうないし、きっと無事に家に帰れるから!ね!」

「はい、ありがとうございます」

 

 凄くしっとりとした笑顔だった。こういうのを大和撫子というのだろうか。何だか自分との人間性の差を見せつけられたような気がして心が痛む。

 

「ああ、そうだ。自己紹介をして無かったよね。私の名前はスティーナ・ルフタサーリ。よろしくね」

「あ、はい。私は万里谷裕理と申します」

 

 自己紹介の後にとりとめのない会話を交わしながら、スティーナは考える。

 

(それにしても、儀式と全く異なる理由で八咫烏が顕われたっていうのならその原因は一体何?

 儀式場を破壊したという事はヴォバン侯爵とは敵対する意思のある勢力が起こしたことなのかな。でもカンピオーネ、しかもよりによってヴォバン侯爵の敵になろうってはっきり言って自殺行為としか…………)

 

 そこまで考えて、スティーナがある仮説を閃く。が、

 

(いやいやいや。あり得ないから。そんなのが起こるくらいなら、まだまつろわぬ神が偶然降臨したって方が説得力があるし)

 

 頭を振って、さっき考えたことを振り払う。スティーナが思いついたのは、常識から考えて非常に考えにくいことだった。その仮説が真実だったら、この事態に説明がつくにしてもだ。

 

(そう、そんなポンポン生まれてきていいものじゃない。あり得ないっての。私達の知らないカンピオーネが新しく誕生し、ここに来ているなんて馬鹿げた考えは)

 

 実際には、その新しく生まれてまだほとんどの人に認知されていないカンピオーネが2人もここに来ているのだが、そのようなことは知る由もない。

 彼女がそれを知るのはもう少し後になってからの事だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 正面玄関とその周辺は、完全に廃墟と化していた。

 かつてこの城を訪れるものを出迎えていた緑色の木々は全て薙ぎ払われてしまい、茶色の土がむき出しになってしまっている有様だった。

 荘厳な印象を持っていた大きな扉とその周辺の外壁はもう完全に消滅してしまった。それはサルバトーレ・ドニとヴォバン侯爵の戦いの結果によるもので、その血戦は今でも被害をまき散らしながら続いている。

 

 輝く銀の腕が輝きをまき散らしながら死せる従僕や狼たちをまとめて薙ぎ払い、巨大な狼と化している侯爵に斬りかかれば、巨大な灰色狼は使役する狼や死人の騎士で食い止めながら、風や雷を操り迫ってくる剣士を吹き飛ばす。

 その銀色に輝く剣を持つ剣士と風雨雷霆を操り死人を使役する巨大な狼の姿はまるで、魔王の城で相対する勇者と魔王のようにも見えた。

 が、その情景がそうでないことを決定づける証拠が一つあった。

 

 2人の目が、爛々と輝いていたことだ。

 その戦いが楽しくて仕方がないとでもいうかのように。自分の身の切り傷や打撲はあくまでその至高の時間を楽しませるエッセンスでしかないとでもいうかのように。

 少なくとも、サルバトーレ・ドニに関してはその表現で全く間違いはなかった。カンピオーネとなってからの初めての、完全に自分とは格上の相手との戦い。自分の死力を尽くし、迫ってくる狼や死人、風雨雷霆を斬り飛ばしていて初めて互角に戦えている今の状況が楽しくてたまらない。

 まず間違いなく、一瞬でも気を抜けば雷に打たれて風に吹き飛ばされ、狼や死人たちに体をボロボロにされて死を迎えるだろう。カンピオーネとして戦闘には非常に強い体を持ってはいるが、接近戦でそこまで痛めつけられて無事でいられる保証は全くない。

 そして、その事実がサルバトーレ・ドニには脳内麻薬の分泌を促進させ、集中力を研ぎ澄ましていく理由でもあった。

 これ以外は何もいらない。彼は至福の時の中、本気でそう実感していた。

 ヴォバン侯爵という強者と真正面から戦える幸運に感謝しながら彼は剣を振り続ける。その姿は正に、勇者ではなく狂戦士の鑑の姿と言えた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 この戦いを楽しんでいるのはヴォバン侯爵も同様だった。彼は元々生粋のバトルジャンキーであり、戦うために神を招来しようとしたのだから。

 その彼から見ても目の前にいる自分の同族、おそらく新しく生まれたカンピオーネに対しては高評価を与えていた。

 あの剣士の持つ権能……恐らく自分の持つ剣を全てを切り裂く剣へと変貌させる力だろうか。その権能に剣技の補正が追加されているのかは分からないが、それを差し引いても素晴らしい戦いぶりと言える。正に、自分が全力で狩るに相応しい獲物だ。

 しかし、

 

(これから神の招来も控えている。儀式場にできる限り被害を出さない戦い方をするのはなかなか難しいものだな)

 

 暴風によって剣士の動きを妨害する彼は全力で戦っては、いや、戦えてはいなかった。本来の彼の戦い方ではこのような城は今頃跡形もなく吹き飛ばされてしまっていただろう。しかし、儀式場を巻き添えにしてしまうわけにはいかない。よって、今彼の権能の『疾風怒濤』は全力の30%の力でしか行使できてはいなかった。まあ、それでもあの剣士への牽制や攻撃には十分な働きをしているため、今はまだそのままでの問題はないだろう。

 が、そう思っていた矢先の事だった。

 

(!!!儀式場が!!)

 

 ヴォバン侯爵は自分の後方から湧き上がる魔力、そして死せる従僕からの報告によって儀式場を破壊されたと理解した。

 

(ぐっ――おのれっ―――!)

 

 侯爵は歯ぎしりして後悔するが、もう後の祭りだ。

 おそらく、自分の目の前にいる剣士は囮。本命が儀式場を破壊する手はずになっていたのだろう。

 

「小僧――誰だ」

「………ん?」

 

 サルバトーレも侯爵の雰囲気の変化を察したのかこれからどう出るかと身構える。

 

「儀式場を破壊したのはだれかと聞いているッ!!」

 

 狼の怒りの声とともにサルバトーレを問い詰める侯爵。

 すると

 

「……ってええ!?新ってば、儀式場壊しちゃったの!?もったいないなあ、後で僕が戦おうって思ってたのに」

 

 サルバトーレからは驚きと残念そうな感情が返ってきた。どうやら、儀式場の破壊の件は知らなかったにしろその下手人とは顔見知りらしい。

 

(新……少なくともこの東欧周辺の人間の名前ではないか)

 

 儀式場を破壊した人間について考えをまとめるヴォバン侯爵だが、少なくともサルバトーレ・ドニがその隙を見逃すことは無かった。銀の剣を煌めかせ、狼に斬りかからんと接近する。その為、侯爵は一時思考を中断せざるを得なかった。

 

「ちっ!」

 

 風で動きを妨害し、稲妻がサルバトーレの身を焼き払わんと叩き付けられる。しかし、輝く銀の腕によってその全てが横薙ぎに斬り払われた。

 が、それでいい。後ろから接近していた死せる従僕たちが襲い掛かり、そのためにサルバトーレの動きが止まってしまった。

 

(儀式場がもう使えなくなってしまったならば、風も雷も加減をする必要がなくなったわけだ。一先ずはあの小僧を始末することを優先するとしようか)

 

 儀式場を破壊した新という者を始末するのはその後だ。

 城の上空に、これまでに比べてはるかに大きい雷が降り注ぐ。戦いは、これからが始まりだった。

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